【過】

――メフィストは志摩に聞いたことがある。

「貴方が子を作らないのは、自らの血を残して、その子を業を背負わせるのは可哀想だからですか?」

すると志摩はこう答えた。

「人の業は子供に受け継がれるんじゃありませんよ、俺の罪は来世の俺が背負うんです」

当時まだ僧ではなかった志摩は錫杖ではなく太刀に着いた血を掃いながら温度の無い声で答えた。
志摩は人殺しだ。勝呂の父の死後、急激に増えた彼を狙う刺客を片っ端から殺し続けている。

「俺はきっと最期の最期まで血を浴び続ける」

志摩は肩ほどまである桜色の髪を血の付いた手でかき上げた。嗤う、己が最期まで赦されることのない罪は、きっと輪廻を巡り己の生まれ変わりが償うことになるのだろうと。

「坊を守るために」

銀造を引き取ったのも、妖魔の見えるあの子に勝呂を守らせる為。だからメフィストに祓魔を学ばせてほしいと頼んだのだと告白する。
月は雲に隠れ僅かな光を吸った夜桜が闇夜に白く浮かび上がる。ただの人間であれば見えないものでも悪魔であるメフィストの瞳には鮮明に映る。

「ね、酷い親でしょ?」

そう言った彼の顔をメフィストは忘れない。



――物質界にいると時の流れを早く感じる。ここに在る者の命が皆儚いせいだろうか


メフィストは上質の手袋で覆われた手を顎の下に置き、死亡者名簿とワープロで書かれた紙を眺める。江戸の世より製紙技術は進んだけれど、あの頃の手書きの文の遣り取りが懐かしい。

「そうですか……明陀の十六代目が先日の“青い夜”で亡くなったと」
「はい……」

黒いコートに身を包んだ青年は深刻な表情をして、俯く。

(楽しくなってきましたねぇ)

正十字学園の理事長室で報告を受けたメフィストは椅子を回転させ、報告してきた騎士團の祓魔師に見えないよう、ほくそ笑んだ。

倶利伽羅・明陀・京の街……

あの子達が必至で護ってきたものがこれからどうなるのか……見物だ。

(魔神の落胤と同年に生まれた子供達はどうやっても巻き込まれるでしょうね)

メフィストは喉の奥で笑いを殺す。果たしてあの子達はどのような成長を遂げて再び我が元に姿を現すのか楽しみでしかたない。

ひょっとして、あの時と同じ結末を迎えるかもしれないが

(でも、それも仕方ないんでしょう?)

それがヒトが“業”と呼ぶものだと、教えてくれたのは貴方達ですよ。


悪魔は見上げる。月だけはいつの時代も変わらず天に在るものだ。