全員集めて軍議を交える前に毛利と大谷は二人きりで打ち合わせのような裏合わせをする、毎回その天井裏に真田の忍が一名忍んでいることは二人とも知っていたが今更気にすることでもなかった。 小さな台の上に地図や人名や兵糧の数が書かれた紙、いくつかの資料と墨汁の入った容器と二人分の筆、護身の為かしらないが剥き出し置かれている脇差、昼間だと言うのに薄暗い部屋の中に静かな声がぽつりぽつりと落とされていた。 『大阪城には我が軍の者を残す。よいな?』 『そうよな』 天下分け目の決戦の時だからといってこの城をもぬけの殻にすることは出来ない、豊臣の弔い合戦でもあるのだから石田軍と大谷軍の者は可能な限り連れて行きたいと思っていた大谷にとって毛利の進言は有り難いものだった。 『ぬしの選びし者が残るというのなら安心よアンシン』 『ふん』 しかし城に残る者の名前を見ていると、少し不安に駆られてしまう、これまで毛利の手腕を間近で見てきた腹心とも言える(毛利はそのように考えていないかもしれないが)男と、後継として育てていた若く才気溢れる男がいた。 もしかしたら毛利は関ヶ原で死ぬつもりで、安芸を任せられる者達を残していくのではないか……いや、彼は九割勝てると保障された戦いでも出陣前は自分が欠けても安泰なよう準備をしているから今回もそれなのだ。 (統治者として、立派なことよの) 常に領地のことを考え、自分を殺して行動する毛利を大谷は心から評価していた。 彼の冷酷さばかりが目立ち、彼の優秀さを理解する者が少ないことを悲しいとも思う、まるでいつかの豊臣のようだ。 外は敵だらけなのだ、強くならなければ……それこそ自らの領民から畏れられるくらい強くなければ何も守りきることは出来ない。 (長宗我部は……優し過ぎたのだろうな) 彼は大谷から見ても隙が多い男だった。 だからこそ皆に愛され、石田に信頼されていたのだろうけれど、もっと広い視野を持っていればよかったのではないか……ああしかし長宗我部と仲の良かった者は皆、自由で豪快だったから、純粋なあの男は影響されてしまったのかもしれない。 けれど長宗我部と親しかった慶次や伊達が頻繁に領地を空けられたのは、信頼できる身内がいたことと、暫く主が不在でも無事でいられる体制を整えていたからだ。 こんな時代たとえ外の世界に憧れたとしても自らの領地を留守にすべきではないと考える……だからといってそこを狙った己の罪や醜悪さは拭えないし、露見してしまった以上はたとえ潰えても後ろ指をさされ続けることは解っている。 それでも同じ醜悪さを持った毛利が、背筋を伸ばして進んでいこうとしているのだから、せめてこの戦が終わるまでは自分も自分のやり方で石田の為に尽くそう……その後は…… 『あのな……怒らず聞いてほしいのだが……』 『どうした』 目を伏せ手を握り締めながら途切れ途切れに語りかける大谷に応じる、恋仲にあった長宗我部の話ですら無駄だと切り捨てることの多かった毛利だが、彼の話だけは基本的に全て聞いていた。 『ぬしはもしかすると……大将よりも参謀が向いているのやもしれぬ』 『……』 『独りで毛利軍を率いていた時より、今の方が気楽であろ』 かつてない程に敵は強大で、相変わらず命は危険にさらされている状況にあるにも関わらず、毛利は以前より穏やかに見えた。 『そんなこと考えたこともないな』 『……では三成にぬしのような参謀がいれば良いと思わぬか?』 『思わぬわ』 毛利は冷めた目で大谷を見た。 彼も己の死を前提に考えるところがあるが根本的に違う、大谷の場合たいがい石田のことしか心配していないのが気にかかった。 (統治者には向いていないな) 政の才はあるが、一部の人間の為にしか使われないだろう、同様に石田も向いていない、仇をとった後も豊臣のいない世界をいつまでも嘆き続けるに違いない。 心の奥底には国や民に対する情もあるだろうが国を肥やし民を豊かにすることよりも大切なことを持っている……毛利はそれを愚かだと思い、同時に感心もしていたのだ。 『大谷よ』 『なんだ?』 『徳川との戦い、我は死ぬつもりもなければ負けるつもりもない』 徳川もそう考えているだろう、彼にはあの手で犠牲にしてきた数の分だけ負けられない理由がある筈だ。 彼が勝てばきっと日ノ本は良い国になるのだろう、彼は長宗我部のような暖かみを持ちながら常に大局を見ているから、きっと良い統治者になるだろうと思う。 毛利はそれがとても悔しかった。 『……石田は貴様の目的の為に必要なのだろう?』 『……まぁそうだが……』 大谷は毛利と出逢ったばかりの頃、どうして石田に肩入れするのだと聞かれてそう答えたことを思い出した。 それが嘘であると毛利は既に気付いている筈なのに何故こうして訊くのだろう。 『しかしその石田は貴様がいなければ生きていくのすら難しいと見える』 『……』 すぐには否定も出来なかった。 豊臣の死後、島が体を張って止めるまで石田は正気を失っていたし、大谷が世話をやかねば食事もとらない。 長宗我部を友として精神的に落ち着いたと思っていたのに彼はもうこの世にいない、自分達が殺した。 『大谷よ、この日ノ本を誰が治めたとしても……この国は不幸にならぬからな』 『……』 『貴様と石田がおらぬ限り、貴様の目的は果たせない』 人が皆平等に不幸になれと思っている大谷の望みを叶えることなど、もう不可能なのだと大谷自身が気付いているだろうが敢えて言ってやる、彼が自分と石田の行く末を諦めないようにだ。 ハッキリ言ってしまえば石田や大谷が良い統治者にならなくても毛利はいっこうに構わない、王としての質が徳川より劣っていると言われれば不快だが納得も出来た。 この二人、関ヶ原で勝利した後どうせ腑抜けになってしまうのだと、あわよくば日ノ本の中心が安芸にあればと思って利用してきたところもある、毛利元就は非常に合理的な人間だ、感情に流されての自滅も、無益な殺生も兵に命じたことは一度もない、それどころか禁じてすらいた……敵軍からは見えないところで。 『豊臣の教えに従いたいなら……全ての戦に勝ちさえすれば良いのだ……』 散々大仰な事をのたまっておきながら何も成し遂げず終えるのか、周りの人間を馬鹿にするのも好い加減にしろ、と、毛利の響きの中に責苦を感じ、大谷は息を飲み込んだ。 情を捨てよと忠告してきた彼が今、示しているものこそ情ではないかと 『ぬしは……われにとって』 大谷がどこか遠くを見ながら、ぽつりと零した。 『三成にとっての長宗我部のような存在なのかもしれぬなぁ……』 『ッ!!?』 その瞬間、思わず膝の前に重ねてあった真白な紙を数枚握りつぶす毛利、勿体ない。 『やれ、どうした?』 大谷が彼に視線を向けるとその紙を思いきり顔面いぶつけられた。 あの時のぬしの顔は見物だったと、生まれ変わった先でもからかわれる事になるのだが、この時の大谷はただただ驚くばかりだった。 (いつも冷静な毛利がここまで動揺するとは……) 原因は普段“同胞”とは呼んでも“友”とは呼ばない大谷から遠回しだが“友人”だと言われたからか、それとも長宗我部のようだと言われたからか、恐らくその両方だろう。 なにやら可笑しい、誰に何を言われても澄ました顔で開き直っていた毛利の弱点がこんなところにあった。 『ヒヒッ毛利よ……』 『なんだ!?』 笑った拍子に涙が目頭に浮かんだ。 長宗我部の笑顔が此処にあればと思う、あの笑顔がこの男の中でなにより大きな存在なのだ、それこそ海のように。 『われこそ、ぬしが海のない地で潰えることなど許しはせぬぞ』 美濃国はたしか内陸にあった。 瀬戸内を守ってきた毛利に潮の香りのしない地で最期を迎えさせるつもりはない、それが幸か不幸か判断もつかぬ侭いっそ海に殺されてしまえと願うのは友情故だ。 『……』 それきり、無言で見つめ合う二人に辛抱出来なくなったのか、 『あーもう!!お二方の会話って飛び飛びで意味わかんないし!!二人だけで理解してるみたいなとこ腹立つ!!あともっと重要な話してくんなきゃ俺様どう真田の大将に報告していいかわかんないでしょ!!』 天井から降りてきた忍に突っ込まれた。 * * * 今更だが皆が棲む岐阜県に海はない。 フィッシュハンターをしている長宗我部はわざわざ県外に行って珍しい魚を捕まえてきている、昔から海が好きだった彼が県外へ出ず実家住まいだったのは養父が高齢だったからだ。 なので毛利が水族館を創りたいと言い出したのも長宗我部の為ではないかと大谷は思っていた。 「まぁなぁ……わざわざ海のない県に擬似的に瀬戸内の海を作らずとも、ぬしが瀬戸内に住みたいと言えば、われも付いて行ったのになぁ」 船から降りた後、折角四国に来たのだから観光しようと四人で市内を巡ることとなり、その途中で石田から何故岐阜で水族館を始めたのかという素朴な疑問を出され、言い澱む毛利の代わりに大谷が答えていた。 「石田よ……なんだその目は」 大谷が毛利に付いて行くと言ったからか石田が射抜かんばかり見詰めてくる、それからうざったそうに目を逸らすと懐かしいものが見えてきた。 「あの店、修学旅行の時に行った所ではないか?」 「ん、本当よ、懐かしいのぉ」 毛利の視線の先にあるのは歴史グッズの店だった。 あれは確か修学旅行(毛利達の高校では何故か修学旅行が四国だった)で立ち寄った店のうちのひとつではないか、三人は懐かしげにそこを見詰めた。 「なんだ?なんの店だ?」 「お?寄ってみるかい?」 運転席から長宗我部が振り返って後部座席の石田に訊ねる、大谷の訪れた事のある場所なら行ってみたいと言うだろう。 「いいのか?」 「よいよい、別に行く先を決めておるわけではないしの」 「反対車線だったな……次の信号で一度曲がろう」 助手席に座る毛利が目的地の入力されていないカーナビの地図を見ながら言う、彼も賛同らしい。 「よっし、わかった」 長宗我部がハンドルを切る。 結局誰も石田の問いかけに答えていないが、どうにか誤魔化せたようだ。 実のところ長宗我部や大谷も毛利が内陸に水族館を創った理由を知らない、彼が自分から話してくれるまで聞いてはいけない気がしていた。 歴史グッズ売り場ということは当然、戦国武将のグッズも売っているわけで(許可はとっているのだろうか疑問だが)家紋のついた文房具や菓子などが積み上げられているのが入店早々目についた。 「……何故どこもかしこも徳川がセンターなのだ……ここは毛利を中心に置くべきだろう」 「見ろ吉継!秀吉さまの両隣に半兵衛さまと私が配置してある!ここの店主はよく解っているな!!」 「そうよな、写真に収めておくかの」 早速、商品の配置を勝手に変えている男と、大声でまくし立てている男と、フラッシュ焚きながら写メを録る男がいるが、別にマナーの悪い歴史ファンというわけではなく、歴史上の人物の生まれ変わりが自分や知り合いのグッズを前にテンションが上がってこんな事になっているのだ。 「こら!他の客の迷惑だろ!」 だんだん店員の見る目が白くなっていくが、他人の振りなど出来る筈もなく、長宗我部は三人を叱りつけ大人しくさせる、流石はアニキだ。 「暗の癖に特設コーナー等作られよって……いや、からかう種が出来たと思えばよいか」 「“二兵衛せんべえ”……暗の分際で半兵衛様と並べ称されるとは……断じて許せない!」 「だいたい四国というのに長宗我部グッズより織田・豊臣・徳川の方が品数が多いとは何事だ……黒田死ね」 小声になったはいいものの最近何故か人気が出ている黒田官兵衛コーナーにて何やら物騒なことを言い始める三人、毛利に至っては完全に八つ当たりである、黒田ドンマイ。 更に幕末コーナーでは大谷が小声だが興奮気味に語り出した。 「のぉのぉ!戦国の生まれ変わりがおるのだから幕末の生まれ変わりもいてもよいと思わぬか?」 「まぁな、ひょっとしたら……この辺りにうろついてるかもしれぬぞ」 「真か?逢えたらこれにサインを頼むかの!」 と言って坂本竜馬のクリアファイルを手に取った。 「なんだ貴様、坂本竜馬派か?」 「そうよ!ぬしは確か桂小五郎派であったよな!」 自分達もそこそこビッグネームの癖に何を言っているのやら……そして結局そのクリアファイルは買わないという。 そんな風に店内をぐるりと回り、最後にレジの横の“戦国武将お守り”の前で立ち止まる、大の男が四人並んでいるので迷惑と言えば迷惑だが店に客が殆どいないのでレジの店員も素知らぬ顔をしていた。 「毛利が学業成就なのは納得だけど石田が商売繁盛なのはよく解んねえな」 「われの無病息災はなにかの嫌味かの?長宗我部の恋愛成就はやはり姫若子だから可愛らしくと……」 「黒田の開運招福はまったく御利益がないだろうな、織田の家内安全も」 「政宗は交通安全かぁ、まぁ合ってるかもな……そうか?」 「秀吉さまは良縁祈願だが……買うにしても私にはもう必要ないものだな」 「前田慶次が安産祈願なのは利家の方と間違えてんのか?」 「真田は必勝祈願か……暑苦しいの」 「徳川の大願成就を見ていると殺意が湧いてくるのは何故だ?」 好き勝手に言いながら、毛利が石田三成の商売繁盛のお守りを手に取り、 「大谷これを買え、我が園の繁栄の為に」 「は?」 大谷に手渡した。 「自分で買わねえのか?」 「我が石田の名前が入ったものなど持っていたら気色悪いだろう」 「……まぁ買ってもよいが……」 掌の上にある石田三成の商売繁盛のお守りを見下ろしながら大谷が呟く、石田と商売がどう結び付くのか疑問は残るが、彼の名の入った物が手元にあるというのは嬉しいものだった。 毛利が言ってくれなければ買えなかったな、と思いながら、もしかすると彼は自分の為にわざと言ってくれたのかもしれないと少し胸がくすぐったくなった。 二人の交際に良い顔をしない毛利だが石田のことを好きな大谷を応援してくれていると感じることが時々あるのだ。 (ありがとう、毛利) 嬉しそうに微笑みながらレジで会計をしている大谷をポーッとした表情で見詰めた後、石田は毛利を振り返り。 「貴様は長宗我部の恋愛成就を買わなくてもよいのか?」 大谷も聞こうと思ったが長宗我部の前なので気を遣って聞けなかったことを簡単に聞いてのける石田。 その言葉に他の二人は固まったが、毛利は意外と平然と受け取り。 「フン、我の恋愛は一生成就させるつもりはないからな」 クールに言い捨てているが遠回しに「我は一生長宗我部が好き」と言っているようなものだった。 長宗我部は、今回も毛利と大谷の仲の良さに心が折れ、毛利からの無意識なデレにときめき、それでも毛利と付き合えないという現実を叩きつけられるコンボなのかと途方にくれる。 (毛利の場合、こんなものに頼らずとも本人に頼めばすぐ成就してしまうしの……) 買ったばかりのお守りを財布の中へ入れながら合流し、途方にくれる彼の肩をとんとんと叩く、長宗我部ドンマイだ。 * * * 観光を済ませた四人。 別荘へ向かう途中、今度は【日輪豊月園】を運営してきた中で苦労したことは無かったかと石田が訊ねていた。 これまで毛利と話す機会がなかったので聞きたい事が溜まっているんだろう、いつか【六魔大地園】の帰りのレストランでした大谷のことを教えてやるという約束も憶えている。 「特に無いな……資金などは毛利家から出されていたし、忙しいといっても戦国の世程ではないからな」 「そうよなぁ運営に関しては案外順調に進んできたからの、一番の苦労は毛利にプラネタリウムの脚本を書けと無茶を言われた時か」 「貴様の脚本は素晴らしいと思うが、いったい何のキッカケで書くようになったんだ」 「ああ、最初は長宗我部に星座と星物語について教えてくれと言われて、本当のことを教えるのもつまらぬから適当な話を作って語っておったのよ」 一瞬そこは本来ある星物語を教えてやれよと思ったが、騙された長宗我部が特に気にしていないようなので突っ込まないことにした。 「すぐに嘘だと教えたが、長宗我部がわれの話を気に入ってな……だから毛利がそれでプラネタリウムを作れと」 大谷の脚本仕事はほぼ長宗我部の為に始まったといっても過言ではないらしい、今まで毛利は大谷に甘いと思っていたが長宗我部相手にも大概甘いのだと気付いた。 「あと苦労と言えば、大谷や雑賀が取引先からことごとく気に入られることくらいか……」 「なんだと!?」 「やれ安心せえ三成、毛利はわれや雑賀などに下心を見せる者はたとえ上客であってもバッサリ切っておるからのぉ……」 「雑賀はともかくアンタまで色目使ってくる奴いるんだな」 「われなぞまだマシな方よ……相手が女ばかりだからな」 「竹中を気に入る相手は男女問わず多い……というか、もしかすると男の方が多いかもしれぬ」 「なっ!?」 「まぁあやつの場合は自分で処理できているから我が手を下すまでもないがな」 竹中の名前と“処理”という言葉の組み合わせが怖い。 「下心といえば、結局黒田は後藤の気持ちに気付いていないのだろう?」 「ん?……あぁそうよなぁ」 話題がいきなり此処にはいない仕事仲間の痴話事に変わったので少し戸惑った(というか後藤の恋心を下心と名付けてしまうのには抵抗がある) 「黒田といい島といい貴様らといい、元豊臣方の人間は鈍感過ぎはせぬか?」 「そりゃあ太閤と賢人をずっと見ていたからの」 大谷は命懸けて友情を貫いていた主君二人を思い出す。 間近であの二人の友情を見ていれば、どんな行動をされようと態度に出されていようと大概の事が“友を想ってのこと”で片付いてしまう傾向があっても可笑しくない。 逆をいえば豊臣と竹中のように想い合っていなければ“友人”だと認識されないということになるので、彼らの友人だった長宗我部と毛利は誇らしく思って良いのではないかという気になった。 「っと、もう山の入口だ……この先どれくらい行けばいい?」 別荘がある山まで着いた時、長宗我部は隣にいた毛利に訊ねた。 毛利は土地を買う際などに何度か足を踏み入れているが二人の想い出の地である此処へ一緒に来るのはこれが初めてだった。 「麓に作ったから……もうすぐだ」 避暑用に買った土地だから本当はもっと山の上の方に建てたかったのだが電気や水道の関係で麓になってしまった。 「そういえば言っていなかったが今回はまだ温泉は入れぬぞ」 「は?何故だ」 温泉は無しと言われ“吉継との月見風呂”を楽しみにしてきた石田が愕然とした表情で聞き返した。 「我が土地で発見されたとはいえ採掘しているのは近隣の町だからな、別荘に引くまで少し時間がかかるそうだ」 「そうなのか……残念よの」 「まぁ次来るときの楽しみがあると思えばいいじゃねえか」 「それならば仕方ないな」 普通の風呂は使えるというし、温泉は次来られる時まで持ち越すかということで全員納得した。 毛利は、石田を呼ぶのは今回だけだという自分の言葉を忘れているようだが余計なことは言わない方が良いと大谷も口を噤む。 「ここだ」 「……」 着いた場所は別荘というか日本風の屋敷のようだが、それを見て長宗我部は目を瞠った。 なんというか……これは―― (毛利のというより……長宗我部の趣味に近いような……) シンプルな中に日本古来の趣きがある建物の造りは、前世の記憶のあるものなら誰しも懐かしいと感じるだろう、しかし窓や壁に施された意匠などがどうにも長宗我部好みに見えてならない。 断定できるほど確かなものではないが、建物全体が長宗我部がかつて語っていた理想の住まい、そして庭園がそれとなく戦国長宗我部家にあったものに似ているのだ、これも断定できるほど確かなものではないけれど。 「……大丈夫か?長宗我部」 「なんだってアイツこういうことするんだろうな……」 「毛利のこれは無意識だからもう仕方が無いと思って諦めよ」 鍵を開けて颯爽と屋敷へ入って行く姿を後を追いながら、そこそこ付き合いの長い友人達は彼の鈍感さを嘆く、これに関しては毛利は黒田や島のことをどうこう言えないのである。 「そうだ、久しぶりに大谷の料理が食べたいと思って材料を届けさせていたのだった」 とりあえず茶でも淹れようと台所へ来た毛利がそう言いながら大きな冷蔵庫を開ける、それに驚いたのは大谷だった。 てっきりデリバリーか外食で済ませると思っていたのに、自分が調理しなければいけないらしい。 「吉継は料理が出来るのか?」 「ああ、我が仕込んだのだ」 「毛利の好物ばかりをな……」 深い溜息を吐きながら漏らした台詞が頭にくる、この男もまた毛利と大谷の仲の良さを見せつけられる被害者の一人になるのだろうと、妙な親近感を抱きながら長宗我部は石田と肩を組んだ。 「今は我慢しとけ……毛利の奴が大谷の手料理を食べさせてくれるなんて俺でも滅多にねえんだぜ」 しかし更に彼を怒り震わせるようなことを教えてしまったのだった。 END |