お父が泣いたのを見たのはあれが最初で最後やったな
お父に抱きしめられたのもあれが最初で最後やったな


――俺はいつかサタンを倒すんや!!――

坊がそれを言った時、俺はすぐさま無理やと思った
その頃の俺には坊の言葉は絶対やったから自分がそう思った事がショックだった
まるで坊を信じてないみたいやないか!って
今の俺から言わせてもらえば坊が無謀なこと言わはるから悪いんやけど当時の俺はそれを罪みたいに感じた

でもほんまに今のままじゃ無理やと思う
世界中の祓い師達が何百年かけても成し得なかったこと、いくら坊が強くても普通の人間やったらまず虚無界に行くことすら叶わん

「そうか、普通の人間やなかったらええんやな」

サタンの前に行きたいなら悪魔に頼んで連れてって貰うしかない、でも悪魔の王様を倒すこと悪魔が協力してくれるやろか?
並みの使い魔やったら無理やし明佗にそんな力のある悪魔がいるかどうか、その頃の俺は知る由もなかった。

――だから、あんな無茶をしたんや

「廉造!!」

ぼやけた視界の端に血相変えて走ってくるお父と蟒様の姿が見えた。
床に倒れてた俺をガシッと抱きしめて耳元で怒鳴る

お前なんてことをしたんや!!
なんでこんな馬鹿な真似をしたんや!!

よく聞いたらそれは涙声で、俺の首元にお父の流した涙がしとしとと伝っていく
蟒様はそんな俺らを見て辛そうに眉を寄せとった

「あんな、ぼうがな、さたんをたおしたいんやって」

あの時お父は悪魔に落ちた……いや悪魔を落とした息子に、何を想ったんやろう

「だからおれ、げへなにいってさたんの“じゃくてん”さぐんねん」

小さい頃に魔障を受けた俺は大人達から悪魔の弱点を言い聞かされとった
映画で観たスパイみたいに、サタンを騙して尻尾と心臓の在処を探ったろうと思った

「駄目や!そんなん許さへん!!お前は志摩の子や虚無界なんて行かせられへん!!」
「でもな!おとん……今のままじゃ坊はサタンに勝てへんやろ」
「お前はそんなん考えんでええんや!お前の役目は坊の傍にいて守ることやろ!……その為に教えてきた術なんに、こんなことに使いおって」

それからお父の説教は朝まで続いた
ずっと抱きしめられてた身体はいたくて、服は肩口から涙や吐息でぐっしょりと濡れていた

「わかった、おれ虚無界にはいかへん」

そんな様を見せつけられたからか最初は虚無界に行くと言い張ってた俺も最後は折れて、この人の言う通り明佗におって坊をお守りすると言った
安心して崩れるお父を俺の上から持ち上げた蟒様は「ほんましょうがない子やな」と俺の頭を撫でて「俺が悪魔落ちしたことは三人だけの秘密やで」と怒った様な悲しんだ様な顔で俺に言い聞かせた
俺はもとよりその心算やったから素直に頷く、だって失敗したら格好悪いやないか
坊に話して期待させて、でも無理やったらガッカリさせてまう

小さい頃の俺はそんな風に思っていた――……


「あ、そうだ王様、俺暫く此処には来れませんよって」
「あ?なんでだよ?」

だらしなく玉座に寝そべる虚無界の主の膝元で献上品を並べながら言うと、ソイツは眉を寄せて俺を見た。

「受験なんです。正十字の、俺あったま悪いからちゃんと勉強せんと落ちてまう」
「ああ、アソコね……ふーんお前も祓魔師になるんだな」
「ええ明佗を欺く為ですから仕方ありません」

中学に上がった俺は父や蟒様との約束を破り虚無界への門を開いた
明佗の宿命に嫌気がさして悪魔落ちしたのだと嘯いて、八侯の一人に近づいて、同胞(なんやろか)を殺しまくった
そしてサタンに逢えるまでの地位に

――面倒くさいけど……もう後戻りはできへんのやろな……

此処での俺のポジションは明佗の内情を探るスパイ、本当はサタンの弱点を探る為にここにいるんやけど、この二年間ずっとバレる気配はない
本当は最初からバレていてて泳がされてるだけかもしれんけど、別にええやろ

元よりリスクはないんや
疑われないように明佗の情報を流してるけど俺が漏らせる情報なんてさして重要やないし
殺される可能性も人質にとられる可能性もあるけど俺自身だってそんな価値はない

全部バレても志摩の五番目なんて簡単に切り捨てられるやろ
しかも俺は悪魔落ちしてんねんから生きてる方が不都合が多い

「あーお前の献上品オレ結構楽しみにしてたんだけどな」

ガシガシと頭を掻きながら本当に残念そうに言うサタンはまるで人間みたいだ
欲望の塊らしくエロ本を持ってくと喜ぶし、観光用の雑誌なんかも好んで読んだりする(恐らく物質界に行けるようになった時に真っ先に滅ぼす場所を選んでるんや)
俺はコイツが残忍な悪魔の王だと知っている――こいつの所為で明佗は落ちぶれて祟り寺なんて呼ばれるようになったんや
コイツは坊を泣かしたんや、絶対に許せへん

「まあいいや、帰る時アマイモンにも声掛けてやってくれよ」
「はぁ……まぁええですけど……」

あの子、面倒やからあんま会いたくないんよなあ
悪魔の中の悪魔って言われてる癖して無邪気で(無表情やけど)なんか妹と遊んでやってる時みたいに疲れる

こないだも「兄上が好きだと言う日本の資料の中に書いてあったんです。教えて下さい」といって“二人あやとり”を何時間もかけて教えさせられたんやっけ
俺が言うのもなんやけど、あの子ほんま物覚えが悪い
あやとりは糸すぐ切ってまうし、お手玉しても破くし、おはじき弾けないし、けん玉壊すし……だいたい爪の所為やけど正直こない大人しい遊び向いてへんちゃうかな
だいたい二百年以上前に出て行ったきり帰ってこない兄貴と一緒に遊ぶんやって……健気なんか阿呆なんかわからへん
だからってアンタの兄ちゃんもう帰って来ないんやないの?って聞いたらキレて地震起こされかねん

「正十字学園に行くんですか……?」

でも流石にこの反応は予想外やった
アマイモンにもさっきサタンに言ったのと同じこと言って(受験の説明は面倒かったけど何とか解かって貰えて)どこの学校に行くのか訊ねられたから答えると、急に目を見開いて悔しげに顔を歪めた

「正十字やけど」
「……兄上のいるところだ……」
「え!?」

ちょっと待って!?兄上ってあの日本好きと噂の兄上!?ちょ祓魔塾がある学校にアマイモンの兄にあたる高等悪魔がおるん!?

「なんでそんなところに……」
「僕だって解りませんよ!兄上の考えてることなんて!!」

いつも表情の乏しいアマイモンが憤りを隠さず叫んだのでまた驚く
今の質問ひょっとして鬼門やった?

「兄上がなにを考えて父上を裏切り……ぼ、僕を棄ててッ!物質界に行かれてしまわれたのかなんて解りませんよ!!」

ヒステリックに叫び出したアマイモンを宥めようと、トンガリを撫でる
えーっとこういう時にどうするんやろ?こんなキレ方する奴うちにはおれへんから対応が難しい

「やったらアンタの兄ちゃんがほんまに裏切っとるかどうかも解からへんやろ?なんか事情があって行ってるだけかもしれへんやん?な?」

俺みたいに、とは言わない
もし俺が虚無界に出入りしてるって知れたら坊も裏切り者やと思うんやろか
それは……本当のこと言うのとどっちが傷付けるんやろう
真実を知っとるお父と蟒様が坊を悲しませるわけないから……
バレそうになったら何も知らせず俺が消えるしかないんやけど

「そうでしょうか」
「好きな相手のことなんやから信じたり」

どの口が信じろなんて言うんやろ

「わかりました!ありがとうございます!ジュケン頑張ってください!!」
「おおきになぁ」

悪魔も虚無界もあんま好きやないけど悪魔にも不安や寂しいって感情があるんやなって思ったら前より恨めんくなってきたなあ
まあ坊がサタンを倒しいかはる時は容赦ないけど


* * +


あの時俺はまさか“兄上”が自分の通う学校の理事長で塾の塾長だとは思わなかった

数か月後アマイモンが物質界に現れた時は露見フラグやと焦ったけど、耳も長ない牙もない俺は気付かれずにすんだ
というか兄上のお気に入りの奥村くんと植物好き美少女な杜山さん以外はアウトオブ眼中だった

うん、なんかアマイモンがあんま知性的じゃなくて助かったわ……



END

オマケ(露見はしなかったけど理事長にはバレました)


ア「兄上はゲームばかりに夢中で僕と二人あやとりしてくれません……」

志「ああそうやって日本の伝統が失われていくんやろなあ嘆かわしいな」

ア「執務中の兄上の片手を借りて僕の片手と合わせて一人あやとりするくらいしか出来ません」

志「……理事長器用やな、つーか仲良いやんけ自分ら!!」




勝志摩なのに勝呂くん名前しか出て来なくてすみません……