※未成年の飲酒は法律で禁止されております







チューハイの缶って紛らわしいよね、とは引率の教師の談。霧隠シュラが生徒達にと買ってきたジュースはプルタブを開けると酒だった。しかも飲みやすいけどアルコール度数の高いものばかり。
桃やらレモンやらライムやらが描かれているから間違って買ってしまうんだ!日本酒のように河童や鬼が描かれていればいいのに、と製造元へ文句を言いながら、シュラは目の前の光景をどう処理するか頭を悩ませていた。

「おらおら〜俺の酒が飲めねえってのか」
「ちょ?奥村くん、僕らまだ未成年やで?」
「うう……みんな馬鹿にしやがって!無理かどうかなんてやってみんと解らんやないか……」
「はいはい、これで涙拭きぃ」

見事に絡み酒の燐から逃げるように体を捩る子猫丸と、泣き上戸の勝呂に台拭きを渡している志摩。志摩……お前あとでバレたら怒られるぞ……
宝と出雲は酒に強いのか平然としているが、我関せずといった様子で部屋の隅で食事をとっていた。酔うのが好きなシュラは酔いを醒ます薬なんて持っておらず、こんな時に頼れる筈の医工騎士の雪男と、しえみは早々に寝落ちてしまっていた。
二人の体には全員分のコートやらマフラーが掛けられている。きっと皆、酔って判断能力が落ちていたんだろう、全員分のコートやマフラーの重みに苦しげな声を上げる彼と彼女が人の好意は重いものだと身を持って感じた夜だった。

(あーーもう、私も飲むかぁ)

霧隠シュラ(自称二十歳)が匙を投げた瞬間。まぁここは個室だし、祓魔塾の生徒と教師しかいないし、迷惑をかけるとしても場所を提供してくれたメフィストくらいだろう、彼の手中で酔っぱらうなんて危険極まりないが、今日の彼は忙しくて自分たちに構っている暇は無いはず。

だって今日は年に一度のハロウィンだから



――――Drink or Dream?――――



「トリック・オア・リュージ!」

志摩が変なお面をつけて勝呂に突撃したのは早朝のこと。それを聞いて勝呂はこの日がハロウィンだと気付いた。それにしても”お菓子か悪戯か”ではなく”お前か悪戯か”と言ってくる所が脳内桃色の彼らしい。
もしこれがアマイモンだったら”アマイモン・オア・トリート”と言うのだろうか、どっちにしても甘いものをあげなきゃいけない気がする。

「どんな意味やねん、それ」
「……犯してくれなきゃ悪戯しちゃうぞ?」

両手を組んでワザとらしく首を捻らす志摩。勝呂はその丸っこい後頭部を無言で掴んだ。

「い、痛い痛い!坊やめて!古傷がぁ!!」
「うるさいでお前朝っぱらからなにを言っとるんや」

朝から下ネタ全開の幼馴染みに何か大事なものが削られている気がする。だいたい何故に仮装が変なお面なのだろう、犯してと言うならもっとソノ気になる格好してこんかい!悪ふざけにだって手を抜くな!と、勝呂は苛々しすぎてツッコミの方向性を見失っていた。

「おはようございます坊・・・志摩さん今度は何したんですか?」

ギャンギャン騒ぐ二人に起こされた子猫丸が眠い目を擦りながらやってきた、ここで漸く今はまだ朝の五時台だということを思い出して勝呂は志摩の頭を解放する。

「痛て……なんでもあらへんよー子猫さん、起こしてごめんな」
「お前がくだらんこと言うからやろ、子猫丸ほんまスマンな」
「いえいえ」

二人して子猫丸に謝った後、何事も無かったかのように朝の日課に向かう勝呂と、二度寝をするため部屋に戻った志摩だった。志摩はベッドの上に変な仮面を投げ捨てて横になる。ああ言えば勝呂も少しはドギマギしてくれるかと期待していたが、普段から発言が大胆(下品とも言う)だからか効果は無かった。
でも勝呂に向けてああいう事を言ったのは初めてなのに反応が薄すぎないだろうか、自分には男としての魅力がないのか?いや男相手に男の魅力を使っても情欲は芽生えないだろう、自分は勝呂に芽生えさせられたけど……と悶々考えながら寝ていたら遅刻しそうになった。


* * *


朝にそういうことがあっての放課後。塾生達が教室に着くと教師陣全員で出迎えられた。どうしたのかと思えば今日は理事長の気まぐれでハロウィンパーティをすることになったそうで。授業は中止になったと雪男からウンザリした口調で言われた時の塾生達の反応は様々だった。当の理事長はお菓子好きの弟の為に世界中のお菓子を取り寄せ別室で個人的にパーティをしているらしい。
理事長邸宅の一室に案内されると、中はもうハロウィンだった。この日の為にわざわざ張り替えたのか紫と橙のストライプの壁。南瓜のランタンに、志摩はあまり得意ではない蜘蛛の巣の装飾。真っ黒なクロスがかけられた大きなテーブルには豪華な食事の数々。人間の食べ物に見えないカラフルなケーキは置いといて完璧なハロウィンパーティーの会場だった。
しかし、そこまでしといて何故飲み物だけが持参だったのだろう、おおかた貴重な酒をシュラに飲み尽くされることを恐れての事だろうがセコイじゃないか。その結果、そこで子ども達に配られたジュースが実はチューハイだったというオチだ。

(なんでこんなことに……)

完全に酔い損ねた志摩(しかし雪男にコートをかけてやった。半分嫌がらせで)の隣で勝呂はずっと泣き続けている。よく考えたら台拭きで拭けば目にバイ菌が入るので綺麗なハンカチを渡して絶賛放置中だ。

(チャンスやと思ったんやけどなぁ)

自分も酔ってしまえば、もしくは酔った振りをすれば、いつもより素直に甘えることが出来ると思っていたけれど、肝心の相手がこの調子では無理だろう。せめてもう少しマシな酔い方をしてくれればいいのにと心で嘆く志摩。

(ちゅうか折角、今度はちゃんと仮装してんのに何も言ってくれへんし)

そう、塾生と教師陣はメフィストの趣味で仮装させられていた。
燐は吸血鬼の格好。雪男は某ベストセラー小説に出てくる魔法学園の制服のような格好。しえみはシスターの格好。出雲は稲荷のお狐さまのような格好。子猫丸はチェシャ猫の格好。宝はキョンシーの格好。
そして勝呂と志摩はというと二人揃ってアラビア風の格好をしていた。恐らく王様とランプの精をイメージしている。奥村兄弟を差し置いて何故自分達がセット衣装なのかは怖ろしくて聞けない。

「……ったく、情けないなぁ坊」
「ああ?なんやて!?」

志摩の一言で涙を流していた瞳を尖がらせて額に青筋を立たせる勝呂。他の者に馬鹿にされれば悔しさに泣くだけだった彼が自分には悲しむよりも先に怒ってくれる。勝呂のこんな甘えというか傲慢さを感じる度に腹が立つけど、お前は特別なんだと言われているようで嬉しくもあった。

「ほら、そんな情けない顔いつまでもみんなに見せとくもんやあらへんよ」

窓の近くに立っていたから誰にも気付かれず抜け出すことは可能だろう。折角の食事を全然食べれていないのは惜しいけど、もういいや。志摩は勝呂の手を引いてベランダへと歩き出した。
今宵の月は半月だった。半月は満月の横顔、太陽に照らされていない部分は暗くて見えないけど大切なものは其処にあるのかもしれない。

「うーー……さっむい!なにここ寒い!室内暖かかったから余計さむ感じるわ!」
「……お前が連れ出したんやろが!文句言うな!!」
「坊は布巻いているからまだええやん!こっちは肩やら腹やらまる出しやで!?」

十月下旬の風は冷たかった。もともとそんなに飲んでない勝呂の酔いはもうすっかり醒めてしまった。記憶はちゃんとあるので自分が先程まで志摩に絡んで泣いていたことも憶えている。

「悪かったな、迷惑かけて」
「おやまぁ、アンタが俺に素直に謝んのなんて珍しい」
「俺かて自分が悪い思ったらちゃんと謝るわ」
「うそうそ、アンタはいつも自分に正直やもんなぁ」

勝呂はいつも堂々としていて、願いや理想を口に出すことを厭わない。それに相応しい人間になろうと日々努力を重ねていて、真っ直ぐで、己の信念を絶対ぶらさない。志摩とは正反対の人だ。

「……欲に忠実なんはお前の方ちゃうんか?」
「なに言ってますのー俺はいつも自制できてますえ」
「そうか?だったら……」

――そんな眼で俺を見んなや

次の瞬間、勝呂が自分を抱き寄せたかと思うと後ろへ追い詰められ、志摩はベランダの縁に半身を乗り上げた。勝呂の瞳に映る志摩の顔は少しも驚いておらず、それどころか不敵に笑って見せた。目は口ほどに物を言うとは本当だ。

「お前、今朝もそんな眼しとったな」
「なんアンタ気付いとったのに無視したんですか?意地悪いわぁ」
「阿呆、学校あんのに朝から盛れるかい」
「へぇ学校なかったらええの?」

ええこと聞いたわぁ、とニンマリ笑う。その口に溜息を吹きかけて勝呂も笑った。今朝の行動はちゃんと彼の情欲を芽生えさせていたらしい、嬉しくて、でも悔しい。言ってくれなきゃ解からないじゃないか。

「坊、いき酒くさい」
「我慢せぇ、ってかお前もや」

勝呂は片手で志摩の身体を支えながら片手で鼻を摘まむ。今唇を塞がれたら窒息してしまうんやないかな、逃げ場もないし、と考えているとまた眼の色が濃くなった。志摩が勝呂にだけみせる瞳の色だ。

「……なんやっけ?」
「はい?」
「トリック・オア……なん?」

今朝、志摩に言われた台詞、ハロウィンの常套句をもじったもの。あの時は勢いで追及し損ねたけど、後々思えば随分珍しい音を聞いた。

「トリック・オア?」

その後言われた「犯してくれなきゃ……」よりも、ある意味強烈な呪文。

「……」

ベランダの縁に座らされて前は勝呂、後ろは空。逃げ道はどこにもない。小さく息を吸って、大切な言葉のように口にする。

「……竜士」
「ハッ……了解や」

すぐそこの壁の向こう側で恩師や友人達がまだパーティを楽しんでいる声がする。しかし彼の声は宵闇に甘く響いた。

「お前が欲しいっちゅうもん全部やる」

今日だけは、明陀も立場も全部忘れて、だから。

「お前も全部寄越せや」

返事の代わりに思いきり抱き着いて、そのまま勝呂を床に押し倒した。勝呂は狡い、普段は奥手で志摩がどれだけ誘っても滅多に乗ってこないくせに、こんな時だけ手を伸ばして……到底逆らえないじゃないか。


「理性はどこやったんよ?アンタ」
「んなもん、とっくにオバケに喰わしたわ」

――今日はハロウィンやからな



屋敷の奥で悪魔が嗤った気がした。







fin