“光”の如き眩さと“炎”の如き熱さを合わせ持ち“闇”を切り裂くことのできる“雷”
日輪とは違いただの自然現象であるにも関わらず信仰する者は多いと聞く、それが毛利は酷く煩わしかった。
しかし、その“雷”を操る独眼の龍が病を患ったという話を聞きつけた時に毛利は常人のように同情を覚えたのだ。
伊達政宗を見舞いにわざわざ奥州まで訪れた毛利は片倉の案内で彼の寝室まで通されたのは、関ヶ原からたった数年後のことだった。

『……思ったよりも元気そうだな』
上半身だけ起き上がらせた伊達はその病人に向けるものとは思えない常と変わらぬ表情に、いつものように不敵に笑って返した。
彼からあまり心配げな顔をされても気持ち悪いし建前としか思えない、手紙ならコチラを気遣う言葉も掛けられようが、面と向かってそのようなことが出来るほど器用ではないのだろう。

『貴様が伏していても政は滞りなく進んでいるようだな、結構なことだ』
『Huh?まぁ小十郎がいるからな、俺がいなくても困ることはないだろ』

その言葉に眉を顰めるのは片倉と、毛利だ。

『……馬鹿が、なにを戯けたことを言っている』

言いたいことが沢山あるが要約するとこうなる。

『なんだよ、アンタだって自分がいつ死んでもいい準備してあんだろ』
『それは当然のことだが貴様が死ぬなどと軽々しく口に出すな、それに片倉がいるから等と、貴様は家臣の忠義を見くびっておるのか?』
『……』

斜め後ろから毛利の表情は見えないが、この冷将が自分の為に怒っているのだと気付き驚く片倉、それに伊達が苦く笑った。
伊達が亡くなれば片倉も後を追う、伊達はそれも良しとするが、出来れば自分の死後も幸せに生きて欲しいと願っている。
だからこうして人前で彼が自分の後を追わずとも良い理由を連ねているのだ。

『貴様が右目に己の死後も生きろと命じるなら、我が片倉を殺してやる』
『は?』
『貴様亡き後の奥州など我の忍にかかれば侵入も容易いだろうからな』

毛利の下にそんな優秀な忍者がいたか? と一瞬疑問になったが、関ヶ原を生き残った真田の忍達の行方が解らなくなっていることを思い出した。
消滅し散り散りになったと考えていたが、もしかすると真田が属していた西軍唯一の生き残りである毛利の手の内にあるのではないか?

『……アンタまさか』
『なんてな』

毛利はしれっと戯言だと言い、冷めた態度に戻る。
彼が真田の忍達を引き取っていたとしても、単に使える駒を持ってたいだけだろう、もう安芸の安寧は保障されているのだから今更天下を狙うとは考えにくい。

『まさか、アンタがそんな冗談を言うとはな』
『ふん』

だが、自らの死後どこぞの超優秀な輩から容易に暗殺される片倉は想像できた。
それよりもまだ主の後を追わせてやった方が彼の名誉を傷付けずに済むのではないかとまて思う。
まさか毛利が片倉の為にそう言ったのかは定かではないが

(……流石に遺される者の気持ちは解るってか)

関ヶ原後の毛利の行動を思い出す。
敗者とは思えぬ傲慢さで西軍武将達の亡骸と遺品をかき集め、徳川が目覚める前に葬儀を終わらせてしまったのだ。
おおかた家康が長宗我部の葬儀を執り行ったことを根に持っていたのだろうけれど、あれから徳川と会う度に恨みがましい目で見ていたのは意外だった。

(コイツも人間らしくなってきたかもな)

人間らしくなった結果が「片倉殺す」ってどうなの? というツッコミは隅に置いておいて、関ヶ原の大戦が終わって、こう言ったら怒るだろうが領土をめぐって争っていた長宗我部がいなくなって肩の荷が少し降りたのか、毛利は少しずつ人間味を帯びてきた。
それでも職務から解放されたわけではないので家臣の前では冷たい仮面を付けたままだけれど大した変化だと思う。

(大谷も戦と病がなければもっとマシな人間だったろうし、徳川も……)

家臣にも好敵手にも恵まれ群雄割拠の乱世を楽しんでいた伊達には自分の心を殺して戦ってきた者の気持ちは解からない、逆にそういう者同士なら解かり合えるのではないかと考えたが、実際はどうであろう。

『なぁ最近徳川と会ったりしてるか?』
『ああ?』

部屋の気温が五度くらい下がった気がした。
毛利がこんなに嫌っている内は解かり合うなど無理だろうと伊達は思う。

『政宗さま、羽織をどうぞ』
『thank小十郎』
(サンク小十郎?なんだ?洗礼名か?)

毛利が変なことを考えだしたからか部屋の気温が少し上がった気がした。
伊達は溜息を吐く、伊達自身も徳川の甘っちょろい所や複眼的過ぎる所は気に入らないが、あの男の持つ気質は好んでいた。

『つーかテメェよ……徳川のことがそんな嫌いか?めっちゃ優遇されてんじぇねえか、ちょっとは好きになってやれよ』
『あれはあやつがが勝手にしているだけのことだ、そして我はそれを安芸の為に利用しているに過ぎない』

だから好意を抱く必要はないのだと宣う毛利に、他人に好意を抱くことを必要性で考える奴を初めて見たと残念な気持ちになる伊達と片倉。

『なぁお前が徳川のことそんな嫌いなのって大谷が徳川嫌ってたのと関係あんのか?』
『何故友人が嫌っているからといって我まで嫌う必要がある』

大谷を“友人”とはっきり言ったことに驚きながら、では何故嫌っているのかと疑問に思った。
戦で仲間を殺されたことで恨みを抱いているのは解かるが、それなら自分達のことも同様に嫌っていいのではないか、何故徳川だけを嫌う? 東軍の総大将だからか?

『あいつの考えが気に入らないとか?でもあいつに似てる長宗我部のことは好きだったじゃねえか』
『……何故貴様ら我と長宗我部のことを知っている……あの男が言ったのか?』
『なんとなく雰囲気で解かるって、じゃああいつが豊臣を裏切ったから軽蔑してんのか?』
『裏切りなど世の常であろう……』
『それでもあいつ裏切ったことを少しも悪いと思ってねえだろ』

徳川は裏切りをしておきながら後悔はしておらず、他人を傷付けておきながら自分の方が痛いのだという顔をする、戦をしておきながら自分が他人を不幸にする存在だとも思っていない、思わないようにしている。
そんなところを嫌っているのではないかと聞けば『貴様の方が徳川を嫌っているように聞こえる』と返された。

『あそこにいれば豊臣の全てを肯定しなければいけないからな、徳川もあのような手段をとるしかなかったのだろう』

東西に分かれて戦う前の噂だ。
ずっと徳川が抱いた憂いに誰も気付いてやれなかった事が不思議だったが、実際知り合ってみた豊臣軍とはそういうものだった。
徳川は民を選べば主や友を裏切ることになる、それはあの男にとってツラい決断だったろう、しかし主や友は聞く耳を持たない、だから裏切るしかなかった。
毛利は豊臣の政策を否定しないが、それによって苦しんだ民がいることも解る、だから別のやり方をとろうとした徳川も否定しない。
しかし日ノ本の為に尽くすという志は同じでも手段が違うというだけで殺し合わねばならない、自分達はそんな天下に生まれてきたのだ。

『……じゃあ、まさかとは思うがよ……テメェが徳川嫌ってる理由って』

病状の身体に冷や汗が溢れてくる、これは己の死期が早まったのではいかと伊達の心臓が早鐘となる。


――なんだ? 今頃気付いたのか?


と、いう顔に、同じような疑問の面を返す。


――なんで? あの時点で、そんな理由を抱いていたのなら、お前はけして自分の心を欺けていなかったろう


『正直に言えば良かったじゃねえか』


そうすれば、もっと違う“未来”もあったかもしれないのに




* * *




猿飛が長宗我部を呼び出したのは病院から十数キロ離れた繁華街の入り口だった。
いつか伊達や猿飛がナンパをするなら此処だと言って真田から破廉恥だと怒鳴られていた。
長宗我部も先程からナンパをされまくっていたが連れが来ると言って断っていた、別に嘘は言っていない。
自分をナンパしてくるような積極的な子は面白いし、化粧が濃くてもお洒落を頑張っているんだなと好感が持てる、逆に男っぽい子が健全に遊ぶ相手を探して声を掛けて来たのだとしても悪い気はしない。
しかし、その子達に恋愛感情が抱けるかと聞かれたら否だ、だからといって男が好きなわけでもなく、長宗我部はただ毛利以外に興味がなかった。
これは、前世からずっと……

(アイツらの会話の意味が漸く解ったぜ)

高校で大谷と出逢った毛利は長宗我部の知らない内に仲良くなっていた。
そして長宗我部のいない間に長宗我部の理解出来ない話をし始め、長宗我部が来るとやめていた。
長宗我部が話に割り込んで来ないと知ると、長宗我部がいる場であっても抽象的な話をするようになり、それが寂しくて他のことに集中したり、その場から離れるということも多々あった。
石田の話は、石田と再会するまで封印していたようだけれど……自分は? 今生の毛利元就は前世の長宗我部元親の事を話していただろうか。
記憶を紐解いて、愛しき彼の言葉を思い出す。

『貴様を忘れた男のことなど忘れてしまえ』
『今、貴様の傍にいて貴様を愛すと言っているのは誰だと聞いておる』
『それが出来ぬのなら貴様は我と将棋をすることも叶わぬぞ』

確かに愛されている。
そして愛されていた。
実際、毛利から愛されているなどと思ったことは指の数ほどなかったけれど、毛利は長宗我部が願うこと全て“出来ない”なんて言わなかった、それは前世より続く、彼の本心だ。
愚かだの浅はかだの言っておきながらその夢が叶う可能性を否定しない、長宗我部ならどんなことでも努力すれば“出来る”と思っているのが毛利だ。
今だって、あの頃より身分や教養は高くないが、根本では認めているし信頼されているのだろうと思う、何故ならあの男は尊敬に値しない者を傍に置かない。

(あと俺に優しくなった、かな)

今生の長宗我部は慎重、というよりも物事をよく考えて行動するようになった。
その分臆病な部分も出てきて、上で言ったように毛利と大谷が理解できない会話をすることが気になるのに何も訊けないでいた。
毛利はその時の表情を見て、前世の長宗我部を忘れようとしたのだろう、本当の事を言えない彼の精一杯の誠意だ。

(……毛利)

そう思うと彼への愛おしさが胸から溢れてくる、あんな美しい男と自分は好き合っているのだ。
欲しいモノを力ずくで手に入れてきた前世の自分に倣ってもいいのではないかと考える、大谷だって石田を手に入れたではないか。
いや駄目だ……今まで、そうやって毛利を散々傷つけたろう、もう二度と自分と大切なものを天秤に掛けるような事はさせたくない。

「チカちゃん、ごめん待った?」

正面から話し掛けられた。
前を向くと猿飛が笑って此方に近づいてくるのが見えた。
昨日の電話では“チカちゃん”ではなく“鬼の旦那”と呼んだから彼も記憶が戻っていることだろう、彼の纏う影が濃くなった気がする。

「いや、俺も今来たところだ」
「そっか……よかった」

影は少しだけ薄らいだ。

「じゃあ行こうか?」
「ん?どこに連れてってくれんだい」
「ふたりでゆっくり出来るとこだよ」

会話だけ聞いてればカップルかと間違えそうだが、猿飛の顔は強張っていて、足元の影がゆらゆら揺れていた。
今の時代この影は属性持ちにしか見えないもののようだ、そして本人はその揺らぎに気付いていない、徹底して隠しているつもりなのだろう……長宗我部にはいつぞやの大谷と重ねて見えて不安になった。
そんな猿飛が連れて来たのは“鳥カフェ”と言われる小鳥と触れ合える(その割に鳥料理などもでる)店らしい、今日は店休日なのか皆ゲージに入って大人しくしてる。

「ここね、俺の最初のバイト先で今も時々この子達の世話を頼まれるんだ、今日も店長さんに餌やりと掃除を頼まれてて……ごめんね、話す前にそれ終わらせちゃう」
「ああ、いいぜ……ってか俺を連れてきても良かったのか?」
「いいよ、店長さんにも友達連れて来ていいって言われてるし、チカちゃん鳥好きでしょー?」

と、話しながらも着々と鳥籠を掃除し餌と水をやっていく猿飛を見ながら、前世で彼が沢山の鴉を飼っていたことを思い出した。
ここにいるのは鴉とは気質の違う色鮮やかな小鳥たちであるけれど、きっと鳥の世話に向いているのだろう。

「それにさ、此処ならチカちゃんが怒っても、暴れることはない」

全ての鳥の世話を一通り終えた猿飛が(手持ち無沙汰だったので長宗我部も少し手伝った)厨房とは別の場所にある事務室で茶を沸かし持ち込んだ菓子と一緒に差し出しながらそう言った。

「え?」

これから自分を怒らせるようなことを言うのか? と瞳で尋ねると猿飛はニッコリ笑い。

「そうそう……昔っからさぁ旦那に言いたいことはいっぱいあったんだぁ俺様」

と、茶を一口呑み込んでから、一気に不満と責苦を捲し立てられた。
毛利と付き合っていたのは金目当て、体目当て、優柔不断、恐れ知らず、うちの忍者隊を誑し込んだ、節操無し、最低男、八方アニキ、いや尻軽。
他にも色々言われたが要約するとこんな感じで、随分な言われ様に反論したくもあったが、一方的な責め立てなど毛利で慣れているので一応は我慢し、猿飛のヒステリーが治まるまで待つ事にした。

「まず金目当てと体目当てってのは、アンタも本心からそう思ってるわけじゃないよな?」
「……」
「八方アニキ……は正直よく解んねぇから良いとして」

落ち着いた猿飛は何故か椅子の上に正座をして長宗我部の言葉を粛々と聞いている、恐らくヒートアップし過ぎて言ってはいけないことまで言ってしまったとでも思ってるだろう、実際長宗我部から嫌われても仕方ないようなことを言っていたが、彼も色々と溜まっていたのだと許すことにした。

「優柔不断、恐れ知らずってとこは少なからずあると思うが、別に短所とは思っちゃいねえよな?」
「全部が長所だとも思ってないけどね」

しゅんとしていた忍びがもう言い返せるまでになっていた。
これに気を良くした長宗我部だったが、先程の猿飛の言葉にどうしても許容できない部分が多々あったのを思い出して鬼の眼光で睨みつけた。

「で?俺がいつアンタの忍隊を誑し込んだ?節操なし?尻軽ってどういうこったよ?」
「だって」

だって、じゃない。
猿飛の影が足元で蠢いてるのを軽く蹴って、苛立ちを声に乗せた。

「俺が毛利以外の奴に靡いたとでも言いてえのか?」

不義など起こしていないと、ずっと内情を見張ってた猿飛が一番知っているだろう、そりゃあ人の心の内なんぞ誰にもわからないものだが、少なくとも長宗我部が毛利以外に色目を向けていなかったのは知っている筈だ。

「だってチカちゃん、毛利の旦那のこと名前で呼ばないし」
「は?」
「慶ちゃんや伊達さんや雑賀さんや徳川家康のことは名前で呼ぶのに」

まさか、ここにきてそんなことを言われるとは思わなかったし、そんなことが理由で疑われたのかと思うと怒りを通り越して呆れが芽生える。

「毛利だって俺のこと名前で呼ばねえじゃねえか」

しかも昔は時々“そなた”と呼んでくれていたのに今は皆と変わらず“貴様”である、あと生まれ変わってから大谷に“ぬし様”と呼ばれていない……いや、呼ばれたいわけでもないけれど、そういえば彼もまたけして長宗我部を見くびらない一人だった。
認めてくれていたのだ、穢い手を使って手に入れた長宗我部を同等に見てくれていたのだ、毛利と大谷は、だからといって許す理由にはならないが、彼らを大切に想う理由にはなる。

「チカちゃんは他の人は名前で呼ぶじゃない」

ぶすくれた顔で猿飛に訊かれ、そういえば、と思い直す。

「毛利の旦那が大谷さんを名前で呼び合ってたら悲しいでしょ?」
「……」

確かに、そうかもしれない。

「だから名前で呼んでみなよ、はい!」
「はい!って」
「ほれほれ」
「……も……毛利」
「いや、下の名だよ」
「わかってるよ!でも今更なんか恥ずかしいじゃねえか!」

はっきり言って、親友を名前で呼ぶのに恥じらう必要などどこにもない、同じく親友の大谷なら容易く名前を呼べる、それこそが毛利を特別に思っている証拠ではないかと思うが

「じゃあまずはフルネーム!フルネームから練習してみよう!」

猿飛は諦めてくれなかった。
なので己の主が『政宗殿』をフルネームなら呼び捨てに出来ていたのを思い出し、とりあえず薦めてみた。

「毛利元……親」
「チカちゃん……毛利家に嫁ぐの?」
「いやいや可能性があるとすれば長宗我部元就の方だ!!」
「でも養子縁組の場合チカちゃんの方が誕生日遅いから毛利元親になるんじゃ……」

そもそも交際する気もないのだから養子縁組なんて夢のまた夢の話だ。

「ってちゃんと名前呼べたじゃない」
「あ……」
「もっかい練習!はい、長宗我部元就」
「長宗我部元就……」
「長宗我部元就!」
「長宗我部元就」

普通に名前を呼ぶより此方の方が恥ずかしいような気もするが、毛利を長宗我部元就だと思えば名前で呼べるようだし、毛利の方も長宗我部を毛利元親だと思えば名前で呼べるかもしれない。

「元就!」
「も、もとなり」

猿飛の表情がぱぁっと輝き拍手まで上がった。
無邪気な様子を見て先程までの失言の数々は許そうかと思う、なんせ鬼若子となって以来アニキ万歳な野郎共に囲まれて生きてきた長宗我部なので自分を叱ってくれる相手がいることは有り難いなだ、それがたとえ勘違いであっても……

(本気で叱ってくれる相手っていなかったし……)

今生では長宗我部は毛利と再会するまで大人しい良い子であり、養父であった神主も自由奔放に育ててくれた。
次に頭に浮かんだのは何故か徳川の顔だが、優しい彼は長宗我部の行動に忠告はしても叱りはしないからなと苦笑した。

「……チカちゃんはさ、毛利さん達のこと好きだよね?」

そう訊かれたのは唐突であったが彼はすぐに猿飛の言う“毛利さん達”とは【豊臣豊月園】に勤める者達のことだと解かった。
毛利一人へ対する好意だったらおいそれと口に出来ないが複数の人間へのそれは素直に頷く事ができる。

「ああ、そうだな」
「じゃあ……あそこの皆の幸せを壊したりしないよね」
「……?そのつもりでいるけど」

あそこで働く沢山の人間と園の安寧の為に毛利へ想いを伝えてることすら我慢している。
だからすこし不機嫌な声で返してしまったと思う。

「うん、だよね……ごめん」

それくらいのことで再びしゅんとしょぼくれてしまう猿飛に調子がくるっていく気がした。
彼も記憶が戻ったばかりで不安定なのだろうか、闇属性は闇に呑まれやすいと聞くから余計心配だ。

「いや、いいよ気にすんな」
「ごめん……」

許しても泣きそうな声で謝罪されてしまう。
なんだろう、いつぞや聞いた魔王の妹の響きに似ている。

「本当……ごめんね、市ちゃんのこと怒らないであげて」
「へ?」

似てると思った傍から、その人物の名前を出される、しかも怒らないでって今生の彼女とはそう親しくもないのに……
そう思っていると、

「ここの鍵オートロックになってるから、そのまま出ちゃって大丈夫だから」
「はい?どうした猿と」

名前を紡ぐ前に猿飛は消えてしまった。
ここで漸く長宗我部は彼が分身であったことに気付いた。

――それなら本体はどこに?

そう思っていると、携帯の着信が鳴った。
相手は徳川だ。


「……もしもし」


とりあえず猿飛の言葉の意味と行方のことは置いておいて電話に出る事にすると、その向こうから切迫した前世の親友の声。
そして、小さく女の……市の泣く声が……聞こえてきた。


――元親どうしよう……忠勝が、忠勝が攫われたッ!!







END