打ちの最中、ふと思い出した様子の毛利に、いつぞや心移りをされた話を聞いた瞬間、この身の内で爆ぜたのは強い怒りだった。
しかもその相手が石田を裏切ったあの男だと知って、大谷は憤った。
長宗我部と徳川が仲良しなのは知っていたが良い仲なのは毛利だけの筈だったのにどうしてそんな事になっていた?
そんなこと皆知らない、間違いではないのか、間違いでなかったら許せぬ。

――どうしてあの男ばかり選ばれる!
――どうしてあの男ばかりが愛される!

――毛利はこんなにも長宗我部を想っているのに!

『フン……あの男を取り込んだのが貴様のような者であれば我も諦めがついたであろうな』

肩を震わせ、呪いたい衝動を必死で抑える大谷を見て、毛利はいっそ冷淡とも呼べる声で言った。
この男になら構わぬだろうと話してしまったが予想外の反応をされてしまい少々焦る、大谷が長宗我部を怨むことは得策ではない。

『傍に貴様のような者がいれば、あの男はこれより来る絶望を見ずに済んだろうに』
『なにを言う、われが想うのは世の不幸、其れのみよ』

一度、衝動を引かせ毛利の話を最後まで聞くことにする。
己の目的は全ての人間に等しく不幸の星を降らせること、誰かの絶望などという蜜濁をどうして啜らずにおれようか……しかしつい今しがた不貞を犯したという長宗我部に疑問を感じ、信じたくないと思ってしまった。
長宗我部が毛利を裏切るわけがない、あれはそんなことをする男ではない、大谷の仄暗い執着を見て『石田は幸せもんだなぁ』なんて言ってくれたのは彼が唯一だった。

『貴様は本当に愚かな男だな』

――しかし、情を捨てきれぬからこそ、我とは違う結末に辿り着けるであろう
毛利は大谷に言い聞かせるよう、彼にしては柔らかい表情で言葉を紡いだ。

『この戦が終わった暁には……貴様のような一途で、重苦しいほど愛情深く、愛する者の危機とあらば何を置いても駆けつけてくるような者と結ばれてほしいものだ……』

情を捨てた男の言葉と思えば滑稽だが、愛を諦めた男の言葉としては清々しい。

『われはそのような者ではない……われはヒトの不幸を糧とし生きる毒蛾よ』

己の石田への態度を省みると毛利の言う事を否定しきれないけれど、それでも自分がまるで石田の益になる存在のように称されるのは間違いだと思う。

(……貴様は本当に自覚がないのだな)

蛾の鱗粉を全て落とせば透明な羽が現れるではないか。
仮に大谷が醜い毒蛾だとしても、毒を全て捨ててしまえばあのような透明になれると毛利は思う。

『長宗我部には、ぬしがおればよかろ……というか奴の傍に寄り添うのが、ぬし以外だと思うとカナシイ』

もし四国と中国が一つであれば、もし同じ主を持つ者どうしであれば、二人はよい友人になれたかもしれない。
自分以外の者に自分の配下のことを任せられるという環境では二人とも生まれてこの方味わったことのない程に気楽なのだ。
現に西軍という碁笥の中にいる毛利は(四国のことさえなければ)以前より伸び伸びとしているように見える。

『それに徳川は三成が討つのだから、然れば長宗我部の心もぬしの所に戻ってくるであろう』
『ほぉ』

毛利はその時、壊れかけのカラクリのように首を傾げた。
死した存在の影を未だに追いかける者の傍にあって、そんなことを平気でのたまう大谷が可笑しかった。




* * *




水族館とプラネタリウム(と、フラワー園や礼拝堂や結婚式場も最近出来た)の複合施設【日輪豊月園】は毛利グループ御曹司の毛利元就が友人である大谷吉継と築き上げたものである。
身内からは創始者の片割れと呼ばれているけれど公式なオーナーは毛利一人で、大谷も役員ではあるが運営についての決定権は殆どない、ただプラネタリウムとフラワー園に関してはある程度の自由が許されていた。
だいたい毛利は大谷の話す“星”だの“花”だの科学的でロマンチックな話題に詰まらぬという顔しかしない、大谷の思いつく星物語なんてものも長宗我部が聞きたがるから渋々付き合っているに過ぎず、プラネタリウムの脚本も公開までに口出しすることはない、そう考えると“菫色の星”は唯一の例外だった。

「浪漫を語るなら長宗我部との方が気が合う……」

――恋を語るにしても――

こんなことを言えばきっと多方面から否定と苦情がくると今まで誰にも教えたことはなかったが、大谷は長宗我部を己の本質と近いものだと思っていた。
あの頃より今まで同胞と呼んでいたのは毛利だが、毛利の率直な物言いは自分よりも石田に似ているし、全体の為に個を殺す所はむしろ徳川と同質と言えるのではないかと思っていた。
長宗我部と大谷、徳川と毛利の差は、陽気か陰気か温かいか冷たいの差なのだろう、同じ性質なら陽気で温かい方に人が集まるのは道理だから特に羨ましいとも思っていなかった。
人付き合いの苦手な石田と大谷が新しく同盟となった武将達と打ち解けられたのは勿論二人ともが西軍が早く纏まるようにと苦心した結果であるのには違いないが、長宗我部が持ち前の陽気さであの中を取り持っていてくれていたからだ。
その事を輪廻を超えた今もずっと感謝している。

薄暗いオフィスの中、ノートパソコンを閉じて、一息ついた。
脚本は粗方完成した、後は長宗我部とともに推敲して、これに見合った動画を作っていけば次回のプラネタリウムが出来上がる。
タイトルは仮でつけていた“宝の海”をそのまま採用することにした。

「ハッピーエンドの話など初めて書いたやも知れぬ」

微苦笑を零し、帰り支度を始める……前に飲みかけだったグレープフルーツジュースを口に含んだ。
苦くて酸っぱくて生ぬるいが、このなんとなく疲労を回復してくれそうな味が好みなのだ。
大谷は苦くて酸っぱいどころではない境遇を抱えていたし、業病に侵されていないのが不思議なほどに罪深いが、それを乗り越える程の愛があれば大丈夫なのだと石田と再会し気付いた。
誰かさんが言ったように自分も愛される資格なんてないかもしれないが、石田が自分を失いたくないと思っている内はそれを叶えていようと思う、あの男がもうなにも失わずに済むというなら世界の常識など無視してやるという気概だった。

「あやつらも世界の常識など無視してやればいいのに」

自分が同性愛者だと知れ渡れば、園の売上が下がるかもしれない、毛利グループの株価が下がるかもしれない、スポンサーも減るかもしれないし逆に自分目当てに寄ってくる者が増えるかもしれない、毛利が長宗我部と交際しない理由なんてそんなものだ。
障害は大きいけれど前世ではそれ以上の逆境を越えて恋仲になったのだろうに、何故今になって立ち竦む、瀬戸の海賊、西海の鬼と言われた男がどうして愛しき人ひとり奪うことを躊躇する。
かの女忍が言った悪夢を散らす清らかな口吸いを、長宗我部は知っていた筈だ。
先日、脚本執筆の為に取材した前世毛利への想い……毛利が如何に格好良く可愛く男前で美人さんで強く弱く清く醜く愛しいものかを延々と語っていただけだが……を思い出し、ウンザリしながらも微笑ましく感じた。
長宗我部曰く毛利の貝のように堅く閉ざされた唇は直接合わせれば雄弁に愛を語るらしい、だから信じていたのだ、愛があれば大丈夫などと自分達の立場を考えれば甘えにしかならぬというのに。
あの頃、自分達が最優先すべきは戦に勝つ事であり、肩にはいつも民の命と家の盛衰と何よりも日ノ本の行く末が掛かっていた。
何度も殺し合ってきた敵国の将同士が家臣や兵士や忍衆の目がある中で愛を育むことにどれ程苦心していたのか、愛する者とずっと味方同士であった大谷には想像しか出来ないが、それでも。

「……苦いのォ」

もう一口、ジュースを飲み下しながら、記憶の中の二つの背中を思い起こす、緑と紫のよく目立つ具足をつけた己の親友達の過去――二人の間には真実の愛が存在していた。
だから長宗我部が浮気を疑われたのが不思議でならない、だいたい徳川はノーマルだろう、今考えると明らかに恋焦がれて相談した大谷に対し『そうかお前はその絆に揺らいでいるのだな……』と返答した鈍感なんだか鋭いんだか解からない純粋な絆馬鹿が他人の恋人を寝取るわけがない。
何故あの冷静な毛利が長宗我部が自分に愛想を尽かして徳川と寝ていたなんて飛躍した考えに行きつくのだろう、西軍時代に体の関係が無かったのだって亡くなった四国の兵を思い喪に服していただけだと気付かないのも可笑しい。
恋は盲目というが長宗我部の毛利への愛情は明け透けだったろう、あの頃よりずっと天邪鬼な大谷からすれば羨ましいくらいだった。

「……」

閉じていたノートパソコンをもう一度起動し、先程まで執筆していた脚本を開く。
大幅に書き直しが必要に思った、だってこれでは長宗我部から聞いた惚気話には到底及ばない。
不幸気質の大谷にとって他人の恋愛でハッピーエンドの話を書くなんてとんだ苦行だと思うのだが、あの二人は例外だ。

毛利と長宗我部は大谷にとって初めて持った理解者だった。
石田の為に立てた裏切りの策を認めてくれた、こうまで愛された石田を幸せ者だと言ってくれた。
醜い躰と心を持つ己の恋心を、ずっとずっと一晩に応援してくれていたのは彼らだ。
『一途で、重苦しいほど愛情深く、愛する者の危機とあらば何を置いても駆けつけてくるような者』そんな言葉は一言一句違わず彼らに返すことが出来るではないか、前世の二人には無理でも今の二人ならきっと実現できる。

そして他人の幸せを願える己を、大谷は嫌いではなかった。
もう自分は他人の不幸を糧とする毒蛾ではない、だからといって透明な羽を持った蝶でもない。
恋に溺れた一人の人間、

「ヒヒッ!今のわれなら、ぬしと差向いで将棋が出来るであろ……?」

きっとそれは毛利も同じ。

「だいたい、ぬしはまだ三成との交際を認めておらぬではないか」

それに気付いた大谷はピタリと指を止め、液晶画面を切なげに見詰める。
毛利が失った記憶は毛利だけのものではない、自分がどれだけ石田を想っているかを一番知っている人から忘れられた恋が悲しい。
だから早く記憶を取り戻せ、愛される資格なんて世間の常識なんて、この“情”の前では無力であろうが。

「……今度は穢い策なのではなく、互いの愛する“恋人”の話をしたい……」

片手で肘をつき、首を傾げる、掌が触れる頬が熱い。
空調の所為で少しかさついた指先がエンターを押し、大谷は今度こそ書き終った脚本を保存する。

「そろそろ終えるか」

夢中でキーを叩いていて気付けば日付を跨ぐ直前の時間になっていた。
大好きな人達が幸せになる事を考え、空想の中だけでも結びつける作業は、時間を忘れてしまうくらい楽しい。

(今日は仮眠室で寝るかの……)

その前にシャワーを浴びようと、着替えの入った鞄をロッカーから取り出す。
これは最近買った洋物の鞄、私服も着物ばかりだったのに洋服が増えてきたのがなんだか嬉しかった。
仕事が忙しくて私生活で会うことは殆どないけれど、石田と出掛けることを想定して注文することが多い、服も小物も。
なんだかんだで買い物に付き合ってくれるのは、やはり毛利と長宗我部なのだ。

(われとぬしらは仲良しこよし、な)

豊臣軍を離れたところにある赤の他人との付き合いが、何故だか心をくすぐったくさせた。
新しくできた親友をより一層大切に想う事を少し申し訳なくも感じるが、石田だって大切な者は多いのだからお相子だろう。
自分は毛利や長宗我部を好きでいて良いのだと思いながら、薄暗い廊下を軽やかに歩いて行った。


微笑という鱗粉を振りまきながら――



* * *



週が明けた月曜日、大谷が本部の方へ顔を出すと秘書課のオフィスが騒がしかった。

「どうした?何事かあったのか?」

秘書課の扉をくぐると困惑顔の慶次が他の秘書達と共に途方に暮れていたところだった。

「ああ大谷さんおはようございます……実は又兵衛とまだ連絡がとれてなくて」
「後藤が?」

先週、後藤又兵衛が無断欠席しているという報告は受けていたのだが、経営陣らは皆のほほんと週が明けたら来るだろうと返していたのを思い出す。
電話は留守電なので電波の届く場所にいるのは確かだと思い、そう心配もしていなかったが……

「一度黒田を連れて家へ様子見へ行ってみるかのお」

数週間前の雑談で、なにか浮かれていた後藤を疑問に思った島が酒の席へ誘い、嫌がる後藤にしこたま飲ませて黒田に合鍵を渡したことを吐かせたと聞いた。
あの時は島に後藤へ対する扱いについて説教(無論正座で)をしたが、こんな時にはアレも役立つ情報を寄越してきたものだと思う。

「お願いします……ただの出社拒否ならいいんだけどねえ」

いや全く良くないのだが……と思いながら慶次の表情を見る、同僚から無断欠勤をされているというのにお人好しの彼の中では怒りよりも心配の方が勝っているようだった。

「大谷さんこそ、あまり怒ってませんよね、あと心配も」
「んーまぁ……」

後藤は今でこそ真面目だが、戦国時代は無断欠勤どころか全国放浪なんてしていた者なので、こういうこともあるかなぁと考えていた。
今の仕事に不満があるのなら他の就職先を探してやっても良いし……とまで考える大谷も人のことをとやかく言えないお人好しだった。

「まぁ罰則は与えねば示しがつかぬであろうが」

と嘆息するのを見て慶次は困ったように首を傾げた。

「罰則って、減給とかですか?」
「それもいいが、ヒヒッ……ほっぺスリスリの刑ではどうなると思う?後藤ならよい反応を見せてくれそうよな?」

それは前世の毛利から『拷問も出来て人肌恋しさも解消できて良い案ではないか?』と冗談で言われた罰だった。
『酷いのぉ、われの身体は拷問道具か』と答えながらも、そう言う毛利が何の躊躇いもなく大谷に触れてくる中の一人だったから特に気にしていなかったが、記憶のどこかには引っかかっていたらしい。
しかし病の無い大谷やっても相手に大したダメージを与えられないし、むしろ喜びそうな人間なら約一名いる。

「石田さんの反応が怖いから止めてやって」
「冗談よジョウダン」

ヒヒと笑いながら、さて後藤の棲む家はどこだったか調べねばなと考える、しなくとも黒田が知っているだろうが彼の都合が合わなかったら合鍵を借りて一人で向かうつもりだった。
まあ後藤の様子を見に行くと言えば黒田が付き合ってくれない筈はないが、経営部はいつも忙しいから大谷の就業時刻に合わせられないだろう。


そう思っていた大谷の予想を裏切り、黒田は定時ぴったりに仕事を終わらせ大谷が待っていた自販機の前に現れた。

「よう刑部……待ったか?」
「いや、思ったより早くて驚いた……仕事はもう残っておらぬのか?」

頭はとても優秀なのだが不運が重なり仕事の遅れることの多い黒田にしては珍しい、嫌味も忘れて驚いていると前髪の向こうの目が顰められた。

「小生だって本気を出せば不運の回避くらいできるさ」
「いつもそうだったら部下も苦労はせぬであろうに……まあよい、後藤の家まで案内せえ」
「そのつもりだ」
「……」

尊大な言い草に指摘ひとつしない黒田を不審に思いながらも、踵を返し早足で歩く彼の後ろを追う。
態度は普通とあまり変わりないが、その広い背中からなにかピリピリとしたオーラが漂っている気がする。

「ぬし……もしや怒っておるのではあるまいな?」

ピタリと立ち止まった黒田に合わせ大谷も立ち止まる。

「後藤が音信不通になって……ぬしが?」

良く言えば放任主義、で、戦国乱世を奔走する後藤を探しもせず自由にさせていた黒田が今更になって数日間連絡がないことで怒るなんて考えなかった。
それとも前世のことがあるから余計に……なのだろうか? 後藤があの頃、黒田の為にしてきたことに気付いてやれなかったから、今生ではそうならないように気にかけているのだろうか?

「刑部、小生は」
「よいよい解かっておる、ぬしにとって可愛い息子のようなものだものなぁ」

黒田の顔を覗き込みながらヒヒッと笑うと前髪の奥に隠された暗い眼に睨まれた。

「ヒッ?」
「違うぞ刑部」

鋭い眼差しには慣れているので、怖くはないのだが、石田とは違った凄みのある瞳に睨まれたことで暫し体が硬直する。

「小生はアイツを息子だなんて一度も思ったことはないぞ」
「……は?」

そう言われた大谷は心底間抜けな声を出してしまう、だってそんなもの寝耳に水だ。
後藤を可愛がる心境は父性ではないのか、前世の初対面で“息子のようなもんだ”と紹介されている身からすれば嘘だろうと思いたくなる。

「じゃあ聞くがお前さんは石田を息子だと思ったことあるのか?」

上から問われ大谷は瞬時に首を横に振った。
豊臣にいて最初から自分と石田を見てきた癖にとんでもないことを言うなと言ってやりたい、年齢の一つしか変わらぬ石田に対し“われは親代わりか、ぬしは子どもか”と思ったことがないかと言われれば嘘になるが、皆が言うように“息子”だと感じたことは一度たりともない。
それは石田が己と友であることを望んでいたこともあるし、何より大谷が一番多く抱えていたのは彼に対する恋心であったからだ。

「ない……息子に懸想などせぬ……」

そう呟いてからハッとする、己にそう訊いたということは、黒田は自分も同じ気持ちだと言いたいのではないか、この場合。

「ぬし、もしや後藤のことを?」
「……まぁ、気付いたのは最近だけどな」

睨んでいた瞳を逸らし、ポリポリと頬を掻く黒田を見て大谷は呆気にとられた。
後藤は黒田に惚れていても黒田の方は恋愛対象として見ていないかと思っていれば、まさかの両想いだ。

「い、いつから?」
「そうだなぁ、気付いたのは二人で別荘の露天風呂作りに行ってる最中だが」
「おお!?」

毛利の作戦が功を精している! と、大谷の頬が喜色が滲んだ。
最近、島と柴田も良い感じであるし、これはひょっとしたら二組とも出来上がるのではないかと少々興奮気味だ。

同性に恋している者はいても実際に交際している者は少ない、これは同士が増えるかもしれない

「して、告白はしたのか?」
「いや……伝えるつもりはないんだ」
「何故せぬ!?ぬしのことだ後藤の気持ちにも気付いたであろう!?」
「……やっぱり、そうか?」

大谷の言葉を聞き、黒田は切なげに笑った。

「……いや、そんな簡単な話ではないな……すまぬ」

男女や何の障害もない間柄でも告白には勇気がいることだ。
黒田にだって色々と考えることもあるのだろう、と口を噤んだ。

「ああ、だからお前さんは凄いと思うよ……」
「われは三成が手を伸ばしてくれたから」
「その手を取ったのはお前さんだろう?それは凄く勇気のいることだ」

こんな風に、この男から褒められるのなんて珍しい、前世の自分に臆病者と何度も言ってきた男から勇気があるなんて言われるとは思わなかった。

「又兵衛が、お前さんみたいな奴だったら小生も諦めなかったろうに」
「人のせいにするでない、ぬしが三成のように勇気を出せばよい話であろう?」

似たような台詞を以前にも聞いたことがある。

「そもそも、われみたいな者とはどのような者よ……」

毛利といい黒田といい自分を買いかぶり過ぎではないのかと、うんざりする。


「お前さんは……他の奴がなにも与えなくても石田が与えるものだけで幸せになってしまえる……だろ」

――だから、石田はなにも迷うことなく、他の全てからお前さんを奪ってしまえる

「……え?」
「恋ってのはな凶暴な感情なんだよ、相手が同じ男だと思うと余計にソイツを征服したくなる」
「征服?」
「ソイツの中を自分だけで埋め尽くしたくなるってことだ」

自分の大切なものはそのままにしておきたいのに相手からは自分以外の大切なものを奪いたい。

「お前さんは実際それを許さないかもしれないが、石田がそう望むことは許せるだろ?むしろ歓喜すら感じるんじゃないかい?」
「それは……」

嬉しい、たしかに石田からそこまで想われたら嬉しい。
壊れる程の激情を一身に浴びて仕舞えればどれほど幸福なことだろう。

「そうやって普通の奴なら怖がるところをお前さんは受け入れちまうんだ」
「……」
「お前さんを壊していいのも、壊れたお前さんを修理していいのも、石田だけだと思ってる」

――そして、そんなお前さんを信じてるから石田はあんなに真っ直ぐ手を伸ばせたんだ

「……精神攻撃か?ぬしらしくない戦法を使うのぉ?暗よ……」
「別に攻撃したつもりはないが、まあ少々イラついたのは確かだな」
「ぬしが八つ当たりなど珍しい」
「悪いな、又兵衛がいれば元に戻る」
「そうか……」

傍にいなければ他人に当たってしまうくらい後藤のことが好きなのだと言われたようだ。


(はた迷惑だから告白してしまえ)


なんて口に出すことはせず、大谷は黒田と共に駐車場へと降りて行った。





END