蓮累(1)




底無し沼は元は綺麗な泉に無数の泥船が沈んで出来たものやと聞いてます。
え?誰に聞いたって?誰やったかな?おぼえてへんわ。
最初にその泉で泥船つこうたんは一匹の猿やそうですよ?泉の中央で揺れる満月を捕まえたいと願ったんやと、アホみたい。
綺麗な綺麗な泉を汚した猿は、水底に沈みながら水面の向こうのお月さんをみて何を思ったんかなぁ?
綺麗なものに映る綺麗なものはさぞや綺麗なんやろ、綺麗なもの越しに見る綺麗なものは余計綺麗なんやろ。
図々しいアホ猿やなぁ思いますね。
そんな風にしてきっと色んなアホがその泉に泥船で入って、どんどん汚してったんでしょう。
そんで今は底無し沼や。
あーあーあー
アホや、呆れすぎて頭おかしくなりそう。

でもな、そんなもう綺麗でもない泉に入っていこうっていう物好きもいてるんですよ。
何度も何度も泥船と沈むうちに、泉の綺麗さなんてどうでも良くなったんでしょう。
泥の生暖かさに安心感を覚えたりするんでしょ……ほんま図々しい奴やと思います。
え?そんだけ覚えてて誰に聞いたか記憶にないのかて?
そうやなぁ、だってわからへんのやもん。

今までのホラ、ぜんぶ夢の話や。



【蓮累】



「はいもしもし……はぁ?またですか!?好い加減ひとりで出来るように……はいはい解りました」

一応断りを入れて席を外した勝呂だったが、それの意味なんかないじゃないかってくらい大声で電話に向かって焦ってる。
日本人は電話しながらお辞儀をするとか言うけど、彼の場合は眉間に手をやって大袈裟なくらい肩を落として溜息を吐く。
またあの師匠って奴がなんか壊したのかな?ほっとけばいいのに、今まで壊れっぱなしでなんとかなっていたのだからと思うけれど勝呂はそうもいかないようだ。

「今から行きますんで、なにもしないで待っててください」

それみたことか。

「すまん志摩、子猫丸、ちょっと師匠んとこ行ってくるわ」
「はいはい行ってらっしゃい」
「弟子っていうよりお世話係みたいですねえ」

志摩が言うと少しムッと眉を寄せたが、鞄を持ってバッと走り去ってしまう。

「……俺もちょっと寄るとこあるんで、子猫さん先に帰っててください」
「え?どこに……?」
「どこでもええでしょ」

彼から子猫丸にするには珍しい態度で冷たく言い放たれ途方にくれる、今日は久々に放課後オフだったので三人で街を散策しようと誘う気でいたのに勝呂がライトニングに呼び出され志摩の機嫌が急降下してしまったようだ。
これは二人で出掛けてもいいことないなと子猫丸は早々に諦め図書館にでも行って明日の予習でもしておこうと決める。
去っていく志摩の背中を見ながら、あの志摩でも苛々することがあるのだなと感じて、初めて見た筈なのになんだか懐かしいような気になった。

「難儀なお人たちやね」

と、幼馴染にそんなことを呟かれているとはしらず志摩は一人で街を闊歩し始めた。
元々あのまま散策になる流れだったから目的もなにもないがこのまま寮に帰ってしまうと勝呂が帰ってくるまでにこの苛々を消化できないと思った。
制服姿なので怪しい行動は避けたいが(エロ本を買うくらいは出来るかもしれないが)今は憂さ晴らしがしたい。

(奥村くんの自主練にちょっかいかけいこうかな……シュラ先生怖いし若先生の胃に穴が開いてまうかも……)

雪男は見るからに苦労人であるしシュラもあれで立派な仕事人だ。
志摩のような人狼ならば真っ先に疑われる要注意人物が単独で接近すれば彼らの心労に繋がるだろう、師への恩やら組織での立場やらその他諸々の柵が多いあの二人を志摩もそれなりに気遣っているのだ。

(俺もお仕事ーって気になれへんし)

勝呂は今頃頑張って助手の仕事をしているのだろう、そしてあの人の部屋からまた埃くさくなって帰ってくるんだろう、想像するとまた苛々と気がたってきた。
四大騎士なんてことは重々承知だが今の勝呂の姿が明陀に知れたらと思うと(髪を切ったのは評判良さそうだが)胸がずんと重くなる。
将来座主になるつもりでいるなら僧侶に弟子入りすればよいのに、あんな徳の低そうな胡散臭い奴にしなくたって……
等と思っていると、いつの間にか公園に着いていた。
噴水の前でマイナスイオンなんぞ浴びたら落ち着くかもしれないと足を進めると、よく見知った顔と遭遇した。
噴水の縁に座ってボーッと鳩を眺めている雪男、どこの草臥れたサラリーマンかと思う。
ふと、この人は師匠を亡くしているんだよな……と志摩の脳裏によぎった。
義父である聖騎士と師弟だったそうだが親子としても燐から見て違和感がない関係だったのだ。
自分だって上下関係のしっかりした家にいたけれど外から見える親子像が真実との間に齟齬がなかったように思う。
勝呂とライトニングの場合は傍から見た関係性と真実とが違う気がして吐き気がする、清廉な勝呂に嘘なんて似合わない。

「志摩くん?」

見られていることには気づいて様子を窺っていた雪男は、視線を向けながらも意識は余所に行っているような彼に首を傾げた。
信用ならないとはいえ一応は生徒なので不用心は注意せねばならないと自身がボーっとしていたことは棚に上げながら声をかける。

「あ、若先生」

今気が付きましたというように微笑みかければ怪訝な表情をされる、そして雪男は志摩を手招きして、ぽんぽんと自分の隣に座るように促した。
雪男とは以前から碌に会話していないし最近は碌な会話をしていない気がするけれど『不安』の感情を瞳に宿した彼を無視することも出来ず志摩は腰掛ける。

「なにかありましたか?」
「え?なんでそんなこと聞かはるんです?」

思わず聞き返してしまったことを後悔する。
何故なら答えを聞きたくないからだ。

「なにかあったって顔に出てますから」
「……」

ポーカーフェイスが崩れていると指摘され、グッと眉間にしわがよる。

「勝呂くんと喧嘩しました?」
「なんでそこで坊が出て来ますの」

ますますムッとした顔をすると(どうやら取り繕うのをやめたらしい)志摩は上を向いて息を吐いた。
これは図星の反応であり、自分らしくない反応だった。

「そんな顔するってことは志摩くんにとって、どうでもよくないことなんでしょ?僕が知る中では勝呂くんのことくらいです」
「断定やん」
「イルミナティ関連のことだったら周りに悟られないようにすると思いますし」
「……まぁ、そうやけど」

先程の子猫丸にもそうだったが勝呂のことで苛々していると察して欲しい気持ちがあったのだろう、無意識に
イルミナティ関連のことで苛々としていても自分で決めたことを実行しているのだから苦悩はしても他人に八つ当たりのようなことは出来ない、それなら二重スパイなど辞めてしまえという話だ。
中途半端で投げ出したって家族の半分と友人の半分くらいなら以前と変わらず受け入れてくれるだろう、聖十字や明陀から信頼できないと言われれば出て行けばいいだけのことだ。
ただ、あんなことを起こした上で明陀に骨を埋める覚悟を決めている蝮のことを考えれば自分が明陀から離れるのは彼女にとって向かい風、彼女の婚約者であり己の実兄であり明陀の次期僧正であり京都出張所所長候補の柔造がいれば家に入れなくなるという事態にはならない、そもそも二重スパイは明陀公認のものなのだから自分を追い出したりすれば体面が悪くなる。
希望的観測ではあるけれど、命さえ助かれば、自分はいつでも同じ所へ戻れると思っていた。

「ライトニングって人が坊を使ってイルミナティ引っ掻きまわすつもりやったら、解らんですよ……」

志摩は自分のことを棚に上げて、勝呂はあの組織と関わることを良しとしなかった。
心のどこかで自分は取り返しのつかないことをしてしまったと思っているから、清廉な彼に一生消えない穢れを落とされると想像するだけでギリギリと胸を締め付けられるから、自分が勝呂とライトニングの関係を快く思っていないことを他の勝呂を大切に想う人達から同意してほしい、だから話を聞いて欲しいと思った。

「本当珍しいですね」
「俺もそう思いますわ」

雪男は特別親しいわけでもなく、お互いどちらかというと苦手な類なのだけど、だからこそ相手の考えることは他の人よりも理解が出来た。
同族嫌悪が働いているのだろうなぁ、俺は嫌いちゃうけど……と、思いながら今日の放課後から今まであったことを一つ一つ説明していく、大した時間はかからなかったけれど口に出したことで少し気分が楽になった。

「噂には聞いていたけどそんなだらしないんだ……ルーイン・ライト」

四大騎士の条約の中に身嗜みという項目はないのか、そんなんでよくアーサーの親友をやっていると思った。

「……そう、だいたい面倒くさい坊に面倒みられるライトニングってなんやねん!!」

ぶすくれたように少し大きな声を出す志摩に雪男はキョトンと首を傾げて言った。

「勝呂くんって面倒くさいですか?」
「は……?」
「いや……そりゃあ塾講師として責任者として重く感じることはありますが、それは全員に言えることですし、友人として彼を面倒くさいと感じたことはないですよ?」

心底不思議そうに首をかしげる雪男に志摩は納得いかないという表情を見せる、いつも飄々としている志摩にしては珍しいと感じながら雪男は続けた。

「勝呂くん自分のことは自分で決めてそれに向けて必要な努力をする人でしょ?初志貫徹ですし、出来なくても八つ当たりしない、兄みたいに短絡的ではないから無謀なことはそうしない、したとしても聞く耳を持っていますし」

燐のように周り巻き込んで危険に突っ込むことはないだろう、と聞いて志摩は苛立つ。
不浄王の一件は身内の不祥事とあって二級の彼の所へ詳細な報告は行っていないだろうし、燐のことだから雪男に対して物凄く楽観的に説明していそうだ。
勝呂がどれだけ危険に突っ込んで行ったか知らないくせに!……と、思ったが『危険を冒す』と『面倒くさい』とは違うよなと思い直した。
雪男にとって『面倒くさい』は『危険を冒す』ことなのだろうか、幼い頃より組織に属し、その組織から自分自身の大切なものを天秤にかけられるのを見てきた雪男の考える『危険』の認識は自分と違うと思っているけれど。

「正直、自分は勝呂くんを大事にしてないくせに勝呂くんが他の人から大事にされて当然だと思ってて、勝呂くん自身が志摩くんより勝呂くんを大事にしてくれないと納得できないでいる志摩くんの方が面倒くさいです」
「なんやその認識……若先生の中の俺そんなんなん?」
「勝呂くんみたいな真面目でしっかりした人を面倒くさいって思うのは多分それ相応に相手を想っているからでしょうね……」
「坊はそんなしっかりしてませんて」
「ほら、そういうとこ」

クスっと微笑み雪男は笑う「それ相応に相手を想っている」と聞いてもツッコミが入らなかったのが可笑しい。
自分の方が危険な地にいる癖に自分より安全な所にいる人を案ずる、その人のことを考えると正しい判断ができなくなる、呼吸のようにできていた演技がままならなくなる。
志摩が本当に勝呂を好きなのが伝わってくるから、少しだけ信頼してみようと雪男は口を開いた。

「僕が、今していることは全部自分の為です」
「若先生?」
「勝呂くんだって自分を成長させたくて新しいことを始めたんでしょう、だから心配することないですよ」
「いやそれ余計心配やし、若先生は自分がどんだけ無茶してるか解ってます?」
「……それでも、じっとしている方がずっと不安なんです……強くならないと自分のことも守れない、この世界は巨大で真っ暗で無慈悲で、じっとしていただけではいつかそれに飲み込まれてしまう」

そう言って欝々と瞳を伏せてしまう雪男に、話しを聞いてもらう人選間違えたかな?と一瞬思ったけれどなんとなく迷っているのは自分ひとりではないということが解って気持ちが落ち着いた。
女の子たちの言う「話を聞いてくれるだけでいいの、解決しなくてもいいの」とはこういうことなのかと、女心だと思うと可愛いのに自分の感情だと思うと随分勝手に思えてくる。

(ごめんな、若先生)

警戒している相手の愚痴を聞いて更にストレスが溜まってしまったろう、胃腸と頭皮が心配だ。
まぁウチの和尚は虎子とラブラブなので和尚より顔の良い雪男ならハゲてもきっと良い人が見つかるに違いない。

「……志摩くんなんか失礼なこと考えてません?」
「いえいえいえ!全然なんも!?」

ジト目で睨む雪男の前で両手を振って誤魔化していると、ふっとその目が弛められて溜息のような笑顔を浮かべる、志摩もつられて苦笑した。

「若先生はこれから予定あるんですか?」
「いえ、今日は珍しくなにも用事がなくて……図書館行って明日の予習しようかなって思ってたとこです」
「そやったら俺も付いてってええですか?今日、ぎょーさん宿題出て夜に子猫さんから教えてもらおうと思ってたんですけど」
「ああ、今終わらせといたら勝呂くんと話せますもんね」
「別に話す事ないし!それに坊は自分の勉強で忙しいからどうやろ?」
「話しかけた相手をあしらうことはないと思いますよ?志摩くんと違って」
「俺は冷たくあしらったことなんぞありませんーー!!」
「では必死で呼び止める相手を無視してどっか行っちゃうとか?」
「……若先生のいけず!!」
「ふふふ、いけずは志摩くんでしょう?」
「なんでこーゆーときだけメッチャ笑顔なん!?しかもカワエエってずるい!そりゃ女の子寄ってくる!!」
「なに言ってるんですか」

などと言いながら図書館まで歩くふたりを道沿いの家の煙突の上から眺める者がいる。
とんがった緑の髪に短めの眉にタレ目、咥えていた棒付き飴をガリガリと噛み砕いている間に志摩と雪男は路地裏へ消えていった。

「人間って本当にめんどくさいですねー」

人の体を持ったからといって人間のようには生きるわけではない、だけれど自分以外のものへの印象や感想というものは抱く。
人の営みを観察していて思うことは本当に面倒くさい、数十年しか生きられない存在のくせにどうして皆自分に嘘を吐くのか……

「悪魔も色々めんどうですけど」

そう言って彼は彼の家に帰って行くのだった。



END

一応番号振りましたが今後の展開に左右されまくると思うのでもしかしたら続きはないかもしれないです(できれば勝志摩の馴れ初めとアマイモンと兄上の関係の話にしたいらしい)
ほんで雪ちゃん推しのしえみちゃん推しなので志摩+雪(カップリングではない)とかアマ+しえ(カップリングではない)とかも書いてみたい
コンビなら金兄と青ちゃんが好きですが原作で揃っての出番は諦めています


って言ってたら金兄と青ちゃんの絡みあったんですね!ありがとうございます!!