彼に言われたことを、よく憶えている、執念深い方だから貶し言葉はよく憶えているのだ。
ただ、あの言葉はただ人を不快にするだけではなかった。
彼の異国語交じりの言葉は本人は意図していないだろうが日本語しか知らない相手を翻弄される。
こちらを馬鹿にしているのか挑発しているのか、はたまた憐れんでいるのか、そんな言葉ばかりだったと思うけれど、仲間を労う優しい日本語もいくつか耳にした。
大谷は最後に対峙した戦いで片眼の竜に言われた言葉が、どれに部類されるのか解らない。

『テメェは忍みたいだな』

彼が忍の生き方を良しとしないことは知っている、忍そのものが悪とという認識はないが主として忍を使うことを厭っている、伊達のそういう傲慢なところを真田の忍は嫌っていた。
それはそうだ猿飛の主は忍使いなのだから、真田を好敵手とし認めていたのは真田を武士としか見ていなかったから、彼の主は忍使いとしても優秀であったのに、そして伊達は猿飛に宛がう相手を自らの右目である片倉とした。

『アイツらは主から剣だの翼だの言われながら平気な顔して傷つき穢れられるんだ』

滅多に見れるものではないが奥州にも忍はいる、その忍達は他の武士同様に伊達を慕っているのは、彼が彼らの中にある人間を肯定してきたからだ。
大谷も忍の生き方は軽蔑されるくらいが丁度いいと思っている、魂を傷付け身を穢す仕事に誇りを持てとは言えない伊達は、きっと真田とは違った意味で彼らに優しいのだろう。

『なんで自軍の為に命懸けて戦ってる癖に自分のやってきたことをアイツとは無関係みてえな顔してんだよ?テメェの傷はテメェの大切な者の傷になる、そしてテメェの穢れはテメェの大切な者の穢れになるだろ?』

たとえ仲間であっても己の義と他の義が相容れないことはよくある、だから同じ軍の中でも諍いが起こるのだろう、同様にたとえ敵であっても己の義とよく似た義を持つ者と出逢う、もっと別の場所で会っていれば伊達はきっと石田にとって良い友となっていたかもしれない。

『……ぬしは優しいな』

それが、伊達の問いへの答えになっていないと知りながら大谷はそれしか言えることが見つからなかった。

『Huh?アンタからそんなこと言われるなんて思わなかったな』
『ああ、われもだ』

自分がこのように素直な言葉を漏らすのは、相手の最期が近いという証になるのではないか、だが、ぼんやりしていて勝てる相手でもないだろう、本多忠勝との戦いに備えここは戦闘を避けておきたい。
ただ、それ以上に伊達を生かしておきたくはない。

『吉祥の龍よ……われはぬしを全力で倒したくなった』
『そいつぁ光栄なこった‥‥‥‥Last danceと洒落込もうぜButterfly?』

異国語が混じったなら、もう先程のような会話は無しということか、それでいい。


(われの傷はわれのもの、われの穢れはわれのもの、三成とは関係ない)


すべては義の為、三成の為――それはすなわち己が為――




* * *




現在の大谷は忍達とも仲が良い、仲が良いというか馬が合うと言った方が正しいのか、あの時に伊達から言われた言葉は正しかったのだろうなぁ、とフードコートの脇でかすがと共に猿飛を慰めながら遠い目を空へ向けた。
園内にある飲食店を職員が利用してもいいことになっているが一般客が優先なのでオフの日以外は皆一番空いている時間帯にしなければならない、現在は午後三時半、昼食を摂るにしては遅すぎる。

「また真田のお見合いが失敗したのか?」
「うん」
「もうこれで何度目だ?」

深く落ち込みながらチマチマと伊達印の弁当を口に入れている猿飛へかすがが訊ねると彼は箸を咥えたまま頷いた。
かすがは【ペンギン歌劇団】という劇団のトレーナーをしている、ここの職員ではないが時々水族館へ公演しにやってくるし、猿飛とは前の職場の同僚だった為、こうして一緒に過ごすことも多い。
付き合っているのではと噂される事もあるが、かすがは相変わらず前世の主にベタ惚れしているし、猿飛も恋愛事より前世の主の世話を焼くのが楽しい様子で、大谷から言わせると二人は兄妹のような関係だった。

「女とまともに話せない奴にお見合いさせようってのが間違いじゃないのか?お前のところの大将」

大将とは武田信玄のことである、前世同様に上杉謙信と親交も深いので嫉妬の入ったかすがの評価は厳しい。

「うーん……まぁそうなんだけど」
「あの見た目と性格ならばさぞやモテそうなものなのに……おなごが苦手とは勿体なき事よな」
「私のことも未だに破廉恥と言ってくるのはどうにかならないのか?たしかにあの男には刺激が強いと思うが舞台衣装なのだから仕方ないだろ」
「かすが普段着も露出多いじゃん、まぁ似合ってるからいいと思うけど謙信さんから何も言われない?」
「謙信さまはいつも褒めてくれるぞ「わたくしのうつくしいつるぎ、そのしろきはだをぞんぶんにみせつけてやりなさい」と言って!!」

それって舞台上だけではないか? 普段着は大人しい方がいいと本音では思っていないか? と思ったが彼女が嬉しさのあまり遠くへトリップし始めたので放置しておくことにした。

「好い加減、大将も諦めてくれたらいいんだけど」
「真田がキッパリ断らぬからであろう」
「いや、旦那は断ってるんだけど……その度に騙し討ちみたいな感じで大将がセッティングしてて」
「……それは真田が引っかかるのを見て面白がっているだけではないか?」
「だと良いんだけど」

良くはないだろう。

「毛利もよく見合いを薦められるが上手く断っておるぞ」
「うちの旦那が毛利の旦那みたいに器用な真似できると思う?」

無理だろうな、というか毛利は世間には隠しているが身内には長宗我部が好きだと隠していないので断りやすい。
しつこく薦められた時には「男と駆け落ちしてやろうか」と脅すと有効だと言っていたが、それを実行できる勇気と度胸と……そもそも男への恋愛感情を持つ男などそうそういないと思う。

「旦那、相手の親御さんウケは良さそうなんだけどなぁ」
「たしかに娘婿には最適よな」

真面目で礼儀正しく職も安定している、それにアレは年上から可愛がられるタイプだ。
以前それで「皆から弟のように甘やかされるという事は男として魅力がないと言うことぞ!男なら兄のように慕われねばな!!」と毛利にビシッと指摘されたこともある。
しかし弟のような愛嬌があるというのも男の魅力の一つではないか、というか「兄のように慕われる男」って、それでは毛利自身も駄目ではないか。

「しかし娘婿にしたいが己が婿にしたいと直結しているわけではないよの……嫁というのは母ではないのだから己が夫を甘やかすより甘やかされたいものよ」
「ええー?そうかな?だって大谷さん石田さんに甘いでしょ」
「待て、われは嫁になった憶えはないぞ、それに……われはこれでも石田に甘えておるつもりだ」
「……どこが?」

と、訊かれて言葉に詰まる。
たしかに傍目からは石田が一方的に大谷へ絡んでいって、大谷がそれを許容しているように見えるだろうが、大谷は石田に構われることが何よりも嬉しいのだ。
猿飛であればその大谷の気持ちも理解できそうなものだが、今生の彼は鬱陶しくなれば平気で真田を投げ飛ばしたりしている(真田の身体能力があれば問題ないが)従者でなくなった故に遠慮というものが殆どない。

「なに面白そうな話してんだ」

その時、紅茶と焼き菓子を乗せた盆を持って伊達が現れた。

「ほらサービスだ、有り難く受け取りやがれ」
「わー!どうしたのコレ!」

美味しそうな菓子を目の前に猿飛のテンションも上がる、最初に落ち込んでいたのが嘘のようだ。
実際、猿飛は真田のお見合いが成功することを特に望んでいる訳ではなく、ただ武田が薦めたお見合いが失敗したことを憂いでいただけだった。

「昨日ウチんとこのガキが夜中に作りたいって言い出してよ、分量間違えて沢山できちまったんで食べてくれよ」

まるで我が子の様に言っているが、いつきの事だ。
近くで農家をやっている伊達の親戚の子供で、時々泊まりにくるらしい。

「ほんと?ありがと竜の旦那!」

素直に礼を述べる猿飛は前世のように伊達を嫌ってはいない、今生の伊達は片倉と同い年で、猿飛より十は年上だからか伊達が猿飛を可愛がっているようだ。
比目を優しげに細めて猿飛の茜色の髪を撫でる姿が、戦国の世でレッツパーリィしていた男よりも随分大人に見える。

(そうか、前世とは年齢差が違うという場合もあるのよな)

もしも自分と石田の年が遠く離れていて、自分が赤子のようであっても老人のようであっても石田は愛してくれていただろうかと思うと背筋が凍った。
恐らく変わらず愛してくれていただろうが、今生で死に別れる可能性がその分高くなる、願わくば石田とはまた同じ時期に亡くなりたいものだ……今度は老衰で、穏やかに――

「ところで、アンタ恋人に上手く甘えられないんだって?」
「のぉ……何故そうも話が飛躍しておるのだ」

三人の会話の最後の方だけを聞いていた伊達は、てっきり大谷が猿飛達に恋愛相談していると思ったようだった。

「たしかにお前は少し石田に対するアピールが足りないように思える」

と、暫くトリップしていたかすがが戻ってきた。

(ぬしはアピールし過ぎのように思えるぞ)

男女だから堂々と出来るということを差し引いても「謙信さまラブ」を全面に出し過ぎだ。
上杉もそんなかすがを満更でもなく受け入れていたりするが交際までは至っていないらしいので、今生の軍神もなにを考えているか解からないなと溜息を吐いた。

「佐助もかすがも大谷の恋人知ってんのか?」
「ふふふ、俺様たちの前の職業なんだと思ってんの?」
「そんな自慢できるようなことはしておらぬであろ……」

猿飛とかすがが以前務めていた職場は最上が経営する民間のスパイ派遣会社だったが、二人ともターゲット先の方を気に入り腰を落ち着かせている、猿飛はこの園へ産業スパイとしてやってきて今は広報部で働いているし、かすがも始めは上杉の元へ何かを調べに行ったらしい。
スパイとして二人を雇った会社から怨みを買っていそうだが、最上が損害賠償でも払ったのだろう……新しい職場で何も問題なく過ごせている、ちなみに最上は今生でも伊達の親戚にあたるそうだ。
やはり東軍に属していた者は天涯孤独の身ではない、前世の自分と血縁である事も多い、それが何故かこの県に集まっている。

「へぇ?今度紹介してくれよ」
「……相手が良いと言ったならな」

顔くらいなら見たことがあるかも知れないが、豊臣達の職場では大抵島か柴田が買い出しをしているし、頻繁に誰かが差し入れに行っているから弁当や軽食を売っている伊達の店には来ないだろう。

「友達に紹介もさせてくれない恋人なのか?やっぱり甘えられてないんじゃねえの?お前」
「ちがう!あやつはああ見えて照れ屋であってな!」
「ああ見えて……って会ったことねえから分かんねえよ!」
「相手が謙信さまのようであれば美し過ぎて紹介したくないという気持ちは解かるような気もするが……」

先程からかすがの言葉のどこかしらに惚気が入るのが鬱陶しいが、そう思っているのは大谷だけのようで、伊達も「だよな!相手が可愛いと勿体なくて見せらんねえよな!」と賛同してるし、猿飛も「破廉恥ィーーって叫ばれちゃったらイヤだしね」と少し二人とは違った意味合いで賛同していた。

「ていうかさ、大谷さんは甘える以前に相手に不満の一つも言えてないんじゃないかって感じするよ」
「……不満か?」
「そうだな謙信さまであれば不満など出てきようがないが、アイツならいくらでも出てくるだろうに、お前は愚痴の一つも零さないし」
「だよねぇ、あの人の我儘にだいぶ振り回されてるんじゃないの大谷さん」
「ぬしらがあやつの何を知っておるというのだ……」

一瞬“われの彼氏が元忍コンビからの印象が悪すぎる件”というタイトルで脚本が書ける気がしたが、毛利から「ふざけるでない」と鉄拳を喰らうに違いない。

「本当に不満の一つもねえの?」
「……うーん、そうよなぁ」

今でも寝食を疎かにしてしまうことがあるが豊臣が言えばきちんと食事や睡眠を摂るし、もともと理由がなければ暴力を振るうことは無かったが今の世ではその理由もなくなり暴力を振るう事が完全になくなった。
真っ直ぐで馬鹿正直で人付き合いが苦手というところもあるが、彼のそういう所を長所だと思ってくれる様な長宗我部と会い仲がよくなったし、伊達に紹介すればきっと良い友人関係を築けるだろう。
自分では気晴らしが苦手とは言っていたが、この園内にいる美しい魚や花に自然と癒されているように見えるし、休憩時間などを使って散歩に誘えば精神的に落ち着いているようだった。
今生では比較的早く島に出逢っていたからか前世よりも下の者への気遣いが出来る、公平でいい上司として多くの者から慕われていく未来が見えた。
そうやって石田の仕事や私生活が充実していくなら大谷は何も不満に思うことはない。

ただ……すこし気にかかるとすれば

「われの相手は最近まで海外にいてな、日本に帰ってからはホテル暮らしをしているのだが」
「へぇ」
「最近ホテル生活では気が休まらないからと、部屋を探していて」
「そっか、やっとそんな余裕が出て来たんだね」
「ああ……」

彼らが帰国してからの慌ただしかった日々を想い、心から労わりの声が漏れた。
石田だけではなく豊臣や島にも身も心も休まる場所が出来れば良いと思えるのだが……

「それでな……当然のように上司や部下と暮らすつもりらしく」
「え?」

今までホテルで三人暮らしだったのを、今度はマンションか家で三人暮らしをするつもりのようだ。
あの石田をひとりで生活させるのは少し不安ではあるし気心の知れた者同士で住むのはきっと良いことだ
体の弱い竹中は心配性な両親の為に実家で暮らしている、彼の亡くなった姉ねねの位牌もあるので家を出る気はないと言っていた。

「不満とまではいかぬが……それが、なにかこう、心に引っかかるように感じるというか」

島は柴田に惚れている以上は誰とも結婚は出来ない、それは大谷と交際している石田も同じだろう、豊臣も今生こそは添い遂げようと思っていた相手が既に故人だった為に独身だ。
だからきっと三人はこのまま一生一緒に暮らしていくのだろうと、大谷はそれを微笑ましいことと感じながら、どこかで寂しいとも感じている、別に家族のような三人の絆を引き裂くことなど望んではいないから、どうして自分がこのような想いを抱くのか解からない。

「それは、不満に思ってもいいことだと思うぜ」
「そうだな……」

猿飛が真田の見合いが失敗したと漏らしていた時の百倍は重苦しい空気が辺りを篭める、大谷は居た堪れない気持ちになった。
やはり人前で吐露する気持ちではなかったのだ。
たとえば毛利が聞けば「石田を貴様の家に住まわせればいいだろう」と軽く言ってくれそうで、なにも相談できていない、そして石田の意志ではなく自分と暮らすことを強要したくはなかった。

「あの三人が一緒に棲むのを厭だというわけではない、それは真よ」
「うんうん、わかってるけど、やっぱりどっかで寂しいと感じちゃうんだよね」
「相手のことを考えれば、怒るわけにもいかないしな」

元忍コンビがうんうんと共感してくれるのを聞いて、少しだけ気が軽くなる。

「お前も毛利あたりと一緒に棲めばいいじゃねえか、そしたら相手もちょっとはお前の気持ち解かるんじゃねえか?たしか家広いって言ってたよな」
「ヒヒッ……毛利が棲むにはセキュリティが足りぬであろ、それに毛利とは高校の寮で同室であったが……あんな生活は二度と御免よ」

――あれはまさに女王様といえばいいのか……相当マゾヒストな捨て駒か、同じくらいマイペースな長宗我部辺りでなければ耐えられぬであろうな……

そう遠い目をしながら語る大谷を前に伊達と猿飛とかすがは何も言い返すことが出来なかった。




* * *




「それでさぁ、三成様ってば可笑しいんだぜ……って聞いてる?勝家」
「ああ、聞いてるよ」

業務にひと段落がついたところで、気分転換に本部内を散策し出した島と柴田。
久々に島と二人きりになれてテンションの上がった島は先程からマシンガンのように喋り続けている、自分でも何を言っているか解からない彼の話題は石田や豊臣のことばかりで、柴田はというと本当に石田達のことを慕っているのだなぁと感心するのだった。

「折角だから豊臣氏や石田殿になにか買っていこうか」
「ああ!そうだな!売店行こうぜ!!」

と、二人共オフィスに籠り仕事をする上司達の為に職員用の売店に行ってしまうのでフードコートの伊達との面識があまりないのだ。

「……いや、水族館の売店に行ってみないか?」

しかし、今日は柴田が本部渡り廊下で繋がっている水族館まで行きたいと言い出した。
別にそう距離も違わないから構わないのだが柴田がこんなことを言うなんて珍しいと島は切れ長の瞳をぱちぱちと瞬かせた。

「ん?なんかあんのか?」
「……今週から新しい菓子が発売されているらしく、毛利様が美味いと言っていたから」

石田や豊臣の話ばかりする己のことを棚に上げて、柴田の口から他の男の名前が出たことに一瞬面白くないと感じた島だが、相手が毛利なら嫉妬するだけ無意味だと思いすぐに満面の笑顔を作る。
滅多に自己主張をしない彼が珍しく自分の望みを言ったと思ったら「お菓子が食べたい」だなんて可愛らしいではないか、二つ返事で了解し水族館まで柴田の手を引っ張って進んだ。

「……これと、これ、あとこれもいいか?」

夕方になり客もまばらな店内で、両手にいくつも菓子を抱えて買ってもいいか島に窺う柴田にデレっとした顔で頷く彼の頭には「いつでも買いに来れるのだから何もそんなにいっぺんに買う必要はないだろう」という発想はなかった。
それよりも早く買ってオフィスに戻らなければ石田から般若の如き表情で怒られるに違いない。

「では、買ってくる!」

心なしか嬉しそうにレジへ向かった柴田に「先に外出てるな」と声を掛け、売店の外へ出た。
正面に海洋生物と触れ合えるコーナーがあるので何気なくそこを見ていると、ひとりの少年が目に入った。

「たっくん!?」

島が大声で呼ぶと、その少年が振り返り、島の顔を見て笑みを浮かべた。
年の頃は十もいかないだろうか、その子がとてとてと駆け寄ってくるので島はしゃがみこんで、手を広げた。

「久しぶりだなー!元気にしてたか?」

その子を抱き上げ訊ねると小さな頭を上下に振って返事をくれる。
茶色の目をギュっと細めて笑うのが可愛くて思わず“たかいたかーい”をした後くるくる回転してしまった。

「左近?この子どもは?」

すると売店から出て来た柴田が背後から島の肩に顔を置いて尋ねてきた。

「ひっ!なんだよ勝家!!」

すぐ真横にある柴田の顔にドキドキしながら固まる島を無視して、柴田は島の肩に顔を置いたまま目線を子どもの方へ向けている。

「はじめまして私は柴田勝家です。あなたの名前は?」

彼は基本的に島以外の人間には敬語だったが、小さい子どもに対してもそうなのかと今気付いた。

「あー……勝家、この子な喉の病気で声が出ないから」
「そうなのか?じゃあどうやって話せばいい?」

肩に首を置かれている状態なので少し横を向かれただけで頬が触れそうになる、柴田はなにを思ってこんな体制になっているんだろう、いや恐らく島の腕に持ち上げられてる子を正面から見据えようとしてこうなったのだろうから子どもを下に降ろせば離れてくれるだろうが、それはそれで勿体ない気がして島は動けなかった。

「こっちの言葉は聞こえてるからイエスノーかジェスチャーで答えられるような言葉を掛ければいいよ」
「そうか……えっと、あなたは左近のお友達でしょうか?」

すると子どもが大きく頷く。

「私も左近の友達です」

耳元でいつもより高めの柴田の声を聞いて島はドキリとする。
てっきり子どもは苦手かと思っていたが近くに蘭丸がいたので柴田は思いのほか子ども慣れしていた。

「左近、この子の名前は?」
「え……ああ、確か親戚の人に引き取られて名字変わってんだよな……」

漸く地上に降ろされた子どもの隣へ島が回って、柴田へ紹介した。

「俺はたっくんって呼んでるけど、名前は忠勝くん……たしか名字は今“徳川”だったよな?え?違うの?前のまんま?」
その子と島の遣り取りを聞いているうちに、柴田の顔から笑顔が消えた。

「じゃあ“本多”のまんまか……勝家、この子の名前は“本多忠勝”くん」


見下ろすと片目だけ赤みの強い子どもの瞳がまっすぐ此方を見上げている、眼差しの強さは“あの人”と変わらない。
この世界のどこかにいるかもしれないとは思っていたけど、いつか遭うかも知れないと思っていたけど……

「あなた一人で来た訳ではないでしょう?今日一緒に来た人は……?」


柴田は、声が震えなかった己を褒めてやりたいと思った。



* * *



「へぇ〜じゃあアンタ息子さんの病気を治す為に引っ越してきたのか」

水族館へ魚を届けにきた長宗我部は、その帰りに子どもとはぐれた父親と出会った。
迷子センターへ案内する道すがら彼とその子どもの話を聞く、父親と言っても十歳の子がいるような年齢には見えないと言うと、実の子どもではなく養子だと教えられた。

「ああ、こちらに名医がいらしてな、息子は明日から入院するからいいのだが、ワシの方はまだ職も住む場所も決まっておらん」
「はぁ?なんの準備もなく引っ越してきたのかよ?荷物は?泊まるとこはどうするんだ?」
「暫くは車暮らしだろうな……まぁどこか住み込みで働けるところを探すよ」

日の半分は病院で過ごすから大丈夫だと言われても心配せずにはいられない、何故なら彼はアニキだからだ。

「……アンタこの後、時間あるか?」
「え?この後は……特にないな、明日は子どもの入院手続きとかで忙しいと思うが」
「よし!じゃあとりあえずウチに来い!そしてこれからのことを話し合おうじゃねえか!!」
「ええぇ!?」
「こうなったら乗りかかった船だ。とことん世話焼いてやるぜ」
「いや、待て、お前とはさっき出逢ったばかりだし、そこまで世話をやく義理は……」
「病気の子を一晩でも車ん中で過ごさせたくねえってだけだよ」
「……」

それを言われると辛い、が、彼にはホテルに泊まるだけの余裕はなかった。
義理の息子の病気を治したい一心で、仕事も辞め故郷を飛び出してきたんだ。
治療費や入院費を考えれば、無駄な金は一切使えない。

「な?ここは俺にまかしとけよ」

結局その笑顔に押し切られる形で長宗我部の家へ向かうことになった。

「名乗るのが遅くなったな、俺の名前は長宗我部元親、アンタの名前はなんていうんだ?」
「ああワシか?ワシの名前は……」


昔からそうだが、名乗る時は少し照れくさく感じる、なんせ、天下統一を果たした男と同じなのだから――



「徳川家康というんだ」



* * *




柴田がその夜、毛利と大谷に緊急で収集をかけたのは言うまでもない。







END