伊達は猿飛の手首にロープを結ぶと同じように自分の手首にもそれを結んだ。 「伊達さん?この縄なに?」 「しっかり掴まってろよ」 猿飛の質問には答えず伊達は彼を抱え上げ天井に開いた穴目掛けジャンプし、穴を島、柴田のすぐ横に降りた。 「アンタも早くしろ!穴閉じんのも時間の問題だぜ!?」 まだ部屋にいる松永に声を掛けた後、猿飛を降ろし、伊達は何処かから発せられている一筋の光に従い駆け出す。 手首のロープで結ばれているから一緒に走らなければならず(立ち止まったら伊達さんきっと転んじゃうし)走りながらだとロープを外せない。 (失敗したなぁ) 長宗我部や毛利や大谷の為に、松永と一緒に結界内に閉じ込められようとしていたのに、皆の力で連れ戻されようとしている。 自分達の道標となっている光は島や柴田の言うように豊臣や浅井が出したものだろう、それと考えたくはないが徳川家康も……お人好しな彼のことだから本多を攫った自分のことも救おうとしているのだと猿飛は複雑な心境になった。 そうこう考えている内に出口のようなものが見え、そこから四つの腕が伸ばされている、一つ豊臣のものだと思われる逞しい腕は島の手を掴み、一つ浅井のものだと思われるしなやかな腕は柴田を掴んだ。 伊達は片手で猿飛の手を掴み、もう一方の手で徳川のものと思われる腕を掴む、その瞬間強く引っ張り上げられ、眩い光に目を閉じれば、尻に柔らかい感触。 目を開ければ、関ヶ原のどこかの原っぱに座り込む形で四人は返ってきていた。 「おお!よくぞ無事に戻った!!」 「……バカッ!!」 ハァハァとまだ息が整っていないのに大谷とかすがに首と腹を締められ息苦しくなる。 「ご、ごめ……離して……苦し」 すると慌てて離れていく二人、猿飛は自分がまるでお母さんとお姉ちゃんに心配かける駄目な弟になったみたいな気分だった。 「お疲れさん政宗!」 「おう!約束どおり全員無事だぜ?」 「柴田もご苦労であったな……」 「はい、ありがとうございます」 「よくやった左近ーーー!!」 「三成さまーーーーーー!!」 「徳川君たちもお疲れ様、玄米茶は如何かね」 そうやって各々無事を喜ぶ、石田主従が名前を呼び合ってはいるが気持ちが高ぶって殴り合ったりしないので安心だった。 結界の中へ入った三人と光属性メンバーは全員が疲労困憊な様子だ。 「ほぉ、これはこれは美しい“絆”だね」 と、そこに場違いな声が落とされる……早く脱出するように言ったのもコチラだが、別に彼を許したわけではない。 「松永おじさま……どうしてこんなことを」 市が泣きそうな顔で訊ねると、松永はクスりと嗤い答えた。 「なぁに、ちょっとした復讐だよ」 「復讐?」 その答えに皆が眉を顰める、徳川や本多がこの男の恨みを買う様な真似をしただろうか、逆なら有り得るけれど。 「卿達の所為で風魔が姿形を保っていられなくなったからね」 「「!!?」」 毛利と大谷の肩が大きく揺れる、そうだ、確かに“あの時”から風魔の姿を見ていない、元々霊体だったものが成仏したのだと思っていたけれど松永の口振りからすると違うようだ。 「……それなら何故われらではなく本多に手を出した!!関係なかろう!?」 「なに、丁度そこの彼からも賜り損ねていたものがあったからついでだよ、ずっと欲しかったものを手に入れ卿たちも困惑させることが出来る、一石二鳥じゃないか」 「ワシから……賜り損ねた?」 徳川は怪訝そうに訊ねる。 「そう……卿からは“唯一”を賜りたかった」 「ッ!?」 「世話になった主を殺し、己を信頼していた友を裏切り、新しくできた友も一度志が違うと解れば容易く見限った卿が、最後まで手離さなかったもの」 ――戦国最強・本多忠勝―― 梟は非道く徳川を嘲りながら真実を告げてくる、確かに最初から最後まで変わらず傍にいたのは本多しかいない。 「まぁあの頃と違って人攫いは犯罪だ、少し遊んだらすぐに返すつもりだったよ」 「少しでも充分犯罪だ!テメエ警察に突き出すぞ!!」 伊達の独眼に怒りが灯る、前世で己の右目を攫った男のことを思い出しているのだろう、松永もあの頃よりも苛烈さを潜めているが、その思考自体が碌なものではない。 「いいのかい?その場合そこの忍達も捕まることになるよ」 「……」 佐助はグッと息を詰める、自分の所為でかすがまで迷惑をかけてしまった。 「勿論、魔王の妹君もね?」 猛禽の瞳を細め、ねえと語り掛ける声に市はビクビクと怯える、すかさず浅井が抱き締めるが彼女はまた頭の中で自分を責めだす。 これには堪らず柴田が駆け出した。 「勝家!!」 市を騙し利用したこと、島の大切な後輩を攫おうとしたこと、一発殴ってやらねば気がすまない。 しかし松永は駆けてくる柴田の前に手を翳し、余裕に表情を歪めた。 「!?」 彼がその指と指に挟んでいるもの、それを見て柴田は驚愕する。 黒く煤けた正六面体、しかしそれは自分が生まれた時から肌身離さず持っていたモノと同じ。 (左近の……賽?) 松永がそれを指で弾き、宙に飛ばすので思わず目で追ってしまう柴田、次の瞬間、松永は柴田の前まで移動し、彼の肩を軽く押す、それだけでその細い体は地面に倒れた。 「卿には下手な人質よりもこれの方が有効そうだ」 「何故、貴方がそれを……」 「なに、拾っただけさ」 落ちてきた賽をパシッと掴みとった松永は目の前に見下して笑った。 愕然と見上げる柴田は声を戦慄かせ、小さく呟いた。 「返してください」 と……自分のものでもないのに 「大丈夫か?勝家」 傍に寄った島は松永を威嚇する為に睨み上げる。 そして彼も気付いてしまったのだろう、松永の指で摘まれているモノがなんなのか――それが柴田を動揺させているということも。 「貴様は、やはり前世と変わらず、どうしようもない男だな」 「ふふ……卿は変わってしまったね、いや結構結構」 今度は毛利に向かって松永は笑う、さて安芸の狐と孤城の梟ではどちらが強いのか。 「今生の卿は本当に沢山のものを得ているね、いや羨ましい限りだよ」 「……この下衆が!」 「次の機会があれば卿から“全て”を賜わるとするか」 「なんだとテメエふざけんな!!」 その言葉を聞いて切れた長宗我部が飛び出そうとする、すかさず止める毛利。 「待て、挑発に乗るな」 「離せ!元就!!」 長宗我部の体から怒りの気が立ち上がっていくのが解る、自分の為に怒ってくれているのは嬉しいが、武器を持たぬ彼を危険な目に遭わせたくはない。 「ふざけんなよ」 己が本当の鬼ならば牙を剥いているところだ……――毛利の“全て”を賜るだと? 手に入れた物などすぐに興味を無くして壊してしまう癖に、毛利が必死の思いで守ってきたものを奪うというのか!? 綺麗な、誰にも触れさせたことのない心を傷つけてしまうというのか!? 本当にふざけるな!! 「テメエ元就のもんに一つでも手出してみろ!!俺が全部奪い返してやる!!」 「やめよ!!我の全ては貴様だと解らぬか!元親!!」 毛利がそう叫んで押さえ込むが長宗我部の怒りは収まらない、毛利の全ては毛利のもの、他の誰のものにもならない、不可侵なものだ。 「……なんだか違う意味で爆発させたくなったよ」 今までこの状況を面白がっていた松永が興醒めという顔で長宗我部たちの様子を見詰めている。 公開告白のようなものをしているが二人とも興奮しているのか自分が何を言っているのか気付いてないし、ひょっとして記憶に残らないかもしれない。 というか彼ら的に「好きだ」とも「付き合おう」とも言っていないからセーフなんだろうか、というか混乱しすぎて二人とも名前呼びになっているがソレも気付いていなさそう。 「なあ、松永、ひとつワシと取引しないか?聞いてくれたらお前をそのまま帰そう、もちろん後で訴えたり警察に言ったりしない」 すると先程から松永たちの会話を黙って聞いていた徳川が彼に提案する。 「家康?」 「ぬしなにを……」 柴田が突き飛ばされた時から既に臨戦態勢に入っていた石田と大谷が、戸惑いながら目線を向ける、それに徳川は頷きで応え、松永へと向き直った。 「その手に持っているものを、コチラに渡してもらいたい」 「「!!?」」 島と呆然としていた柴田がバッと振り返る、何を言っているのだ。 「こんな賽一つで私のしたことを許すというのかね?」 「ああ、ワシはもう争い事はこりごりだからな……お前とも新しい関係を作っていけたらと思うが」 それに絶対的に相手が悪くあっても、もう一対複数の戦いなどしたくない。 「フ……それは遠慮しておくよ、君はもっと周りの人間のことを考えてはどうかね」 お前に言われたくないわ! という事を平気で言い放った松永は、清清しいといってよい笑顔を浮かべた。 松永の邪気のない表情を見て驚いたのは市や柴田以外の全員、市と柴田は織田や濃と共にいる時の穏やかな表情を浮かべている姿を見ているからそこまで驚愕に陥ったりしない、今回の騒動を風魔の復讐だと言ったり、松永も生まれ変わって少しは救われているのかもしれないなとも思っている。 まあ完全に許しはしないけれど 「わかった……これは卿に渡そう」 そうして賽を徳川に投げて寄越すと、松永は一瞬で消えてしまった。 彼の立っていた場所には黒い羽が数枚残されていただけだった。 「柴田」 徳川に名前を呼ばれ地面に座り込んだままの状態で見上げる、すぐ横に膝立ちになった島が警戒心露わに睨みつけた。 「はい」 「はい?」 差し出された掌を見てみると、そこにはやはり一つの賽があった。 「さっき返してって言ってたよね?」 「え……はい」 「なら手を出してくれ」 と言われても自分のものではないから後で島に返そうと心の中でこっそりと思う。 「……よかったのですか?」 「ん?なにが?」 手を差し出しながら訊ねた。 「これで、あの人を許してしまって」 「ああ、いいよ……忠勝は無事だっていうし、それに」 先程の様子を見れば解かる。 「これ、大切なものなんだろう?」 「ッ!!……いえ私のものではないのですが……」 ――大切なものに間違いございません――小さく呟かれた言葉に傍にいた島も驚く。 「なら、それだけの価値があるじゃないか」 「……あ、りがとうございます……」 いったいどうしたのだろう、柴田は己の眼を疑った。 先程まで嫌悪感を抱いていた相手なのに、今は笑顔が輝いて見える……柴田の頭の中に“徳川氏 いい人”とインプットされた瞬間だった。 ……その様子を近くで見ていた伊達と猿飛(未だにロープで繋がれっ放し)は遠い目をしながら、 「徳川……今日一日で毛利、大谷、柴田と立て続けに絆してんだよな……」 「チカちゃんも前世で手懐け済みだしね……なんなのあの人きび団子でも持ってんの?」 「……豊臣と竹中と石田には逆に絆されてたらしいから良いんじゃねえか?」 「あっそうなの……流石は豊臣一家だね」 なんて会話をしていた。 「ちょ?勝家??どうしたの???」 急に徳川を好意的眼差しで見詰め始めた柴田に焦った島が肩を揺らすと、柴田は胸ポケットから内ポケットに移した残り二つの“賽”も取り出して、島の方に向き直る。 「見て左近!これでお前の“賽”が三つ揃ったぞ!!」 「え?」 キラキラキラキラとした顔で真っ直ぐに見られ照れる島だったが、すぐに可笑しいと気付く、松永から返ってきた“賽”は煤けていて古い物だと解かるのに他の二つは島が柴田に預けた時と遜色ない、それでも直感的にホンモノだと解かったが、どうしてそれを柴田が持っているんだ。 「勝家、そっちの二つどうやって手に入れたの?」 「これは私が生まれた時に持っていたんだ」 「へ!?」 母親の胎内から取り出されたときに両掌に持っていたもの、これの所為で身内からも気味悪がられ忌み嫌われてきたけれど、けして手放そうとはしなかった。 「ずっと私の宝物だったものだ!」 と、両手で賽をギュッと握りながら本当に嬉しそうに微笑まれ、島の頭は沸騰してしまいそうだった。 ……その様子をまた遠い目で見詰めながら伊達と猿飛(やっとロープを解いている最中)の会話は続いていた。 「アイツらといいアイツらといい……公衆の面前で恥ずかしくねえのか?」 「見てるコッチが照れるよね」 というか戦場で「レッツパーリィー」叫んでた人に言われたくないよねと一瞬思ったが、今回は借りがあるので黙っておこうと猿飛は自重した。 「さてじゃあ、忠勝くんが預けられてるっていう武田道場に向かおうかな、なんと今日は上杉くんもいるそうだよ」 「そうか信玄公は今生でも武道を教えられているのか……」 「本業は建設業だから道場は週末だけだそうだがな」 そんな事を言いながら皆、が各々の車へ乗り込む直前、そういえば、と思い出したように最上が爆弾を落とした。 「君達の所為で風魔が姿形を保っていられなくなった……って言ってたけど、いったい何があったんだね?」 「……」 「……」 結果、武田道場にて皆の前でオブラートで何重にも包まれた説明をせざるを得なくなった毛利と大谷だが、長宗我部と石田のしつこい追求により、詳細を暴露する破目になってしまった。 * * * 数週間後、【日輪豊月園】フードコートの一角にて。 「ねえこの“吐露非狩古鬱(トロピカルフルーツ)カレー”ってさ、どうにかなんないの?」 「ん?美味くねえか?」 「味のことじゃなくてね、ネーミングセンスのこと言ってんの!個人的にはカレーにフルーツ入れるのは有りだと思うよ?実際おいしいし、けどさ吐露非狩古鬱ってなに?なんで夜露死苦みたいな当て字にしてんの?普通にトロピカルフルーツカレーとか南国果実入りカレーとかじゃだめなの?」 伊達の店の新メニューの試食をしながら、猿飛は全力でダメ出しをしていた。 「ね?チカちゃんと毛利さんもそう思うよね!?」 「……んーまあ美味いからいいんじゃね?」 「これを如何に宣伝するかが貴様の手腕にかかっておるのではないか?」 「……」 あの日から園内に猿飛の味方はいない、実際は味方しかいないのだが、味方であっても若干怒ってるのだろうか反応が冷たい、まあ追い出されなかっただけマシだと思うことにしている。 「まあいいよ、頑張って宣伝するから……こんなオイシイの沢山の人に食べてもらわなきゃ勿体ないからね」 と、パクリとスプーンを咥える顔は本当に幸せそうに見えて思わず和んでしまった。 猿飛は言った。 “ねえ毛利さん!俺さ、この“心”がどうして生まれてきたか漸く解かったよ” “美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、面白いことやって、あったかいところで寝て、好きな人達と楽しく話す” “そんな幸せを感じる為に生まれてきたんだと思う” 前世で問い掛けた答えを得て毛利は満足だった。 (幸せ、か) 毛利は隣に座ってカレーを頬張っている長身で白髪の男をチラリと見上げる。 ――現状に不満はない、このままずっと仲の良い友人関係が築けていけたら充分だと思う、たとえ好きな男に自分以外の想い人や恋人が出来たとしても己は耐えきれるだろう……耐え切れないのはきっと。 ピピピ 丁度カレーを食し終わったと同時に毛利の携帯がメール受信を告げる。 一応、三人に断ってから確認すると大谷からだった。 「……すまぬ、急用が出来た」 「え?毛利?どうし……」 彼にしては粗野な音をたてて立ち上がると、そのまま長宗我部の言葉が終わるまえに走り去ってしまった。 大谷からの空メールは、だいたいが“助けて”のサインだ。 どうせ石田のことで無駄に悩んでいるのだろう。 (ああもう面倒くさい) 面倒くさいが、お互い様なのだ。 好きな相手のことで愚痴を言ったり相談できる相手というのは毛利にとっても大谷しかいない、最近は柴田も加わったが、それでも長い間語らってきた大谷のようにはいかない。 「こんなところにおったか」 そしてメールから数分も経たないうちに大谷を発見する。 毛利は立ち止まると、その背中に向かって非難の声を上げた。 「探したぞ」 嘘だ、少しも探していない……大谷は解かりやすいのだ。 仕事で落ち込んでいる時はプラネタリウムの中、人間関係で悩んでいる時は水族館のくらげブース、前世のことを思い出した時は菫の花の咲くカフェテラス。 今回はきっと此処だと思った。 フラワー園に新しく出来た“葵”の花畑―― 「……すまぬな、そのまま聞いてくれ」 「ああ」 背中を向けたまま、みっともない顔は見せられないとでも言うように。 「われは石田を信用しておる、あやつの言葉には何一つ嘘はない」 「ああ」 ただそこに佇む細い身体、最近その姿が輿に乗っていた頃に似てきたように思う。 「だからこそ怖い、石田にわれ以上の者が出来てしまったら……あやつは嘘を吐いてくれぬであろ」 「……」 「そもそも、われはアレの三番……いや、四番手であったが……」 嘘を吐かれる心配がないのだから良いではないか……それに四番手だなんてよく言う。 どう考えてもあの石田に大谷以上が現れるとは思えないだろう。 「徳川のことはな、認めておるつもりよ」 彼が自分達の元へ帰ってきた時点で僻みや憎む気持ちは浄化されてしまったと、言っていた。 もう徳川は大切な者を遠くへ連れて行かないと知っているから安心しているとも、言っていた 彼と石田は親しいが、そこに恋愛感情は伴わないのも理解しているとも、言っていた。 それでも、嫉妬してしまう時があるのだろう。 「石田の好きなものは大切にしたい」 だったら己を第一に大切にしろ、と思う。 「徳川は石田の数少ない理解者よ、大事にしてやらねばならぬ」 だったら己をもっと大事にしろ、と思う。 どうせ自分以外の者が彼を理解しているということすら、ツラくて堪らないのではないか。 「われにも優しくしてくれる、小気味よい男だと知っているのに」 相手を嫌いではないから、余計に苦しいのだ。 前世のように怨める相手でないことが、感情の名付け所を失くす。 「う……ひッ……ヒヒッ」 泣きながら笑っているのか、笑いながら泣いているのか、なんに対して笑っているのか解からないけれど、なぜ泣いているのかは解かる。 「さみしいな……」 毛利がそう言った途端、風が葵の香りをたちこめさせた。 淋しいという言葉に反応して、寂しいという感情から誰かを守るように…… まるで、あの男のようで腹が立った。 「ふ……うわぁぁああ!!!」 二人しかいない、葵の畑の真ん中で、大谷は泣いた。 大谷の愛しい君には届きはしないかとそっと思った。 * * * 毛利は一旦家に帰る為てくてくと、渡り廊下を歩く。 大谷はあの顔では誰にも会えないからと駐車場へ直行してしまった。 (そういえば石田に徳川の就職の斡旋を頼まれていたな) 素直で友人想いな彼が、困っている徳川の力になりたいと思うのは当然で、前世で険悪になった分も今生で親しくしようと思うのも当然で、でもそれが 恋愛感情は全くなくても、ツラいものはツラいのだ。 (どうするか……このまま長宗我部の家に棲みつかれているのも癪だが) もっとも長宗我部は月の半分以上を海のある県外で過ごすので、同じ家に住んでいても一緒にいる時間はあまりない、だから毛利はそこまで嫉妬せずに居られたのだが、全くしないわけもなく。 だから住み込みで石田たちが引越し予定のアパートの管理人でもやってもらおうかと思っていたのだが、大谷があの調子では無理だ。 なにか彼に向いている住み込みの職はないだろうか、格闘技をやっていて、陸上も得意で、人当りもよく、礼儀作法はばっちり、入院中の本多の付き添いがなければ警備員として雇ってもいいけれど…… (そうだ我のボディガードにするというのはどうだろう) 園内で仕事をしている時は安全だから、プライベートの時間だけボディガードをしてもらえば徳川も本多の付き添いが出来るのではないか、我が家に泊まらせれば (我ながら良い思いつきぞ……そうと決まれば早速今夜にでも面接をして……) 長宗我部が園に遊びに来ている時はだいたい一緒に食事を摂っているが、別に約束している訳ではないから良いだろうと、毛利は勝手に決めてしまう。 (徳川が石田といる時間が減れば、大谷の悩みも軽くなるだろう) などと考えながら、携帯を取り出し、つい先日登録したばかりの“徳川 家康”の番号に掛ける。 この思い付きが、のちに彼と長宗我部の関係を大変こじらせるとは誰が想像できただろうか……いや、普通に想像できるだろう。 とりあえず、めでたしめでたし END |