――若先生が秘密を教えてくれたから俺も一個教えるわ まあそない大したことないんやけど…… そう言って彼が切り出した秘密は「大したことない」ものではなかった。 「まあ俺も柔兄から聞いた話やねんけど」 志摩が初めて錫杖を持たされたのは彼がまだ捕まり立ちを卒業したばかりの頃だったと言う。 三十センチにも満たないものでも最初はその重さに耐えきれずよろけてしまい、とても振るうことなど出来なかったそうだ。 寝る時も離さぬよう包帯で括られ。そうして志摩はスプーンやクレヨンより先に志摩家の武器でもあるそれを手に馴染ませた。 起きてる時は言葉を早く覚えさせる為に明佗中の者がずっと話し掛けていたそうだ。赤子にとっては酷いストレスだっただろう。 これもすべて一年先に生まれた勝呂や子猫丸と学年を合わせる為。明佗宗の長老達の命により彼は成長を急がされた。 「ということは志摩くんは僕たちより一つ年下だったんですか?」 任務から帰る電車内で寝過ごしてしまわぬようにと始めた世間話は、どうしてか二人の過去話に発展した。他の塾生達はぐっすりと眠っている。ガタンゴトンという音に乗せて皆を起こさないように零される小さな内緒話、普段は堅い雪男の声は柔らかく、コチラが本来の彼の声なのだと想い馳せた。 「まあそういうことになりますわなあ」 塾の中で一番生まれの遅いしえみの誕生日が過ぎ、皆が16歳になったなと話した日。彼はまだ15歳だったのだ。それなら青い夜の時に矛造が守ったのは勝呂とまだ母の胎内にいる志摩ということになるのか、と雪男は考える。 勝呂がカルラを宿してから何を思ったのか過去のことや自分のことを以前より漏らすようになった。相手を選んでの話ではあるが…… 「よかった事と言えば他の兄弟よりも親に構われた事やろうか?」 と志摩は笑った。雪男は志摩が秘密を漏らす相手に自分が選ばれたことの意味を漸く知る。こんなこと思ったら彼の家族や友人達に怒られてしまうかも知れないが――志摩は雪男に似ていた。 「……よくバレませんでしたね」 「まあ子猫さんが小柄やったから一緒におっても体格的な違和感はそんななかった思うけど」 それでも知恵は追いつかなかったと言う、そうだ幼少時の一年の差は大きい。 「坊からは馬鹿やなあ、阿呆やなあ、しっかりせえ言われて……勉強がちょっと嫌いになりましたわ」 学力が二人に比べ劣るのには当然の理由があったのに、その原因の人からそう言われればいくら主従でも反発したい気持ちにはなる。勝呂ではなく勉強を嫌いになるところが彼らしいといえば彼らしいけれど 「だからって塾の勉強を怠っていい訳にはなりませんよ、自分の身を守るのにも必要な知識なんですから」 「はいはい解かっとりますえー」 志摩はクスクスと笑い席に深く沈む、電車が大きく揺れれば滑り落ちてしまうだろうなと思いながらも雪男はほうっておいた。 「あんな若先生、俺いろいろ不満はあったけど自分のこと不幸やと思ったことはあらへんよ?自分も修行や受験で忙しい中でも柔兄が色々世話焼いてくれはったし事情知ってはる蝮姉も兄弟の中で俺には優しかったし」 あの二人は俺の第二のオトンとオカンやで、なんて言って笑った。 「でも、大変だったね」 「んー?でも先生やって七つの頃から親父さんからしばかれとったんでしょ?」 「しばかれ……って、そうだけど、でも志摩くんの方が小さい頃から修行してたんでしょ」 それこそ赤ん坊の頃から志摩は志摩として勝呂を守る為に厳しい修行を課されてきた筈だ。だからこそ錫杖さばきが板についているんだろう。 「なに言ってんの、錫杖と銃じゃ持つ意味が違うやん」 錫杖には他の用途があるけど銃は他者を攻撃することしか出来ない。雪男はそれを守る為に使っているけど間違えれば仲間や自分自身を傷付けることだってある、七つの子がその重圧に耐えていたのだから大したものだと志摩は褒める。 「それに俺には明佗に一緒にがんばる仲間がぎょーさんおって……」 「……」 「なにより坊がそんな俺達の事ちゃあんと見ててくれた」 皆が坊の事を守ろうと努力してるのちゃんと解かってて、全員を背負おうとしていた。そんな坊だから皆また支えようとする。組織の中に暖かい輪廻があった。 「子猫さんも兄貴達もどれだけ明佗の為に頑張ってるのか坊に隠そうとしなかった。やから俺だけは坊にプレッシャーかけんよう出来るだけ隠そうとしとったんよ、でも簡単に騙せるような人やなかった」 「そうですね、勝呂くんは聡い人ですから」 「でしょー?だから俺は坊の“特別”に成り損なったんや」 ――自分だけは彼の重荷にならないよう嘯いていたかったのに 「けどもしも坊が俺の頑張り知らなかったらって思うと……寂しいと思う、……だからな!」 「へ?」 急に大声を上げた志摩に驚き雪男がギョッと隣を見ると姿勢を直した志摩が何故か真剣な様子で見詰めていた。 「俺な!若先生のこと立派やなぁ!!って思うねん!!」 「え?」 ああ、これは八年間、同じ家に暮らしていた燐になにも知られずに過ごしたんだから凄い!という瞳だ。と理解したと同時に 「若先生は嘘吐きの鑑やん!!」 そんな嬉しくない称号を貰った。 「ふふ、ありがとうございます……」 「あれ?俺なんか可笑しいこと言いました?」 「いえいえ安心したんですよ」 年下だとカミングアウトしてきたんだから、これからは今までより素直に話してくれるようになるかな、と心の真ん中が暖かくなった。年相応より少し大人びた雰囲気がある雪男だから余計に話しやすいんだろう。 「もうそろそろ駅ついてまうね……みんな起こしましょか?」 少し残念そうな志摩に優しく微笑む。 「今度またゆっくり話しましょうね、なんでしたら恋の相談でもいいですよ?こっちに関しても僕は先輩ですから」 「えー?なんすかそのドヤ顔!ていうか先生の恋バナいっつも惚気になるやん!!」 それに別に恋の相談なんて……特定の子は好きにならないから必要ない……と、俯きながらゴニョゴニョ言ってる志摩にまた良い笑顔をしながら雪男は言う。 「だって志摩くんには僕と兄さんがくっつくまで面白おかしく混ぜっかえしてくれたじゃないですか。そのお礼をしないと」 責めるような物言いに志摩は顔を上げて思わず食って掛かる。別に面白おかしいから二人をからかっていた訳じゃない。ただ悔しかっただけだ。 「やって、あんたらは解りやすく両想いやってんもん!絶対うまくいくって思ったから!一度くっつけば一生離れないって思ったから!!」 「うん、ありがとう」 こちらから言わせてもらえば志摩と勝呂だって立派な両想だけど、この二人は通じ合ったとしてもいつか別れる日がくる。だから面白がって混ぜっかえしたりは出来ない。雪男は笑いながら心の中でそっと溜息を吐いた。 幸せになる為には試練がつきもので、志摩が一つ年齢を誤魔化してきた事だってそれに含まれる。この道には常に大きな障害が付き纏うのだ。何も壊さずに、犠牲にせずにいられる道はない。 それでも二人はけして不幸だと思ったりしない、守るべきものと守りたいものが同じで、それを家族に良しとされているのだから――幸せだ。 「あのさぁ」 頭上から声を掛けられてパッと見上げると後ろの座席に座っていた神木で、彼女がムッと睨みつけていた。 「そういう話は人のいない所でしなさいよ」 「出雲ちゃん!?い、いつから起きてはったんですか!?」 「俺な!若先生のこと立派やなぁ!!って思うねん!!……あたりから」 ああ大きな声出したもんな、と苦笑しつつ「そこからで良かった」と心底安堵した。このことは当分同級生達には内緒にしておきたい。いつか話す時が来ても、こんな本音じゃなくて坊や子猫さんが気に病まないよう何てことない風を装ってでないと出来ない。 「ちなみに、貴方のお兄さんはもっと前から起きてたみたいよ」 「!!?」 今度は雪男の肩もブルっと震える、嫉妬深い兄がわざわざ席移動をして志摩と親しそうに話していたことを咎めないわけが……今回は内容が内容だから嫉妬はされないかもしれないけど、いい気分にはならないだろう。 でも途中で邪魔してこなかったという事は怒っていないのか?そう期待を込めて立ち上がり後ろの座席を見ると、眠る杜山に寄りかかられたまま鋭い視線でこちらを見る兄の姿があった。 ――邪魔しに来なかったんじゃなくて動くに動けなかっただけか! 「雪男……」 「に、兄さんはいつから聞いてた?」 「まあ俺も柔兄から聞いた話やねんけど、くらいから」 普段より低い声なのは隣の杜山を起こさない為であってほしいと雪男が祈る中、重要なとこ全部聞かれてた!とガツンと頭を殴られたようによろける志摩。幸い勝呂や三輪はスヤスヤと眠っているし起きていても聞こえないような距離にいたのでホッとする。 駅に着いたら勝呂達に話し掛ける前に燐を捕まえて口止めしなければいけない。 END |