【日輪豊月園】
世界的大企業『毛利グループ』の御曹司が高校時代の友人と二人で作り上げた複合施設である。
名前だけでは一体どのような施設か解り難く「そんな名前の老人ホームありそうだな」と言った白髪眼帯の友人はハンドボール責めのち碁盤に沈められた。
もしその友人に前世の記憶があれば、創始者二人がどのような思いでそう名付けたのか察することができたであろうが生憎ながら前世の――戦国時代の――記憶を持って生まれた同世代の子どもは二人しかおらず、その二人こと毛利元就と大谷吉継も他の記憶を持たない者に前世を思い出させる気は一切なかった。
【日輪豊月園】は始めプラネタリウムと水族館が合体したような形の遊楽施設だった。
中央に聳えるドーム型の建物がプラネタリウム、天井と投影機に特徴はないが、その壁全体が水槽になっている。
水槽内以外の照明を落とし天井に星を映し出すとまるで水色の海の中から星が生まれていくように見えて幻想的だと好評だ。
他の建物は普通(一応、瀬戸内の海をテーマに作っている)だが、到る所に星型の模型が吊り下げられているし、海洋生物のショーで使うボールに惑星の模様が描かれていたり全体的なイメージとして残るのは『星の海』という言葉だった。
建物の周りにはさまざまな花が咲き誇るフラワー園があり、その中には屋台が立ち並ぶフードコートやカフェテラスがあった。
何故か敷地内に礼拝堂が出来てしまった時には大谷は絶望にも似た気持ちに陥ったが、そこで結婚式を挙げたいというカップルも多く、毛利グループが結婚産業という新たなビジネスを展開する切っ掛けとなった。

そんな【日輪豊月園】の経営陣には前世からの知り合いが多く存在していた。
記憶はなくとも戦国武将の生まれ変わりはどれも有能な人材であることには変わりなく。
「使える駒は全て我のもの」感覚の毛利と「あの時西軍に付いてくれなかった者共を今度こそ仲間に入れてやる」的な意地をみせた大谷が積極的に勧誘していたのだ。
たとえ他の企業に勤めていても引き抜いて引き抜いて引き抜いて引き抜いて引き抜いて……お蔭でいろんな企業から恨みを買ったが、これも世の常、人の常である。
その結果、竹中半兵衛・黒田官兵衛・雑賀孫一という、秀吉が現れたらそっちに付いていきそうな美形と、運がない癖にデカい夢を見てそのうち独立してしまいそうな男前と、もっといい雇い先が出来たら部署ごと寝返ってしまいそうな美人が【日輪豊月園】の経営中心メンバーとなった。
ついでにその秘書役として後藤又兵衛・前田慶次も入ってきたが、この二人もそれぞれの想い人が出て行ったらフラフラと何処ぞへ行ってしまいそうなので毛利は早急に五人の弱みを探るよう仕事を選ばないことで定評のある捨て駒(という名の元・伝説の忍)へ命じたのだった。
そして大谷はというと今生で健康な身を得たにも関わらず、優秀な経営陣を見ているうちに「われ別におらずともよかろ?」病を再発させてしまった為、プラネタリウムとフラワー園のプロデュースに専念すると言ってアッサリと経営から手を引いてしまった。
前世ではもっと深刻な病に侵されながらも刑部少輔の地位にしがみ付いていたのに……豊臣や石田へ向けるものの一割でいいから我が社への執着を抱け……と毛利は思ったのだった。

そう、今現在の大谷の仕事はプラネタリウムとフラワー園のプロデュース、戦国で悪逆非道を繰りからってた頃とは大違いだ。
狡賢いところや素直になれないところはまだあるけれど、健全な身で暮らしているからか他人の不幸をむやみに望むことはなく、これから何事もなければずっと穏やかに生を全うしていくことだろう。
大谷吉継はこの世を築いた徳川家康に一ミリくらいの感謝ならあげてもいいかなと思っていたりする、今生で再会していないから、まだ叶わないけれど……。
ああそうだ、そういえば大谷はまだ石田三成とも再会をしていない、そのことについて大谷は毛利に何も言っていない。
きっとどこかで生きているのだと信じているが……自分でも彼を見つけた後にどうしていいか解からなかった。
あの時代から四百年余りかけて魂も記憶も受け継いだ大谷の心は、今もあの時のまま石田を想っているが石田はどうなのだろう?
記憶はない可能性が高いだろう、記憶があればきっと豊臣秀吉を探し当てている筈だし、そうすれば竹中半兵衛を此処から連れ出す為に来る。
たとえ記憶があったとしてもあの頃のような戦がなければ自分が彼に連れ添う資格はない、唯一無二の親友だと言ってくれていた彼に浅ましい想いを抱き、ずっと嘘を突き通してきた己にそれは許されまいと……だから大谷は彼を積極的に探そうとはしなかったのだ。



そんなある日、フラワー園のカフェテラスで大谷吉継は物思いにふけっていた。
この菫の花壇に囲まれたカフェテラスは大谷のお気に入りの場所だ。
春には菫の花がいたる所に咲き、秋には敷地内をぐるりと囲う様に藤棚が出来るあたり彼の心情をよく表してる。
毛利も恐らく自認はしないが紫色のものが傍にあると落ち着く性分らしいので口に出して咎めたりはしない。

(……なにか良きアイデアはないものか)

手元のノートを見ながら、もう片方の手でシャーペンを器用に回す。
普段は物を書くときにパソコンを使う大谷だが日の当たる場所でパソコンを使うことに抵抗があるからと、屋外ではノートを使っていた。
ちなみに又兵衛は相変わらずノートを持ち歩いているが別に恨みを書き連ねているわけではないという(根が真面目で几帳面なので仕事用のメモでもとっているのだと推測される)豊臣時代の様に身分の差もないので馬鹿にされることも少なく、上司からも普通に認められているので性格の難もデリケートな構ってちゃんの域を出ない。
まあ、それはさて置き、大谷は尚も頭を悩ませていた。
プラネタリウム用の脚本どうしよう……と。

【日輪豊月園】のプラネタリウムは上映する際に星座の解説や星物語の朗読をしているのだが、全くの創作の時もある。
それはだいたい「そろそろ大谷の作った星の話がみたいなぁ」という冒頭にも出てきた白髪眼帯の友人の無邪気な発言を聞いた時だった。
友人長宗我部には前世で石田が世話になったし、毛利の無言の圧力も怖ろしいので、渋々引き受けているが無茶ブリもいいところだ。
観客からはかねがね好評である故に「不評だから」を理由に断ることも出来なかったが、脚本を考えるのがプロデューサーの務めなんだろうか?
前世より長いこと文を書いたり読んだりしていたから人並み以上の文章は書ける自信はあるが自分に創作の才能があるとは思えず、本職の脚本家に頼んでくれと何度思ったころだろう。
しかし長宗我部も他の友人達も大谷に星物語を作ってくれと言う、口には出さないが毛利もそうだろう。
大谷の性格上どうしても不幸要素が入ってしまうが……登場人物たちの人間味ある心情や彼らしい優しい言葉運びと美しい表現を聞いていると、普段ひねくれていて本心を隠してしまいがちな大谷が心を明け透けに語ってくれているようで嬉しいのだ。
そんなことを言えば大谷は二度と脚本を書いてくれなくなるので、大谷は何故自分に執筆が求められるのか解らないまま晴天の下ノートに向き合うことに費やしているのだった。

「わざわざ羽蟲たるわれが作らずともなぁ……この世には愉快な星物語がそれこそ星の数ほど転がっておろ」

大谷が考えずとも空の星には有名でポピュラーな逸話がいくらでもある、春だから春に見える星座の話で良いじゃないか「乙女座の話」も「大熊座と小熊座の話」も大谷は好きだ。
星々の神話は英雄譚などと違い登場する者達が妙に人間くさくて魅力的だ。
キラキラと輝く星の神話は、その光に反して不幸なものが多い、不幸な者が星となり夜空で永遠に輝くのなら一つ救済であろう。

ただ、その不幸もだいたいゼウスのせいで……

(われ神話の世界ならゼウスの為に戦ってたかもしれぬ)

不幸を撒き散らす強い男とはまたなんとも美しいことだろう、神々の父だというのに妙に子供っぽいところも良い。

(しかし主君や友人があんな浮気性だったら好きにはなれぬな……やはり太閤と三成でなければわれは……)

などと、大谷が惚けたことを考えていると背後から人影がぬっと差してきた。

「なにをサボっているんだ貴様は」

毛利だった。
くるりと体を反転させ彼の顔を見上げれば、こんな場所に似合わぬスーツを身に纏い常にある冷たい瞳を携え、腕を組んでこちらを見下ろしていた。

「サボっておるわけではない、が、ぬしとて仕事をしているようには見えなんだ」

そう訊けば毛利は今から水族館でイルカの調教師をしている捨て駒達を調教しにいくのだという、一瞬スーツでか? と思ったが、彼が水飛沫で濡れることはあるまい。
経営者だとか園長だとか関係なく毛利はこの施設にいる全生物(客も含む)のヒエラルキートップだ。
イルカだけではなくシャチやアシカやアザラシなど知能の高い海洋生物は一通り手懐けているし、本能で生きる魚達だって彼が餌を与えようと潜ればきちんと整列して順番待ちもする。
いつかプールの向かい側にいる彼に声をかけた時、因幡の白兎よろしく鮫の背を歩き渡ってきたのにはどう反応していいか解からなかった。

フラワー園にいる虫や動物達は大谷の管轄なので毛利に従順というわけではないが、恐怖の対象ではあるらしく、その証拠に先程まで花の周りを不規則に飛んでいた蝶や蜜蜂が毛利が現れた瞬間サーーッと引いていった。
大谷の足元で微睡んでいて逃げ遅れた子リスが、服の中に入り込んで震えているのを布越しに庇いながら大谷は毛利と談笑を続けた。

「そういえば長宗我部がまた珍しい魚がとれたからと持ってきていたな、後で見に行くとバックヤードの職員に伝えておいてくれまいか?」
「何故われがそのようなことを……というかあそこの捨て駒共とも懇意であったか?貴様」

己の施設で働く職員達を「捨て駒」と呼ぶのは彼の悪癖だ。
せっかく全員の名前を憶えているのだから呼んでやればいいのに……と思うが、まぁ大谷が口出しする事でもない。
そういえばフィッシュハンターをしている長宗我部も部下を「野郎ども」と一括りで呼んでいるが呼ばれた本人達はそれを嬉しそうに受け取っている。

「貴様があそこの者たちと関わりがあるとは意外だ」
「ああ、大きな魚を移動するのに我の力を借りにくるだけよ」

記憶のある毛利と大谷は戦国時代からの力を受け継いでいる、恐らく記憶が戻れば他の者も使えるようになるだろうが、そうなれば一番心配なのは闇に囚われやすい市や佐助だと、この施設の従業員として浅井や真田と再会させてやったが四人とも未だに思い出さないので無駄なお節介に終わってしまった。
同じ闇を扱う者でも石田は外に発散する術を知っているから、そう易々と呑まれたりしないだろう……と、大谷は自分に言い聞かせている。

「丈夫な網の端々を数珠につけ、その上に乗せた魚を運ぶのよ……道具要らずであるし、魚が暴れても咄嗟に対応が可能故より安全に運ぶことができる」
「……捨て駒たちに能力のことを教えたのか?」
「いや偶然それで投網漁をしている時に見つかってしまいな、ヒヒッ」

水族館の目玉になるような珍しい魚を捕まえようと夜な夜な漁に繰り出していた頃を思い出して笑った。
神通力のようなものを見てもバックヤードの職員達は落ち着いていて、ただ「その能力のことを元就様はご存じなのですか?」とだけ神妙な面持ちで尋ねられた時は、流石よく訓練された捨て駒達だと感心したものだ。

「やつらはぬしの日輪の力のことも存じているであろ?」
「ああ、以前あの光を使って干物を作っていたら……な」
「…………長宗我部も前世を思い出せば、われが捕らえた魚をぬしが干物にし長宗我部が焼くという一連の作業が出来るな」
「高速で魚を捌く役として石田も入れてやってもよいが?」

己の呪いも浄化させられる日輪の力を事もあろうか干物作りに使ってると聞いて呆れというか一種の苛立ちを覚えた大谷。
意趣返しに長宗我部の名前を出せば、すかさず石田の名を出され、動揺、毛利が大谷の前で石田の話題を出すのは初対面の時以来だ。

「フッ……相変わらず愚かな男よな」
「う、うるさいぞ毛利!」

急に大声を出したので服の中にいた子リスが驚いて背中を駆け上がってゆく、その感覚に慄いていたら再び毛利から失笑が漏れた。

「それはそうと、どうせ新しい脚本のことで悩んでいたのだろ?」
「……」
「此処とプラネタリウムの事はいつも貴様に丸投げだからな、我もたまには助言をしてやろう」

石田のことから話題が変わり、さらにアドバイスも聞けると解り一瞬だけ安堵した大谷だったが……

「そうだな――菫色の星に恋した蝶の話、なんてどうだ?」

すぐにコイツが親切でアドバイスなんてするわけがないということを思い出した。

「何故ぬしがその話を……」

菫色の星に恋した蝶とは、以前大谷が酔った勢いで書いた星物語である。
彼がいつも話に取り入れる不幸とはまた違った種の不幸……悲恋だが、ただ哀しいだけではなく。
星になった菫の花を最期まで一途に思い続ける蝶の一生を描いた。
切なくも優しい純愛の物語――

「あの日、貴様が一緒に飲んでいたのは誰だ?」

大谷が酒を飲む相手なんて毛利しかいない。
しかしあの日は何故か慶次達もいて「アンタ恋愛話は書かないのかい?」なんて聞かれて、雑賀から「この男には無理だろう……ふふ」なんて笑われて……咄嗟に「そんなことはない」と言い返したのだと、毛利から教えられた。

(思い出した……われとしたことがついつい口車に乗って……)

あんな「三成が愛おしくて愛おしくて堪らない」を全面に出した話を、一晩で書き上げてしまったのだ。
そもそも慶次と雑賀には前世で逢った時に菫色の星の話をして『われはあの星が欲しくてたまらない』と言ってしまっている。
そして石田が瀕死の重傷を負えば『菫色の星よ……われの元から去るな』と言い、石田が死んだと勘違いして涙した時も見られていた気がする。
あと『ぬしは死なせぬ……ぬしだけは……』と『われは逝くのか……残して逝くのか……?』も関ヶ原にいたなら聞いたかもしれない、いや絶対聞いている。
もし二人に前世の記憶が戻れば十中八九バレるだろう……それまで蓋をしていたのに三成に危機が訪れた時、己の今際の際になって初めて出してしまった言葉の意味を……

「……前田が思い出しそうになったら数珠で殴るとしよう……問題はあの鴉……」
「我が会社内で障害事件を起こすなよ」

物騒なことをブツブツ呟き出した大谷に毛利は軽くチョップをかました。
その拍子に肩から落ちた子リスは足早に逃げ去って行く。

「全て文章にぶつけてしまえば貴様の……前世から続く因縁のような情も上手く昇華できるかも知れぬぞ」
「……それは一理あるが」
「そうやってねちっこく溜め込んだままでは今生で嫁もとれまい」

折角健康な身体と美しい容姿を得たのだから、新しい恋をし、子を成せ。
毛利にしては優しい物言いで告げられたのはまるで「好い加減アイツの事なんて忘れちまえよ」のような親友めいた言葉だった。

「そうだな……あい、わかった」

一つ頷くと大谷は勢いよく立ち上がった。
話の内容は頭の中に棲みついているから、後はパソコンで打った方が早い。

「われ史上最高の駄作が出来上がると思うが構わぬな?」
「それを決めるのは貴様ではない、我でもない……」

刹那、強い風が吹いた。

「――だ」

紫の花弁がふわふわと舞い上がり、彼の口元を隠す。
それ以前に声が小さすぎて毛利が何を言ったか聞き取れなかった。

(まぁどうせ「観客だ」とでも言ったのであろ)

毛利と別れ、確りと己の足で歩み始める大谷は気付かない、自分の後ろ姿を見詰める痩躯。
その常なら冷たい瞳に仄かな熱が籠ったのを……




* * *





数か月後、空の上。
空の上と言っても天の国ではない、長宗我部もびっくりな空飛ぶ絡繰り飛行機の中。
ファーストクラスのゆったりシートに長身の男が三人、その内一人は横にも大きいため窮屈そうだが大人しく目を綴じ瞑想に耽っていた。

「いっやー!さすがファーストクラス!CAさんのレベルも高いっすね!」

いや、それファーストクラス関係ないよ島。

「煩いぞ左近!秀吉さまの瞑想の邪魔をするな!!」

という石田の声の方が大きい。

「すんませーん!でも久々に日本に帰れると思うとテンション上がっちまってぇ」

しかし、島は気にせず軽薄に言葉を続ける。

「ダチ公にもやっと会えるんで嬉しくてー」
「……フン」

ここで怒りを鎮めるのは彼が「友」という単語に弱いからだろうか、実はそのダチ公が徳川家の関係者だということを知ればそうもいかないだろうが……

「別に構わん、我も久々に訪れる友との邂逅に胸を高鳴らせているのだから」
「秀吉様……」

友達と会える事に対して「胸が高鳴る」とか素で言える上司に引くことなく「貴方様が嬉しそうで私も嬉しい」「いやぁ本当に良かったっすねー」という眼差しを送る二人の部下は、時代が時代ならさぞや忠臣に違いない。

「それに俺達ついに世界獲ったんすよ!凱旋帰国っすよ!帰ったら後藤先輩に超自慢してやろう!!」
「半兵衛様へのご報告が先だろう、左近」

そう戦国時代に他軍を先駆けて世界進出を狙っていた豊臣秀吉は前世で果たせなかった夢を今生にて叶えたのだ。
しかしそれは戦でではなく“服飾デザイン”の分野で、ちなみに石田はHIDE(豊臣のデザイナーとしての名前)のマネージャー、島は専属のモデルとして海外へついて行っていた。
そこへ盟友たる竹中が一緒に行かなかったのは、豊臣にあることを頼まれていたからだ。

「そういえば俺達の契約先の【毛利グループ】って半兵衛様たちの就職先っすよね!」
「ああ……御曹司が経営する施設内に結婚式場を建てるらしくてな、我をそこの専属のデザイナーにしたいと」
「秀吉様ウェディングドレスのデザインするんすか?」

似合わない、と思う。
そもそもこの外見でデザイナーというのも似合わないけれど。

「否、結婚式場のデザインから考えてくれと……あと今後その分野は半兵衛に任せるつもりだからサポートをして欲しいとも言っていた」
「へ……?え?」

島は一瞬、言葉を失った。
だが、すぐに持ち直しキラキラとした瞳で豊臣と石田の顔を交互に見遣った。

「……流石にスゲーぜお二人とも!!ね!三成様!!」
「ふん、お二方の御力を考えれば当然の事」
「三成にはそこで我の左腕として存分に働いてもらう」
「秀吉様……在り難き幸せ!!」
「はーい!じゃあ俺は三成様の手足になって死ぬ勢いで働きマース!」
「な!?左近!!私は貴様の死など許可しない!!」
「やだなぁ言葉のアヤじゃないっすか三成さま〜」

キャンキャンと他の乗客の迷惑になりそうな程騒ぎ始めた部下二人に苦笑を零しながら、豊臣はその体躯では少々窮屈なシートに頭を深く沈めた

(……しかし【日輪“豊月”園】とはまた粋な名前をつけてくれる――あの男の忠心もまた、真であったのか……)

と、窓の外に見える星を愛でる、始め二文字は確実に毛利が信仰をもって名付けたのだろうが、豊臣もまた「日輪の申し子」と呼ばれた時期があったのを思い出す。
“豊月”とはつまり豊臣の月……豊臣の未来を照らす夜の光だろう、それは豊臣秀吉であり、竹中半兵衛であり、石田三成であり、島左近であり……黒田官兵衛と後藤又兵衛も内にいれておいてやろう。
そしてもう一人……

「たしか其処ってプラネタリウムと水族館もやってるんですよね!契約前に一度遊びに行きません?」
「黙れ左近!そのような暇が私達に……」
「ああ、そのつもりだ……プラネタリウムには毛利元就園長直々に招待されているからな」
「……」
「へぇ!そうなんすか!!」
「なんでも新しいプログラムの試写会に是非参加して欲しいと」
「新しいプログラム?」
「ああ、今まで星と星座を映すだけだったものに、今回から一部実写が加わるそうだ」
「……実在の映像が映し出されるってことですか?映画みたいに?」
「そう……アニメーションを組み合わせるものならあったらしいが、実写を映すのは初の試みらしい」
「へぇ〜」
「その実写の部分は試写会の反応をみて一般上映するか決める等と毛利は言っていたが」
「ああ、つまり俺達が見て要らないって思ったらカットされちゃうんですね」

――貴様の犬のことだ、アレを「要らぬ」等とはけして思うまいが……他の理由で公開するなと喚くかも知れんな

数日前、受話器越しに聞いた謀神の面白がる声が豊臣の頭の中で木魂する。
あの男は恐らく豊臣秀吉と竹中半兵衛に前世の記憶が宿っているということに気付いている。

そして、石田三成にも思い出す余地は充分あると、キッカケさえ与えればきっと――……

「三成よ、お前がそういうものに興味がないのは解かっているが、契約主の招待だ……我が左腕として最後まで確と見届けよ」
「ハッ!」
「なんでそんなマジになってるんすかお二人共……」


島はわざわざシートから降り豊臣の前で跪く己が主に若干呆れながら、試写会が終わったら「友」を誘って水族館を巡ろうと心躍らせる。
柴田は自分といても楽しくないと言うが、何事にも無反応な柴田を連れ回し、いつどんなものに反応を示すのか知ること、それが島にとって一番の楽しみなのだ。

「ところでそのプログラムの演題、なんていうんですか?あとなんていう俳優さんが出るんですか?」

脚本があるなら題名もあるだろう、実写があるなら俳優がいるだろう。
もし好きな俳優だったら儲け物だ、ひょっとして一般には公開されない映像を見る事ができるのだから。


すると豊臣は穏やかな声で教えてくれた。



演題は【the Violet Star〜菫色の星〜】

出演するのはプロの俳優ではなくこの話を作った脚本家本人だそうだ

その脚本家は毛利の古くからの友人で、音楽も毛利の知人が作ったものらしい



「へぇ〜その毛利さんって金持ちの癖にケチなんですね」
「……」


豊臣は毛利の顔を思い浮かべた。
あの男はケチというよりも……否、今はまだ黙っておこう。

自分達が目の前に現れたら恐らく毛利は大谷と大喧嘩することになる。
そんなリスクを冒してまで企ててくれた毛利に敬意を払って彼が最初に自分達を嵌める時まで悪く言うのは止しておこう。


(なぁ三成よ)


――そうしたら遠慮なく、己の唯一無二の友人を奪い返せるな……




彼らが各々の「友」と再会するまで、あと数日。







END