御託は要らない

欲しいものを手に入れる理由なんて


己がそれを望むから、それだけで充分だろう――






* * *




彼は小さな頃から、よく褒められる子だった。


「佐助くんはしっかりしてるから先生助かるわ」

(それは手の掛からない子だから? 貴女の手を必要としてないと思うの?)


「うん、君はもうこれで大丈夫だね」

(俺様の能力しか知らないのに、大丈夫だなんて……そんなこと本当にわかるの?)


そんな風に捻くれたことを考えながら、ずっと顔では笑ってた。
泣いて“困った子”だと思われたくなかったから、痛くてもツラくても大丈夫だと言っていた。

だから、こんな歳になって、ただ単純に“心配”されるなんて思ってもみなかった。

「ぬし、きちんと飯を食べておるか?」
「うん、大丈夫。ちゃんと食べてるよ

こんな風に「大丈夫」と口にするのは初めてだった。

「然様か……なにか困ったことがあれば周りの先輩に聞くとよい、われでもよければ何でも話せ」
「ふふ……大丈夫だから、あんまり心配しないでくださいよ」
「煩いか?すまぬな……これは性分なのよ」

産業スパイとして潜入してた猿飛にとって、向けられる優しさは素直に受け取ってよいものではなかった。
しかし彼の正体が知れた後も皆の態度はあまり変わらない、それは潜入されていた企業のトップが彼を大きく咎めなかったからだろう。

「ほぉ、これまで気付かせなかったとは、やるではないか」
「ヒヒッぬしはすぐ周りに溶け込んでしまうよなぁ……流石よサスガ」

そう言って猿飛は許され、褒められて……そして――


「ぬしに紹介しておきたい男がおるのよ」


――ぬくもりを与えてくれた。




「……ねぇ、風魔近くにいる?」


正六面体の窓も扉もない部屋の中、例えるなら“賽”の中に閉じ込められたような空間で猿飛は自分の頭上へと語りかけた。
虚空の中で煙のような黒い影が揺れたので、近くに風魔がいることを知れた。
猿飛は膝の上ですやすやと眠っている本多忠勝の生まれ変わりの頭を撫でながら言葉を続ける。

「忠勝くん、たしか雷属性だったよね」

自然界の“雷”は“光”の如き眩さと“炎”の如き熱を持つ、猿飛の好きな物を模倣しておきながら猿飛の“闇”を切り裂く憎々しい現象だ。

「前世の記憶が蘇ったら俺のこと攻撃してくるかな?」

でも、まだ幼いから上手に能力を使いこなせないかもね、と世間話のように語り続ける猿飛に対し風魔は無言で答えた。

「ねえ、なんで俺がこんなことしでかしたのか不思議でしょ?」

病院の中庭に出た市を気絶させ、その隙に本多を攫ってきた。
前世の猿飛なら兎も角、今の彼がそのようなことをするとは誰も思わないだろう。

「あのね……世の中にはさ、ただ存在しているだけで愛されるような、誰の特別にもなれる人がいるんだよ」

風魔は沈黙しながら(それがどうした?)と思った。
たとえば北条のような人物のことを言っているのだろう、別に存在していていいではないか。

「明るく朗らかで皆に認められる太陽みたいな人がいる一方で……ただ存在しているだけで疎まれる人間がいる」

猿飛の表情に影が落ちた。

「そんな人がね、皆に愛されてる人に勝とうと思ったら、一途さで戦うしかないの……たった一人の一番大切な人の為に、身を削って、全力で尽くして……ツラくても声に出せなくて」

結果、心ない人形のようになってしまう、自分のたった一人の大切な人にさえ太陽のようには愛されない。

「俺ね、そうやって……潰れていった人を知ってる」

全身に巻いた包帯をボロボロにしながら、戦場を駆けた人、彼の愛する月はそれを振り返ることはせず、ただ真っ直ぐ太陽へとぶつかって行った。

「あの人の努力とかさ……どれくらい報われてきたんだろうって思った」

猿飛が彼に似た性質を持っていたからだろうけれど、その痩躯が病に苦しむ姿を見るだけで、苦しみを隠して策略を企てているのを見るだけで、必死で友を生かそうと罪に穢れていくのを見るだけで、彼がこの世の全ての人間を呪う気持ちが解かる気がした。

「でも、あの人は俺を不幸にはしなかったよ……」

彼の立てる戦略の中で、忍が捨て駒として扱われることはなかった。
犠牲は最少に、どうしても犠牲が必要となる時には毛利軍の兵が使われた。

「毒霧を使う戦法なんて本来忍が被るべきところを、あの人ともう一人の軍師は自らの命令で下した」

それは武士にとって、誉れではなかった筈だ。
武田であれば忍隊の隊長が勝手に判断して行うような手だ。

「あの人たちは誇り高き軍師だよ、ひとたび戦場に出れば……すべての責を自分で負う」

猿飛佐助は大谷吉継が世界中の人に嫌われていても構わない。
猿飛佐助は毛利元就が世界中の人に畏れられていても構わない。
そんなもの、猿飛が彼らを評価する上で何も役にたたないのだから。

「そして今生では俺に再び光を与えてくれた」

大谷は産業スパイとして自らの企業に損害を与えた猿飛佐助を、真田幸村と再会させてくれたのだ。
きっと猿飛のことを大変“心配”して、彼にぬくもりを与えたのだろうと、あの月の煌めく夜空のような瞳を思い出す。


「俺はただ……その人を助けたい、それだけだよ」


たとえ、ぬくもりを失ったとしても――




* * *





徳川家康の生まれ変わりから長宗我部元親の生まれ変わりに電話が掛かってきたのは彼が猿飛に呼び出されている最中のことだった。
その猿飛は分身だったらしく、いつのまにか長宗我部の前から消えてしまっていた。


「おい!どういうことだ!?忠勝が攫われたって」

携帯を耳に付けたまま走り出す。
徳川の声の向こうで、小さく女の泣き声が聞こえる、それも酷く聞き覚えのある。

――市ちゃんのこと怒らないであげて――

猿飛が言った言葉を思い出して背筋がぞっとした。
まさか本多を攫ったのは彼ではあるまいか、黒い闇を纏った忍の笑みが脳裏を過ぎる。

「……ッ!すまねえ家康また後で掛ける!とりあえず其処の女連れて【日輪豊月園】へ来い!警察にはまだ知らせるな!!」

猿飛が消えてからまだ時間は経っていない、市が巻き込まれているというなら徳川は警察へ通報はしていないだろう、彼は女性に……というか誰にでも優しい。
店を出て偶然そこで昼寝をしていたタクシードライバーを叩き起こし、自らも【日輪豊月園】へ向かう。
長宗我部にはこんな時に頼れる相手というのが、二人しかいない、しかしその二人は飛び切り頼りになる相手なのだ。




* * *




二時間後【日輪豊月園】の本部にある会議室。


「……」

伊達政宗はテーブルに座る大谷を見て「コイツそのうち心労で死んでしまうんじゃないか」と思った。
フードコートに勤める彼は本部内の会議室に入ったことは無い、まぁ今回ここへ入ったのは仕事のことではなく、パソコンの電話機能を使って片倉と連絡が取りたいと言われ呼び出されただけだ。
あと大谷的には藁をも掴みたい気持ちだったのだろう、掴んだのは藁ではなく竜の尻尾だったけど。

(心配性な人間に被保護者が増えるとこうなるんだな)

前世では石田や島だけだったのが、今生では毛利、長宗我部、柴田、市、猿飛までもが彼の心配の対象になっている。
ここ最近の出来事を振り返ってみると、まず徳川家康の生まれ変わりが現れ長宗我部と接触した。
その所為で毛利が長宗我部が徳川と付き合うのではないかと不安がっている(これはありえない)
そして島が記憶を取り戻し柴田とギクシャクしている、島に好きな人がいることが柴田にバレそうになった(しかし相手が自分だと柴田は気付きそうにない)
特に最近というわけではないが、石田と長宗我部の転落事故の一件以来、松永久秀が毛利を付け狙っている様子だ。

(それに加え本多の誘拐に猿飛と織田の妹が関わってるなんて聞けば……そりゃキャパオーバーになるよな)

うんうん、と心の中で頷きながら周りを見回すと、誰もが神妙な面持ちをしていた。
真っ青になって一点を見詰めている徳川の背中を摩っている長宗我部の隣では、コトの顛末を話し終えた市がボタボタと涙を流しながら謝罪し続けている(誰か浅井つれてこい)

「つーか小十郎、俺お前があそこで松永を見張ってたなんて初めて聞いたんだがよぉ」

それを無視して、パソコンの画面に映る片倉のアイコンに話し掛ける伊達、ちなみにアイコンは笊に乗った野菜たちだ。

「申し訳ございません」
「まぁ、馬の世話が好きってのも嘘じゃねえと思うけど、あんま危ねえことすんなよ」
「……」
「返事は!?」
「御意!!……しかし今回のことは俺がちゃんと松永を見張っていれば防げたかもしれねえ……」
「いや、それはなかろ……実行犯が猿飛だなど、誰も予想できなかったであろうし」

大谷が自分の前にあるパソコンに向かって喋る、この会議室には一席一台パソコンが付いていて、全員同じ画面を見る事ができるのだ。

「猿飛の真意は解からぬが……松永の命令ならあやつの所有する土地の何処かに連れていかれた可能性が高い、今雑賀が調べておるから、そこを手分けして当たるか」
「警察へは?」
「警察に頼ったら、いざという時に最上を使えぬであろ?」
「ゲッ!?あのオッサン頼んのかよ……」
「我慢せよ、今や諜報においてあれ程優れた者はおらぬのだから」
「それに、病院の人達みんな忠勝がいたこと忘れてるっていうし、ひょっとしたら妙な術使ってんのかも」
「だとしたら警察はまったくアテにならねえな」

そう、不思議なことに病院内には本多忠勝という患者がいたという形跡も、記憶も消えていた。
だから徳川がいくら取り合っても相手にしてくれなかったのだ……彼を中庭へ連れ出した市以外の人間は。

「ごめんなさい、市がもっと早く思い出してれば松永の小父様に騙されたりしなかったのに」

市も徳川の顔を見て暫く後で前世の記憶が蘇ったという、肝心の徳川だけが何も思い出せず皆の話に付いてこれていないようだが。

「なぁ島は?アイツも記憶持ちなんだから此処に呼んでもいいんじゃねえか」
「左近には……というか石田殿と同じ部署の方には報せておりません石田殿が不審がっては面倒な故……」

会議室の中にいるのは、大谷、伊達、徳川、柴田、市、長宗我部の六人、パソコンの向こうから会話だけ片倉も聞いている、毛利は来客の対応が終わり次第こちらへ来ると言っていたが、徳川と会うのを躊躇って遅れるかもしれない。

「のぉ徳川よ、ぬし様は石田三成と聞いてもなにも思い出さぬか?」

長宗我部はつい数時間前に、大谷から呼ばれなくなったと思い出した“ぬし様”という呼び方を聞いて、自分に対する呼び方とは違い他人行儀だと感じて、少し寂しくなった。

「いや、ワシと同じ名前の徳川家康と戦ったことのある武将というのは知っているんだが」
「だから!その徳川家康って奴の生まれ変わりなんだって!テメェは!!」
「伊達氏……」
「そう叫ぶでない、いくら防音されているとはいえ昼間の会社内よ」
「sowrry」

舌打ちでも聞こえてきそうな面持で石田はふんと徳川から顔を逸らす、義息を誘拐された人間にとる態度ではないが、徳川にとってはそんなことは些細な問題で、早く本多と捜しに行きたいという気持ちが強かった。
勿論なんの手掛かりもないまま捜すのは無駄だと解かっているので雑賀の調べた結果待ちだけれど――と、そこに。

「すまぬ、遅くなった」

毛利が扉を素早く開閉し、足早に大谷の横までやってきた。
その間、徳川の姿を見ないようにしているのが解かり、皆が苦笑を零そうとした瞬間。

「毛利……元就公?」

徳川の口から、毛利の名前が漏れる。

「毛利、お前は毛利だよな?」
「……そなた、記憶が戻っておるのか?」

一同は呆気にとられる。
どれだけ説明しても思い出さなかった徳川がたった今、一瞬毛利を見ただけで思い出したというのか?

(なんで?)

伊達は大きく溜息を吐く、皆が関ヶ原の後で生き残っていないから徳川がどれほど毛利を気にかけていたのか知らないのだ。

「丁度いい、どうせ今は待っとくしかねえんだ」

スクッと立ち上がった伊達は毛利と徳川の手を掴み、隣同士に座らせる。

「「!?」」
「今のうちに“仲直り”しとけ」
「……そうよな、その間われらは雑賀の手伝いでもしておこう」
「ちょっと待て!大谷」
「アンタらがあの頃話せなかったことでも、生まれ変わった今なら話せるだろう?」

もう、前世とは違う人間なのだから、素直になってもいいじゃないか、伊達の独眼がそう語りかける。

「そう、だな……その言葉に甘えさせて貰おう」
「徳川ッ!」
「……ワシはあの頃お前達を酷く傷つけていたのだと思う、だがどれだけ考えてもその理由が思い当たらないんだ」
「……」
「だから教えて欲しい、そうすれば反省して、これからに活かせるだろう?」
「そなたが今更変わるとは思わんがな」
「毛利は前世のワシしか知らないのに、どうしてそんな事が言えるんだ?」

――ワシはもう違う人間だ、今なら話が通じるかもしれないぞ。
そう言われ、毛利が折れた。

「では、われらは雑賀の所へ行っておこう、何か解かり次第戻ってくる、それまで良い子にしておれ?」
「煩いぞ貴様は母親か」
「ハハハ、わかったよ刑部」

そして長宗我部は後ろ髪引かれるような気持ちで二人を残して会議室を後にする。

「なぁ毛利、あの頃のワシの何がいけなかった?ワシに足りないものがあるなら教えてくれ」

関ヶ原以降、徳川は毛利と絆を結ぼうと誠心誠意尽くしてきたつもりだった。
しかし毛利は最期まで徳川に心を開くことはなく、他の東軍の者のように個人の付き合いというものが出来なかった。
彼の本心など今際の際に片鱗を見ただけ、それが心残りで仕方ない。

「そなたに足りないものなど何もなかろう、我と違いそなたは沢山のものを持っていたのだから……」

少し、引っ掛かる物言いだった。

「毛利?」
「なぁ徳川よ、そなたは長宗我部にとって特別であったが、そなたにとってあの男はどれほど特別だった?」
「……勿論、元親は特別な友だった」
「では何故すぐに奪い返しに来なかった」
「っ!?」

あの当時、徳川がすぐに長宗我部と逢える状況になかった事は毛利もよく知っているであろうし、無理に会いに行こうとすれば毛利が一番に邪魔をする筈なのに、何を言っているのだ。

「我が無茶苦茶なことを言っているのはよく解っておる……だが、あの時代そなたが手を伸ばせばすぐ手に入れられたものは、我には到底手に入らぬものだったのだ……」

理想を掲げる強い主、智恵と力を持った友垣、心から笑い泣ける場所、自分を慕う家臣、そして長宗我部元親との友好関係。
沢山のものを持っていた徳川は、やがて家臣以外の全てを自らの進む道に落としていった。

「どうして……あの男の離別をすんなりと受け入れられた?我が罪を犯してまで手に入れた男は貴様にとってその程度だったのか?」
「そんなことはない、ワシだって悩んださ」

徳川の心情を知らない毛利が勝手に言っていることなのに、どうしてか胸が痛んだ。
あの時、西軍に付いた彼のことで悩んだのは事実だが、彼がそう望むなら止むを得ないと諦めてしまったのも真実。

「我らはな長宗我部がいれば勝てたのだ……長宗我部さえいれば我ら西軍が天下泰平を臨むことが出来たのだ……あやつが石田の傍に遺れば大谷も心安らかに逝けていたのだ……そして我は……」

安寧の地となった安芸で、彼と過ごす未来だってあったのだ。
徳川は何も悪くない事も解っているけれど、恨まずにはいられなかった。

「それに比べ貴様はどうだ?たとえ長宗我部が生きていたとして貴様の人生は如何程変わった?あの時、長宗我部がいなくても勝てると思ったから何もしなかったのだろう?長宗我部より大切な事があったから諦めたのだろう?石田や真田なら同じように大切な者を奪われたら奪い返す、その者が誰かに騙され己を恨んでいたとしても最後まで足掻く、他の皆だってそうだ……長宗我部を大事にしていた、特別にしていた……貴様より」

泰平の世を総べる中で、恐らく徳川はどうして世界に長宗我部がいないのかと、どうして彼があの大きな絡繰りで外海を自由に駆けていないのかと、疑問に思ったりもしなかったろう。

「そなたは我を罰するべきだったのだ……何故そなたの親友との未来を摘んだ我を生かした……我を惨たらしく殺さねば四国の民が浮かばれぬだろう……我を優遇することがあの男への裏切りとは思わなかったのか?我と絆を結ぶよりも古き絆の為に我を罰することの方が大切ではないのか?」
「もしかして、ワシを嫌っていた理由とは、それなのか?」

――自分よりも、長宗我部を大事にしてほしかった――

「……言ったろう、そなたが手にしていたものは我には到底手に入れられなかったものだ……それを、他のものと同じように扱われては腹が立つ」

まるで若い女子のように「私の方が好きなのに、大事に出来るのに」と思ってしまう。

「東照権現よ、そなたが平等に愛している者達には、一人ひとり特別に想う者がいるのだ」
「毛利……」

かつて兵も己も捨て駒として扱っていた彼が言った言葉に徳川は大変な歓喜を覚えた。
そして以前にも同じような事を言われたのを思い出した。
それは確か良く晴れた海の上……

『なあ家康、お前は確かに日ノ本を照らす太陽だよ、お前なら必ずこの国を良い方向に導いてくれると信じてる……でもな、家康、この国に住む全ての人が、後ろを振り向いた時、昨日を思い出す時、真暗な過去を照らしてくれる太陽はお前だけじゃない』

彼らはとても似た者同士だった。

「……すまぬ、我とてそなたは何も悪くないと解かっていたのだが以前の我はどうも頑固だったらしく、そなたが温情で伸ばしてくれていた数々の手を全て払い除けてしまっていた……あの頃のご無礼誠に申し訳御座いませんでした」
「いや、別にいいよ」

言いたい事を全て吐き出した毛利は、どこかスッキリした顔をして、謝罪の言葉を寄越してきた。
すると、徳川が突然その大きな体で毛利に抱き着いてきたので一瞬目を見開いた。

「徳川?」
「……ワシの方こそすまなかったな、お前の気持ちに気付かずにいて」

そう言って、すぐに離れていったけれど。

「よい、あの頃のそなたはそういう風にしか生きられなかったのだろう」
「……ああ」

苦い顔をする徳川を見て、毛利は途惑いがちに口を開き、また閉じる。
これを言ってしまっていいのかと考えているようだったが、意を決したように徳川をまっすぐ見詰めて言い放った。

「我は西軍の皆が死んだことを嘆いたと同じくらい、そなたが生きていてくれて良かったとも思っておったぞ」
「え?」

彼が皆の死を嘆いたと素直に言ったことも驚きだが、自分が生きていて良かったと思うような事があったのか、想像もつかない。

「そなたが生き残ったお陰で、長宗我部が自分の所為で東軍が敗け徳川が死んだと思わずに済んだろう」
「……」
「その一点だけ、そなたが生きてくれて良かったと思っておる」

結局、長宗我部か――

「ククッハハハッ!お前本当に素直になったなぁ……」
「笑うな!」
「元親との絆も修復しているみたいでよかった」
「……そなたは、このような一方通行な想いをも絆と言ってしまわれるのか?」
「いや、けして一方通行ではないだろう……長宗我部もお前を大切に想っている、違うか?」
「……」
「毛利」

徳川が彼の冷たい手を握る、拒絶はなかった。

「お前が許すならワシとも新たな絆を結んでほしい」
「……考えておこう」

毛利の表情を見れば、もう答えは出ているように思える、徳川は満足げに笑った。


「手始めにお前を“元就”と呼んでもいいか?お前もワシを“家康”と呼んでくれ!」
「フン、勝手にするがいい……家康」


と、答えてから、毛利は初めて下の名前で呼ぶ他人が徳川であることに気が付いた。



* * *




「――おし、和解とまではいかねえが前より良い関係になれそうだな、アイツら」


本部の経理課オフィスにて東のアニキこと伊達政宗はニヤニヤとパソコンの画面を眺めていた。
パソコンの通話を繋げたままということは、そこへ参加すれば会議室の会話が丸聞こえということだ。
本人達に黙って勝手に会話を聞くというのは申し訳なかったが、万が一戦闘になった時にすぐ駆けつけられるようにと大谷がしたことだが、一番興味津々という風に楽しんでいたのは伊達だった。

「……なんか、自分がされてる時は何とも思わなかったけど……家康ってスゲエな」

徳川と毛利の会話を聞きながら赤面したり怒ったり泣きそうになったりと百面相していた西のアニキこと長宗我部元親はデカい図体を丸めてソファーに沈み込んでいる。
なんで、抱きしめたり手を握ったりして拒絶されない? 何故ああも簡単に呼び捨てする許可を取り付けられる? しかもあの毛利相手にだ。
今になって漸く徳川が多方面から嫉妬されていた気持ちが解かる気がした。
徳川へ嫉妬を向ける者達のことを「僻んでるだけ」と思っていた前世の自分をぶん殴ってやりたい、長宗我部はずっと奪う側の人間だったから解からなかったのだ。
もし己の愛する人が徳川の“特別”になってしまったら、きっと一生その心は徳川のモノになってしまう、そう考えると怖ろしくて堪らない。
ひょっとすると大谷はずっとその恐怖に怯えながら、徳川の傍にいる石田を想っていたのあろうか――ちらりと大谷の方を見ると「やれやれ」といった優しい表情で長宗我部を見下ろしていた。

「まぁ徳川だから許されるのであろ、あの距離感」

豊臣に居た頃から石田の親友となれるほど清廉な心の持ち主であったし病躯の自分にも分け隔てなく接していたのを思い出す。
あの誰からでも愛される気質を昔の己は忌々しく思っていたものだが、今なら素直に羨ましいと言える、大谷の場合愛されたいのは石田だけだけど、もっと人望があればいざという時に石田を守る手が増えるのだ。

「いいじゃねえか元親!前世のアイツの頭ん中お前一色ってことが解かったんだから」
「たしかに熱烈な告白であったのぉ」
「……」

とはいえ、あの毛利の思考についてはいずれ話をしなければと思う。

「われらの死後、毛利や徳川にも色々あったのだろうなぁ」
「そうそう、それも今度聞かせてやるぜ、とりあえず今は本多奪回に集中して……ってアイツのいる場所の目星は付いたのか?」

東と西のアニキが食い入るようにパソコン画面を見ている間、大谷や柴田は雑賀と共に松永が本多を連れて行きそうな場所探しに集中していた。

「……あのからす、県内だけでも多数の土地を所有しているな……」


手の空いた捨て駒や野郎共を使ったとしても、全て調べるのには時間が掛かる。


「仕方ない……あの男に頼るかの」
「クッ……まぁしゃあねえかぁ……」


伊達が頭を抱えたその時だった。



「吾輩のことを呼んだかね!!」



部外者も部外者、虎の威を借るキツネこと最上が扉をパーンと開けて侵入してきたのだった。




END