軒下に身重の猫がいた。
警戒して出てきてはくれないが、餌を置いておくと無くなっているので勝手に食べているのだろう。
もっと安全な場所で生めばいいのにと思ったけれど、この近くで安全な場所というものが思い当たらなかった。
それに猫には人間たちのピリピリした空気など知らぬ存ぜぬなのかもしれない。

軒下を覗き込めば、猫がスースーと眠っていた。
その様子を気配を消してただ眺める、少し脹らんだお腹が規則正しく動いているのを見て、中の子猫も一緒に呼吸しているのかと思った。
自分には想像もつかない事だけど、この親猫にとって自分の中に他の命があるというのは自然なことなのだろう、凄い。

きっとあの母猫は触らせてはくれないが、あのお腹を優しく撫でたくなるのは何故だろう、自分とは関係ない存在なのに“守っていくよ”と語り掛けたくなるのは何故だろう。
きっと自分は会わせてもらえないけれど人間に対してもこんな想いを抱くのか、いや人間に対しての方が強く想うに違いない、たとえ親がどんなに憎い相手であっても、子どもは愛しい。

人は母親の胎内にいるときから沢山のものを得ているのだと思う……忘れているだけで、こんな自分でもきっと。

『勝家?なにやってんだ』

頭上から声がして振り返ると友人がいた。
最初に逢ってからもう幾年経ったろうか、とても長いようにも感じるし短いようにも感じる、
友人が自分の棲家へ勝手に入ってくることを許容している自分がいるのは確かだ。
右隣に他人がいる、この光景だって最初は戸惑ったが慣れ親しんだものへ変わっていた。

『猫が……』
『猫?』

友人が覗き込むと、もうそこには猫の姿が無かった。
きっと逃げてしまったんだろう、ああ仕方ないなと思って立ち上がる。

『いい、なんでもない』
『なんでもないってことないでしょ、俺も猫見たかったなぁ』
『猫なんてどこにでもいるだろう』
『でも勝家が見てた猫は一匹しかいないだろ?』

俺が見たいのはそれなの! と幼子のようなことを言って軒下へ入って行こうとする友人を止めた。

『止せ、お腹に子どもがいるから刺激してはいけない』
『え?そうなの』

呆気なく戻ってきた事に安堵して、立ち上がった友人の膝に付いた砂や土を払ってやる。
本人は気にしないだろうけど、このまま帰れば敬愛する主に怒られてしまう……会って数年で友人の主がどのような人物かも解っていた。

『ありがとな』

この少し恥ずかしそうな友人の口から出る響きが好きだった。
もしかしたら私はこの言葉を聞きたくてやっているのかもしれない、友人もこの言葉をいいたくてわざとやっているのかもしれない。

『左近は……本名ではないのだと言っていたな』
『うん?そうだけど、どうしたの今更』
『少し気になっただけだ』

西と東の決戦はもう間近に迫っているという、こうして話せるのも最後だろう、だから知りたいことが沢山あった。
でもきっと全てを訊いている時間はない、忙しい中わざわざ自分に逢う為にきてくれたのだと思うと、自然と笑みが零れた。
生き方を示してくれた恩人と生きる理由を与えてくれた大切な女性は違うけど、こうして笑えるようになったのは恐らくこの友人のお陰だ。

『なぁ?お前の昔の名前はなんていうんだ?』
『清興だよ、こう書いて清興……うっわ久しぶりに書いたからなんか変な感じ』

落ちていた棒で地面に名前を書いて教えてくれた。
清らかで興しろい、これはこれで友人にピッタリな名前だと思う。

『そうか、いい名だな』
『あれ反応薄くない?ていうか呼んでみたりするもんじゃないの?』
『……今のお前には左近の方が似合ってるからな』

友人が、己の過去を良く思っていないことを知っているから口には出さない。

『……そっか』

本当に嬉しそうに笑うのを見て、もう一つ訊きたかった質問を飲み込んだ。
過去を思い出すのを好まないと言う友人に……

(私と出逢ったことを後悔していないか……?)

島左近が柴田勝家の“未来”の姿というなら、柴田勝家は島左近の“過去”の姿ではないのか――

『……左近』
『なに?』
『左近』
『んー?』
『左近』
『もうっなんだよ勝家!!』

名前を呼び合うとくすぐったくなる、この気持ちが同じなら良い。

『私は、お前に救われて変われたのだと思う……だからもうお前の“過去”ではない』

たとえ友人が自分と出逢ったことを後悔していたとしても、自分はこの友人と出逢えて本当に幸せだった。
もし次の戦いで二人とも死んでしまったとしても、この男が降り積もらせてきたものが、消えてしまうわけではない……

『……そっか』

一瞬、友人の顔が少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろうか、こんなに感謝しているのに。

『お前はお前の主がお前にしてくれたように、私に“未来”を見せてくれた』
『……ありがとう、すげー嬉しい』

今度は照れくさそうに笑ってくれた。
己を救ってくれた敬愛する主と同じような存在になれたと言われたのだ、当然嬉しいのだろう。
柴田勝家に島左近以上がいないとすれば、柴田勝家は島左近にとって石田三成以上には決してなれない。
それでいい、それで友人の中に後悔が残らないなら。

(それなのに、



* * *



なんてざまだ……)

思うように動かない体に心の中で舌打ちする。
もう少しで友人に手が届くというのに、あと少し、本当にあと少しで届くんだ。

『勝…家ッ』

最後の力を振り絞って呼んだのは、大切な主の名前でも、先に逝って待ってくれてる家族の名前でもなくて……こんなことに今更気付くなんて自分はなんて馬鹿なんだろう――

(好きだったんだ、ずっと)

最初は昔の自分に似ていたから、力になってやりたいと思っていたけどでも一緒にいるうちに昔の自分とは少し違うのだと気付いた。
友人の心はそれよりもずっと綺麗で、繊細で、正直で、静かだった。

逢う度に、髪に寝癖がついているとか、裾に綻びがあるとか、目元に隈が出来ているとか、気付いて難しい顔をされる。
笑って誤魔化そうとすると「仕方ないな」という顔をして髪を梳かし綻びを直し、少し眠れと背中を貸してくれたから、いつからか素直に礼を言えるようになった。
礼を言うと胸につっかえていたものが楽になったように感じて、友人も嬉しそうに笑うから「ありがとう」という言葉がとても好きになったのだと思う。
そしていつしか友人の印象は、可愛くて、優しい、に変わっていた。

友人から過去の名前を聞かれて、自然と口から出せた時、自分はもう“過去”を受け入れることが出来ているのだと気付けた。
友人から『もうお前の“過去”ではない』と言われた時、自分はもう必要とされていないのだと思って哀しかった。

どうして、こんな風になるまで気付かなかったのだろう……いつのまにか誰よりも好きになっていたんだ。

目を見開いたまま仰向けに倒れている友人に、漸く手が届いた。

(ごめんな、勝家)

世界で一番大切な人を自分の所為で亡くしてしまう、本当になんてざまだろう。
ふるえる指で、残された力で、ずっと大好きだった瞳をそっと閉ざした。

友人はその真っ直ぐな瞳で、どれだけ穢れた世界を見てきたのだろう、どれだけの絶望を味わったのだろう、そして、それはどれだけ報われたのだろう。

もし、この先に友人の“未来”があるなら今度こそ幸せになって欲しい。


それが叶えば、自分は何もいらないから――




* * *




【日輪豊月園】に程近い総合病院の一室に、ひとりの子どもがベッド上にいた。
その子は今朝入院したばかりで、先程最初の回診という名の主治医と看護師の自己紹介を受けたところだ。
「明日から本格的な治療が始まるけど、先生を信じて頑張ってくれるかな?」
にこりと微笑みながら語り掛ける主治医にこくりと頷く、養父から大変権威あるお医者さんだと聞かされていたので恐縮していたが優しそうな人だった。
その子の名は本多忠勝、戦国最強と謳われた同名の武士の生まれ変わりである、本多の義父はかつての主君の生まれ変わり徳川家康、今生では彼の方が年上に生まれていた。
本多の父親とするにはまだ若いが、難病を抱えた自分を引き取り養護している彼を世界で一番格好いい父親だと思っている。
そんな徳川は現在ハローワークに行っていて不在だった、昨夜の宿を貸してくれた長宗我部が昼食までは付き添っていたけれど、用事があると言って出て行ってしまった。
だから病室には本多ひとりしか居ない。

丁度その頃、その病室へ向かう一人の女がいた。
その女の名は市といった。
前世西軍に所属していた者は皆天涯孤独であったけれど彼女だけは織田信長という血を分けた兄がいる、親は市を生んですぐに亡くなってしまったし、歳が離れている所為かその兄が彼女にとって親のようなものだった。
昔から市は自分に対し何も期待していない兄の役に立とうと動いている、今回松永の頼みを受けたのも彼が兄の友人だったからだ。
廊下の真ん中をフラフラ歩いても不思議なことに誰も彼女の存在に気付いていないようだった。
市は浅井など仲の良い者と歩いていると誰もが振り返る美人だけれど、一人で歩いていると異様なモノを見る目をされ避けられることが多い。
しかし今は別段気配を消しているわけではないのに誰からも気付かれないのは、病院中にある陰鬱な気が彼女の周りをガードしているからなのかもしれない。

「おじゃまします」

ノックの後、そう言って病室に入ってきた美女に本多は驚いた。
気配には敏感な方なのに音がするまで気付かなかったからだ。
知らない人間が急に入って来たことには特に驚いていない、徳川はすぐ誰とでも仲良くなり本多の知らない人間を家に連れて来ることが多かったから、こんなことは慣れっこなのだ。
小さい子どものいる家に初対面の人間を呼ぶのは危険ではないかと思うが、徳川に人を見る目があるのか皆本多を可愛がってくれる人達だったし、今まで問題が起きたことはない。
この人も義父の友人なのだろう、そう思った本多はお辞儀をした。

「突然ごめんね、忠勝くん……貴方のお父様から頼まれて来たんだけど」

やはり、義父の友人だという彼女に本多の警戒心はゼロになる、もともと人懐こい性格な上に徳川が博愛主義の楽天主義なものだから不幸な身の上にも関わらず本多は人見知りをしない子に育っていた。

「本読んでたの?なに?」

ふと、膝の上に置いてある大きな本に目が留まった市が訊ねる。
植物図鑑のようだった。

「忠勝くんお花好き?」

彼女の質問に本多は大きく頷く。

「市もね、お花好きなんだよ。植物のお世話する仕事してるの」

正確にはフラワー園の副プロデューサーであり、花の手入れをする機会はあまりないが、それでも一般人より知識があった。
市は百合の花が特に好きだけど、あれは浅井の花で自分の花は彼岸花あたりだろうと思っている、不吉だと謂われるが「あれは死者に寄り添い墓を護ってくれる優しい花よ」と大谷に言われたのを思い出した。 

「葵の花だね」

丁度開いていたページの写真を見て言うと、嬉しそうに頷く本多を見て、市は葵がとても好きなのだろうなと感じた。
松永を彼の父親だと思い込んでいる市は、この子が退院して、松永とこの子の母親との関係が改善されたら、一緒に園へ来るよう誘ってみたらどうかと思った。

(でも……葵の花あったかしら……)

園に咲く花なら把握していた筈だけど、あれだけ沢山の花がある中でこの花を見た覚えはない、探したらあるだろうか。

(蝶々に聞いたらわかるかな)

長い間たったひとりの肉親である兄から必要とされず絶望の淵にいた市を救ってくれた彼の事を思い出す。
花の匂いをさせた大谷は市にいろんなことを教えてくれた。
彼岸花が優しい花だと教えてくれた。
夜の中だからこそ星は輝けるのだと教えてくれた。
陽に背いているからこそ見える虹があるのだと教えてくれた。
だから、無理して光にならなくても闇のままでも人は愛されるのだと信じる事ができた。
そして浅井に愛されて、自信が持てるようになったのだ。

――がんばれば、市も誰かの役に立てるんだわ……

「……」

喋れない子どもはジッと市を見上げていた。
彼女が義父から頼まれたこととは何だろう、無理を頼んでいないと良いと考えながら。

「市ね、あなたのお父様からあなたを連れてくるように言われてるの」

なんだ、そんなことかと安心する。

「大丈夫?歩けそう?」


市が訊ねられると本多はまた頷いた。
ベッドから降りてスリッパではない方の靴を履き上着を一枚羽織る。


「じゃあ、一緒に行こうか?」


女性の白く柔らかい手を差し出さる、しっかりと握りしめた。




* * *




【日輪豊月園】のとある一室、大谷が毛利と向かい合わせに座り、その後ろに島が立っていた。
先程まで柴田もいたが、お茶を入れに席を外している。
今し方、徳川家康と本多忠勝の生まれ変わりが現れたこと、二人に前世の記憶はないが徳川に逢うと前世を思い出してしまうこと、島、伊達、猿飛がそれによって前世を思い出してしまったこと、徳川が長宗我部の家に泊まっているということは伏せて毛利に説明したところだった。
隠しておこうかと思ったけれど、後で知るより先に話しておいた方がショックも少ないと思ったのだ。

「そうか……」

思いのほか落ち着いて話を聞いていた毛利、徳川と本多の状況を聞いて「大変だな」と彼らしからぬ同情をみせていた。

「して、どうする?毛利」

大谷としては、毛利さえ良ければ徳川の事はこのままそっとしておきたい。
しかし彼に逢うことで周囲の転生者達が記憶を取り戻すのあれば対処しておかなければ、毛利や大谷は特に多くの人間から恨まれている、記憶を取り戻した前世の敵から自分になにかされるならまだ良いが、周りの人間に危害を与えられたり、この園に損害を与えられたら堪らないと思った。
前世の記憶がある者が豊臣や徳川の親類が在籍している会社に攻撃など怖ろしい事をするとは考えにくいが、前世の恨みは全て自分達の個人的な問題だと認識していて、他人の威光に頼るという概念のない大谷は復讐されるのではないかと無駄に警戒しているのだった。

「そうだな……婚活でも始めてみるか」
「……」

毛利の答えに島と大谷は言葉を失う、この話を聞いた結論が何故そうなるのだ。

「は?」
「知らんのか?婚活とは結婚活動のことで……」
「いや、それは知っておるが何故ぬしがそのようなことを?」
「適齢期だからだ」

散々お見合い断っていて何を言っているのやら。

「だいたい我のようなイケメンがこのまま独り身でいるのは勿体なかろう」
「それ自分で言っちゃうのは残念っすよー」
「毛利よ……」

何故毛利が突然そのようなことを言い出したのか、心当たりと言えば徳川と長宗我部の関係しかない。

「失恋モードになるのは早すぎぬか?」

どうせ毛利のことだ……徳川が現れた以上、長宗我部を奪われるのは時間の問題、それなら捨てられる前に此方から捨ててしまえ、とでも考えているのだろう。

「というか徳川と長宗我部もそんな仲ではなかったというに……」
「そっすよ長宗我部さんが毛利さん以外とどうにかなるとは思えないんすけど」

前世から今までの記憶を巡らせるとむしろ長宗我部の方が毛利を溺愛していた気がする。

「失恋するとすれば……前世を思い出した石田が、やはりわれの事を友人以上に想えぬと言うてくるやもしれぬなぁ」

遠い目をして話す大谷に「それはない」と島と毛利は首を振った。
石田が三成だった時代から実は両想いだったということは本人以外なら誰でも知っているのだが、確証する術がない。
お互い「どうしてコイツこんなに鈍感なんだろう」と呆れている毛利と大谷はやはり似た者同士だった。

「……あの男が誰を好きになろうが誰と付き合おうが我には口出しする権利はない」
「いや、だから付き合いませんって」

毛利は島の言葉を無視して続けた。

「しかし、そうなれば我はまた卑怯な手を使って……あの男を傷付けるかもしれん」
「……」

その言葉に大谷も前世を思い出したのか、いきなりシリアスな雰囲気に陥った。
あの時代に戦いを有利にすることが第一目的だったのは違いないが、長宗我部と徳川の絆を断つような謀をとったのは事実だ。
結果、長宗我部を深く傷つけ殺してしまった。

「そう思えば、あの男と今も縁が続いているだけで充分だ……それ以上を望んでそれすら失うような真似をしたくない」

今生の毛利は社交的で友人が多い、一部の者に対しての態度が大きく、身近なものへの扱いが雑なところはあっても、それは気をゆるしているからだ。
戦国時代の冷徹な謀神とは違う、あの頃の彼も本来もっていたかもしれない優しく誠実な人間へと文字通り生まれ変わっていた。
それでも愛情や幸せといったものと自分を繋げて考えられないのだろうか、こんな風に本心を口に出せるだけマシになったと考えたいけれど、哀しい。

「というわけだ、島、合コンのセッティングをしろ」
「え?」
「ぬしという男は……」

シリアスな雰囲気は壊れるのもいきなりだった。

「は?合コンって俺やったことねっすよ」
「場所などは我が用意するから貴様はフリーな女を何人か集めるだけでいい」
「だからイヤですって!」
「毛利よ、あまり無理を言うてやるな」
「いいだろ、貴様とてフリーなのだし……これを気に貴様も彼女でも作ったらどうだ?」

と、毛利が訊ねたのと同時に、部屋の扉が開いた。

「彼女って……いいっすよ、俺……好きな奴いるし」
「だが、まだ付き合ってるわけではないのであろう?」
「いや、でも失礼じゃないっすか、他に好きな奴いるのに彼女作るとか……毛利さんもやめときましょーよ」

大谷が扉の方を見ると、そこに柴田が急須と湯呑を乗せたお盆を持って呆然と立っていた。
島と毛利は話に夢中で彼が戻ってきたことに気付いていない、これはマズイかもしれない、島に前世の記憶が戻ってから只でさえ気まずい雰囲気なのに

(左近に好きな人が……?)

柴田の顔から血の気が失われていくのを感じ、大谷は咄嗟に立ち上がった。

「すまぬな、柴田!ひとりで用意させてしまって」

島から彼の顔が死角になるように近づき、お盆を受け取る。

「大丈夫、あれは毛利から合コンのセッティングしてくれと頼まれた島が、断る為に言った口実よ」
「……然様ですか」

小声で説明すると、すぐ目の前で柴田がホッと息を吐き、顔色が元に戻って行く。
島に好きな相手がいるというのも本当だが、今この状況で本人にバレても事態がややこしくなるだけなので言わないでおいた。

(それにしても……あの顔、あの様子はなんだ?)

島とは目を合わせず、テーブルに湯呑を置いてゆく柴田を見詰めながら大谷は不思議に思った。
柴田は島を“親友”だと思っている、その親友に好きな相手がいると知っただけであのように動揺するだろうか、自分に内緒だったことがショックだとしてもあの反応は可笑しい。

(あの瞳はまるで……)

……等と大谷が考察している横で

「いっそ我が園で園コンでも企画してみるか」
「エンコン……いやな響きっすね、つうか慶次さんくらいしかヤル気出さないんじゃないっすか?その企画」
「……ふむ」

島と毛利のふざけたような真剣な会話が続いていた。
とりあえず、この様子だと毛利も徳川に出逢っていきなり喧嘩を売るような事態にはならないだろうと一安心した。

(あとは早く徳川に職と住む場所が見つかって、長宗我部の家から出てくれたら良いのだが)

もし長宗我部に記憶が戻っていたら、徳川を追い出すなんて余計出来なくなっているだろうな、と前世の二人の仲の良さを思い溜息を吐いた。
恋愛感情を抱いているのは毛利に対してだけだとしても、彼は他の者への面倒見が良すぎる……自分が毛利の立場だったら気が気ではないだろう。
かつて石田が島を気にかけていたり、雑賀に興味を持ったり、徳川に執着しているだけで胸が苦しくなったこと思い出してツラくなった。

(まぁ……これに関してはお相子よな)

大谷も病を得てからであっても庇護し大事にすべき相手は沢山できた。
その原理にあるのは『全ては義の為、ぬしの為』という想いなのだけど、石田が望むなら断ち切ることも可能だったけれど、あの者達だって失ったら心が欠けてしまうような存在だったのだ。

そういえば、猿飛は記憶が戻って大丈夫だろうか、市の記憶が戻る前に何事かフォローする準備が必要かもしれない、島も平気そうに見えて動揺しているし――大谷の心に心配は尽きない。

……そんなふうに目の前に問題が山積みされているからか忘れていた。
徳川と出逢って記憶を取り戻した時、誰よりも喧嘩を売ってしまいそうな人物がいることを――







END