【閑】

世の中には“喋らなければいいのに”という人間がいる。見目や能力は素晴らしいのに口を開くと残念としか言いようのない者のことだ。
それは自分の旅の同行人であると勝呂は思っていた。
今現在、自分の左右に座りながら談笑する二人は頭も優秀であるはずなのに話す内容が随分と俗くさい。
柔らかに咲く花の様な少年の口からは、どこぞに良い女がいるだの、どこぞに遊びに行きたいだの。慎ましく佇む宝石のような少女の口からは、こんな悪戯が成功しただの、どこの小童をからかってやっただの。おおよそ僧侶らしくないことばかり出てくる。
二人とも綺麗な声をしているのがまた勿体無さを引き立てていた。志摩は自分で言うほど遊び人ではないし、
宝生のする悪戯も小さなもので微笑ましくていいのだけど、もう少しマシな会話は出来ないのかと思わなくも無い。

すると以前の二人はどのような話をしていたかと考え到り、勝呂はほんの少し眉間に皺を寄せた。そうだ、二人共いつも家族のことばかりを話していた。同じ敷地内に居をかまえていたとはいえ歳の離れた彼らの親や兄姉とはそれほど関わりはなかったのだが二人が事細かに語るものだから勝呂には彼らの家のことが筒抜けだった。
しかし今は志摩も宝生も家族の話を一切しない「兄が」「姉が」とうるさいくらい言っていた二人が、まるで最初からそんなものいなかったかのように。
それもその筈、勝呂が己が家を捨てると同時に同い年の幼馴染志摩と家臣の中で一番歳の近い宝生にも家を捨てさせたからだ。

幼い頃より勝呂は義理の兄から繰り返し暗殺されかけていた。義兄がどうしてそのようなことをするのか大体の理由は想像ついていたし、赤子の時に死んだ実の母も暗殺されたのだと何となく解っていた。
勝呂はそのような境遇を恨んだことも義兄を憎んだこともない、ただ、くだらないと思った。
ただ権力を手にする為に自分を殺そうとする兄達、ただ権力を固持する為に自分を守ろうとする側近達、この家にいる限り自分の命の価値は、そんなものなのだ。そんな下らないことの為に何故死ぬ思いをしなければならないのかと疑問に思った勝呂は元服を待たずして仏門に下った。
志摩と宝生は、そんな勝呂が修行の旅に出る時も何も言わず付いてきてくれた。幼少時から己に傅いてきた側近達は誰一人付いてきはしなかったのに、たった二人だけが、それが当然であるように。

勝呂は自分の左右に座して、尚も阿呆のような会話を続けている二人の声に耳を傾けた。勝呂は二人の笑った顔と楽しそうに弾む声がどんなものより己を和ませるのだと知っている。
その口から出る言葉がなんであれ、それが二人がありのままを見せてくれる証ならそれでいいのだ。もし勝呂を気遣ってのことであっても、それはそれで嬉しいのだ。
これからその心根が変われども変わらずとも、これまでの言葉が真であれど偽りであれど、今こうして傍にいてくれる二人が愛おしいと思う。

会話を止め、急に苦笑を零した勝呂を不思議そうな顔で見詰めている志摩と宝生の頭を撫でた。

家を捨てた。
故郷を捨てた。
只人であることを辞めた。
親から付けられた名もいつか変える時がくるだろう。

ただ他の何を棄てようとも、それだけは棄てられぬ心だろうなと、顔を真っ赤にさせて固まっている志摩と撫でられたことが気持ちいいというように目を細める宝生を見て静かに思う勝呂だった。