百花、三葉、四つ結びの勝呂視点 “素直な志摩”をプレゼントされた晩のこと、志摩はもしや涙腺を決壊させる薬でも盛られたんじゃないかと思うくらい、ボロボロだった。この数十分で志摩は一生分泣いている気がする……――コイツをこんなに泣かすのは今日で最後にしたいしな。 ベッドに移動した勝呂は泣きじゃくるは志摩を抱きしめて喋れる状態になるまで背中を摩っていた。こんな風に本音を聞き出すのは卑怯な気がしたが折角の友人達からのプレゼントなのだからきちんと堪能してやろうと思う。お前が今まで思っていたことを話してくれと懇願すると志摩の口からはポロポロと昔の話が出てくる。 「クラスとか近所の人達から坊が馬鹿される度なんで坊がそんな事言われなアカンねんって思ってた。坊は俺らの為にがんばってんのに、そのがんばってんの無駄とかッ関係ない人から言われたなかった……」 「うん」 「坊がいつか寺を再興させたいって聞いて、その夢を無理やって笑われるのもイヤやった……」 お前が言うか、と思う。魔神を倒したいという俺に面と向かっては言わずとも何度も無謀だと悟らせようと画策していたことを知っているから。でもそれは俺を心配してのことだから他の奴に言われるより腹立たしくはなかった。忠告を聞かず前に進むことを申し訳ないと思いはしても、一度も迷惑なんて思わなかった。 「そんで坊が泣くのがずっとイヤやった」 自分の腕の中、そう言いながら泣く志摩の涙をぬぐいながら、目を綴じた。閉じ込めた思い出をひとつひとつ思い出していけば、どの時の志摩も笑っていたと思う。なにか困難が起こっても焦ったり途惑ったり弱音を吐きながら勝呂の後ろに付いてきて、最後にはいつも「よかったですね」と笑ってくれていた。彼が本当に怒ったのなんて不浄王の時くらいだ。 「なんで誰も坊の良さ解かってくれへんの?なんで坊の上辺だけ見て怖い人やって決めつけんの?ってずっと歯痒かった」 長い間、志摩の上辺しか見て来なかった自分に贈られるにはもったいない言葉に思えた。誕生日の夜、彼を組み敷きながら聞いたのは……十七年分の愛情に違いない。 「でもな、それは悪い噂の所為やから……高校に入ったら坊の良さをわかってくれる人が沢山できるって思ってた」 「ああ」 「実際ここには奥村くん達がおった」 勝呂は深く頷く。この正十字学園に入学して初めて友と呼べる者達と出逢ったのは確かだ。 「塾のみんなだけやなくて坊はクラスの人達とも上手くやっとって……それが嬉しい筈やのに」 ずっとそれを望んできた筈なのに……。 「なんで、俺やないんやろう?って思ってしまうん」 「なにが?」 「奥村くんは坊の希望やろ?若先生は仲間で、出雲ちゃんは本気で渡り合える相手で……杜山さんは恩人で、子猫さんのことは頼りにしとって、宝くんのこと実はちょっと尊敬しとるやろ?」 「……」 志摩の赤茶けて見える瞳に涙が溜まって、赤色を濃くしていた。それを見てほんの少し申し訳ない気持ちになる。 勝呂には憧れていたものは沢山あって、最初は経を読む父の姿だったのが、次第に錫杖を振るう八百造や、明陀内部を統括する蟒へと変わっていった。話に聞くだけの三輪の先代当主や矛造だって憧れの対象となった。自己犠牲が格好いいなんて言わないが自分もあんな風に心を砕き身を削ってでも大切な者達を守っていくことのできる存在になりたかった。 そんな勝呂を皆気遣ってくれていたし志摩は心配してくれていた。守りたいと思っても結局悲しませることしか出来ていない現状で、どうしたら彼らを安心させられるんだろう。 「奥村くんが坊や子猫さんを変えた。みんなも少しずつ変わっていって、坊もみんなと一緒に変わっていった」 それは志摩だって同じで、勝呂ほどじゃなくとも奥村燐や他の塾生に影響されて変わった部分があると志摩も自覚があるだろうに。それでも彼はこう言う。 「悔しかってん、ずっと傍におったのは俺なのに!俺やない人の方が坊を理解してるとか!安心させるとか!いややねん!!」 高校に入った勝呂は同じ目標を掲げる同志にも、知りたい事を教えてくれる恩師にも、ほっとけない大切な友人にも出逢えた。あの頃のように勝呂を馬鹿にしたり中傷する者はここには一人もいない。クラスの人間や後輩にも慕われてる。昔からモテてはいたけど今はあの頃のように隠れての人気ではない。誰も誤解することなく勝呂の魅力を知っているから、堂々と彼に告白出来る。祟られた寺の子だと皆が噂する中でずっと傍にいたのは自分や子猫丸だけだったのに、今その位置が脅かされているように感じた。 志摩は切々と語った――盛られた薬の効果だと自分で解かっていて明日にはきっと酷く後悔するのだと思いながら口から出ていく言葉を止められなかった。勝呂が全て真剣に聞いてくれているのもいけない。その瞳に嫌悪の色がみられないのがいけない。言葉と一緒に体も素直になったのか、まっすぐ彼へ腕を伸ばして抱き寄せてしまった。 「坊は俺のことちゃんと好きなん?」 「なに言ってんねん……好きに決まっとるやろ」 「俺が離れて行こうとしたから勘違いしたんやない?」 幼馴染としての心配と、恋の執着とを勘違いしたんやない? そう聞いて勝呂の頭にカッと血が上った。お前は俺をなんだと思ってるんだ。 「んなわけないやろ……馬鹿にすんなや」 「……うん、ごめん。でもなぁ……不安やねん。やって俺の方が絶対坊のこと好きやし」 「はぁ?そんなん解からんやろ」 人の感情なんて目に見えないものの大きさを勝手に決めて。それに、それを言うなら絶対自分の方が志摩を好きだと自信を持って言える。 「そやね、でも坊は他に大切な人いっぱいいてるやん」 「また奥村達が……っていうんか?」 無言になった志摩に肯定ととった。確かに塾のメンバーのことは友人として大切だ。特に燐や雪男は自分のほっておけないタイプだと思っている。 本人は気付いていないけれど他人がしたくても出来ない事を簡単にしてしまい他人の力を必要としない燐はいつしか孤高になりゆる存在だ。今はまだ父の正しさを証明するという目標があるけど、その目標が達成された後の彼はどうなるのか。いつか燐が最強の聖騎士になって、魔神を倒した後、周りに何が残るというのだろう。 一緒に闘った者達ともそこで袂を分かつのだと多分まだ考えてもいない。燐がこのまま鈍感なままでいたら唯一己と同等と成り得て、実際必死に追い縋ってくれる弟の心だって容易く折ってしまうかも解からない。 そうだ雪男だって心配でしょうがない。いつも無理して自分を押しこめて……誰の弱音も聞いてくれるのに誰にも弱音を吐き出せないような、優しい人をどうしてほっておけるんだ。勝呂は自分なんかよりずっと強い、同い年の友人達の支えになりたかった。 「……せやろ?」 「あんなぁ志摩……お前アホやろ」 そうやって志摩は勝呂が他人をどう思っているのかちゃんと知っている癖に、どうしてその中で自分が特別に想われていると解からないんだろう。次第にそんなことで不安になって泣いている彼が無性に可愛らしく思えてきた。勝呂が目標の為に全力を傾けられるのは達成すれば志摩をずっと安全な場所におけると信じているからだ。自分を押しこめず何でも言えるのは、いつか志摩にも本音をぶつけてきてほしいからだ。 「お前そんなこと言ってたらもう放したらんぞ?」 「え……それは困るなぁ俺にやって都合っちゅうもんがあんのに」 「おい」 急にクスクス笑い出した志摩にもしやこのタイミングで薬が切れたのか?と顔を見ると先程よりも酷い顔で泣いている。 「志摩……?」 「放さんでええよ……お願い、放さんで……もう」 ――アンタと離れたくないっ!! そう言って感極まったのか勝呂の肩に額を押し付けてわんわんと泣き出す志摩。あまりのことに勝呂は体中に震えが走っているのだがそれにも気付かない。 「あーーもう頼まれても放したらんからな!」 「はい、はいぃ……」 ギュッと抱きしめて腕の中に閉じ込める。生涯ずっと此処に居るのだと、それだけは変わらないのだと伝わればいい。 「ちゃんとお前のこと見てるし、ちゃんと幸せにしたるから……安心して隣に居れ」 「はい……」 「お前の言う通り俺には大事なもん沢山あるけど、こんなことしたいと思うんはお前だけやからな」 抱き合った状態のまま志摩を押し倒し、額にちゅっと口付ければキョトンとした顔で見上げられた。 「へ?」 おかしいなぁ?この流れでこの先どうなるのかわからない男じゃないだろう、エロ魔神。 「……奥村達からのプレゼントしっかり受け取ってやらんとなぁ?」 「はい?ちょ?この手はなんなん……」 襟から手を入れて細い腰を撫でると涙を引っ込め、焦ったように身を捩る。そうすると余計服が乱れるのだと浴衣で育った志摩なら知っているだろうに、わざとか?いや混乱しているだけだろう。 「志摩……廉造」 「なんですか?急にフルネームで」 「廉造」 「……」 名前を呼べば、カァっと赤くなって顔を逸らした。細い首が剥き出しになって誘っているようだったので遠慮せず唇を寄せる。すると「あっ」と驚いたような声が漏れたが抵抗されることはなかった。 「廉造…」 そうだ、お前は廉造だ。確かにお前は“志摩”だけど“廉造”という一人の人間だ。解からないのなら体に刻んでやる。お前が廉造だからこそ残す愛の証を……気付けば自分も涙を流していた。 夏休みで大半の者が帰省している寮の一室で、二人は泣きながら互いの気持ちを確かめ合う。今夜の二人で、二人の一生分泣いてしまえばいい。 勝呂の誕生日はこうして終わっていった。 * * * それから一ヶ月あまり経った今日。志摩はまた勝呂の心に爆弾を落としてきた。 「えっと、あの……だからコレ誕生日プレゼントなんですって!」 「いや、もう一ヶ月前に過ぎたんやけど」 つい昨日そろそろ出雲の誕生日どうしようかーと本人以外のメンバーで話し合っていたじゃないか、と思いつつ。志摩を後ろから抱きしめながら幸せに浸っていた。 「お前これアレやろ?弁当箱もプレゼントってことは明日から毎日俺が坊のお弁当作りますーってことやろ?」 「なんでそんな面倒くさいことせなあかんのですか!材料費やって余計にかかるんですからね!」 うわっこいつ好きな人に弁当作るの面倒くさいこと言いおった!毎日弁当作ってもらってる全国の旦那様(一部の奥様)に謝れ……まぁ材料費のことは一理あるけど、自分の分も一緒に作ればコンビニで買うより経済的やないかと思う。俺のも作るなら食費は渡すし。 等と勝呂が夫のようなことを考えてる最中、志摩の心臓は大きく脈打っていた。なんだこと体制は、好きな相手とくっついていられるのは嬉しいが、夏休みを明けてから碌に接触できていなかった身にはちと厳しい、主に下半身的な意味で……どうしよう此処は学校なのに。これも朴達が自分と勝呂を二人きりになんてするからだ!と怨み言が頭に渦巻いていた。 ちなみに手作り弁当はとっくに完食されていて、志摩が勝呂の買ってきた弁当を食べているところだ。別に燐や出雲に分けてもらわずとも勝呂と弁当を交換すれば済んだことなのにそこまで頭が回らなかったらしい。 「食費はちゃんと払うで」 「イヤです。だいたいそうしたらコンビニ弁当が子猫さんだけになってまうやん、可哀想やろ一人だけ買い弁て」 「そんなら子猫の分も……」 「……そしたらただの友達弁当になってまうやん」 と言って、食べ終わった弁当の殻をコンビニ袋に入れて立ち上がろうとする志摩をまた後ろからギュっと抱きしめた。 「ちょ!やーめーてー!ゴミが捨てられんやろ!!」 「ゴミなんて後でええやん」 「いやや!だいたい坊あつっくるしいねん!放して!!」 「駄目や!もう放したらんて言ったやろ!!」 「そんな事いつ……」 ――確かに言ったなぁ、あの夜に…… 同じ事を思い出したのか二人して赤面して俯いてしまった。勝呂が肩口に顔を埋めるのでトサカが耳あたりにチクチク当たって、こそばゆい。 「ねぇ坊?」 「……なんや?」 「毎日はムリですけど、たまにならええですよ……塾も学校もなくて朝時間に余裕がある時なら作っても」 「学校ないのに作ってどないすんねん」 「やーかーらー……出掛ければええやないですか、二人で」 「……」 思いがけないデートの誘いに、勝呂がピクリと反応する。 「今は暑いからアレですけど秋になったら紅葉も綺麗やろうし……大したもん作れんけど外で食べたら少しは美味しいやろ」 いつか紅葉狩りは毛虫が出るからイヤだとか言っていた癖に、そんなことを言う。 「せやなぁ……紅葉の中で四葉の弁当包み持って歩くのもええかも」 もう一つの手は志摩の手を握る為にあるのだろうけど。 「へ?え……?気付きはったん?」 風呂敷包みの結び方が四つ葉を意味してるって、勝呂なら絶対に気付かないと思っていた。 「お前まだ俺が朴念仁のままや思っとったやろ?まぁ白詰草には悪い意味もあるけど……」 桃の花は魔除け、四つ葉は来福。 「ちゃんと俺のこと思って選んでくれたんやなって嬉しなったよ」 「……坊、アンタどうしたん?」 今日の勝呂はいやに素直だ。ひょっとして何か悪いものでも食べたのか?と疑って、直前に食べたものが自分の作った弁当だと思い合たると微妙な気分になった。 「別に」 ただここ最近の悩みの種が解消されて気分がいいだけだ。最近帰りが遅かったのも、帰ってすぐシャワーを浴びていたのも、今朝香水をまいていたのも、これを隠す為だった。それが解かると今まで感じていた疑念が晴れて嬉しさに変わる。 「でもなんか機嫌もええし」 「志摩の手作り弁当も食べられたからなあ」 「……そりゃ作った甲斐があったってもんですけど」 どうも調子狂うなぁと思いながら、志摩は秋に行くデートに胸を膨らませた。それまでにもう少し料理のレパートリーを増やさないと、バレてしまったことだし今度は燐に教わるのもいいなぁ、あそこならきっと泊まり込みでも構わないよなぁ、なんて再び勝呂を嫉妬の渦に巻き込みそうなことを考えていた。勝呂と燐が仲良しなのは気に食わなくとも自分と燐が仲良くするのは大丈夫らしい。 その時、予鈴が鳴って。名残惜しいが勝呂は志摩の拘束を解く。鞄はあるのでこのまま塾までサボりでも良かったが真面目な勝呂はそれを許さない。 「じゃあ坊、また後で」 「ああ……」 視聴覚室を出てそれぞれの教室に向かった。空になった弁当箱は勝呂の鞄の奥へ大事にしまわれてある。 志摩はこの後、案の定ニヤついていた燐に鉄槌を喰らわせることとなり、勝呂は志摩の顔やら態度やらを思い出して午後からの授業がまるで身に入らなかった。 END 前回の健全なる続きを書いたですよ〜最初の方はちょっとベッドインしてますがチューもしてないのでセーフですかね 後日 「え?子猫さんも弁当作るん?やったらこれあげます」 「へ……わー!かわええ!クロみたいな柄やん」 (わ、私の誕生日プレゼントもあれがよかったな……) (……僕のパンツと同じ柄だし) なんてことがあったりなかったり(笑) |