あの戦いより先、一番気にかけていたのはこの男の事ではないかと思う。
関ヶ原西軍武将にあって唯一の生き残り、毛利元就。
冷たい風貌と良くない噂ばかり目立つ人物であったが長宗我部の語る彼は、それだけではなかった。
そんな毛利の事を、敵ではあったが天下の頂を目指し切磋した同士と思っていた。

もう戦いは終わったのだ。
これから共にこの国の安寧の為に尽くして往けば、いつかは解かり合える時が来るのだと思っていた。
勝手に、勝手に、思っていた。

小早川が零していた愚痴を、聞いているつもりで全く聞いていなかったのかもしれない。
虐めた方は忘れても、虐められた方はいつまでも憶えている、それと一緒で、人にはけして消えない傷があることを……未来ばかり見ていた自分は聞いていなかったのかもしれない。

――この国に住む全ての人が、後ろを振り向いた時、昨日を思い出す時、真暗な過去を照らしてくれる太陽はお前だけじゃない――

長宗我部にとっての太陽はこの男だが、この男にとっての太陽は恐らく長宗我部ではない。
きっと毛利は、この世の誰よりも太陽であろうとした。
彼を日輪の申し子と、この地に住まう人間が口々に言った意味を漸く思い知った。

『貴様は我から我を奪った……』

毛利が病に罹ったと聞いて文字通り飛んできた徳川は、彼の枕元で最期の会話をした。
今までのことを考えれば、こうして彼の部屋へ通されることが奇跡のように思える。
今際の際にも本音を言わないと思っていた彼が吐き出すこれは、紛れも無き真実であろう。

『我を孤独から救いたいだと?笑わせるな……』

徳川の心を読んでいたかのように語る毛利。
そうだ一人だけ生き残してしまった彼をけして孤独にせぬよう、彼の護ってきた領地と民をそのまま残し、あの時戦った他武将が集まる祝いの席にも必ず出席させた。
敗軍の主には不適合と言える扱いをしていたかと思う、そして彼は幕府の命に逆らわず、徳川の与えたものを守り繁栄させてきた。
そんな彼が――言った。

『我は己すら失ったのだ』

不義に等しい言葉を、否、これが彼の真実なのだとすれば“不義”等と名付けるのは間違いだ。
それが正しいと信じ“絆”を掲げてきた己は受け入れなければいけない、己が彼にもたらした“結果”を。

『孤独にもなれぬわ』

大谷が毛利を同胞と呼んだのは、二人の情の形が似ているからだろうか……――
きっと石田の正気を失わせた時に酷く怯えたことだろう、石田がいなくなれば大谷は己を失ってしまう、この世に生はあっても心の全ては消えて無くなってしまう。

『それでも、お前は独りじゃない』

床に臥せる彼が唯一精気を保っている瞳が自分を鋭く貫いたのを感じた。

『長宗我部を愛しているのだろう?今も……』
『我の前であの男の名を口に出すな、不愉快だ』

本気の怒りに彼の中に宿るものを見て安心する、そして長宗我部を愛している事を否定しない彼にも安堵した。
毛利は頭がとても良く、だから幼くして気付いたのだろう、あの戦乱の世では情を残したまま大事なものを護ってゆくのは難しいと。
なにも最初から心を持たず生まれたのではない、既に己の心よりも大切なものを見つけていたから心を捨てる決断ができたのだ。

――でも――

『ワシの言葉を聞き怒りを覚えるのは……お前の心が此処にあるからだろう?』

それは、毛利が己を失っていない証ではないかと徳川は言いたかった。

『約束しよう、もう誰も情を棄てずとも良い国を作ると……死んでいった者達の夢はワシらが必ず叶えてみせる』

幾年をかけようとも成し遂げてみせるから、だから、もう一度この国に生まれて欲しい。
秀吉も半兵衛も、西軍にいた者達も、これまで亡くした全ての命が安らかに暮らせる時代が絶対に来る。

『そしたら、これまで耐えてきた分、貴方は幸せになるんだ』
『黙れ、貴様は最期まで我を苛立たせるか』
『そんなつもりはない』

最期なんて言わないで欲しい、けれど逝かせてあげたい気持ちもある。
あの世で共になれなんて言わない、きっと長宗我部は極楽にいて、毛利は地獄へ堕ちるのだろう。
再会があるとすれば、この世の未来(さき)だ。

『毛利……お前は長宗我部を忘れてやるな、アイツを憶えている限りお前は孤独にはならないから』
『……貴様に言われるまでもない』


――忘れてたまるか。
――貴様が忘れても我だけは憶えている。
――あの男は……あの男の事は必ず……今度こそ……我が


うわ言のように呟きだした毛利から目を逸らし徳川は立ち上がった。

『じゃあな、毛利……ワシはもう発つよ』

きっと毛利もこの世で一番憎む相手から看取られたくはないだろう、どうか、安らかに眠れ。
自分もいつか同じ場所へいく、そして……
もう一度、皆に逢いたい。


何をするわけでもなく……喧嘩してでもいい、無視されなければ上出来だ。




* * *




大谷は猿飛やかすがと別れ自分のオフィスで本日の仕事をしている最中に柴田からSNSで収集を掛けられた。

【緊急でお知らせしなければならない事ができました。集まれる方は今夜七時に婆裟羅屋の前においで下さい】

SNS上で前世の記憶持ちグループを組んでいる、そこに書き込んだので黒田も同じ文章を見ている筈だが彼は毛利の別荘の庭に露天風呂を作りに行っている最中だから来れないだろう。
毛利も今は忙しくてプライベート用の携帯を見る余裕すらないのではないかと思う。
彼の書き込みを見て集まったのは結局、大谷と片倉の二名のみだった。

「すまぬな、毛利は本家に呼び出され今は県外におるのよ、明日の朝、われから伝えておこう」
「いえ……皆様へ収集を掛けてしまったものの、もしや毛利様の耳に入る前に刑部様に相談した方が良かったのではと思っていたところでしたので」

婆裟羅屋と呼ばれる大型のショッピングモールの駐車場で柴田は待っていた。

「そんな大変な話なのか?」

片倉が聞くと柴田はコクリと頷く。

「はい……ここでは話しにくいので私の家に行きましょう」

此処から歩いていける距離というが柴田の車があるのでそれに乗り込んだ。
自分の車を駐車させるので後で「買い物をして帰らなければな……」と、近所のスーパーの方が安いのに等と金持ちらしからぬ所帯じみたことを考えながら外の風景を眺める。
携帯の番号を交換しているとはいえ、片倉とはほぼ初対面に近いのだ……前世のこともあるので色々と気まずい。

「なぁ大谷さん」
「なんだ?」

彼から“さん付け”で呼ばれたことに驚く、こちらも“片倉さん”と呼んだ方がいいだろうか? と思っていると大谷の考えが読めたのか苦笑された。

「悪い、俺のことは呼び捨てでいいから」
「ならば、ぬしもわれのことを呼び捨てするといい」

前世と違う呼び方をされるのは違和感がある、石田に“吉継”と呼ばれるのは嬉しいが他の者からの呼び名は変わらない方がやりやすい。

「そうか、大谷……アンタに逢ったら礼を言っとかなきゃなって思ってたんだ」
「礼だと?ぬしにそのようなものを言われる覚えはないが」
「アンタになくても俺にはあるんだ……大谷吉継は俺の命の恩人だからな」
「はて、そのようなことあったかの?」

身に覚えのない事で礼を言われるのは気持ちが悪い、と目で問うと暗い車内でも解かるくらい片倉の顔が翳った。

「……あの時、政宗様を殺さないでいてくれただろ」

あの時とは関ヶ原の合戦中のことだろう。
――政宗様にとっては屈辱だったろうが、俺は感謝している……、感謝という字が似合わぬ苦々しい表情をしながら彼は紡いだ。

「……別に情けをかけたのではない、本多との戦いが残っておったから体力の温存よ」
「動けない相手にトドメを刺すのにそんな体力使うかよ」

片倉は吐き捨てるように言った、感謝しているとは言ったが当時を思い出せば複雑な事も多いのだろう。

「……あの時死んだアンタにこんなこと言うのは酷だろうが、命を捨てるつもりで挑んだ戦いの後……政宗様と共に奥州の地を踏めたのが嬉しかった」

噛み締めるように呟かれた言葉に胸の奥が痛み出す、自分は軍師として石田を西軍の皆を勝たせてやれなかった。

「何年か後に政宗様が病気で逝っちまうんだが、その後ゆっくり身辺整理も出来たし奥州を任せられる後継者もいたし……」

伊達政宗が死んだ丁度一年後の命日、片倉小十郎は腹を切った。
我ながら良い生涯であったと誇りに思う。

「政宗様も勝家のことは最期まで悔やんでいたが、満足して逝かれたろう……それなら俺が悲しむ理由なんてどこにもない」
「片倉氏……」

自分の死のことを悔やんでいたと聞いて、運転席の柴田から声が漏れる。

「テメェも……大事な奴を護る為に魔王に勝負を仕掛けたんだろ?立派な最期だったさ」
「しかし私はあの男を苦しめてしまった……」

あの時、島が織田に嬲り殺されるのが厭で飛び出してしまった。
石田の為にいつも無茶をする島へ対する怒りもあった。
島が殺されるのを見るよりは自分が殺された方がマシだと思ったが、庇われた島の方がどうだったろう。
自分の名前を呟くその声は苦しげで深い悲しみに満ちていなかったか?

(私の所為で……左近は)

柴田はハンドルをギュっと握り絞める。
結局、致命傷を負っていた島は柴田が死んだ後すぐに事切れたと聞く。
最後の力を振り絞って見開かれた自分の瞼を閉ざしたのだと、その力を使って敬愛する主の名前を呼ぶことが出来ただろうに……

「柴田、あのな……ぬしが左近を大事に想うように左近もぬしを大事に想っておったと思う……だから、あやつの最期をそう気に病むな」

大谷だって、石田が仇敵である徳川と戦っている時に一瞬でもその思考を己へ向けさせてしまったことを今も申し訳なく思っている、そう謝れば石田は怒るだろうから言わないだけで、一生消えることのない懺悔だろう。
だから柴田の気持ちは重々解かるが、島の気持ちだって理解しているつもりだ。

「前世で苦しめた分も今生で楽しませればよいのよ、左近を喜ばせたいのなら、ぬしの心身がいつも健やかであること……左近はぬしの笑った顔をこの世で一等好いておるぞ?」
「……私も、左近の笑顔が世界で一番好きです」
「然様か……ぬしは本に愛い子よの」

と、大谷が慈愛の笑みを浮かべる横で、片倉は極道然とした表情で足元を睨んでいた。
大方(左近って野郎、勝家とどんな関係なんだ?)とでも訝しんでいるのだろう、大谷は少し愉快になる。

「着きました、こちらの二階になります」

柴田の住まいは大企業に勤めていた割には普通のアパートであった。
贅沢を好む人間ではないから本人的にはこれくらいで丁度いいかもしれないが、見た目がか弱そうで一般人より収入の多い柴田が住んでいる部屋がこれでいいのだろうか?と疑問に思う。
前世の記憶がある柴田なら大抵の人間は自力で追い出せるだろうが、警戒心が薄いところがあるし心配になってきた。
いっそ自分の家に呼び寄せてしまおうか……少し石田に申し訳ないと思うが彼も豊臣や島と一緒に棲んでいるのだからお相子だろう。

そんなことを考えている内に柴田の部屋の前に着いた。

「どうぞお入り下さい」
「ああ邪魔するぜ」
「邪魔するの」

狭い玄関に大の男の靴が三足分並ぶとそれは狭く感じる、靴箱は天井まであって沢山入りそうだが客を呼ぶには不便に思う。

「ちょっと台所見せてもらうぜ、勝家」

片倉はそう言って片倉は独り暮らしをしている子どもの部屋にきた親の如く冷蔵庫の中をチェックし始めた。
飲み物と果物と菓子類しか入っていない殺風景な中身に眉を顰める。

「食材を腐らせるよりはマシだが少しは料理くらいしろ」
「……もうしわけありません……」
「まあ俺や政宗様の差し入れ食ってんなら最低限の栄養は摂れてるだろうが……また今度なんか作ってやるからな」

やはり親に怒られてシュンとなっている子どもと、怒り過ぎたかと慌ててフォローを入れる親の図に見える。

「若い男の家にしては片付いておるの」

一方大谷は子どもの恋人を査定する親の如く部屋の中を見回した。
物が殆どない石田の部屋とはまた違って、物が置いてあるのに綺麗に片付けられていて、好感が持てる。
ソファーは一人用だが座布団は幾つか置かれているしテーブルもそこそこ大きいので島一人を迎えいれるなら及第点だ。
ただ壁に市の写真(とても良い笑顔なので隣に浅井がいたのだと思うが市しか映していない)や濃や明智や蘭丸と一緒に撮った写真が飾られているのを見て、浮気症かと思ってしまった。
いやいや柴田にとっては家族写真のようなものだし別に島と恋仲というわけでもないのに浮気だと言うのは間違っている。
(よく見ると左近と一緒に撮った写真も飾っておるしな)

高校時代から十年来の付き合いだという島の写真もチラホラある、助っ人で参加したというテニスの大会で優勝した時に獲ったトロフィー(島とダブルスだったらしい)や文化祭の演劇で特別賞をとった時の賞状(何故か島とヒーローヒロインを演じたらしい)も飾っている。
こうしてみると相当島のことを好きなのだと思えるが、本人は至って純粋にただの友達だと思っているから島が可哀想だった。
どれくらい可哀想かというと、本当は恋仲になりたいし性的なこともしたいのに我慢している長宗我部が、毛利の無意識な愛情にあてられた時と同じくらい可哀想だ。

「それでは本題ですが」

出された茶と茶菓子(水族館で新発売されたものだった)を頂きながら寛いでいると、神妙な面持ちで柴田が二人の正面に座った。

「……今日、徳川氏と本多氏の生まれ変わりの方と会いました」

持っていた菓子を思わず落としてしまった。
柴田に緊急収集を掛けられた時から何か大事が起きたのではないかと心配していたが、ついにこの時が来たのかという感慨だ。

「そうか……それで?二人の様子はどうであった」
「はい、お二人とも前世の記憶は持ち合わせていないようで、私と逢っても変わった反応はありませんでした……前世での私を認識していなかった可能性も考えましたが、本多氏の方は以前より左近と顔見知りだったようですし、左近が石田殿や豊臣氏の名前を出しても平然とされていたので、恐らくは」

島はたとえ初対面の相手の前でも息を吐くように石田や豊臣の話題を出すから、柴田は大いにハラハラしただろう。

「……今生の徳川氏と本多氏は、前世とは年齢が逆転していて義理の親子関係にあるようです」
「成程、たしかに年齢については不思議ないな」
「俺と政宗様だって同級生だったし他の奴らも結構バラバラだからな」
「しかし義理の親子とは……なにゆえに?」
「本多殿は、今生では孤児のようで……」

大谷と片倉は驚いて息を飲んだ。
西軍以外にも天涯孤独な者がいたのか、しかもあの本多忠勝がそうだなんて信じられない。

「あんなに無欲で忠義深かった者に何故そのような罰が下されたのだ……」
「罰だなんて言うなよ、別に西軍の奴らが罪人ってわけじゃねえだろ」

ただ、敗者だっただけだ。
西軍の中にも無欲で忠義深い人間は沢山いた。

「左近や後藤氏と同じ施設にいたそうです……後藤氏が施設を出たのが彼がまだ赤子の頃だったので憶えてはいないでしょうが、左近は彼が物心つくまでは施設にいて、石田殿達と暮らすようになっても度々生まれ育った施設に顔を出して幼い子達の世話をしていたから彼のことも憶えていました」
「左近らしいと言えば左近らしいの」

前世の左近も博打にハマっていなければ、孤児達にとって面倒見の良いお兄さんだったに違いない。

「そして左近が豊臣氏に付いて海外へ行くのと同時期に本多氏を引き取りたいという方が現れました」
「それが徳川か?」
「はい、徳川氏は本多氏の遠い親類にあたるようです」

やはり縁の深い者の所に行くのだな、と考える。

「……実際もっと近い親類はいたそうですが、本多氏が病を持っていた故に引き取り手が付かなかったと」
「病?」

そう聞いて、大谷が反応する。

「声帯の病気です……その所為であの方は喋る事ができません」

前世で徳川の為に捨てた声を、今生でも受け継がなかったようだ。
伊達が今も隻眼なのと同じかと片倉は俯く、戦国の世から今度生まれ変わる時は本当に彼の右目になるのだと思っていたのに成れなかった。
それが駄目なら自分の右目を生まれ変わってくる伊達に捧げたかったがそれも出来なかった。
代わりに彼が片目な事を不便に感じぬよう尽くしてきたし、今度こそ自分より長く生きて貰えるように彼を危険を及ぼすかもしれない松永の傍にいて見張ってきたのだけれど、やはりそれが悲しかった。

「本多氏は数年間、徳川氏のいる栃木の方で暮らしていましたが、此方に彼の病気を扱う権威がいると聞いて引越してきたそうです」

日光か、武将というのはつくづく前世に縁のある地へ生まれるものだ。

「しかし徳川氏はその医師から本多殿の治療をしてくれると返事をもらい、なにも準備せずに急いで引っ越してきたそうで」
「……ん?」
「まだ住む場所も仕事も見つかっていないらしく、当分車暮らしをするつもりでいたようです」
「はぁ?病気の子を連れてか?」
「本多氏は明日から入院される故、車で暮らすことはないと仰って」
「今日の夜があるであろう!あやつ今どこにおるのだ!?」

片倉と大谷の顔が怒りに燃えているのを見て柴田は一瞬怯んだ。
前世の因縁などもはや関係ない、散々病で苦しんだ身である大谷は病気の子どもを一晩車で過ごさせるなんて許容できない。
連絡がつくなら今すぐにでも呼びつけて自宅へ泊めるつもりだった。

「それでしたら心配ありません」
「なにがだ?」
「どうゆうことだよ心配ないって」

次に柴田が発した言葉によって確かに一晩車で過ごさせる心配は要らないものと解かった、しかし別の心配が生まれる。


「あのお二方は長宗我部氏が連れて帰られました故に」


そんなこと毛利元就が黙っていないだろう。

「今日あやつが県外に出ていて正解だったの……」
「なんだ?長宗我部があの二人を泊めることが毛利にとってそんなに問題なのか?」
「……毛利にとって徳川は鬼門なのよ」


毛利とは石田と長宗我部が転落事故を起こした時、数珠を介して二人へ命の力を送りながらお互いの記憶を共有した。
同時にあの二人へも自分達の記憶が流れ込んだ筈だが、きっと寝ていたから覚えがないのだろう。
大谷は石田を深く愛していたし、毛利も長宗我部を深く愛していたのだとあの時尚更思い知ったのだ。

晩年の毛利は数人の家臣に囲まれて過ごしていたが、精神的にはとても孤独であった。
そして最期の記憶の中で毛利は深く徳川を憎んでいたし、嫉妬し羨んでいたと思う。
自分だってあんな事を言われたら徳川に怒りを抱いたであろう。


逆怨みだと解かっていても、毛利から長宗我部を奪ったのは徳川なのだ――


「毛利に徳川を許すことができるかの……」
「刑部様はいいのですか?」
「ああ、われは三成に新しい友が出来ることを快く思うゆえな」

――少し寂しいがの、と心の中で続ける。


「徳川氏が石田殿の良き友になれるとお思いなのか?貴方は」
「ああ……長宗我部ともな、そういう男なのだ徳川というのは」
「確かにそうだな」
「私は許容できない……だってあの男は左近の主の大事な方を……」

あの頃の島を想い出し、記憶のない彼の代わりに怒りに震える柴田を本当に愛い者だと感じる。
だが、いつまでも過去に囚われてはいられないのだ。

「ぬしはわれに過去のことなど忘れろと何度も言っておったが……本当にそれができるかの」

大谷が石田と結ばれた今、きっと前世への未練を強く持っているのは毛利の方だ。



「本当にどうしたものか……」



毛利が帰って来るまでに、解決の糸口を見つけなければならない。






END