美術館の館長室、松永は黒いソファーに座りタブレット端末に映し出される文字を目で追っていた。

「いや見事だ、忍のすることは何でもありというのは本当だったようだね」

そこには毛利元就が前世の記憶を失ったという報告が書かれている。
これはこれは面白いことになったよ、と松永は誰もいない場所へ話し掛けるように言った。

「なぁ風魔」

猛禽の瞳がにやりと細められる

「次は今生の記憶だけを消す、というのも面白いと思わないかね?」

珍しく手袋をしていない、その長い指の上で銀色の古い鍵がくるくる回る。
彼の問いかけには、やはり沈黙しか返ってこなかった。




* * *




毛利が前世の記憶を失くして数週間。

あれから松永がちょっかいを掛けてくることもなく日常は日常として緩やかに過ぎていった。
変わったことはなにもないが松永の動きを監視していた片倉から謝罪があり(あの日は一日原因不明の眠気に見舞われて寝込んでいたという、怖い)いつのまにか事態を把握していた最上から「政宗くんが時々実家に帰ってくるなら我輩も協力を惜しまないよ」と、いったい何を協力してくれるのか不明だが進言があった。

(しかしなぁ)

フードコートの端っこにあるカフェテラスでノートと向き合いながら、大谷は物思いに耽っていた。
よっぽど親しい者しか解からない違いだが、記憶を失くして以来毛利は以前よりも朗らかに笑うようになった。
どこか翳りのあった瞳は今は静かな光を湛えていて、特に大谷や柴田を見る目は慈愛すら含まれているように感じる時がある。

(あの頃の記憶が、それほどまでに毛利を蝕んでいたのかと……まぁわれも存外そうかもしれぬが)

大谷はこれまで生きてきた中で、過去を忘れてしまいたい時なんてものもは沢山あった。
前世に犯した取り返しのつかない罪は誰に指摘されずとも自分が一番知っているが、それを罪のない今生の自分が憶えていて何になるのだろうかと過去を呪ったこともある。
鮮明に憶えすぎていて前世のことなど関係ないと開き直ることもできない、きっと前世の業は今の自分にとっての一番の急所だ。
今まで平気でいたのは、それを誰からも責められなかったからかも知れない、たとえば石田に裏切り者と罵られれば大谷の心は絶対に死んでしまう自信があった。

(松永が毛利の心を貫いたのだ)

それは酷い毒の矢でもって――

(しかしなぁ)

夕刻すぎ、オレンジ色の風が髪をふわりと撫ぜた。
平和過ぎる日常、きっと前世を忘れたとしても変わらない……むしろ忘れてしまった方が幸せではないかと頭の中で声がする。
けして悪魔の声なんかじゃない、弱りに弱って疲れ切ってしまった自分の声だ。

「三成ィ……」
「どうした吉継?呼んだか?」
「ヒィ!?」
「ん?」

気が付けば恋人兼同じ職場(部署は違うが)の後輩である石田三成が隣に座っていた。

「す、すまぬ!ぬしがおるということに気が付かなかった!」
「そうか、なにか考え込んでいた様だったな」
「すまぬなぁ」
「謝るな……でも、そうか」

石田が前を向いたので、大谷は彼の丹精で鋭い横顔を見る事になった。

「貴様は私がいないと、私に助けを求めるような声を出すのだな……」
「……いや」
「別に構わない、前世では私が一方的に頼ってばかりだから、貴様から頼られていると解かって嬉しい」
「違う!われは前世でも!」

オレンジ色の光に注されその鋭い横顔がさみしげに映し出されるのが寂しかった。

「ずっと、ぬしの名前を呼んでい……すまぬ何でもない」
「刑部……」

なんだか堪らなくなってつい刑部呼びしてしまう石田、以前はこういう場面を聞きつけて毛利が「前世の大谷と今生の大谷を混合するな」と怒りに来たが今はその心配もない。

「しかし、私は貴様の助けを求める声に気付いてやれなかったのだな」
「いや此れは癖のようなものよ、疲れなどが溜まるとな自然とぬしの名前が口をついて出てきて……それで」

懇願するような「死ぬことは許さない」という言葉を想い出し、力が湧いてくるのだ。
大谷は自分の心も体もあまり好きではなかったが、石田が必要としてくれるなら少し大事にしようという気になった。

「われはわれのことを甘やかすことができた……ぬしのお陰よ」
「……」

大谷の言葉が足りない所為で「どうしよう、愛すべき恋人が“貴方を思い出すことが私を甘やかすこと”などという実に自己完結的な頼り方をしている」と石田は思ってしまった。

「吉継……今度からそういう時は直接私を呼べ……そして頼れ」
「あい、ありがとなぁ三成」

大谷は微笑んで石田に頭を下げた、頭を下げられると折角の微笑が見れなくなって石田は厭なのだがこれは大谷の礼儀作法なので何も言わない。
頭を上げた彼はまだ微笑んでいた、記憶を共有している相手と前世の話をした後に暖かい気持ちになる、こういう時に前世の記憶があるというのは良いと思う。

(漸く、長宗我部も思い出したというのにな……)

石田に寄り掛かりながら目を閉じると高校時代の毛利と長宗我部の顔が浮かんでくる、大谷と毛利が前世の話をしている所を遠くから眺めている時の長宗我部は普段の明るく豪快な彼とは違う表情をしていた。
毛利はそれに気付いて、前世の長宗我部を必死に忘れようとしたのかもしれない、記憶の中の想い人ではなく今そこにいる大切な友人を想おうと、四百年以上前からの恋心を殺した。
結局、殺せていなかったからこんなことになっているのだけれど……あれは長宗我部の気持ちに応えることの出来ない毛利が出来得る最大の誠意だったに違いない。

「では、私は部署に戻るが、貴様も早めに切り上げろ」

今は夕日が注して暖かいけれど、すぐに肌寒くなるからと言って石田は本部へ戻っていってしまった。
大谷はテーブルの上のノートを見詰めて大きく溜息を吐いた。

――海のきつねは天から言われました――
――この空箱に他を加えて“宝箱”にしなさい、と――

書きかけのまま放置してしまっていた“星の海の管理者きつねの話”を、書き上げてみようかと思ったけれど今の精神状態では難しい。
……だってこれは誰にも言っていないけれど大谷にとっては前世の毛利を前世の長宗我部が救う為の話なのだ。

(万が一徳川が見てしまったら悲しむであろうし……少し変えるか)

この話の中で、たぬきは善であっても、きつねから全てを奪った加害者だ。
なにも悪くないたぬきを加害者にしてしまうのは良くないと、ノートの途中からバツ印を入れる、別に徳川は前世の記憶もなければ自分をたぬきと認識している訳でもないので悲しむことはないが、なんとなく厭だった。

(われらしくないが)

もうこれ以上、人が傷付くところを見たくないと思った、そして誰とも争いたくもない……嫌われたくない。
毛利が記憶を失い同じ罪を持つ同胞がこの世から消えてしまったのが相当堪えているのだろうが、こればっかりは石田に頼る事は出来ない。
何故なら自分の罪は自分で償うべきものであり、無関係の石田を巻き込んでしまっては駄目な事だからだ。

(独りがこんなに心細いとは)

忘れ去られることがこんなにツラいとは知らなかった。
今更ながら毛利の存在がどれほど救いになっていたかを思い知る。

(ん?)

その時大谷の視界の端に、ずらずらと人影が建物の裏に入っていくのが見えた。
私服姿なので客だろうが何故あのような所へ? 不審に思った大谷は書き掛けのノートを抱えて様子を見る為に人影が入って行った方へ足を踏み出した。

「お前ら、官兵衛さんにガン飛ばしてたろぉ?」
「飛ばしてねぇよ!俺らはただ黒田さんに話があって」
「はぁ?部外者がなんの用ですかぁ?うちの経営陣とお話したいなら秘書の俺様を通して下さいよぉ?」

建物の裏の様子を覗くと、後藤又兵衛が自分より一回りも二回りも大きい男達相手に喧嘩を売っているようだった。

「後藤!」

なにをしておる! と、思わず飛び出し後藤の隣に付いた大谷は男達の顔を見て目を丸くさせる。
前世で長宗我部軍に属していて、今も長宗我部の下で働いている野郎共だ。

「あ!大谷さん聞いて下さいよぉコイツらが官兵衛さんに因縁つけようとしてきてぇ、だから俺様が食い止めてたんですよぉ」
「なっ?」
「だから違うって!俺達はただ……」

大谷の頭に鶴姫から聞いた話が思い浮かぶ。
徳川家康の生まれ変わりは長宗我部の所に身を寄せているという、その徳川と出逢うと縁のあるものは前世の記憶を思い出すという、だとしたらこの野郎共らも記憶があるのではないか。

(まさか四国壊滅実行犯の黒田へ……)

復讐に来たのではあるまいか。

「……後藤よ、この者らへはわれが話をつけておく故ぬしは早く部署へ戻られよ」
「へぇ!?でも……」
「終業時間はもう過ぎておる、ぬしがおらぬで皆さぞかし困っていよう」

同じ秘書課の慶次なら、仕事で残っている後藤に黙って帰ったり出来ないのではないかと聞くと、後藤は渋々頷いた。

「……わかりましたよぉ」
「ヒヒッ心配するな」
「お前らこの人に何かしたら只じゃおかないからなぁ」
「何もしねえよ!!」

そうして、何度も不安げに振り返りながら後藤はその場から離れていった。

「……さて」

後藤の背中が完全に見えなくなった所で大谷は野郎共に向き直った。

「ウチの者が無礼を申したな……あい、すまぬ」
「いや、そんな気にしてないけどよ」
「ぬしらは……思い出したのか?」

大谷が訊ねると野郎共はコクリと頷いた。

「そうか」

やはりか

「四国の事はわれが考え、実行させたことよ、黒田はわれに脅され仕方なくあのような事をしたに過ぎない」

だからと言って黒田が全く悪くないとは言わないが、彼はあんなことを望んでしたのではないという事だけ解って欲しい。
そして四国壊滅をさり気なく自分が考えたことにして毛利を庇った。

「言いたい事があるのなら、われが聞く……だから黒田や毛利はそっとしておいてくれぬか?ぬしらとて前世の記憶の無い
者を責めたとて何にもならぬであろう」

「アンタなに言って……」

随分調子の良いことを言っていると自覚はあるが、しかし。

「謝って済むことではないと解っておる、だからわれに出来ることは何でもしよう」

大谷は、こう言えば優しい長宗我部の部下は毛利や黒田を見逃してくれるだろうと思った。
思えば彼らにも酷いことをした、黒田に枷をつけ働かせ、毛利を独りに長宗我部を手に掛けさせたのだ。

「……」

大谷は瞳を閉じて、体を差し出すように腕を広げた。
なんでも聞くし、何をしても良いと言うように……すると、そこに。

「大谷!なにかあったのか?」

警備員の姿をした浅井が走り寄ってきた。

「浅井?ぬしこそどうした」
「我が同志にここで貴殿が悪漢に絡まれていると聞き、貴殿に手をあげるような事があれば止めて欲しいと言われ」
「はぁ!?」
「いや、悪漢ではなくての」

浅井の言う我が同志とは後藤のことだろうか? この男の正義の基準はどうもよくわからないと思っていると。

「大丈夫?蝶々」

いつの間にか市も来ていた。そして

「吉継!!」

聞き慣れた怒鳴り声にビクッと背筋が伸びる、この男だけには見られたくない場面なのに、どうして石田まで来てしまったのか。

「後藤に貴様の危機だと報せられたのだが」
(あやつめ……自分の部署に戻れと言ったのに……)

恐らく後藤は超特急で豊臣のオフィスへ向かったのだろう、そして更に高速で此処へ向かってきたのだろう、面倒くさいことになった。
石田と浅井と市という珍しい組み合わせを見詰めながら大谷は乾いた咳を吐き出した。
気疲れによって再び病気になったらどうしてくれる。

「だ、大丈夫かいアンタ?」

急に咳き込みだした大谷を見て野郎共達も焦りだした。

(ああ、お人好しなところは上司にそっくりよ)
「貴様らは……」

石田も野郎共を見て、彼らが前世で長宗我部軍に属していた者と気付いたようだった。
そして、その様子から“まだ”大谷に危害を与えていないと察する。

「……そうか、まだ貴様らに謝罪をしていなかったな」

前世では自分も裏切りに荷担していたというショックで謝罪をする余裕などなく、そのまま四国へ帰してしまった長宗我部の部下達だ。

「ッ!?ぬしが謝ることはなかろう!?あの事はわれが勝手にしたことよ!!」

驚きのあまり咳を止めた大谷が石田に叫ぶ、すると石田は諭すように大谷へ語り掛けた。

「刑部」
「みつなり……?」
「貴様のしたことで、私に関係ないことなどあるものか」

貴様に限ったことではない西軍の者のしたことは全て私に責任があるのだからな、と総大将石田三成の顔と声で言われて大谷は固まってしまった。
大谷に微笑んだ後、野郎共に向き直った石田は地面に膝をつこうとする。

「ちょっ土下座かよ!?」

再び焦り始める野郎共を余所に、今度は黙って話しを聞いていた市が石田の隣に膝をついて。

「蝶々が悪いことをしたの?なら市も一緒に謝るわ」
「ぬ、ぬしまでなにを」
「よく解らないが市が謝るというのなら私も共に謝ろう、許してくれ」
「よく解らぬのに謝罪する者があるか!というかぬしが一番関係なかろう!!」

浅井まで地面に膝をつくので大谷も同じように膝をつき、三人の土下座を食い止めようとする。
悪いのは自分ひとりなのだ、石田は騙されていただけだし、市が西軍にいたのも自分が利用する為に置いていただけに過ぎない、浅井に至っては何の関係もない話だ。
オロオロと狼狽しながら「やめよ、やめよ」「ぬしらは悪くない、われが悪い」と訴える大谷を見ていて野郎共はだんだん憐れになってきた。

「やめてくれよ、皆」
「俺らは別にアンタ達に恨み言を言いにきたんじゃない」

野郎共から腕を掴まれ強引に立たされる四人。

「俺達は黒田さんに相談したいことがあって来たんだ」
「そうそう、あの人なら協力してくれると思って」
「へ?」

予想だにしなかった言葉に間抜けな声を出した。

「相談とは?」
「あ、うーん……あのな、最近アニキが元気なくてよぉ」
「これは毛利さんのとの間になんかあったなって思ったんだけどアニキなにも教えてくれなくて」
「喧嘩したんだったら捨て駒達やアンタは毛利さんの味方だろうし……いや、アンタは公平な立場をとってくれんだろうけど結構毛利さんに甘いとこあるから」
「だから事情知ってそうな黒田さんに相談しにきたんだけど……そしたらあの後藤って秘書が」

野郎共を見た目で判断して黒田に危害を加えると思われたというわけだった。

「ぬしらは……毛利を許してくれておるのか?」

大谷は茫然と自分より一回りは大きい男を見上げながら訊ねる。

「毛利と長宗我部が上手くゆけば良いと思ってくれておるのか?」

銀色の瞳にキラキラ星が輝くように揺れている。

「確かに毛利さんのしたことは許せないけどな……あの人、何度もアニキの墓参りに来てくれたんだぜ」
「え?」
「俺らにバレたら追い出されると思ったのか、必ず雨の日に変装してだけど……」

罪滅ぼしのつもりなのか、雨の中傘もささず長宗我部の墓の前に佇む毛利の横顔はまるで泣いているようだった。
墓石を撫ぜる手はとても優しくて、憎い相手へ触れているようにはけして見えなかった。

「それに、四国の為に色んな知恵を貸してくれた」

関ヶ原の大戦後、安芸に戻った毛利は徳川の口添えによって敗者として破格の扱いを受けていたという、その中の一つとして没落しそうな長宗我部家と四国領を建て直す為のさまざまな助言を許されていた。

「そのお陰で四国は前より豊かで平和な国になった」
「あの人それを全部隠して家康さんの手柄にしようとしたけど、家康さんが全部教えてくれたんだ」
「海賊なんてやってたから仕方ねえんだけど、これでも結構色んなとこに恨み買ってんだ……四国の中にはもしかしたらアニキよりも毛利さんが領主に相応しいって思ってる奴もいたかもしれねえ」
「そんなことはない!」
「長宗我部は海のように心が大きく、誰にでも分け隔てなく接する良い領主だった!」
「おう、アンタらにそう言ってもらえて嬉しいぜ」

長宗我部を悪く言われたと思い、咄嗟に声を荒げた石田と大谷に野郎共はまるで自分が褒められたように照れくさくなった。

「それに、今の毛利さん大谷さんには何の罪もねえだろ、アニキの親友のアンタらを俺らが恨めるわけねえじゃねえか」
「アニキと毛利さんお似合いだしなー」
「なー」

と、まるで子どもの如く同意しあう野郎共を見て、大谷の胸がいっぱいになった。

「あり、がとう……ありがとうっ」

花が綻んだような笑顔とはまさにこのことだろうという、そんな笑みを浮かべて礼を言うと、それを横から見ていた石田の顔が真っ赤に染まる。
野郎共も照れくさそうに笑っているのを見て睨みつけるが、嫉妬した毛利の氷の視線に慣れている彼らは全く動じなかった。

「だから、アニキが早く元気になるように毛利さんと喧嘩してんなら仲直りして欲しいのさ」
「そうかそうか……別に喧嘩しておるわけではないのだが」

長宗我部が沈んでいると聞いて苦笑がもれる、自分は最近までずっと前世の記憶がなかったくせにと思わないこともないが、毛利に忘れさられて寂しい者が他にもいたことが少しだけ心強かった。

(われは、独りではないのだな……)

隣の石田の手を、皆に気付かれないよう握って、振り向いた彼に今度は正面から花の綻んだような微笑を向けた。
全てを忘れてしまった方が楽になれると思う時があっても、もう自分は愛する人が傍にいて、同じ記憶を共有していることの尊さを知っているのだ。
それを奪われたら悲しいし、奪われたものは取り戻したいと願うのは当然。

「そうよ!」
「ん?どうした吉継?」

何かを閃いた大谷は石田の手を振りほどきポケットから携帯を取り出しタップし始めた。
いきなり手を離されたことを残念に思いながらも良い考えが浮かんだと見える大谷を静かに見守る。

「長宗我部もしもし……われよ」
(アニキに電話?)

不安げな野郎共に大丈夫だと目線を向け、通話を続けた。

「あのな、ぬしに頼みがあっての」

どうして気付かなかったのだろう。
なにも、きつね目線の話でなくていいんだ。
菫を愛した蝶がいるように、魚にだって人格がある。

だから、きつねに恋した魚の話だって書ける筈だ。

「単刀直入に言う」

思い出してくれなくたっていい、記憶がなかったとしても彼が大切な友人で同胞であることは変わりない。

「長宗我部!われと共にプラネタリウムを作ってくれぬか?」


でも、もしも思い出してくれるなら、最高の方法で思い出させたいじゃないか!




* * *




「大谷さん大丈夫だったかなぁ……まぁ石田さんに報せたし大丈夫か」

園の外をとぼとぼ帰りながら、薄暗い空を見上げる後藤、大谷は今回彼の所為で色々大変だったのだが色々進展もありそうなので特に叱られることはないだろう。

「すいません」

信号待ちをしていたところで、後藤は一人の青年から声をかけられた。

「ん?なんすかぁ」
「この近くに薬局がないかと思いまして」

たどたどしい敬語で聞いてくる青年、きっと普段敬語を使うことがないのだろうと後藤は自分の事を棚に上げて思う。

「それなら、この道まっすぐ行ってコンビニを右ですよぉ」
「有難うございます」

青年が頭を下げて走り出したところで丁度信号が青に変わる。
横断歩道の白いところだけ踏んで渡りながら、後藤はなにか頭に引っかかるものを感じた。
あの青年にどこかで会ったことがある気がする。
いつだったか、子どもの頃か?
いや、それよりずっと前、ここではない。



『忠勝の武器もなかなかイイものだろ?』



ガンっと頭に鉄球で殴られたような痛みが疾走する。

「あいつはぁ……」

横断歩道を渡り終えた所でがくりと跪き頭痛に耐える。

ここはどこだ? 何故あいつがここにいる?
自分は確か、閻魔帳第一位である伊達政宗に勝負を挑み……そして

「君の欲しいものはコレかね?」

低く、艶っぽい声と共に数枚の黒き羽が舞い降りた。

「……」

目の前には銀の鍵、これは、まさか、あの人の枷を外す為の――

手を伸ばすと、ひょいっとそれを持ち上げられた。
その人の顔を見て後悔する、ああなんという絶望感だろう。


「私を手伝ってくれるのなら、君にはこれを贈ろう」


黒い風が目の前を過った時。
後藤の中から今生の記憶がすっぱりと抜け落ちてしまった。







END