※無為見なジェラシーの続き




志摩が勝呂や出雲に厳しいことを言われても平然としていられるのは、二人が上手く表に出せないだけで根が優しくてでまっすぐだと知っているからだ。
少しお堅いけれど正しいことを指摘しているし、判り難いけれど相手の為を想って言っていることもある。志摩はあんな風に、もともとの性格がいいのに誤解ばかりされている人間を見るとなんだか勿体無く思う。
高校に入るまでの勝呂が正にそれだった。志摩はそんな勝呂を見てもどかしく感じ、同時に彼の周りの他人に苛立った。勝呂のことを何も解かっていないくせに、上辺だけを見て判断するなと、にこにこ笑う仮面の下でいつも思っていた。
だから京都を離れ東京にくれば、きっと勝呂は正しく評価されるようになるんじゃないかと期待もしていた。此処なら誰も祟り寺の子だと彼を貶さない。
強面だけど綺麗な瞳をしていて、行儀が良く真面目で、女の子には紳士的で、男にしたら頼りになる、ふとした笑顔が泣きたくなるほど優しい。きっともうすぐ勝呂竜士の本質に気付き、好きになる子がきっと大勢できるから、今は堪えていればいいと思っていた。
だから、そんな志摩だから“俺らだけの坊”じゃない勝呂を見て自分がもっと苦しくなることを、予想がその通りになって漸く気付いたのだ。
燐が勝呂をカッコイイと言う度に、雪男と一緒にいる所を見る度に、出雲と本音でぶつかり合うのを諌める度に、しえみに優しく声をかけるのを見る度に、宝に協調性を持てと言って引っ張ってくる度に、子猫丸の頭を気安く撫でるのを見る度に、クラスメイトと笑い合うのを見る度に、志摩の心に黒い斑点が広がっていく、和紙に垂らした墨汁のような其れを止める術を知らず、八つ当たりのように勝呂を突っぱねたこともあった。
それとなく距離をとって、心を閉ざして、逃げて、上手く隠していたつもりだけど聡い勝呂にはきっとバレていたのだろう。急に離れていった志摩に傷付きながらも無理に暴こうとはせず、ずっと優しく見守ってくれていた。そんな風に志摩の気持ちが落ち着くのを勝呂は根気強く待ってくれた。
見捨てられても仕方ないと思っていたのに、勝呂から好きだと告げられた時は驚いた。今考えれば勝呂の中に大切な明陀の一員である志摩を見捨てるなんて選択肢は無かったろう。それでも恋愛感情で好かれているなんて最初は信じられなくて、今だって疑っている。疑っているというより、勝呂は勘違いしているんだと思う。
ほっとけない幼馴染への心配を、恋の執着だと。

だから、志摩は未だに「好き」だと言葉にしたことはない、付き合っているのだって勝呂がしつこいから仕方なくというスタンスだ。本当は自分の方がよっぽど相手に惚れているのに、惚れて腫れて心にも躰にも消えない痕が残ってしまって、勝呂なしではもう生きていけないくらい想っていても、今更素直にはなれない。
意地っ張りな子が素直になったとき可愛いと感じるのは、その子の本質がいいからだ。こんな自分が素直になったところで可愛くもなんともない。

「ほい、無事任務しゅーりょー」

八月二十日、夕刻、気の抜けた隊長の声によって長期任務は終了した。
萌え尽くされた悪魔の魂は虚無界に還っていくのを見送って皆漸く安堵の息を吐いた。
各々の武器をしまい、近くにいる仲間と顔を合わせ笑う。戦闘で壊れた建物なんかは処理班に任せておけばいい。
今から帰れば今日中には寮に着けるのではないか、と内心期待していると

「今日はもう遅いから民宿に泊まってくぞ。明日の朝イチで帰るから、今夜は早く寝ろよー」

――朝イチじゃ遅いんだよ!!

思わず標準語で突っ込んでしまった。志摩のガックリ感なぞ全く知らないシュラはすたすたと先頭を歩き出した。綺麗な毛束が揺れるのをジト目で睨みながら、どうせ自分なんていなくても勝呂は楽しい誕生日を過ごしているのだから別に帰れなくてもいいじゃないか、とネガティブなことをポジティブに考える。
特進クラスは今日から補習が始まる、雪男に聞いた話では放課後に教室でお菓子を食べた後にサプライズでプレゼントを渡すとらしい、もうそれも終わって家路についている頃だろうか、特進クラスの真面目な生徒達なら明日も授業があるのに遅くまで遊びに行こうとはしない。きっとそうだと自分に言い聞かせた。

「おーい、メシが出来る前に風呂入っとこうぜー」
「せやね明日早いって言ってはったし、ほら志摩さん起きて」
「んーー」

部屋に着いて荷物を投げ出すとここ数日の疲れが一気に押し寄せてきた。駄目だ、眠い。それでも汗臭い身体のままでいることがイヤで棒のような足を叱咤して浴室まで歩く。綺麗に身を清めて温泉に浸れば少しは疲れも癒えるかもしれない。

「この民宿の風呂温泉なんだってよ!」
「へぇそうなんや……」

体力バカな燐がはしゃぐのを正直しんどいと思いながら相槌を打つ。
今回の任務は本当だったら夏休みの終わりまで掛かっていたと言われた。それが騎士団の都合で急に隊長がシュラに変わり、丁度観光でこの近くをぶらついていたアマイモンが手伝ってくれたことにより異様な早さで完了したのだ。もちろん塾生達の頑張りも結果に大きく貢献した。子猫丸を参謀にし、珍しく仲間割れもなく闘うことが出来た。
志摩だって、久しぶりに本気で力を使ったのだ、疲れていないわけがない。

「ああ良いお湯や生き返るー」
「気持ちいいですね」
「極楽におるみたいやわ」
「そりゃ他人に頭も体も洗ってもらえば極楽気分だろうよ!!」

皆が温泉も満喫する中、まだ独り髪を洗っている燐は浴槽へ向かって怒鳴る。湯船に浸かる前に眠ってしまいそうな志摩を先程まで洗ってやっていたのだ。

「いやーおおきに奥村くん、奥村くんの髪の洗い方が乱暴すぎたお陰で目が醒めましたわ」
「マジで?雪男とかクロとか気持ちいいって言ってくれんだけどな」
「……奥村先生とクロの毛根が心配になってきました」

子猫丸は自分の宗派の和尚の頭皮に思いを馳せた。和尚のことは好きだけど願わくば二人は将来ああなりませんように……

「身体も隅々まで綺麗にしてやったんだから感謝しろよなー」
「はは、ホンマおおきに……でもこのこと坊には内緒な」
「へ?なんで」

このタイミングで勝呂の名前を出した志摩に皆が注目する。ひょっとして少しは自覚が出てきたのか?と期待しながら次の発言を待った。

「ほら坊がいたらダラしないって怒られるとこやろ?」

――そうやないやろ!!

燐や宝まで思わず関西弁で突っ込んでしまった。どこの世界に恋人の身体を他の男に洗われて“ダラしない”という理由で怒る男がいるだろうか、馬鹿なのか?実は出来る子だと思っていた志摩くんは本当にそのまんま馬鹿なのか?と、温泉の湯気が立ち込める浴室内に混沌が渦巻きだした。

「でもお前って勝呂いないと大人しいよな、今日だっていつもなら女湯覗き行こう!とか言い出すのに」
「うわッ折角志摩さんが阿呆なこと言い出さんの安心しとったんになに言いよんの!?」
「子猫さん失礼やなぁ……ちゅーか俺が大人しいのと坊は別に関係ないし、今日は疲れとるだけやし」
「……」

素直じゃない。普段、出雲や雪男にツンデレ萌えとか言ってる癖に自分の方がツンデレじゃないかと一同は思った。まぁ皆の前であまり素直になられても困るけど、せめて勝呂の前ではもっと素直になってやればいいのに、今日は彼の誕生日なのだし。

(まぁその為の作戦なんだけどな)

シャンプーの泡をシャワーで流しながら、燐は誰にも見られぬように笑みを浮かべた。ええ顔しとるわ〜な顔である。
そう、作戦。勝呂の誕生日を祝う為に、塾生、理事長、騎士團、明陀宗、アマイモンにまで協力を仰いだ作戦。その名も“勝呂くんに素直になった志摩をプレゼントしちゃおう【R17】”自分の気持ちをハッキリ言わない志摩の所為でいつも我慢を強いられている勝呂なら誕生日くらい良い思いしたって罰はあたらないだろう。ちなみに【R17】は竜士17歳の略だ。

「あ〜気持ちええ〜もう何も考えたくないわ〜〜」

こうして温泉で思考をトロトロにするのも作戦の内である。ちなみにこれは作戦その参だ。作戦その壱は勝呂の誕生日までに任務を終了させる。その弐は温泉でちきんと身を清めておく。この後に待ち構えている作戦その四とその五も成功させるべく燐たちは気合を新たにした。

作戦その四、ちょっと大きめな浴衣を着せよう。
脱衣所の籠の中に入れられていた浴衣はМサイズが二つ、LLサイズが二つ。必然的に宝と子猫丸がMサイズを着て、燐と志摩がLLを着ることになる。燐は一年の頃より背も伸びたので身長がそう変わらない二人だが、筋肉は志摩より燐の方がある。結果、同じ浴衣を着ても燐より志摩の方が華奢に見えるのだった。

「長さは丁度ええんやけどなぁ」
「浴衣なんて実家を思い出しますねぇ」
「でも紺鼠色とか初めて着たわぁ、なぁ俺、意外と似合わへん?」
「髪色が明るなったから合う色も変わったんやないですか?」

浴衣にハシャぐ京都人コンビを見守りながら、この民宿をチョイスした塾長に心のなかでGJと送る燐。志摩は湯上りの逆上せた肌に滑る木綿の感触を楽しみながら、勝呂も一緒に来れたら良かったのにと目を切なげに細めた。こんな落ち着いた色は勝呂の魅力を十二分に惹き出すからだ。
五人が宿泊部屋に戻り三十分ほど休んでいると夕食の準備が出来たと呼び出しがかかる。もともと回復力の高い志摩はもうすっかり体力を取り戻していた。並べられていたのは菜食料理で、修道院や寺や神社育ちのメンバーには懐かしく感じられるものだった。野菜好きのしえみや宝も不満なく食べているし、シュラは食より酒なので特に気にしていない。

「ほらお茶、なんか飲んでないとシュラから酒飲まされるぜ」
「あ、そやね、おおきに」

食後、そう言って人数分の茶をいれてくれた燐にお礼を言って、何の疑いも持たず志摩は一気に飲み込んだ。少し舌に違和感があるけど、この辺りのお茶の味なんだろうと思って特に気にしていなかった。それを見届けたところで、しえみがニコリと微笑みながら話し掛ける。

「いいお宿だねぇ……雪ちゃんや勝呂くんも一緒に来れたらよかったのに」
「今日は坊の誕生日ですしね」
「折角の誕生日が補習なんて残念な奴よね、まあどうせ任務だったけど」
「雪男達がクラスで祝うって言っても夜は一人だもんな」
「志摩さんやって坊の誕生日に間に合うように頑張って任務早く終わらせたのに、帰るのが明日なんてガッカリだったでしょ?」

そう訊ねると、普段の志摩なら笑いながら「まさかー坊と過ごすより此処で出雲ちゃんや杜山さんと一緒におる方がええに決まっとるやろ」なんて答えるに違いないのだけど、志摩の口から出て来たのは深い溜息で

「うん……坊の顔、今日中に一目でも見れたらええと思っとったんやけどな……ぁあ!!?」

自分でも驚くほど素直に本音を吐き出した。

「え?なんで俺ほんとのこと……いや、ちゃうし!俺別に坊と過ごせんでも……寂しいし、ほんまは俺がちゃんとお祝いしたかった」

勝手に口から出てくる言葉に混乱し始める志摩。

「え?なんなんこれ……」

なんなんこれ、と言われたら、作戦その五、志摩くんに素直になってもらいましょ。である。

「凄いね、燐のお父さんのお薬……」
「まぁあの堅物メガネが一滴で崩落したくらいだからなぁー」
「シュラ……お前ら人の弟に変なことしてねえだろうな?」

シュラの言葉を聞いてハッとする。志摩も兄・柔造から聞いたことがある薬の存在。これは、まさか、あの聖騎士藤本が同期の祓魔師となかなか馴染めない我が子に盛ったという噂の『素直薬』ではないだろうか?
史上最年少祓魔師になった奥村雪男は当時、祓魔師の中で生意気だという印象を与えていたが、この薬を飲んだ事によって面白おかしい本性を曝け出し、祓魔師達の中で一気に人気が高まったという(面白おかしいと言っても、家族を好きだったり、下らないギャグが好きだったりすることくらいだが)

「なんで、こんな……!?」

顔を真っ蒼にさせた志摩は湧き上がる疑問を正直にぶつける。相手の出方を窺う余裕もない。

「だって今日は勝呂の誕生日じゃんか」

なにが「だって」なのか、なにが「じゃんか」なのか、意味が全くわからない。どうして勝呂の誕生日だからって自分が薬を盛られなければならないのだ。そう志摩が動揺している内に宝は宙から二体の人形を召喚する。

「え?なにこれ」

何時の間にか志摩の両腕は妖精のような二体の人形によって真っピンクなリボンでラッピングされていた。

「そんじゃ、アマイモンに借りたこの無限の鍵で――」

近場にあったドアの鍵穴に無限の鍵を差し込み、開く。そして

「どっせい!!」

燐によって其処へ突き飛ばされた。


現在の日時、八月二十日、午後十時




――――時を遡ること数時間

クラスメイトから誕生日を祝われた勝呂は寮への帰り道を雪男と二人で歩いていた。

「ほんま有難う奥村先生、聞いたで?今日のこと計画したの奥村先生なんやろ」
「いえ、僕はただ勝呂くんの誕生日に何を贈ったらいいかって話をしただけで……そしたら皆さんがクラスで祝おうって言い出して」

準備とかは全然手伝ってないんですよ、と謙遜している雪男だったが、彼がもし言わなければ今日は勝呂にとって何にも無い日だったろう。殆どの生徒は帰省しているし、塾生たちは長期任務中だ。もし校内にいたとしても今更勝呂の特別に祝おうなんて幼馴染たちはしないだろう。去年の志摩なんて同じ寮内にいるのにメールで済ませたくらいだ。
今年の二人は恋人同士だが、志摩があの調子なので恋人らしいことなんて何も期待できない。

「嬉しかったですか?」
「え?ええ!そりゃあもう嬉しかったですよ!」

急に表情を翳らせた勝呂に雪男が心配そうに窺うと、勝呂は慌てて笑顔を作る。なにを贅沢なことを想っているんだろう。折角雪男やクラスメイト達が祝ってくれたのに、まだ物足りないなんて……

「でも、志摩くんには申し訳ないことしたなぁって思います」
「はあ?志摩に?なんでですか?」
「え?気付いてないんですか」

想い人の名前を出されキョトンとした勝呂に、雪男もキョトンと首を傾げて見せた。

「だって志摩くん、クラスで勝呂くんのお祝いするって聞いた時、すごくツラそうな顔してましたもん」

そうか勝呂くんは後ろ向いてたから解らなかったんですね、なんて言う声が遠く聞こえた。

「え?はぁ?まさかあの志摩がそんな……」

――嫉妬みたいな

「あの時だけじゃないですよ、志摩くんは」

――兄さんが勝呂くんをカッコイイと言う度に、僕と一緒にいる所を見る度に、神木さんと本音でぶつかり合うのを諌める度に、しえみさんに優しく声をかけるのを見る度に、宝くんに協調性を持てと言って引っ張ってくる度に、三輪くんの頭を気安く撫でるのを見る度に、クラスメイトと笑い合うのを見る度に、ツラそうな顔をしています――

それを聞いて驚いて、あの後どうやって自室に帰ってきたか憶えていない。ただ、意識はなくても自分は寮で夕食を摂り、風呂に入り、寝る前の勉強を始めようとしていたのだから、人間の習慣というものは怖ろしい。自分はあれを聞いて雪男になんと言ったんだろうか?正しく思い出せないが別れる直前に雪男が笑って「聞きたいことがあるなら本人に直接聞いたほうがいいですよ」と言っていた気がする。
いや、本人に聞いたって上手くはぐらかされるに決まっているんだが、なんせ勝呂はまだ彼の口から「好き」の二文字も聞いていないのだ。情けない話だが付き合ってはいても志摩から自分がどう思われているのか解らない。
勝呂がクラスメイトからプレゼントにもらった参考書を眺めながら、嘘つきな恋人を想っていると

カチャリ

背後のドアの鍵が開く音が聞こえた。

「え?」

振り返るとドアが突然開き、向こう側に見知った顔をいくつか見つけ。

「どえええええ!?」

次の瞬間、志摩が此方側に突き飛ばされてきた。

「志摩!!?大丈夫か!!?」

思わず駆け寄り、何故かリボンで巻かれた志摩を抱き起し。

――アイツら、なにやって!?

怒鳴ってやろうとドアの方を見ると既に閉まっていた。
シンとして何も言わぬ扉の代わりに一枚のカードが勝呂の手元へ舞い落ちてくる。

“作戦その七、志摩が素直になったところで勝呂のところへ贈る”

と打たれた文字の下で、ミミズのような手書きの文字で

“HappyBirthday RYUJI SUGURO”

と書かれている。カード。

「作戦てなんやねん……」

大きく溜息を吐いた勝呂の胸元で志摩はビクッと震えた。ハッとして体を放すと、志摩は情けない表情をしていて

「坊……すみません」
「な、なんで謝んねん!?」
「だって坊、怒ってはるもん」
「は?いや、別に驚いただけや」

いつもと様子の違う志摩に動揺しながら、彼のしている格好にドキリと胸が鳴った。紺鼠のゆったりとした浴衣に、彼の髪色と同じピンクのリボンで巻かれた腕。

(そういえば“素直になった”書いてあるけど、どういう……)

「坊、それ……」
「へ?」

志摩の視線の先を追うと、自分が片手に持ったままの参考書。これがどうしたのかと志摩の顔を見れば、どこかツラそうな顔をしていた。

「……」
「クラスの人達からのクリスマスプレゼントですか?」
「……ああ」
「そうですか……よかったですね、坊が喜びそうなもんや」

ああ、雪男が言っていたのは、この表情だったのか

「俺なんかが祝わんでも……坊はきっと」
「志摩?」
「すんません、折角いい誕生日やったんに最後に俺が邪魔してしもた」

震える声が、どうにも可哀想で、よわよわしくて、まるで志摩じゃないみたいだったけど、これがずっと彼の隠していた本当の志摩なのだろう。幼い頃からずっと隠していた臆病な部分、他の誰の為でもなく

――俺の為に……

嘘を吐かれることを、秘密にされることを、人は“裏切り”と言うけれど……果たしてそうだろうか?志摩は昔から、勝呂の夢を知っていても自発的に強力しようとはしない、頼りには出来てもアテには出来ない奴だった。
でも、それで良いと思った。勝呂の言う事を鵜呑みにするんではなくて、ちゃんと自分なりに考えて、従うかどうか自分で決めてくれる人間が必要だった。そして、人が自らの意志を貫き生きてゆくことを“裏切り”と呼ぶような野暮な男にはなりたくない。

「志摩……なぁ志摩、お前」


――俺のこと、どう思ってる?


耳元に唇を寄せて、静かに問えば、腕の中の暖かい身体が息を止めた。


「――――――」


やがて志摩は震えるのを止めて応える。
決意の色が滲む、まっすぐな声を……たった一人の恋人の耳へ。



「ありがとな……廉造」





只今の時刻、八月二十日、午後十時十分


誕生日の夜は始まったばかり









END



この後、泣いたり、泣かされたり、甘かったり、切なかったりする二人の18禁が私の頭の中に存在してます(笑)
二人ともこれを機にいままで感じてた不満とか不安とかトロトロに吐露するといいよ…v