同じ天の下で一族を纏める立場にある者には二種類ある、慕われる者とそうでない者だ。
織田信長は周囲に魔王と畏れられながら信長さま、信長公、上総介様、と自らの意志で彼に傅く人が絶えない。
彼を兄様と呼んでいた彼女は、彼の元から離れ一時の幸せを得られる事になったけれど、ずっと織田の影と自らの闇に怯えていた様に見える。
伊達に倣い少しずつ生きがいを見つけようと考えるようなった柴田は、浅井を亡くした市を支えたいと思っていた。
乱世の中で出会った好敵手兼友人の島左近にも勇気をもらった。
伊達政宗、お市の方、島左近、そんな大切な女性と恩人と友人が参加するという天下分け目の戦いの場に柴田もきていた。
自分個人が誰の味方をすればいいのか解からぬままに

『兄様……』

喧騒の中に彼女の怯えた声が聞こえる、混戦する軍を掻い潜って市の傍に行くと、その目線の先に死んだ筈の織田がいた。

『信長様が?何故……』

一瞬己の目を疑ったが石田と対峙する彼の気が本物であることを物語っている、一度謀反を起こしたから知っている、忘れもしない怖ろしい瘴気だ。

『お市さま、此処にいては危険です……離れましょう』
『でも闇色さんが』
『石田殿には刑部様が付いております』

死者を蘇らせる南部程ではないが大谷にも強力な治癒能力があることは知っていた。
恐らく一度は致命傷を受けても石田を助けてやれるだろう。
だから、それよりも織田と因縁のある市をこの場から離れさせなければと彼女の手をとったその時。

『三成様!コイツのことは俺に任せて!アンタは早く家康の所へ!!』

――あの男の声が聞こえた。

ギョっとしながら目をやると島は石田と織田の間に飛びこんで、織田から視線を寄越される主の前に立ち塞がっていた。

『左近……ッ!!』

そうだ、石田の近くにはあの男が常にいたのだ。
なにやら二言三言交わした後、石田と大谷が二人から離れていくのを見て、腹の底から熱いものが湧き上がっていくのを感じる。
石田と大谷にはどうして島を置いて行くのだと、島にはどうして命を捨てるような真似をするのだと、疑問と怒りが渦巻いて頭の中がごちゃごちゃとしてきた。

『……』

島はいつもそうやって石田の為に無茶ばかりする、その度に柴田がどんな想いをするかも知らないで。

『……うん、解かったわ』

無言の柴田に市は震える声で頷いた。

『市は逃げるから、貴方は行って』

浅井の死後、正気を失っていた彼女は時々こうして正気を取り戻す。
ずっと柴田が大好きだった、この世で一番大切な女性だった、かなしくも美しい彼女になる。

『市は長政様を守れなかった』

守れなかった。
初めて愛した人なのに。
愛してくれた人なのに。
大切な人が不幸になっていく。
みんなみんな自分の所為で……。
愛おしい熱が己の胸の中で失われていく。
あの時の後悔を、思い出したのだ。

『市さま?』

深い闇から救ってくれた浅井長政が大切だ。
それより前に傍にいてくれた織田の者も豊臣の者も大切だった。
周りを不幸にする、こんな自分を味方に入れてくれた西軍のみんなも大切に思っている。
柴田のことだって勿論、だから

『貴方は……市みたいに、ならないで』
『……あの』

震える市に手を伸ばそうとすると、その両目に射抜かれた。
柴田の心へ訴えかけるように嘆く。

――兄を前に大切な人を守れなかった。
――逃げたことを後悔して生きるくらいなら、死ぬ気でぶつかっていれば良かった。

『大切な人を助けてあげて』

その言葉を聞いた瞬間、柴田は駈け出した。
後ろを振り向かずただひたすらに島の元へ向かった。
自分では織田信長に敵わないことなんて解かっている、でも、きっと島だって逆の立場ならこうしていた。

豊臣での立場があったろうに、いつも会いにきてくれた。
石田や大谷とは違って雄弁ではない自分の話を、根気強く聞いてくれた。
自分の新しい面が見れると嬉しいと、一緒にいるだけで楽しいと言ってくれた。
気落ちしていると手を伸ばしてくれて、明るく暖かい場所へ連れて行ってくれた。

いつも助けてくれていた。
この世で一番大切な男だった。

『勝家……?』
『不如帰か……』
『信長様、まさか再び貴方様に叛らうことがあるとは思いませんでしたが』

生き残れるとは思わなかったから、懐に入れていた島から預かった賽を飲み込んだ。
いつか返さなければいけないものだけど、死を覚悟した今、誰にも奪われたくないと思ってしまった。

(返すことがあるとすれば、生まれ変わった先か……憶えていてくれたらいいな)

魔王を見上げる、今まで俯いてばかりいたのはこの人の目が怖かったからじゃない、己の心がどこにあるか解からなかったからだ。
生きている理由すら解からない木偶のような瞳で、敬愛する人の眼を見詰めることは失礼なのだと思っていた。

――私の心はここにある、やっと瞳を合わせられた

みんな伊達政宗とお市の方……そして島左近のおかげ、感謝してもしきれない。
だから今度生まれてきた時は、すべての恩を返そう――



『この男を傷付けることは、たとえ貴方様であっても許しません』



柴田は島には聞こえないように織田のすぐ近くで語りかけた。




* * *




「さぁて、どうすっかな」


関ヶ原で敵対していた者同士がこうして顔を見合わせ一つの議題に取り組むというのは、やはり不思議な感覚がするものだ。
目の前で柴田とああでもないこうでもないと言い合っている片倉を見ながら大谷はしみじみと思った。
あの頃の片倉は武士としての腕前もそうだが軍師としての恪性もなかなかのものだった。
ただ自分や毛利のような外道ではなかったから、剣の達人としての印象が強いのかもしれない。
きっと彼の方が石田の好む計略を立てられただろう、豊臣にいれば自分以上に信頼されてたのではないかと思う。
片倉がいればもっと違う方法で長宗我部を仲間に引き入れられたかもしれない、そうすれば毛利は彼を失わず、石田も自分を裏切り者だと責めることはなかった。
己が片倉のような清廉な人間であれば、己にもっと人望があれば……きっと大切な者をあんなにも悲しませずに済んだ。

(ないものねだりばかりしておるな……われは)

溜息を吐けば柴田が心配げな面持ちで見詰めてくる、戦国の世では気付かなかったが元来優しい子なのだろう、石田に怒られながらも島が足しげく通っていた理由がよく解る。

「徳川に前世の記憶があれば説得も出来ようが」
「話しが通じる相手なのですか?」

柴田は徳川に対して厳しい、大谷は苦笑を零した。
あの寛大な島が徳川を怨んでいた所為もあるし“絆”だと言って無理難題を押し付けてくるという印象がある所為かもしれない。
柴田が一時身を置いていた伊達政宗も徳川を認めてはいたが、他人に天下をくれてやるつもりは無かったろう、同じ東軍に居てもいずれ対峙する相手だと思っていたに違いない。

「毛利とのことを憶えておれば、長宗我部に近づいてほしくない理由を説明する手間が省けるであろ」
「俺のことも思い出してくれれば職が見つかるまでウチに置いとけばいいしな」

大谷の願いとしては、徳川家康の生まれ変わりが長宗我部の家に身を寄せていると知れば毛利がショックを受けるだろうから、どうにかして隠しておきたいし、早く二人を引き離してしまいたい。
しかし病気を持つ義理の息子(本多忠勝の生まれ変わり)の為に職を辞して引っ越してきたという徳川を路頭に迷わせる選択肢は無く、少なくとも仕事が見つかるまでの間は棲家を提供してやりたい気持ちもある。
という、ハッキリ言って片倉には全く関係ない話にこうも真剣に付き合ってくれるのだから随分お人好しだ。

「片倉氏も徳川氏にお優しいのですね」
「まぁ……確かに強引で甘ちゃんなとこもあったがイイ奴だったからな」

自分が「イイ奴」と称してもあまり納得いっていない様子の柴田に片倉も苦笑する。
結局、島の敬愛する石田の主を殺した相手というのが一番のネックになっているのだろう、大谷との会話を聞いている限り柴田は島左近という男を相当大事にしているし、織田グループを出て毛利の元へ行ったのも島の為だと言っていた。

(どんな関係なんだろな……)

柴田は実の家族からも妖の子だと気味悪がられていたから、その分友人を大事にするのは当然のことかもしれない。
ただ彼が柴田の一族の中でそんな扱いを受けていた元々の原因は島にあった。
体の弱かった柴田の母が彼を産んだと同時に死に、生まれてきた柴田の両手にはサイコロが一つづつ握られていた。
それは恐らく前世で島から譲り受けた“賽”なのだろう、そんな彼を、家族は気味悪がったのだ。
今生では記憶を持たず優しいままだった明智が世話をしてきたし濃姫からも可愛がられていたから、そう不憫ではないけれど……己と再会するまでよく闇に堕ちずに育ってくれたとつくづく思う。

(そんなサイコロがずっと宝物だったっていうしな)

柴田が記憶を戻したのが高校時代だというから、それまで訳もわからず持っていただろうに……と、そこまで考え片倉はふと疑問に思った。

「そういや勝家はどうやって記憶が戻ったんだ?」
「前世の記憶ですか?」
「ああ、俺や大谷達みてえに物心ついた頃からある奴もいるがお前や黒田みてえに後天的に思い出した奴もいるだろ」

なにか徳川家康の記憶を戻すヒントにならないかと訊ねると、柴田は少し考えた後。

「私が思い出したのは左近に出逢った瞬間だったので、恐らくそれが原因ですね」

雷で撃たれたような感覚がしたという。

「黒田はわれのプラネタリウムを見て……と言っておった」

大谷が脚本を書いた“菫色の星”の物語、豊臣時代を思い描いて書いた話だったから彼の琴線に触れたのだろう。
島や後藤もそれで思い出していい筈だが彼らの死んだ状況を想うと自己防衛で思い出せないのかもしれない、それだけツラい最期だった。

「最初はもしかして私のことを忘れているだけで前世のことは憶えているかもしれないと思ったのですが」
「何故そう思った」
「あの頃、私の印象は薄かったでしょうから」

濃いから、左近にとっては特に濃いから!! と大谷は己の口調も忘れて心の中で叫んだ。

「しかし社会の授業中に“独眼竜・伊達政宗”を“ひとりめだつ・いたちせいしゅう”と読んだのを聞いて……嗚呼コイツ本当に記憶がないんだと確信いたしました」
「は?なんだって?」
「はい“ひとりめだつ・いたちせいしゅう”です」

至って真面目に話す柴田相手に大っぴらに突っ込みを入れるのが憚れたが、それは酷い。
“伊達”を“いたち”や“政宗”を“せいしゅう”と読む者も極稀にいたが“独眼竜”を“ひとりめだつ”と読んだ者は初めてだ。
片倉は怒っていいのか笑っていいのかよく解らない感情に苛まれていた。
とりあえず柴田の人を見る目に不安を覚えずにはいられない、有能だった柴田がそんな頭の悪い馬鹿がいる職場にいていいのか?

「……伊達は確かに戦場では目立っておったが、華があったのは三成の方よな?」

急に石田の美しい太刀捌きを思い出してウットリしている頭がいい方の馬鹿(というか友馬鹿)は放っておいて話しを続ける。

「徳川が長宗我部の所にいることを知ってる奴は現状でどれくらいいるんだ?」
「われら三人と、島のことだから石田にも申しておろうな……その日にあったことを全て報告する者だから」

島という男は帰宅した瞬間から学校であったことを親に話しまくる小学生か、と言いたかったが、大谷の話し方が「仕方の無い子であろう?」という慈愛に満ちたものだったので、この話を広げる事は避けた。

「となると豊臣氏や竹中氏の耳に入っているでしょうね……」

前世で自分を殺した相手が現れたと聞いてどんな思いでいるのか……その心中は計り知れないが、柴田は自分を殺した織田の事を嫌うことも恨むこともせず当然のように仕えてきたのだから、豊臣も意外と平気で徳川を受け入れるのではないかと思う。

「あの二人が知っても特に問題なかろ……石田と長宗我部の方はわれが言えば口止め出来るだろうが、島がの……」

いくら口止めしても、ついポロっと言ってしまいそうである。
島が毛利と関わる機会はそうないが全くないとも言い切れず、社内の噂には耳聡い毛利に知られてしまうかもしれない。

「左近のことは私が見張っておきましょう」
「すまぬな、われは部署が違うゆえ目が行き届かぬことが多い」
「いえ、お気になさらないで下さい」
「片倉もすまぬ、ぬしには関係のない話であるのに……」
「別に構わねえよ」
「ありがとう」

プライドの高い大谷が友人の為なら平気で頭を下げられる男であると知っていたが、それでも素直に礼を言われると気恥ずかしい。
石田はともかく毛利がこうも友人から想われる人物になっているとは思ってもいなかった片倉は感慨深げに頷いた。

「とりあえず、毛利が見る前にSNSの書き込みは削除しとけ」
「はい……あ、大丈夫です。毛利様はまだご覧になっておられないようです」
「黒田にはわれから連絡しておこう」

柴田と大谷が携帯を弄りだしたので片倉は三人で飲んだ茶や菓子を片付け始めた。

「私がするので結構ですよ」
「シンクまで持ってくだけだ……婆娑羅屋が閉まる前に帰らなきゃだろ、送って行く」
「あい、すまぬ」

自分の家はこの近くだから良いが大谷は婆娑羅屋に駐車しているので買い物をして帰らなければならない、あまり遅くなると悪いので二人は柴田の家から退出することにした。

「……本当は、毛利と徳川が和解するのが良いのだがな」

アパートの階段を降りたところで大谷がぽつりと呟く、片倉は先を歩きながらそれに応えた。

「それだって、まずは徳川が前世の記憶を思い出さなきゃならねえだろ」
「……いや、前世の徳川は毛利の癇に障ることばかり言っておったからな、そうとも言いきれぬ」

今の彼が戦国時代のままの性格をしていたとしても、記憶がない方が毛利も関わり易いのではないかと思う。
徳川が記憶を得たらきっと『ほらワシの言った通り、お前が情を捨てずに済む国になっただろ?』なんて一人で満足してしまいそうだ。
それは確かにそうかもしれないが、毛利にとっては屈辱的な思考だ。
毛利は屁理屈が嫌いで綺麗事が嫌いだったから、屁理屈や綺麗事を実行してしまう徳川が嫌いだった。
昨日まで敵だった者が手を結び、違う思想を持つ者が理解しあい、憎しみ合うもの達が許し合い、日ノ本全体に“絆”を築いていく。
きっと誰もがやりたくても出来なかったことで、やろうとすれば多くの犠牲を出してしまう、そんな毛利が血を吐く思いで諦めてきたことを、徳川は身を切る思いで成し遂げてきた。
長宗我部のことを抜きに考えても嫉妬や羨望も深いだろう。

「お前は、アイツを恨んでいないのか?」

人通りの殆どない、閑静な道を歩く。
時々車の走る音や夜鳥の囀りが遠く聴こえる。

「……われも、多くの人間から奪ってきた者だからな」

大義の為に犯してきた罪で、己は多くの人間の不幸を望んでいたから、前世の行いを悔い改めることはしない。
それでも“あの人を返せ”という目を思い出せば揺らいでしまう、あの頃の己は間違っていたのだと実感してしまう。

「われらにとって太閤を奪った徳川は許せぬが、徳川にとって太閤やわれらのしてきた事も許されることではなかったのであろう……だから怨むのは御門違いよ」

胸が軋み、心が血を流す……そう思わなければ憎しみが広がっていくのに、そう思うことがこんなにもツラい。
こんな事を聞けば石田は怒り狂うだろう、豊臣や竹中は悲しみ、島からは幻滅される、あの頃同盟を組んでくれた全ての武将に裏切り者だと謗られる。

「ああ……われは三成に嫌われてしまうなぁ」

どうして石田を、石田の信じることを、絶対正しいものだと思ってやれないのだろう――

「……徳川のこと無理に許さなくていいと思うぜ」

片倉が振り向いた。
その右目から涙を零している、彼はそうそう泣く人ではないから、きっと伊達の分の涙だろう。

「怒っていない、けど許していない……それでいいじゃねえか」

許せないけど、復讐はしない。
羨ましいけど、陥れはしない。
くやしいけど、八つ当たりはしない。
妬ましいけど、邪魔したりはしない。
人間性を否定するようなことを言わない。
自分を外道に落とすようなことをしない。

「今のお前はそれが出来てる、上等じゃねえか」
「……ぅう」
「俺は徳川が好きだから味方はできねえと思う、けどアイツへの愚痴だったらいくらでも聞くぜ?アイツにも欠点のひとつやふたつあるだろ」
「……わ、われは」
「ひとりの人間を絶対正しいなんて思っちまったらソイツが可哀想だ、ソイツは神様じゃないんだから……お前と同じ人間なんだから」

豊臣の方が正しかったことだって沢山あるんだから、後ろめたいと思わなくていい、胸を張って対峙していい。

「徳川が思い出したら、恨み節でもなんでも思いっきりぶつけてやれ、そんでアイツの言葉も聞いてやればいいだろ」
「……そうかの」
「ああ、あと石田にも思ってることもっと言っていいと思うぜ?」
「石田にもか?」
「そうだ、例えば“お前は一生このまま豊臣達と暮らすつもりか?”とか」
「はあ?」

どうしてそれを知っていると、片倉の顔をバッと見上げる。

「政宗様と猿飛がウチに来て話してたぜ?お前とお前の恋人のこと、石田のことだろ?」

仲が良いとは思っていたが今生の猿飛は片倉を紹介されるくらい伊達と仲が良かったのか、そして伊達と一緒だからって前世で散々戦ってきた猿飛を家に上げたのか片倉は、と、様々な疑問が頭の中で飛び交う中。

「われと石田のこと知っておるのか」
「言っとくけど前世からバレバレだったぜ?お前ら」

戦場であれだけ見せつけてくれていたのに、付き合っていなかったというのが驚きだと言われた。
今だって迷惑甚だしいと言うが「そんなに解かりやすかったのか?」と頭を傾げている時点で治りはしないだろう。

「急に一緒に暮らしたいってのは無理かもしれねえが、自分と過ごす時間を少し長くしてほしいくらいなら言えるだろ」
「……しかし、豊臣殿や島と過ごす時間を削らせるのは……」
「いいだろうがか少し減ったって、今の豊臣秀吉は健康に生きてるんだから」

この先何十年と見守ってもらえるんだ、と言われ、思わず感動してしまう。

「そうよな……それくらいなら」

一人でぶつぶつ呟き、器用に障害物を避けながら進んで行く大谷に片倉は笑った。
前世に因縁があろうが、自分より早く亡くなっていった人が健康に生きているというのは喜ばしいことだ。
家臣や忍や足軽や侍女や捨て駒や野郎どもと言われてきた者達だって、己の全てを委ねた主の傍で生きていく。
あの頃のような身分差などなく、堂々と共に歩いていける、そんな世界に生まれ変わって来れた。

自分も、奥州の生まれ変わり達も、この先ずっとあの人に見守ってもらえる。
毛利には悪いが、徳川がこの時代に生きていて、また出逢えるかもしれないことだって嬉しいのだ。

彼のしてきたこと、この国の過去に起きたことは良いことばかりではなかったけれど、一つでも違えば今の自分や自分の大切な人は生まれてこなかったかもしれない……だから

徳川家康の記憶が戻った時、逢うことが出来た時に伝える言葉はひとつしか思い浮かばない。



“ありがとう”



貴方のことを誇りに思います。





END