関ヶ原へは車四台で行くことになった。
先頭の最上の車には、運転席に最上、助手席に伊達、後部座席に浅井、市が座り。
次に続く柴田の車には、運転席に柴田、助手席に毛利、後部座席に石田、大谷が座り。
その次に続くの島の車には、運転席に島、助手席に長宗我部、後部座席に竹中、豊臣が座る。
最後尾は徳川の車、帰りは柴田を乗せて帰るつもりでいた。
慶次と雑賀も事情を知り記憶が蘇っているが、連絡係りとして園で待機ということになった。
通常であれば石田と長宗我部の座る席が反対なのだが、毛利たっての希望で別の車に乗ってもらっている。

「毛利、えっと……怒っておるか?」
「写真の件、申し訳ありませんでした毛利様」

その原因を作ってしまった大谷と柴田が謝ると毛利は前を見詰めたままフンと鼻を鳴らした。
「もうよい……お陰で今なら最大火力で松永を焼け焦がすことができよう」

光属性が“火力”て、いや毛利の能力的に言ったら火力でも間違いない気もするけれど。

「殺してはならぬぞ、もうあの頃と時代は違うのだから」
「わかっておるわ」

そう言って再びフンと鼻を鳴らす、別に大谷や柴田を怒っているわけではない、自分の長宗我部愛をまざまざと見せ付けられたようで絶望したが、それはもう今更だ。

「それにしても猿飛は何故このようなことを……」
「まぁあやつのことだから本多の生まれ変わりに危害を加えてはおるまい」
「む、当然だ、それこそあの頃とは時代が違うのだしな」

助手席と後部座席で交わされる会話の中で、二人とも猿飛が松永と結束して本多を誘拐したようには思っていないのが知れた。
二人がそれ程焦っていないのもその為ではないだろうか、そういえば初めは青ざめた様子だった徳川も前世の記憶を思い出してからは余裕が出てきたように思える。

(皆が猿飛氏のことを信じておられるのだ、私も……)

柴田にはあまり接点のない相手だが、伊達に聞いた話によると明るくて面白くてちゃっかりしていて頑張り屋で人懐こい(伊達氏の欲目もあるだろうが恐らく世間的には可愛いと称される)性格らしい、元々産業スパイとして潜入してきて、今はその情報収集能力を活かし広報部で働いている、最近は真田の勧めで道場に通い始め、武田信玄の生まれ変わりを師にもっているとか聞いた。
余程の事がなければ人を信用しない毛利と大谷が信じている人物である、まぁ大谷の場合は己が信用していなくとも石田が信用していれば一応は傍に置き様子を見ることもあったそうだが(左近がそうだと伺っている)毛利は違う、だからきっと猿飛にも何か事情があるのだろう。
此方は一人ひとりが一騎当千メンバーなのでワンモア関ヶ原合戦になってしまっても負けることはないが、本多に怪我をさせてしまわないように心掛けねば、前世で戦国最強と謳われた本多でも今はまだ幼い上に病にかかっているのだから。
それに何より島が“たっくん”と呼び可愛がっている後輩だ。

(……私は左近をどう思っているのだろう……)

大切な友人だが本当にそれだけか?
地位や名誉より優先しているのは間違いなく、島の為なら絶対的な存在だった織田の元を離れられた。
織田を自らの全てとし織田に必要とされることだけを考えていた市が浅井と出逢い、彼の元で生きると決めたのと似ている。

(私にとっての左近は、市様にとっての浅井氏なのか?)

胸がトクンと波打ったのと同時に次の信号が黄色になったのが見え、速度を徐々に落としてゆく、前の車に乗った市が何かを訴え浅井が優しく頭を撫でているのが解る、あんな風に左近に触れられたいのか?

「柴田」

後ろから石田に静かな声で話し掛けられ、前を向いたまま答える。

「なんでしょう?」

石田はまた静かに言った。

「家康と対峙したとき私が正気を保っていられたのは貴様のお陰だ。感謝する」
「え?」
「……?」

その言葉に大谷や毛利も反応する。

「怒りで我を忘れそうになった時にコレが主張して、貴様から言われたことを思い出した」

振り返って見たモノは石田の掌上にある二つの“賽”
その瞬間自分の頬に熱が灯ったのに気付き、皆に見られたくないと正面へ向き直った柴田。
島を好きかもしれないと思い始めた今、その賽はただの宝物ではなく、めくるめく島との思い出アイテムなのだ。

「その賽……左近が預けたものよな?ぬしコレをどうした?」

石田に記憶が戻ったからか、島のことを前世のように呼び捨てしている大谷にほんの少しだけ動揺しつつ、訊かれた質問には律儀に答えた。

「私が生まれた時に持っていたモノです……お守りのように思っていたので、石田殿の心も鎮めてくれるのではないかと……」
「生まれた時に持っていただと?前世のモノをか?いったいどういう術を使った?」

それに毛利が興味を持った。
西軍武将達を火葬する際に来世で再び手に出来ると良いな等と言い、かき集めた武器や愛用の品等も共に燃やしたが、今生でそれを見たことはない。
当たり前だ、物が転生できる筈がない、おおかた三途の川の渡し金にでもされたんだろうと思っていた。

「それは、あの時……信長様と戦う直前に私がそれを飲み込んだからだと」

三人の視線は賽に集中している、前世で目にしたことのある賭場で一般的に使われていたサイズの賽子、これを二つ……

「飲み込んだ!?」

驚きの声を上げた三人に、柴田は話して良いことだろうかと暫し巡回し、結局口を開いた。

「……死を覚悟したのです。左近を護って死ぬのだと、そうやって護っても左近に多くの時間が残されてないと、最後の最期に私が無惨に殺される様という左近にとって良くない記憶を残してしまうと知っていながら」

あれさえなければ自分は石田の為に闘って死んだという誇りの内に死ねたかもしれないのに、自分の自己満足で傷付けてしまった。

「私が死ねば遺体はそのまま放置され追い剥ぎにでも遭うか、親族に引き取られるか、他の兵達と十把一絡げに葬られるか……いずれにしても甲冑は外され、賽もこの手から離れていくと思ったんです」

それが厭で、呑み込んだのだと。

「それは、左近が私へ預けたものです。左近に返せる日がくるまで私が持っていなければならないもの。そうではなくとも他の方には奪われたくないし誰の手にも渡したくありません」
「現在進行形で石田の手の中にあるが、それはいいのか?」

そう毛利が訊くと。

「石田殿は左近の一番大切なお方なので特別です。それにまた左近に無茶をさせない為にも必要な事だった故……」

信号はいつの間にか青に変わっていて、車もいつの間にか走行していた。
柴田は運転しながらそんな話をしれっと語ってのけるので、毛利と大谷は眩暈のような感覚を覚えた。
石田は彼の顔を神妙に睨みながら(柴田はそんなに左近が好きなのか)と思う、他の二人も同じような気持ちだったが(さてはこやつ自分の言っている意味が解かってないな)とさらに呆れている。

「とりあえず石田はそれを柴田に返してやってくれぬか?ぬしが他の男から大切なものを預かっていると聞くと、われ嫉妬してしまいそうよ」
「そ、そうか!吉継がそう言うのなら返す、私にはもう必要ないものだからな」

大谷が本音もあるが大部分は柴田の為にそう言うと石田が喜色を見せながらそれを助手席の毛利に渡し、受け取った毛利が柴田の胸ポケットへ入れた。
島のことは左近呼びになったのに記憶が戻っても石田呼びのままだが良いのだろうかと毛利は思ったが本人達は気にしていない様なので放置。

「はい……」

片手で胸ポケットを押さえながら、戻ってきた宝物の存在に少しだけ表情を和らげる、その顔を見て三人は全てが終わったら柴田が島のことをどう想っているのか問い質そうと決意した。
そろそろ関ヶ原へ辿り着く。

「なかなか強い結界のようよな」

車から降り、少し歩くと何もない草原にきた。
丁度先程見た賽のような宙に浮く巨大な黒い正六面体、その底面の四方に札の貼られた黒い球体が付けられている、あれが結界のようだ。

「札を剥がすだけじゃ駄目そうですね」

結界について調べたことのある柴田が見立てて言うと、背後で伊達が最上に「聞いてた話と違うじゃねえか」と蹴りかかる、最上がいなければ此処にも辿り着けなかったのだからと浅井や市がフォローを入れ、珍しく気の立っている伊達の怒りは少し収まった。

「ならば……われと石田と竹中殿と市でアレを同時に壊せばいいのだろうか」
「強度がありそうだがなにか武器になるものは……」

大谷の数珠は持ってきているし市は魔手が使えるが他の闇属性はどうしたら良いのだろう、この時代に銃刀法というものが存在する以上武器の所有も製造も許されないのだ。

「武器になるか解からないけど一昨年新年会の余興で使ったリボンとフープとボールとクラブがあったから持ってきたよ」
「なんでそんなもんを」
「……新体操でもしたのか?」

竹中の言葉に島と豊臣が冷や汗をかきながら訊ねる、ホワイト企業だなんだと言っておきながら新年会の余興でそんなことをさせるのはパワハラではないのか……毛利命令なら結構ノリノリでしそうな社員ばかりだからそんなことはないのか、ここに来てこんなことで心が乱されるとは思ってもみなかった。

「うん、僕と大谷君と毛利君と雑賀くんで、新年だからレオタードじゃなくて着物だったけど」
「竹中と大谷には我特注の振袖を着せてやったのだぞ」

なんと社員じゃなくて幹部がやった余興だった。
というか新年だからとかそういう問題じゃなくてレオタードは駄目だし、振袖で新体操ってしにくいに違いないし、何故紅一点である雑賀に着せないのかもわからない。

「吉継と半兵衛様の振袖……だと?」
「ブハハハハ!!なにそれ見てえ!!なにそれ見てえ!!」

石田はショックを受け、島は想像して腹筋が崩壊しかける。

(あ、久しぶりに左近の笑顔が見れた)

笑顔というか爆笑だが、柴田は少しだけ安心した。

「この中に忠勝はいるのか」
「心配すんなよ家康!毛利達に任せとけば大丈夫だって!」

義理の息子の安否で一昨年の新年会について深く考えているところではない徳川と、何故か部外者なのに新年会に参加していた長宗我部はそんな面々を無視して宙に浮かぶ黒い物体を見上げている。

「とりあえず僕はリボン、そうだな三成君はクラブが合ってるだろうね、はいどーぞ」
「半兵衛様がそう言うのでしたら喜んで御受けいたします!!」
「まぁ能力を込めれば充分武器になるからのぉ……」

わざわざ傅いて新体操の手具を受け取っている石田に大谷は苦笑しながら首を竦める、まだ記憶が戻ったばかりの者が二人いるが大丈夫、自分たち四人ならば息は合う筈。


「では吾輩が合図を出すから四人一斉にあの黒い球を壊してね」

と、最上が白い旗を持って黒い物体の下の中央に立った。

「この旗を上げたら総攻撃だよ」

白旗を上げるなんて戦う前から降伏したようで癪だが、そういえば徳川の旗もそれだった気がするから良いのかもしれない。
大谷が地面に胡座をかいて数珠を構える、他の者も各々の武器で直ぐにでも攻撃できる体制を整えていた、しかし――


「そんなことしても無駄だぞ」

その黒い物体の上から、鈴のなるような声が聞こえた。
真下にいた最上以外が上を向くと、声の持ち主はスタッと地上へ降り立った。

「貴様は上杉の……」
「この箱は張りぼてに過ぎない、結界の本体はこの中にある」
「かすがちゃん?」

市がぽつりと名を呼ぶが、その人物の話しは止まらない。

「その結界は甲賀忍の中でも一部の者にだけ受け継がれてきた術だ、発動方法も解除方法も今やアイツしか知らない」
「ちょっと待て!何故お前までいるんだ!?まさかお前まで忠勝を攫った……」
「ああ、そうだ共犯者だ」

かすがは静かに据わった目を皆に向ける。

「ただ……お前らの敵……というわけではない」
「どういうことだ?」
「本多忠勝の居場所を教えてやる、お前らは此処から去れ」
「はあ!?此処じゃねえのかよ」

と言って伊達は再び最上へ睨みを利かせた。

「ひぃ!やめてよ政宗くん!というかそれって途中で忠勝くんと誰かを入れ替えたってことかな?かすがちゃん」

一応、元雇い主兼恩人ということで、かすがは最上の質問には敬語で答えた。

「はい、社長の部下をまいた時に私が本多忠勝を受け取り今はこの世で一番安全な場所に預けてあります」
「そ、それは本当か!?」

徳川に聞かれると据わった目のまま彼に向き直り、痛々しげに微笑んで見せた。

「ああ……早く迎えに行ってやってくれ」


――ここは、私達に任せてくれていいから……



そう言った女忍の姿を見て、皆は漸くこの中でなにか重大なことが起きているのだと焦り始めた。




* * *




――愛されぬものは何か問題が起こっても一人で解決するよう努力をする、誰かが手を差し伸べても大丈夫だと嘯いて
途中で絶望してしまう者も多いが最後まで諦めない者もいる、そういう者は限界がきても血を吐きながら、最期まで全力を尽くす
しかし愛されるものはその愛の力で強引に解決してしまう、愛されぬものの目の前で、いとも簡単に――

愛されるものが垂らす蜘蛛の糸は、愛されぬものにとっては鬼よりも残酷なのだと知っている。

「驚いたよ、君がこんな事をするなんて」

長い日本史の中で梟雄と呼ばれて久しい男が、猿飛の座るソファーにその猛禽の目線を注いでいる。
梟雄が軽く指を鳴らすと火花が走り猿飛の膝の上に眠る本多の身体は爆発した。
咄嗟にソファーから飛び出し、梟雄の真後ろに立った猿飛は嗤いを零した。

「あーあ、もうバレちゃった?もうちょっと騙されててくれると思ったんだけどなあ」

クスクスとさも可笑しそうな笑い声に、松永の心は凍ったように冷たくなってゆく。
今まで猿飛が膝に眠らせていた少年は彼の創り出していた分身だ。
そんなものが自分に通用するとでも思っていたのだろうか……

「ホンモノの本多忠勝君は何処にいるのかね?」
「この世で一番安全な所?」

そう猿飛に言われ、初めに脳裏に浮かんだのは虎と龍の影だった。

「まさか、君が今更私を裏切るとは思わなかったよ」
「裏切るってのはさぁ、信頼してた相手に対して使うもんだよ?松永さん?」

石田がかつての徳川に言ったように、だ。
信頼していた相手から掌を返された時には見限られたと使うのが正しいだろう。

「今のアンタは風魔一人に執着しているようだし?小さい俺に色々と教えてくれたお人だし?ちょっとはマトモな人間になったと思ってたんだけど」

今生の猿飛は最上の会社で働く前から松永の所有物だった。
最上の会社に【日輪豊月園】へのスパイ任務を依頼したのも松永で(三好三人衆の名前で依頼したので気付いていないだろうが)猿飛が任務失敗した後も個人的に連絡を取っていた。
それまでの松永へのイメージは好奇心旺盛で知識欲の強い人という比較的好意的なものだった。

(可哀想なお人だよ、アンタも……)

キッカケは、石田と長宗我部の転落事件だ。
前世で“なにも持っていなかった者が”今生を“なにかを手に入れている”のを見て“奪いたい”という欲求が蘇ったのだと彼は言う。
それに加え、風魔が肉体を失くし、確かにそこに存在しているのに松永の眼には見えなくなったことを酷く嘆き悲しんだ。
だから、その欲求を満たす為、風魔の復讐を果たす為に毛利の“全て”を奪おうとした。

「毛利さんの“全て”ってチカちゃんだよね?なんで関係無い忠勝くんを攫わせたの?」
「なに、徳川家康公にも贈っていないものがあったことを思い出してね」
「……?よくわかんないけど、まあいいや」

自分の気持ちを大切にする事を教えてくれた――長宗我部元親
他人の知恵に頼ってよい事を教えてくれた――毛利元就
前世で出逢った大好きな“炎”と“光”そして“やさしい闇”は今生でも変わらず猿飛の大好きなものになった。

「正直、邪魔なんだよね……オタク」

松永久秀という存在はそれらの幸せにとって害悪以外の何者でもない。

「だから?どうするというのだね?私を殺すつもりかな?」
「まさか、殺しても死なない奴がいるっていうのは風魔で証明されちゃってるし」

だから

「アンタは俺様とこの中で永久に過ごしていくんだよ」

甲賀忍者が誇る、魂ですら逃げられない結界の中だ。
ここで二人朽ちて、もう二度とあの人達のいる世界には生まれさせない。
風魔もいるのだから寂しくないだろうと猿飛が言うと松永は一瞬呆然とした後、大声で嗤い出した。

「なにが可笑しい」

顔を押さえ仰け反りながら笑っていた松永が笑いを止め、指の隙間から横目で猿飛を馬鹿にしたように見てくる。

「フフ、すまない……私を閉じ込めるだけではなくて一緒に心中してくれるなんて君も随分お人好しだと思ってね」
「アンタ相手に油断は大敵って前世で散々わかってますから、念には念をいれてアンタのこと監視させてもらうよ?」
「……君は本当にそれでいいのかね」
「!」

顔を覆っていた松永の手が下され、急に真顔になる。

『貴様の“心”というのは殺される為に生まれたのか』

どうしてか、彼の夜の彼の人の台詞と重なる、あの人とこの男は全然違うのに……。

「卿から賜るものを思いついたよ」
「へ、へぇ?なんだろうねぇ……生憎今の俺様はなぁんにも持っちゃいないよ」

そうだ、再び手に入れた“ぬくもり”も“未来”も捨てた、それだけの覚悟があって此処に居るのだ。
今更松永に何も奪れるものなんてないのだ。

なのに……

「それはどうかな?」

再び梟雄が嗤う、その時――
強い光と衝撃、けたたましい音が彼と猿飛の間に堕ちる。


『真田を護れ』

(どうして)

彼が最後にくれた命令も守れず


『真田の旦那と生きたい』

(どうして)

自分自身の願いも叶えられなかった忍を


『俺は忍が嫌いだ』

(どうして)


忍の生き方を認めてくれなかった、大嫌いな人が


「どうして……だよ」


墜とされたのは、闇を切り裂く竜の“雷”
主の“炎”と競い合った、蒼き雷光
猿飛がそれを見紛う筈がない

そして天井の無かった筈の部屋の天井に亀裂が入り、そこから大量の風が侵入してきた。
風によってパリパリと、硝子が割れるように穴は広がっていく。

「ダセェことしてんじゃねぇぞ、このバカ猿!!」
「そんなことより伊達さん早く!」
「猿飛氏の迅速なる救出を……いつまで穴を広げていられるか解かりません」

疲労困憊という言葉が当てはまる伊達と島と柴田が此方を見下ろしていた。
伊達はもう額に血管が浮かびそうなくらい怒っていて、島と柴田なんでか新体操で使うフープを持って息を切らしている、よく見たらフープの中から風が噴き出しているようだ。

「まさか、二人とも結界の中に……飛び込んだの?」

この部屋の外はとても物理法則が不安定な空間で生身で入ったらどうなるか解からない場所だ。
そう、かすがに説明していたし、万一皆が追いかけてきたらそう言って諦めさせてくれと頼んでいた筈なのに、何故この三人はここにいるんだ。

「ああ」
「バカじゃないの!?一度この中へ入ってしまったら俺ですら帰れないのに!!」
「……あ、それは大丈夫っすよ、うちの秀吉様が……」
「浅井氏も」」

――帰り道を教えてくれてるから
と、島と柴田が二人同時によく似た笑顔で教えてくれた。
背後に一筋の光が見えた、きっとそれは蜘蛛の糸のような……ぽつりと切れてしまうものではなくて、彼らが力を注いでいる内はけして消えない。

「かすがも協力してくれてんだぜ?お前が帰って来れるようにってよ」
「え?」

猿飛と松永の間に降り立った伊達は、松永に背を向けながら話しているがそのプレッシャーからか迂闊に手を出せない、そして伊達の手に握られているのは……新体操で使うロープだ。

「今は時間がねえ……とりあえず帰るぞ」
「か、帰るなら勝手に帰ってよ!俺はここで松永と……」
「ああ?」

脅しに近い声色で猿飛に近づいて行く、松永にプレッシャーを与えながらなので流石だと島と柴田は感心した。

「お前がいなくて!誰が今作ってる新商品の試食and宣伝すんだよ!!」
「は?」

随分と間抜けな声がでた。
確かに最近、伊達は新しい料理を開発しては猿飛に試食をさせている、情報を流すのが得意な猿飛がいれば伊達の店の新メニューはとても美味しいと口コミで広がっていく。
でも、それだけじゃなかった。

「お前いっつも俺のメシ食って幸せそうな顔してたじゃねえか!!本当に美味いもん食ったら“俺きっとこの為に生まれてきたんだーー”って顔してたじゃねえか!!俺はお前のそれが見たくて夜も寝ないで頑張ってんだぞ!!その所為で小十郎やいつきに心配されちまったんだからな!!」
「……」

今生で自分より十年は早く生まれた伊達政宗、落ち着いたお兄さんになっていて、記憶が戻る前は密かに憧れていたりもした(兄としてだ)それが全然coolじゃないお言葉を吐きやがった。
料理を食べさせて“この為に生まれてきたんだ”って思われてるなんて、どれだけ自信過剰なんだ。
猿飛は彼の言う事があまりに馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいそうだった。

(でも、間違いないかも)

美味しい物を食べて、優しい人に囲まれ、温かい場所で寛ぎ、幸せだと感じる。
きっとそれが自分が“心”をもって生まれてきた理由だ。


「……そっか、そうだよね……ごめんね、旦那」
「ふん」


己の出来る一番綺麗だと思う笑顔で伊達に手を伸ばすと、彼は照れたように鼻を鳴らして――


「え?」



猿飛の手首をロープで結んだのだった。







END