【子】

突然だが、志摩には子供がいる、まぁ実の子供ではないのだけれど。

「とぉりゃあああああ!!おとーーーーーん!!」

久しぶりに会った志摩の子供は、こちらに気付くや否や志摩の横腹に飛び蹴りをいれてきた。「ぐえ」と蛙みたいな呻き声を出して志摩は倒れる。

(おー綺麗に入ったな)

毎度のことながら感心して見ていたら、ぐったり横たわっていた志摩が上半身だけ起き上がり子供に向かって怒鳴りあげる。

「銀造!いきなし人に蹴り入れんなって何度言ったらわかるんや!!」
「なら今度から蹴る言うて蹴ったらええんやな!」
「そういうことちゃう!!」

ぎゃあぎゃあと、説教というより癇癪を起したように騒ぐ志摩とその子、銀造を眺めていたら急に背後から気配を感じた。

「志摩くんがあまり顔を見せに来ないのが悪いんですよ」

勝呂の肩がビクリと震える、ちなみに宝生も志摩の子供に構っていて近くにはいなかった。

「びっくりするから急に現れるのやめてください」

隣に立つ“ヨハンさん”に苦情を言うと、全然反省していない彼は「すみませんねぇ」と薄い笑いを向けてきた。
彼は志摩の養子である銀造を預かってくれている外国人の祓魔師、表向きは商人で、それなりに金持ちでもある。

「でも、本当にもう少し此方に来る頻度を上げて下さらないと、寂しがっていましたよ?」

ヨハンは片眉を吊り上げながら、志摩がいない時の銀造は元気がないと、今のあの子からは想像もつかない事を言っていた。いや、想像はつくか、自分だって父親と滅多に会う事は叶わなかったのだから、勝呂には志摩や宝生がいたからまだ耐えられたけれど、同世代の子が誰もいない広い屋敷に一日中いたら気も滅入るだろう。

「……すみません」

銀造の親だった志摩を旅に連れ出したのは自分だ。あの子を寂しくされているのは自分の所為だとして勝呂が謝るとヨハンはクマを飼った目を真ん丸に見開いて、また笑った。

「なに言ってるんですか、貴方に付いていったのは志摩くんの意志でしょう」

「それでも」

あんな小さな子を親許から離す原因になってしまった自分を責める。ヨハンは苦笑した。ここに来るといつもこうなるから、志摩もあまり寄りたがらないというのに気付いているんだろうか。

「まぁ、あの子にとっては貴方が父親のようなもんですからね、それで責任を感じているのなら結構です」
「へ?いや、あの子の父親は志摩やないですか」

現に「おとん」と言って甘えるのは志摩だけだ。勝呂のことも「坊」と言って慕ってくれてはいるけれど。

「ああ、厳密にいうと父親の連れ合いですね……となるとやはり貴方も父親になるんじゃないですか?」

志摩くん、結婚する気はないみたいですし、と宣まる外国人に勝呂は大きな溜息を洩らした。

「……何度も言いましたけどな、別に俺と志摩はそのような関係やありませんよ」
「おや?まだそうでしたか」
「……」

そりゃ俺はアイツが好きですけど、と頭の中で付け足す。長年言い寄ってはいるのだが一向に靡く気配のない志摩に好い加減焦燥としていた。

「アイツは俺のことそんな風に思っちゃいませんよ、あの子を養子にとったんがその証拠や」
「そうでしょうか?」
「ええ、アイツは俺の気持ちに応えられないから」

勿論、あの子への情はあったでしょうが、と今度は口に出して付け足した。ある日あの子を連れてきて『親戚の子です。妖が見えるらしいから俺が養子にとったんです』と話した顔は人の親のものだった。妖魔の類が見える子を見えない親が面倒を見るのは限界がある、だから見える自分が親になると言ってきた志摩の覚悟に勝呂は何も言い返せなかった。

「しかし本当に貴方を拒絶する気があるなら、妻を娶り自分の子を作ると思うんですけど」
「……そうなんですよ、それが解からん。俺には早く結婚しろ子供を作れって五月蝿いくらい言うてくるのに」

と、心底不思議そうに呟く勝呂を見てヨハン……メフィストは笑みを深めた。
まったく勝呂というのは自分の気持ちはあんなに明け透けに言えるくせに鈍感な人だと思う。

それか、志摩の嘘が余程巧い具合に効いているようだ。