そうやって孤独という名の香水を身に纏って、色んな奴の前を足早に通り過ぎる

小さくなっていく背中だけをずっと追いかけていたのに、いつも俺はその残香に息をつまらせるだけで声を掛けられない

手を伸ばせばきっと振り払われて、心を明かせばきっと傷付けてしまうから……近付く勇気も萎れていく

何も信じない性分の手前が神に祈る事があるとすれば何なんだろう……?
そうだな、俺だったらこう祈る


アイツを救えないお前なんか消えちまえ


そして、その言葉をそのまま自分自身へ



Disire...04



一人の情報屋が新宿から消えた
それはこの街にとっては小さなニュースだった
しかしそれを最初に気付いた男の荒れ様は凄まじく、その街にいる者は皆恐怖に慄いたという

男――平和島静雄は自分を見る人間達の瞳がある一色に染まるのを見て、少しだけ力を沈ませた

(なんだこれ……久しぶりの感覚だ……俺は“悲しい”と感じているのか)

情報屋――折原臨也の消えた街の隅を静雄は歩く、力をコントロールできるようになって以来、遠ざかっていた懐かしい感情を連れて



『シズちゃんの所為で周りがどれだけ迷惑してると思ってんの?』
――違う、お前は何も悪くないよ……自分でもコントロール出来ないもんはしょうがないさ

『シズちゃんって本当に暴力でしか人と関われないよね』
――大丈夫だ!私は静雄が優しい奴だってちゃんと解ってるぞ!!

『こっの……化物が!!』
――兄さんはれっきとした人間だよ

『大嫌いだよシズちゃんなんて』
――シズちゃん……


「……」

思えば臨也は出会った時から静雄の欲しい言葉、静雄の好きな人間とは反対の事ばかり言ってきた
言葉は確かに彼の本心で本音で、真実で、静雄を傷付けるのに充分な威力を発揮するナイフだった
それでも静雄が逃げ出さなかったのは、臨也が根底では自分を愛していると態度で知っていたから

いつも視線で思い知っていたから

『世界の中でシズちゃんだけが嫌いだよ』

彼の特別枠は意外な程に心地よく、他の誰にも渡したくない唯一つの居場所であった
静雄はいつの間にか臨也の行動は全て彼の愛情表現なのだと信じるようになっていた
たとえ其れがただの幻想であったとしても、自らを愛してくれる臨也の存在は静雄にとっての救いだった

臨也がいなくなって初めて、静雄は自分達の関係を客観的に見詰める機会を得た

自分が彼と関わる記憶は高確率で彼が赤黒く染まった所で一旦終わる
すっかり日常となり思い出す事などなかったけれど……今まで当たり前のように静雄が臨也にしてきた事は……

「クソッ!!」

目の前の壁を殴れば其処だけがボロボロに崩れ落ちる、忌々しい力
静雄自身でも怖いと思うその力を他人の臨也が怖くない筈は無いではないか
なのに彼の瞳は決して恐怖の色に染まる事がなかった
それが執着なのか意地なのか、臨也は常に静雄の対極に居ようとした

臨也の瞳には常に本当の自分が映っている
喧嘩をしている内に孤独なんて感じなくなっていた

“臨也がいたから”静雄は自分を好きになれた

そんな事に今更になって気付くなんて

「……」

静雄にとって臨也は、愛すべき要素などどこにも無い、人畜有害、極悪非道、人格破綻者だった
だから臨也の愛情に救われていながら、臨也自身を救おうとはしなかった

自分が臨也を好きになるなんて有り得ないことだと頑なに信じていた
それが今はどうだろう……

『……おかけになった番号は現在電波の届かない場所にいるか――……』

何度掛けても出ない『ノミ蟲』の電話番号、勝手に登録された時からずっと消せなかった訳に漸く気付く

「頼む……出てくれ、頼むから!!」

自覚する前の臨也なら兎も角、自覚をしてしまった彼はもうこの恋に見切りを付けてしまったのかもしれない
そんな不安が静雄の中で渦巻く……そんな事は耐えきれない

静雄は臨也を好きになってしまった
いや、ずっと好きだった事に気付いた
気付いた以上、もう臨也無しでは生きられない

『静雄の暴力には厭らしさがないんだって、相手を負かそうとか陥れようって気持ちは一切なくて、ただ自分の感情を真っ直ぐにぶつけてるだけだから……だから静雄の喧嘩は見てて気持ちいいんだって』

この恋愛は、臨也の想いを知ったあの時にはすでに始まっていた
あの言葉に当時の自分がどれだけ救われたかなんて、きっと計りきれない

それだけじゃなかった……彼が見せた、嫌いで苛ついて仕方がなかった態度も行動も……憎しみだって全部、生きる糧だった
今まで散々傷付けてきて、相手はもう自分の事を何とも思っていないかもしれない、それでも逢って今度こそ自分の気持ちを気持ちを正直に伝えたい

電話を胸ポケットにしまった静雄は何度も行った新宿の事務所まで走る
ひょっとしたらという一縷の望みを抱いて




♂♀




折原臨也は震える手を叱咤しながらパソコンのエンターキーを押そうとしている
これはスタートボタンであると同時にラストボタンだ
押したら最後、もう後戻りは出来ない

(俺の運命なんてあの時既に決まってた筈なのにな……)

頭にチラつく金髪に舌打ちをついた
ここまで来て己の決心を揺るがせるなと直接文句を言ってやりたい

(シズちゃんなんか大っ嫌いだ!!)

心の中で叫んだと同時、臨也は迷いを全て振り払いキーを押した
数十秒後に『未送信メール、全て送信完了しました』と音声が知らせる

たった今、臨也は不特定多数の相手に九十九屋真一の名を借りた偽情報送った

これでカウントダウンは始まった


臨也が部屋を出ると数体の異形達が心配そうに彼を見やる
それに気付いた臨也が安心させるように笑った
それと同時に背後の部屋が爆発し、臨也は暖かい爆風が……少しだけ心地好いと感じ目を閉じる


「……」

言葉は出ない

そのまま今度は静雄に宛てた臨也名義のメールを携帯から送る臨也
送信画面を見詰めながら、これが彼に送る最初で最期のメールなのだと……静かに思った


END