この度、帰国してから数ヶ月間ホテル暮らしをしていた豊臣、石田、島の三人が社宅で暮らすことになった。
当初三人は永住するつもりで一軒屋やマンションを探していたのだが、大谷の『三成はこのまま一生、太閤や左近と共に暮らすつもりであろうか』という呟きを聞いた毛利が待ったを掛けたのだ。

『豊臣よ、この先、石田や島のパートナーが同棲したいと思った時どうするつもりだ?貴様が家を持っている所為で相手が遠慮したらどうする?二人が家を出たのち独り身で寂しいのならば竹中の家に住まわせて貰えばよかろう、大きい部屋が余っていると言っておったぞ』

と強引な言い分で三人に社宅を与えてしまった。
その時丁度その場にいて勝手に自分の家に住まわせればいいと言われた竹中も驚いていた。
そして毛利は知らぬかもしれないが竹中の家で余っている部屋というのは彼の亡くなった姉の部屋なので、色んな意味で無神経だ。
まあ豊臣であれば部屋どころか資産を丸ごとあげても良いと思っている竹中だし、亡くなった姉はねねの生まれ変わりなので自分の部屋に豊臣が住むことになっても笑って許してくれる気がした。

そんなわけで三人の住むことになったのは二階建てアパートの二階の三部屋、一階の一つは管理人室、一つは空き部屋、一つは黒田の部屋なので周囲に気を使う事はない。
同じ屋根の下にいるとはいえ、初めての一人暮らしに消極的だった石田と島だったが料理以外の家事は今までもやっていたし、上記の毛利の言葉を聞かされて『そうか、私も刑部と棲む時がくるかもしれないのだな』『いつか結婚するまでの訓練だと思って頑張るっすよ!俺!』と気合を入れなおしたのだとか。

今日はその新居の引越しの日、当人の豊臣、石田、島は勿論のこと長宗我部と黒田がその手伝いに来ていた。
生憎、大谷や柴田は来られなかったが全員体力は人百倍あるので予想より早く終わり(石田の荷物が極端に少なかった所為もある)食事でもしに行こうかと話していたところ引越しの話を聞いた伊達が夕方には酒とつまみを差し入れに持ってきたので、この場で宴会をすることとなった。
伊達が此処に向かう際、猿飛が「お引越しといえば蕎麦!蕎麦といえば信州蕎麦だよね!」と言って押し付けた蕎麦を今、長宗我部が茹でていて、伊達が麺つゆを作っていた。
黒田はテーブルに皿や箸を並べ、島は人数分の酒を作っていた、ちなみに石田は豊臣の分の配膳しかしないし酌しない。

「お前さん随分甘ったるい酒飲むんだな」

島が作っているカクテルを見て黒田が言った。

「あー勝家が「私が好きだからお前も飲め」って言って作ってくれたんすよ、そしたらハマっちまって」
「仲良いなお前さん達」
「そんなー普通っすよ!黒田さんは後藤先輩と飲んだりしないんすか?」
「又兵衛は小生とはあまり飲みたがらないからな」
「ああ……後藤先輩の酒癖きついっすからね、泣き上戸になったり、絡み酒になったり」

同じ施設に居た頃、職員に隠れてこっそり数人で飲んだことを思い出す。

「そん時、俺のこと目の敵にしてる奴がいるって愚痴ったら先輩そいつのこと殴りにいっちゃって」
「……お前さん達も仲良いんだな」

しかし酒飲んだ上に暴力沙汰って、どれだけ問題児なんだ。
後藤は職員の前では優等生面していたと聞いていたのに、それで全部ぶち壊しになったそうだ。

「その話したら勝家がなんか先輩と仲良くなりたいとか言い出して」
「へえ」

性格に少々難ありで人付き合いの下手な後藤に友達が増えるのは喜ばしいことだが黒田は少し複雑な気分だった。
だからというわけではないが無意識に話を変えていた。

「あ、柴田で思い出したが市殿が可愛がっていた居候猫がいたろ?」
(なんで勝家で市さんを思い出すんだよ……)

島の顔が一瞬ひきつる。
今生の勝家は市を姉のように思っているから恋敵ではないが、それでも勝家にとって一番大切な女性に違わず、島は市の名が出る度やきもきしていた。

「その猫に子猫が生まれたらしい」
「茶々にか?」

子猫と聞いて意外と小動物好きな豊臣が食い付いてきた。

「白いのと赤いのと黒いの三匹な」
「同じ親から随分カラフルな子が生まれてくるものだな」

石田は茶色い親猫“茶々”からどうして白赤黒の子どもが生まれてくるのか不思議に思った。

「そんで柴田が赤毛の奴を“清興”と名付けたってよ」
「へ?」
「元気が良くてちょこまか動くから、らしい……キヨって呼んで抱っこしてたな」

腕の中から抜け出し肩へ登ろうとするキヨに「こら、危ないぞ」なんて……猫撫で声とまでは言わないが、普段より甘めの声で子猫に優しく接していたと説明した。

「どーしよ勝家めちゃくちゃ可愛い……」

その場面を想像したのか、島は悶えている。
確かに恋人の行動だと思うと可愛い、が、柴田は島の親友だ。
どうしてお前ら付き合ってねえのかな、と思う事は間々あるけれど……

「あと白い猫の方は、毛利と刑部が『大谷よ、こやつに佐吉と名付けてよいのだぞ』『いやいや弥三郎と名付けてみてはどうかの?』って嫌味を言い合ってたな」
「吉継もいたのか」

子猫と戯れる大谷の図を思い浮かべて何故自分はその場に居なかったのだろうか……と石田は嘆く許可を隣の豊臣に乞うた。

「なんで二人とも好きな人の名前付けなかったんすかね?」
「さぁな、そいつが黒猫と仲良くしてたからじゃないか?」
「その黒猫って白猫の兄弟っすよね?仲良くてもいいんじゃねっすか?」
「それでも気に入らないもんさ、あの二人の場合特にな」
「ふーん」

というか、極ナチュラルに毛利の好きな人は長宗我部だと認識されているが、もはや誰もつっこまない。

「結局その猫らは何という名になったのだ?」
「“雪花”と“宵鳴”だったな、雪のように白くて夜のように黒いからだとよ…三人合わせてユキ、キヨ、ヨイって丁度しりとりみたいになるしな」
「ヨイって奴は鶴の字が可愛いがりそうだな」

と、大量の蕎麦を盛り付けた大皿を持った長宗我部が島の隣に膝を立てて座った。

「ちょっと真ん中空けてくんねえ」

そう言われたので島は既にテーブルに置いてあった、つまみ類を端に寄せた。
真ん中にどどーんと置かれた山盛り蕎麦を見て、テンションが上がる。

「サンキュ」
「いいっすよ、いっぱい茹でたんすね」
「猿おススメの美味い蕎麦だからな、きっとペロッと喰っちまうぜ?」

と言いながら人数分の麺つゆを盆に乗せてきた伊達もその隣に座る。
料理も酒も用意できたところで『ドキッ☆武将(おとこ)だらけの宴会』が始まった。
石田が豊臣に酌をしたり、島が石田に配膳したり、黒田がマイペースに食べていたりする中、猫トークは尚も続く。

「そういえばいつきが猫飼いてえとか言い出してよ」
「は?牛とか豚とかじゃなくてか?」
「アイツのことなんだと思ってるんだよ、つーか飼ってるよ既に成実が」

そう、農家をしている伊達成実の長女として生まれた彼女は既に多くの家畜と共に生活していた。

「蘭丸にペットの自慢されたのが悔しいんだってよ」
「そういえば鶴の字も山中の家の鹿が羨ましいって言ってたな」
「鹿!?鹿飼ってんのか!?」
「井伊と宇都宮んとこなんて虎飼ってんじゃねえか」
「いやいや、それだったら水族館中の生物の頂点に君臨してる毛利さんが一番すごいっすよ!」
「「たしかに」」

島の一言で猫トーク改め動物トークは終了した。



――その小一時間後

「……そして私は痛感した。吉継はやはり良く気を配れるし、私のことを良く見ている、と」

大して酔っ払ってもいないくせに、先程から大谷自慢が止まらない石田。
恋人の話など酒の肴には丁度良いが如何せん他のメンバーは独り身な為、少々うんざりしてきた。
此処に慶次がいれば盛り上がったものの……とは豊臣の談。

「秀吉様と半兵衛様の間柄には遠く及びませんが、私も吉継とよき友情を築けていると……」
「三成さま!それなら俺と勝家だって負けてねーすよ!!」

今まで惚気話として聞いていたが本人にしてみれば恋人自慢というより友達自慢の感覚だったようだ。
それに気付いた島がとうとう我慢できず口を開く。

「俺と勝家はまさに親友っつうか?高校で会って以来だいたい何するにも一緒だったし、アイツが前の職場に就職して俺が三成さまについて海外行ってる間もずっと連絡は欠かさなかったし、喜怒哀楽の半分は顔に出ない奴だけど俺はちゃんと判別できるし、アイツの方も俺が凹んでる時は気付くし、ていうか前世で俺のやった賽を生まれた時からずっと大事に持ってたとか勝家マジかわいい!!抱き締めたい!!チューしたい!!」

今まで抑えてきたものを発散するように勢い良く語り、最後は叫んでいる。
それを聞いて『お前何故それで告白する勇気が出ないんだ』と此処にいる皆が思った。
先日の件で散々見せつけてくれていた癖に。

「友情とは少し違うかもしれないが、又兵衛も小生の為によく尽くしてくれている……まぁアイツは照れ屋だから素直に認めたりはしないが……」

どさくさに紛れて黒田まで参戦してきた。
こちらは島と違って具体的な自慢はしないが、後藤のする様々な言動を自分の中で噛み締めているようだった。

「……」

豊臣は若干引いている、衆道なら見慣れていたし同性愛に偏見もないのだが、ここまで衒いもなく語られると、どう反応していいか困るものだ。
普通の恋話として聞いていればいいのか?そう思っていると、今まで黙っていた伊達が立ち上がり、島に向かって指をビシッと指した。

「島左近!!テメェが勝家のsteadyとして相応しいかどうか俺が見極めてやるぜ!」

柴田の気持ちはどうなるんだろう。

「おお!臨むところっすよ!!」

大して酔ってもいない状態でコレである、このまま酒が進めばどうなってしまうことやら……豊臣は気がずーんと重くなった。
そんな心情をよそに伊達と島は備え付けのテーブルを使って腕相撲をしようとしている、頼むから壊すなよ。

「左近、豊臣の先鋒として恥じぬ働きを見せてみろ」
「了解!!」

石田が応援なんかするから更に気合が入ってしまっている、というか先鋒ということは次は自分が誰かと戦うつもりだろうか、長宗我部あたりと……

「小生とお前さんがやったら確実に壊れてしまうだろうなぁ」
「……」

他人の家のことだと思ってハイボールをぐびぐび飲みながら気楽に笑う黒田、今度飲む時はこの男の家でしようと豊臣は心に決める。
その前に石田や島に家の物を壊さぬよう釘をさしておけばいいが、どうせ言っても壊して、壊した後に豊臣の言い付けが護れなかった事を二人して悔やむので言わない方が良いと思う豊臣はきっと子育てに向いてない人。
恐らく伊達が勝って、仇を石田がとるという形になるのだろうな、となんとなく予想が立てられる、毎日重い食材を運び重い鍋を振るい休日は剣の稽古(やはり六刀流)をしている伊達に、デスクワークがメインの島は腕力では勝てない。
瞬発力や機動力が試される競技であったなら解からないのに、まで考えて豊臣はこんな勝負でも島に勝って欲しいと考えている自分に気付き苦笑するのだった。



――結局、勝負は付かなかった。
あと少しで伊達が勝つというところで二人の握っていたサイドテーブルに亀裂が入ったのだ。
豊臣にしてみれば予想どおりだからそれ程ショックでもないのだが、最初から部屋に備え付けてあった物だからイコールこの建物の持ち主の物、つまり毛利の物を壊してしまったことになる。
面倒くさいことこの上ない。

「……えっと、その悪かっ……」
「秀吉様ぁああゴメンナサイイィィィ」
「秀吉様!!部下の失態は私の責任です!!どうか私に罰を!!」
「そんな!三成さまは悪くねっすよ!!」

石田主従の謝罪っぷりに最初は“やっべー、弁償かなぁ?”程度に思っていた伊達が引いている、黒田は“相変わらず石田は大袈裟だな”と遠巻きに見ていた。

「よい、これしきのことでお前を咎めはせぬ……」
「秀吉様!なんと寛大な!」
「ありがとうございます!!」
「左近!今後は気を付けろ!!」
「はい三成さま!!」

酔っぱらって普段より感情の起伏が激しくなっている石田と島に豊臣はフッと柔らかい笑みを零す。
この普通の人間だったら疲れてしまう心酔を好意的に受け取れるから、豊臣は慕われるのだろうなと傍から見ていて伊達は思った。

「それにしても、なぁ元親」
「ん?」
「さっきから大人しいじゃねえか、どうした?遠慮してんのか?」

伊達がそう訊ねると、今まで騒いでいた石田や島もピタリと止み、此方を見た。

「そういえばそうっすね?どうしたの長宗我部さん」
「あー……別に大した事ねえんだけど、なんつうかよぉ……こういうのっていいよなぁ……って」

少し酒が回っているのか、潤んだ瞳でこの部屋の情景を見ている。
酒瓶やつまみの殻が転がってたり、何故かクッションが積まれていたり、アルバムから写真がサイドテーブルが崩壊している部屋だが、それがまた楽しいのだ。
こうやって、西東関係なく馬鹿みたいなことをやっているのが嬉しくて堪らない。

「やっぱ俺、アンタらの事すげぇ好きだったんだろうな、あの頃から……」

しみじみと本当に幸せそうな声で言う長宗我部に、そこにいた全員が酒の所為ではなく赤面してしまう。
あの毛利が“何物にも代えられない無い”と評した笑顔がこれなのだ。

「そんなこと言ってー、一番好きなのは毛利さんなんでしょ?」
「ああ、そうだぜぇ」

島が茶化すと素直に笑顔のまま答えてくれる、どうやら皆が騒いでいる間に一人で酔っぱらっていたらしい長宗我部。
ここから普段は自制している毛利への想いの丈をぶちまけ始めた。

「毛利はほんっと綺麗……ってか美人だよな」
「吉継の方が綺麗だし美人だ」
「髪の毛とか癖があるんだけど指通りはよくてよ」
「吉継の髪はもっとサラサラしていて触り心地がいい」
「基本的には男らしいんだけどアレで結構かわいいとこもあって」
「吉継の方が可愛いだろう」
「くどくどしく見えて潔いとこもあって」
「吉継の潔さには敵うものか」
「そりゃ冷徹なとこも残ってるけど、他人にも厳しい分、自分にはもっと厳しいとことか筋が通ってると思う」
「吉継もそうだな、あそこまで自分に厳しい人間は他にいないだろう」
「賢いとこも尊敬してる」
「吉継の方が賢く思うが……」

石田はそろそろ長宗我部に怒られていいと思う、しかし海より広く深い懐を持つ彼は石田の言うことなど気にせず尚も毛利を褒め続ける。

「あとな毛利は優しいんだぜ、前は大谷限定だったけど最近は他の奴にも優しいよな」
「……それは確かにあるな」

毛利と付き合いの長い黒田が同意した。
尤も彼の場合は昔から毛利を怨んではいても根っからの悪ではないと思ってはいたのだが、他の者は違うのだろうな、と前髪に隠された両目を伏せる。

「みんな毛利に嵌められた記憶は残ってるだろうが俺にとってアイツは恩人なんだよ、あの頃も今も」

前世と今生、彼が己を想いしてくれたことを思い出すと惚れるなという方が無理な話だ。

「でも長宗我部さんそんなに好きなら、毛利さんと付き合えなくて不満はないんすかー?」

積まれたクッションの上にコロンと転がりながら島が訊ねた。
これは再会してからずっと聞きたかったことだ。
十年来の片想いをしている身としては両想いであると本人達も周りも解かっているのに付き合わないとは何事だと思う、足を上下にバタバタ動かしながら返答を求めた。

「……もうアイツに俺と大切なもんを天秤に掛けさせたくねえんだよ」

心を殺し己を欺いていた毛利でも、常に安芸や毛利家の安寧の為に生きることはツラかったろう、そのツラさを覚えさせていたのが自分であると、長宗我部は自惚れではなく確信していた。
毛利は自分を殺した時に言ったのだ『これしきの傷どうとでもなる』と……それはつまり彼が長宗我部の喪失に傷付いたということだ。

「アイツが俺の気持ちに応えられないのは、園で働くお前らに迷惑かけたくないからだ……解かってやってほしい」

創始者として経営者として園長としての立場があるから、男である長宗我部と交際は出来ないと言った毛利の心には、きっとまた大きな傷が出来たのだろう、その傷を抉らない為にも自分の気持ちを抑えていなければならないと思っている。

「アイツに対して好きや自分のものにしたいっていうより、守りたいって気持ちが強いのかもしれねえな」

ぼんやりとしたまま独り言のように呟かれた言葉に、部屋の中は沈黙に包まれる。
長宗我部のそれは一つの真実であるが、きっと他の気持ちもあるに違いないと思うのは、眼帯のされていない方の瞳が切なく揺れているから。


――ピンポーン


その時、部屋のチャイムが鳴った。
誰だこんな時間に、と石田の目が光るが家主の豊臣は素早く立って玄関の方へ向かう。

「どうした?」
「……本当にすまぬ」

玄関のドアを開けると、柴田を肩に抱えている毛利と大谷が立っていた。

「勝家!?どうしたんすか!?」

ぐったりして意識の無いように見える柴田に驚いて島が飛び跳ねてきた。

「いや、ただ酔い潰れて寝てるだけよ」
「そんなに飲んではいないのだがな」

普段は弱めの酒しか飲まない柴田だが、恐らく今日は毛利や大谷に付き合って強い酒を飲んでしまったのだろう。

「徳川の就職祝いの場所の下見で色々付き合わせてしまったからな」
「……」

それで今日、大谷と柴田が引越しの手伝いには来なかったのかと思うと多少嫉妬が湧くが、徳川と打ち解けようと努力している彼らの応援もしたいと島は思った。

「我か大谷の家へ連れ帰っても良かったが、ずっと“左近”と呼んでいたからな……引越し早々悪いが貴様の家へ預けさせてもらおうと思って来た」
「お、俺の部屋っすか?別にいっすけど……」

途惑いながらも承諾した島に柴田を預け、毛利と大谷の両腕が空く。
大谷は部屋を見渡しながら呟いた。

「われは三成の部屋に入れてもらえればいいと思ってきたのだが、まだ宴会中のようよな」
「いや、貴様がそう言うなら私は帰ろう……というかそろそろ全員帰らねば秀吉様も迷惑ではないか」

そう言って石田は部屋にいる豊臣以外の全員を睨みつける、理不尽だ。

「そうだな、俺もそろそろ帰……ってその前に毛利に謝んなきゃいけねえことがあるんだよ」
「なんだ」
「これなんだけどよ」

結構アルコール度数の高い酒を飲んでいた割には軽い所作で立ち上がった伊達が、毛利に自分達の壊してしまったサイドテーブルを見せようと脇にズレる。

「これ俺と島が壊しちまってな、悪ぃ、ちゃんと弁償するから」
「そんなことより……」
「へ?」

毛利の視線はサイドテーブルには注がれず、代わりにテーブルに突っ伏している銀髪の男の後頭部をジッとみていた。
てっきり怒られると思って身構えていた島も目をまん丸くして其方を向いた。

「随分飲んだようだな、長宗我部よ」
「あー?毛利か?アンタなんでこんなとこいんだよ?」
「我の持ち物に我が来たら悪いか?それとも我に聞かれてはマズイ話でもしていたのか?」
「あぁん?んなわけねえだろ……?」

色んな意味で聞かせられない話はしていたが悪口などは誰も言っていない。
が、酔っ払いの長宗我部には碌な言い訳が出来なかった(そもそも言い訳が苦手な男だ)

「……その調子では一人で帰れまい」
「ああ?」
「仕方ないな」

と言って毛利は自分より一回りは大きい長宗我部を担ぎ上げた。

「ッ!?」

驚いて暴れようとする長宗我部をギュッと握り込むことで黙らせ。

「じっとしていろ、落とされたいか?」

そう脅すとその大きな体はピタッと動きを止めた。

「黒田、貴様の家に来客用の布団はあるだろう?借りるぞ」
「あるけど、一人分しかないぞ」

毛利の言葉を瞬時に『長宗我部を泊めろ』と翻訳した黒田は、二人分の布団はないと説明した。

「よい、我は帰るからな」

今は不在の管理人室にでも泊まればいいと思ったが、他人の匂いのするベッドなどでは眠れないだろう。

「邪魔をしたな豊臣」
「うむ、気を付けて帰れ」
「言われずとも……行くぞ黒田」
「待てよ、重いだろ?小生が代わりに抱えようか?」
「……よい」

そう言って、毛利は担いでいた長宗我部の腰にそっと耳を寄せた。
聞こえてくるのは心臓の音ではなく、腹の音だが、愛おしく思う。

「貴様は触れるな」

――明日の朝、この男が自然と起き上がるまで、けっして触るな
――我はこうして、この男が酔っぱらっている時くらいしか、触れられないのだから

そんな瞳をして黒田を見る。


「へいへい、わかったよ……ったく、お前さんの荷物は持たせてもらうぞ」

そう言って手を差し出す黒田はやはりお人好しなんだろう。

「じゃあな、おやすみ」
「あい、おやすみ」

彼らが出て行った後、大谷以外の人間は暫く呆然とその場に立ち竦んでいた。

「……」
「……」
「……」
「……」
「zzz」

なんというか、まぁ……


「見せつけられちまった感じだな?」


やっとの事で伊達が吐いた言葉に、一同は深く頷いた。


「……黒田の家に泊まったこと後藤が妬かぬと良いがな……」
「ああ、このことは絶対に言わないでおこう」


これにも一同、深く頷いた。

「私達も帰るか、吉継」
「あい」

さてさて宴はこれでお終い

「じゃあな豊臣〜今日は楽しかったぜ」
「様を付けろ!様を!!」
「伊達さん、今日は美味い肴ありがとうございました」
「おう、勝家のこと頼んだぜ」
「それでは失礼致します!秀吉さま!!」

こうしてそれぞれ違う家に帰る、今日から皆の独り暮らしが始まったのだ。
初日から想い人を泊めてしまっているが、気にしない方向で――




「……ここの片付け、我ひとりでするのか?」


片付けて帰る筈の石田と島は、大谷と島が泊まるということで頭がいっぱいで頭がそこまで考えが回らなかったらしい。

引っ越してきたばかりの自分の部屋の散らかり放題の惨状を見て豊臣は何度目か解からない苦笑を零したのだった。









END


秀吉さま超いいひと