病室に入ると島と、そして柴田がいた。
会社はもともと休みだったか休みをとったかしたのだろう、柴田が無理に休みをとったのだとしても他社のことなど関係ないし、彼は社内の評判など気にしないタイプのように見える、あまりに待遇が悪いなら『毛利グループ』へ引き抜けば良い。
それにこの状況で仕事へ行けと言っても柴田が首を縦に振るとは思えない。
彼が島へ向けているのは恋愛感情ではなく友情だが、ツラい時があれば自分に不利益であろうと傍にいてやりたい相手なのだろう、前世で島が柴田に対してしていたことのお返しなのかもしれない。
それでもブラック企業と名高い『織田グループ』役員の柴田を長時間休憩もさせず拘束しているのは申し訳なくなる。

「うわっどうしたんすか!?毛利さん!!?」
「……」

体の大部分を包帯で巻いている毛利を見て島は叫び、柴田は眉を潜める。
前世の大谷程ではないがやはり包帯をしている者を見れば、体に異常をきたしているように見えるのだ。

「なんでもない、かすり傷だ」

嘘を吐け嘘を、と思ったが松永のことを説明するのも面倒なので大谷も「大丈夫、ちと治療が大袈裟だがな」と呆れた風に言った。
話をすると豊臣と竹中は一度職場へ行くと言って出て行ったそうだ。
責任感の強い二人のことだから、こんな事態になっても仕事を遅らせるわけにはいかないと思ったのだろう。
北条も一度長宗我部が身を寄せる神社へ行き、鶴姫や鹿之助の学校が終わったら連れてくるという。

「……なにか生臭いが……」
「さっき長宗我部さんの部下って人が沢山魚をお見舞いに持って来てたんすけど……持って帰ってもらいました」

その時のことを思い出してか島が苦笑交じりに応えた。

「……馬鹿か」
「そう言うな毛利、あの者共は恐らく石田や長宗我部を養生させようとな?」

アニキに滋養のあるもん食べさせよう! と見舞いを持ってきた彼の部下は沢山のチューブに繋がれた男二人を見て、どう思ったのだろう。
本当のことを言えば大騒ぎすると思った捨て駒が野郎どもには詳しく二人の状態を説明していなかったのかもしれない。

「……それで、豊臣と北条から二人の容態について何かきいたか?」
「え……?」

島の顔が一気に曇る、これはやはり昨日医者が言っていた通りなのだろう。

「頭の損傷が酷いらしくて……その……もしかしたら、もう目が醒めないかもって」

今まで空元気だったのか、その瞳に涙が浮かぶ、まだ希望があると自分に言い聞かせても、我慢できないのだろう。
まったく、部下にこんな顔をさせてどうすると石田に対して怒りが湧いた大谷は一発殴ってやろうかと思ったが病人相手(しかも石田)にそんなことは出来ず睨みつけるだけに留まった。

「……なにをしておる?毛利よ」

物音がするので目線を其方へずらし、おもむろに長宗我部の布団を捲り体をベッドの隅へ動かしている毛利へ大谷はツッコミを入れる。

「眠い」
「は?」
「長宗我部、冷えているな」

と、それだけ言って長宗我部の布団の中に潜り込み、十秒もしない内に寝入ってしまった。
毛利は裂傷や火傷で微熱を帯びているから、体力が落ちて点滴で体を冷やしている長宗我部と寝るのは気持ちいいのだろう。
間違ってもチューブやらコードやらを抜きぬいてくれるなよと思うが、毛利は眠るとき微動だにしないので心配いらない。

「あの……いいんすかね?これ」
「長宗我部が起きていても嫌がりはせぬだろうし良いのではないか?毛利は昨日から眠っていないのかもしれぬしな」
「ああ、やっぱり心配で眠れなかったんすね……ひょっとしてこの怪我も寝不足で何処かにぶつかったとか?」

眠れていないのは松永の所へ行っていたからで、怪我は松永から数珠を強奪してきたからだが、島がそう思うならそういうことにしておこうと、大谷は口を噤んだ。
カシャカシャ、と音がするかと思えば柴田が長宗我部に寄り添い眠る毛利を携帯の写真機能で映しているところだった。
ちなみにこの病院は一部を除いて携帯電話の使用が許可されている。

「長宗我部さんが起きたら見せてあげようかと思いまして」
「あ、いいなー俺もそうしよ」

と言って島までまるで撮影会のように色んな角度から毛利と長宗我部を撮り始める、後で正気に戻った毛利に携帯ごと壊されるだろうが、一時的にも島が元気を取り戻したので彼の奇行も無意味なものではないだろう。

「ぬしら、今日はこれからどうする心算よ?」
「俺らですか?」
「豊臣様たちが戻られるまで此方にいるつもりですが?」
「そうか……」

少し考える振りをして大谷は言った。

「ここはわれに任せ、ぬしらも一度帰ってはどうか?」
「え?」
「毛利もこのような姿ぬしらに見られていたくはなかろうし……」

長宗我部の横でスースーと寝息を立てる毛利を見ながら続ける、彼の奇行のお陰で追い出す口実が出来たと感謝をしながら。

「看護師が点滴の付け替えにくる少し前には起こすが、その時にぬしらがおれば……何をされるか」
「それもそうっすね」

島が想像し鳥肌を立てながら答える。

「それに柴田は一度己の会社へ行き事情を説明した方がいい」

“親友の大切な人が重体なので、少しでも傍にいて支えてあげたい”と言えば、濃と明智が仕事を工面してくれるのではないかと思う。

「そうだ勝家!アンタ仕事大丈夫なのか!?」

今の今まで柴田の仕事のことなど忘れていた島は焦ったように振り返って訊ねる、柴田は「大丈夫だ」と一言告げ「けれど刑部様のお言葉に甘えたいと思います」と頭を下げた。
まったく頭を下げたいのは此方というのに、織田の教育の賜物ですぐに謝る癖でも出来たのではないか、そんなところも島が放っておけないのだろうと思うけれど。

「じゃ、じゃあ俺らまた秀吉様たちと相談して来る時間決めるので、それまで居てもらっていいっすか?」
「ああ……体をゆるりと休めて来い」

本当は一時でも長く石田の傍にいたいに違いない島が、大谷に気を遣って二人きりにさせてくれる、前世でも石田が倒れる度にそうしていた。
だから大谷も嫉妬ではなく慈愛を抱くように変わっていったのだと、今更になって気付く。

(さみしきコトよ……)

あの頃の思い出を彼と共有できていないというのは寂しくて淋しくて、だからこそ自分の持ち得た記憶を大事にしようと思える。
島と柴田を見送り、風魔が数珠を持ってくるまでの暫くの間、大谷は石田のベッドの横の椅子に座り彼の点滴のしていない方の手を握ったり撫でたりしながら過ごした。
こうして寝ていれば本当に良い男なのに、普段の苛烈な印象が勿体ない……と言っても大谷は石田のそこも好きなのだ。
指や手の甲に口付けながら、起きている時の彼の表情一つ一つを脳裏に描く。


「大谷……」

そうしているうちに毛利が夢うつつに語りかけてきた。

「どうした?」
「我の手は常なら長宗我部よりずっと冷たい」

長宗我部の腕に顔を埋めながら、寝ぼけた声で毛利は語る。

「我は以前それを……前世に罪を犯してきたからだと言ったことがある」

多くの裏切りと血に染まった手だから、こんなに冷たいのだと長宗我部に言った。
それは昔、大谷が自らの病を、前世の業によるものだと薄ら笑ったのに似ている、そんなことを毛利が話したのかと大谷は驚く。

「……長宗我部はな我のそんな戯言を信じ、前世の罪が後世に引き継がれるのかと驚いた」

毛利の声に笑いが混じる、人を小馬鹿にしているような、それでいて愛おしそうな。

「そして……我の事だからきっとその罪は誰かの為に犯したものなんだろう、と聞いたのだ……おかしかろう?我の前世など憶えておらぬくせに」

ここで毛利は完全に覚醒したのだろう、目をしかりと開け長宗我部の顔を見詰める。

「我は嬉しかった……罪がないと言われるよりずっと」

毛利が罪人であるのは確かだから、それを否定されても嬉しくはない、だが長宗我部は認めたのだ。
情を捨て安芸の為にずっと尽くしてきた毛利の生を肯定した。

「その言葉を、あの頃の貴様にも贈りたい」
「毛利……」

大谷は唖然としながら己に微笑みを向ける毛利を見詰める、彼の記憶のなかにある冷血な智将が、数百年の時を越えて一人の人間に見えた。
もし、あの頃あの病が“石田三成”の為に犯した罪の所為だと思えることが出来ていれば、きっと醜い躰すら愛せていたのかもしれない。

「……ありがとう」

自然と零れ降りた感謝の言葉を聞いて毛利は満足そうに頷き、名残惜しげに長宗我部のベッドから出た。
丁度その時、数珠を持った風魔が音もなく病室に舞い降りたのだから、二人揃って驚きの声を上げてしまった。



――さぁ、始めようか……
真昼に輝く星を眺める、奇跡のようなその瞬間を――



「ぬしは暫くそこで見ておれ」

病室に鍵を閉め、扉の前に毛利を立たせる。
風魔には床に数珠を四つずつ並べて置くように命じた。
二人のベッドの中間に立ち、大谷が手を翳すと数珠が浮き上がる。

(……懐かしい光景だな)

前世はあれを使って人を殺めてきた大谷が、同じものを使って人を救おうとしている。
やがて数珠は石田と長宗我部の頭上でくるくると回り出した。

(……あれは確か、関ヶ原で見せた)

石田と徳川の決戦の途中、死にかけた石田を回復させる為に使った術だ。
あの時もあの術は燦々と光を振らせていた。
あれは大谷の真心の光だと近くにいた石田軍だか大谷軍の誰かが呟いていた。

――あれは刑部殿の真心の光、そして命の光でございます

(命の光……?)

毛利は数珠から大谷に視線を移した。
その顔色は青褪めて冷や汗を浮かべていた。

「……大谷!!止めよ!!」

すぐに駆け寄り、その細い肩を押さえるがビクともしない。

「毛利」

気付かれてしまったか……と彼の瞳は語っている。

「我は貴様の命を削るとは聞いていない」
「それはそうよ、言っておらぬでな」

いけしゃあしゃあと答える大谷に怒りを抱かずにいられない。
どうして気付かなかったのだろう、彼のしようとしていることを彼の性格を考えれば解かる筈なのに。
もしかすると長宗我部の命欲しさに深く考えることを放棄していたのかもしれない、詭計智将と言われた己がだ!!

「くそっ」

毛利は前に伸ばされた大谷の手に自分の手を重ねた。
そこに、ありったけの力を送ると紫色に輝いていた数珠に緑色の光が混じる。

「……!!よせ毛利!!そんなことしては、ぬしまでッ……!!」
「煩い!!」

毛利が己の命を注いでいると気付いた大谷が叫ぶが、彼はそれを一刀両断する。

「大谷よ……我が関ヶ原で生き残り幸せであったと思えるか?」
「……毛利?」

どうして今そんな話をするのか理解できず、思わず気の抜けた声が漏れる。

「たしかに徳川が天下を納めたのち安岐の国は永きに渡り安寧であったがな……」

毛利の声に怒気が帯びる、その瞳には強い苛立ちと悔恨が宿っていた。
彼の前で人は皆一つの駒でしかない、安岐と中国の安寧という目的の為ならいくらでも犠牲を払えてきた。
しかし“目的を達せること”と“幸せになれること”は一致しない、己を幸せたらしめるモノなど、とうの昔に失っていたのだ。

「貴様らの犠牲の上に立つ安寧で我が幸せになったと思えるか!?」

叫んだ瞬間、より一層強い力が数珠に送られる、怪我人の毛利がそんなことをすれば、命すら危ぶまれるのに。

「我は死なぬし、貴様も死なせない!!」

あの日の毛利は石田を援護しながら西軍の武将たちが次々と倒されていく報告を聞いた。
従者の死を嘆く主の声、かつて盃を交わした者を切り裂く音、主君の死を目の当たりにした兵の泣き声、愛する者の死を受け入れられぬ慟哭。
あれを聞いて、あれを生み出した徳川が総べる天下泰平を喜べるか? あの者達の犠牲の上に立つ安寧に本当の安らぎを感じることが出来るか?
無理に決まっている、鬼に鬼だと言われ、梟には何も持っていないと言われ、味方の駒にすら畏れられ、全ての情を捨てた毛利にだって無理だった。
あの戦いで一番傷付いたのは徳川であると知っているから、彼を責めることはしなかったが、彼の築いた平和など糞喰らえだと思って余生を送ったのだ。

「あんな想いを長宗我部にさせるつもりは無い!」
「……ぬし」

だから、大谷の自己犠牲なんて反吐が出る。
情のなかった自分ですら彼らの犠牲を否定していたのだ。
優しい長宗我部や石田はどれほど苦しむか解らないとは言わせない。

「……だが、このままでは」

自分だけではなく毛利まで命の危険に晒してしまう、しかしここまできて止めることなどできない、命に代えても石田を助けたいのだから。

「!?」
重なった二つの手に、もう一つの手が加わった。
風魔小太郎のものだ。

「な……なんだこれは」

その瞬間から今まで感じたことのないような強い力が注がれていく。
透明な光が数珠をキラキラと輝かせ、石田や長宗我部へ落ちていくのが見えた。

「傷が……治っていく……?」

それだけではなく力がどんどん漲ってくるのだ。
毛利は全身に残る裂傷や火傷がどんどん癒えていくのを感じる。

「風魔、ぬしはいったい何者……」

振り返れば、風魔の体が蒼白い光に包まれているのが見えた。

「……」

普段は一文字に結ばれている口がゆるりと弧を描いて、長い前髪の奥に隠された瞳がなにかを湛えている。
その体はだんだんと透けてゆき、最後は光の粒となって天に昇っていった。




* * *




――ここは県内のとある高校。


(ああ!早く学校終わらないでしょうか!)


そこに通う一般的な女子高生、鶴姫は担任の授業を聞きながら、その内容を右から左へ受け流していた。

(あの元気が取り柄の海賊さんが入院なんて大事にちがいありません!私が行ってずばばばーんと元気を送ってあげなければ!!)

少年少女に心配を掛けたくないからか鶴姫や山中やいつきにはまだ二人が重体であることを知らされていない。
そして鶴姫は同じ空の下で大谷と毛利が自分より早く元気を送っていることも知らない。

「……?」

その時、窓が閉められているというのに教室の中に風が舞った。

――同時刻、長宗我部が身を寄せている神社にて、北条が神棚に向かい彼の回復を祈っていると、そこにも同じ風が舞いあがった。

鶴姫と北条、違う場所にいる二人の元に同じ風が起こり、そこに残ったものは……


「なんじゃろう……これはまた綺麗な」


空に透かして見れば艶々と輝く。


「宵闇の羽……」



伝説の忍びがこの世に最後に遺したものだった。




* * *



忍びが消えた病室では未だ何が起こったのか把握しきれていない戦国最強の軍師コンビ(の生まれ変わり)が不思議そうな表情を浮かべて話し合っていた。

「アレはいったい何だったのだろうな?毛利よ」
「知らん、アレは元々人間とは思えなかった者だがな」

毛利にそんなことを言われたら堪らぬよな、と大谷は溜息を吐く。
現在、毛利の体の傷が本当に癒えたのか確かめる為に彼の包帯をくるくる巻き取っているところだ。
その結果、半裸の男と向き合っていることになるが相手が毛利なので気まずいこともなく、先程浴びた風魔の光の効力をマジマジと見つめることになった。

「本当に癒えておるな……良かったヨカッタ」
「ふ……貴様も以前より肌艶がよくなったのではないか?」

ペタペタと無遠慮に裸の肌に触る大谷に対し、毛利もその頬に触れて感心したように言った。

「……テメェら何やってんだ?」

と、そこに二人のものとは違う声が落とされた。

――この声は……

「……ぬし……」

見ると長宗我部元親の目が醒め、上半身だけ起き上がって此方を睨みつけている。
そりゃあ起き抜けに自分の想い人が半裸で、違う男と肌を触り合っているのを見たのだから機嫌は悪い。

「……」
「おい毛利お前どういうつもり……痛ッ!!」

毛利は無言で立ち上がりツカツカと長宗我部の元まで歩みよりその頭を思いっきり殴った。

「嗚呼!そんな事してまた倒れたらどうする!!」

と大谷が叱るのも聞かず続けて拳で頭を挟みぐりぐりと圧迫し始めた。

「痛い痛い痛い!!いきなり何すんだ!!ていうか此処はどこ……」

石田が窓から落ちるのを助けようとしたところから記憶のない長宗我部は今の状況を全く解かっていない。
毛利はまだ怒っているようだし、自分が説明してやろうと大谷が口を開いた時、

「おおお!?」

毛利が長宗我部に抱き着いた。
勿論半裸のままである。

「もももも毛利さん!?どうなさいましたの???」

驚きのあまり姫若子返りをしている長宗我部を無視し毛利は尚も強く抱き着いた。

「……」

もうこの二人は放っておこう、大谷はそう思う。

「ぬしもそろそろ目覚めてはどうだ?」

そして石田のベッドの脇に腰掛け、銀の髪を優しく撫でながら問いかける。

「ぬしの勝手で、われらがどれ程心配したと思っておる?」

早く目を醒ませ、言ってやりたいことが沢山あるのだから。
昔から石田には心配させられてきたが今回ばかりは、

「真に寿命が縮まるかと思ったわ」

冗談ではなく、先程まで本当に命を削ってこの男を救おうとしていた。
この男を助ける為なら己の命など要らないと思っていたのだ。
でも今は、その月のような瞳に写して、その嵐のような声で呼んでほしい、早く早く。

「……吉、継?」

石田の口が開き、一番初めに言った言葉が自分の名前だった。
豊臣でも竹中でも島でもなく、自分であることに大谷の胸はいっぱいになった。

「石田!石田!気が付いたのか!?早よ目を開けぇ!!」

肩を揺らす手は優しかったが、口では必死に呼びかけた。

「吉継……?」
「ああ、そうだ!われだ!!」

その瞳が開くのを確かめた瞬間の気持ちは、初めて自分が菫の花が咲かせた時に似ている。
いや、あの時よりもずっとずっと嬉しい。

「……泣くな、貴様に泣かれるとどうしていいかわからん」
「な、泣いてなどおらぬ!うぅ」

否定しつつ語尾に嗚咽が残る大谷に石田は苦笑した。
そして自然と口から出た言葉は……


「吉継、やはり私は貴様を愛しているようだ」


彼の人生で二度目の愛の告白だった。




* * *




一週間後
石田が退院の為の最終検査を行っている間に久々に友人三人でゆっくりした時間を過ごす、大谷、毛利、長宗我部の姿が病室にあった。
石田と長宗我部は一般病棟に移されたが二人とも同じ部屋で、この一週間ですっかり仲が良くなっていた。
それを微笑ましく見守っているのが大谷で、面白くないと感じているのが毛利だ。

「時に大谷よ」

柴田がお見舞いに持ってきたドーナツを貰った本人より先に食べていた毛利が、急に真剣な顔を作り大谷に語りかけた。

「ん?なんだ毛利」

なんとか石田の好きなドーナツを死守できた大谷は安心して弛みきった顔で応える。
長宗我部も同じような表情だったが、しかし――


「貴様、我と籍を入れぬか?」


毛利の爆弾発言でその表情は凍りついた。


「……は?今なんと?」
「もう耳が遠くなったか?我と籍を入れろと言ったのだ」

いつのまにか疑問形から命令形になっているが……まぁそんな事は置いておいて、籍を入れるとはつまりそういうことではないだろうか。
大谷は目を丸くし、長宗我部の顔が勢いよく突っ伏した。
その肩がプルプル震えているが毛利は気にも留めていない様子で続ける。

「籍を入れると言っても養子縁組だがな」
「や、ちと待て毛利、いきなり何を言いやるか」

なんの冗談かと思ったが、冗談でも性質が悪い。
だいたい毛利が好き合っているのは長宗我部であって、お互いそれを認めているのに未だ交際に至っていないのは長宗我部が毛利の立場を考えた結果だ。
それなのに好きでもない同性の(しかも他の男が好きな)男と籍を入れるなど、長宗我部の今までの我慢や気遣いを踏み躙る行為ではないか、ダメだろう絶対。

「今回のことでよく解った……貴様は石田のこととなると見境なく無茶をする」
「それを言うなら、ぬしとて長宗我部の為かなりの無茶をしたであろ?」

長宗我部の顔がガバッと上がり毛利を見る「なにをしたコイツ」と顔に書いてある。
それも無視して毛利は尚も続ける。

「平和な世とはいえ何時なにがあるか解からない」
「それはそうだが」

たしかに事故などに遭った際、身内がいないのは不安だ。

「籍を入れていれば貴様になにかあった時、一番に我に連絡がくるだろう、貴様に判断ができない場合の貴様の命に関する決定権は我になるのだろう」
「……」

毛利の言葉に感動しつつ、それを聞いている長宗我部の心情が気になった。
顔を見ると案の定拗ねたように口を尖らせていた。


「我は遺言を託す相手は貴様と決めているからな、貴様もそうしろ」
「俺にはなにも言ってくれないのかよ」

前世の記憶のない長宗我部は、あの頃よりずっと慎重で思慮深い。
時々己の解からない話題で話す毛利と大谷に対しては特に多くの気を遣っているだろう、そんな彼でも流石に許せないことはある。

「……我も大谷も素直でないからな、どうせ今際の際になっても他人に本心は言えまい」
「いや、ぬしは素直よ……昔と比べればな」

前世の毛利ならずっと長宗我部を無視していただろうが、今の彼は寂しそうな声を出す長宗我部をそのままにしておけない。

「ふん、我なら大谷の本心を聞いても、知られたくない相手には言わずにいてやれるし逆もまた然り」

貴様には無理だろう? と問えば長宗我部はなにも言い返せない、口が軽いわけではないのだが、彼なら情に流され秘密をばらしてしまうことがあるだろう。

「我らは同胞だからな」
「毛利……」

今生で再会してから何度も思ったことだが、毛利は変わった。
クールビューティーは変わりないのに、時に酷くハートフルなことを言ってのける。

「それに……」
「それに?」

しかし

「我が【日輪豊月園】の結婚式場で一番初めに式を挙げるのが創始者二人とあらば良い宣伝になるではないか」

彼は商魂も逞しく生まれ変わっていた。
なんだザビー教か!? あの頃よく彼を取り巻いていたザビー教の影響か!?

「ちと待て……養子縁組であって夫婦になるわけではあるまい?」
「当たり前だ貴様と夫婦など気持ち悪い」
「それなら……」
「だが良い話題作りにはなるであろう?」
「そういう問題か?」
「大丈夫、貴様と我ならどちらがウェディングドレスを着ても似合うから」

そういう問題でもない、というか豊臣が一番最初にデザインするウェディングドレスが男性用って残念過ぎる。

「われらは二人とも男であろう?」
「大丈夫、我はそんな小さなこと気にする男ではない」
「……ッ!?ぬし少しは長宗我部の気持ちを考えやれ!!!」

自分も毛利も男性で、毛利が立場のある人物だからと交際どころか想いを伝え合うことすら我慢している長宗我部の前でよくもそんな巫山戯たことが言える。

「いいかげんにせえ!だいたい……」

籍を入れるかどうかは兎も角として、大谷が好きなのは石田なのだ。
この同性愛に厳しい世の中で石田とどうこうなろうとも思っていないが石田以外とどうこうなろうとも思えない。
だから、

「われが結婚式など挙げるとすれば相手は石田しかおらぬであろ!!」

大谷がそう叫んだ瞬間、毛利の顔がニヤリと笑った。

「それは本当か吉継ーーーーーー!!!」

病室のドアを開け、もっと大きな声で叫んだ男がいた。

「……毛利、ぬし謀ったな……」

はーーと大きな溜息を吐いて頭を抱える。
恐らく毛利は今の台詞を大谷から引き出す為、石田が検査から戻ってくる時間も計算の上で言ってきたのだ。
もしかしても彼も慧眼の持ち主なのかもしれない。

「貴様!本気で!私と!祝言を!挙げると!!」
「いちいち区切るな鬱陶しい」

感涙を流して大谷に抱き着く石田に毛利は冷たく言い放った。

「はは、相変わらずですな毛利殿」

何気に前世からの馴染みである施薬院も、呆気にとられている看護師を引き連れて病室に入ってきた。

「施薬院先生」
「検査の結果も良好ですし、この分じゃあ予定より早く退院できますな」
「ああそうだ!今すぐ退院させろ!そして祝言の準備を」
「……あのな石田、われは式を挙げるとすればぬししかいないと言っただけで、ぬしと式を挙げるとは一言も……というか交際の申込みすら断ったろう」
「え?そうなのか?大谷」
「ああ、やはり色々と立場もあるからな、ぬしらと一緒よ」
「そうかい」

創始者が同性愛者だなんて噂が立てば【日輪豊月園】の評判にも関わる、多くの社員を抱える企業の上部として同性と交際なんて出来ない。

「して施薬院よ、長宗我部の検査の結果はどうだった」
「ああ長宗我部殿も良好ですよ、体中どこもかしこも健康そのものです」
「そうか、よかった……」
「!!!」

思わずホッとした笑みを浮かべる毛利にノックアウトされそうになる長宗我部、彼には頑張れとエールを送ろう。

「……まぁ、外部にバレぬ様こっそりと付き合うなら……いいが」
「本当か!?」
「お前ほんっと石田には甘いな!?」

ちょっと目を離した隙に何やらカップル成立しそうな二人を見て、羨ましくて涙が出ちゃう長宗我部、彼には癒し系の何かも贈ろう。
そんな彼らを見て誰にも気付かれぬように笑う毛利は、自分達の分まで石田と大谷には幸せになってもらいたいと確かに想った。



――そういえば、当初は毛利が本性を現し自分達を嵌めた時は遠慮なく大谷を奪い返せると思っていた豊臣だったが、彼は裏切るどころか大谷を想い身内になろうとまでしているのを知ってどう思うだろう……


その話はまた、次の機会に――





END