――愛してる

それは全人類への私信だった


――殺して

それは唯一人への交信だった


俺が依るのはいつも地下最上階
ソコからいくら叫んだとしても相手に届く事は

けして無いのだけれど



Desire...02



あの日のようなネットリとした夜だった

――ねぇ幽くんはさ、シズちゃんが殺されたら悲しい?俺を恨む?

臨也が静雄は嵌めて警察に拘留させた時に訪ねられた事を思い出す
平和島幽はガラス張りの窓の前に立ち、遠くの雷光を眺めていた
方向は新宿、きっと今は豪雨だろう

(だから、何だと謂うんだろう)

幽は臨也が好きではない、代わりに嫌いでもなかった
彼のせいで兄が警察に捕まった時は流石に迷惑したが他に自分が被害を受けた事はないし、兄の負の感情を一身に受け止めてくれていた事には感謝している
臨也が居なければ静雄はあのような潔白な精神ではいられなかっただろう、もしかすると世界全てを憎むような人間になっていたかもしれない

あの冤罪事件ですら、何か事情があったのではと勘ぐってしまう……何故ならあの時臨也は新羅とセルティを旅行に行かせていたから
幽の目から見ても、臨也は昔から新羅だけには危害が及ばないようにしていた
だからあの時、彼は何か厄介な事情を抱えていて……静雄に『邪魔されないように』新羅には『巻き込まないように』そう思い遠ざけたのではないか、全て臆測でしか無いけれど自分のそういう臆測は意外に当たるものだという自覚が幽にはあった

臨也は可哀想な人だ

いつも他人の気持ちばかり考えているのに他人を気遣う余裕もなく、自分の為にだけ行動している
何の得にもならない事に危険を冒して、文字通り命懸けで他人を理解しようとする


――シズちゃんはさぁ、他人の事も自分の事も一部しか見ないで判断する単細胞だから嫌い

――勘だけは無駄に鋭いから悪い奴に騙されてくれないし、好きになるのは本当に良い奴ばっかだけどさ、自分の事は信用してないよね

――馬鹿じゃないの?自分が特別な人間だと思ってる?……ああ、君は化物だもんね?でも、人を傷付けない人間なんていないのに……

――自分の事を悪い奴だと決め付けてる、俺、シズちゃんのそんな馬鹿なところが大嫌い


いつだったか偶然見掛けた喧嘩の最中、臨也が兄に向かって叫んでいた事を思い出す
傷だらけになりながら必死に、何か伝えようとする姿は痛々しくも美しくもあった
あの顔を見て臨也が静雄をどう思っているのか気付けないのなら、その人物は相当鈍感なのだろう


(兄さんは鈍感だよな)


尊敬している兄を馬鹿だと思った事はないが、臨也に同意したい所もあると幽は思った

彼からの特別視を満更ではないと思いながら
彼を殴る事しか出来ない拳を忌々しく思いながら
変化していく自分の心にも気付かない


「そろそろ、潮時だと思うんだよね」

手にしていたリモコンのスイッチを押すとカーテンがゆっくりと閉まりだした
新宿上空の雲は晴れ、煌びやかなネオンがはっきりと存在を主張する

自分は臨也を好きではない
しかし、兄を任せても良いと思えるくらいには、嫌いでもないのだ

(明日、兄さんに話してみるかな)

そうと決まれば、幽は二人分のメールを作成し同時に送った
宛先は静雄とルリ
『明日、一緒に食事でもどうですか』と、ルリへのメールには『静雄と三人で』と付け加えて
ストーカーから匿っているのだから、ルリにはわざわざメールする必要は無いのだけれど

そうだ、帰ってきたら、一緒に考えてもらおうか
あの不器用な二人を結び付ける方法を……

どこか他人事のように感じてしまうけれど、幽は今、己の胸が弾み、どこか浮き足立っているようのに気付く

臨也の性格は知っている、感情の起伏のない自分でも彼がどうしようもない外道だと理解している
それでも、彼がそれだけの人間ではないとも思う


要は兄が彼を赦せれば、赦せなくても愛せれば良い
一緒にいて幸せじゃなくても、楽しいと思えれば良い

そう思っている内にメールの着信音が鳴る、静雄の返事は了解だった
この時、カーテンが開いていれば幽は気づけたかも知れない、窓に写った自分の顔がとても柔らかい自然な笑みを浮かべていた事を





幽の耳に臨也が人を殺したという噂が入ってきたのは、このすぐ後だった




続く