シンプル・ベスト
『』はロシア語です。サイモンの口調が可笑しいです



ピタリ、そんな音が聞こえそうなくらい密着してくる背中の温度にロシア系黒人(サイモン)はニコニコと振り返る。所謂営業スマイル。

「オーイザヤ、シゴトノジャマデース。イザヤノカオミタダケデ、オキャクサンニゲテクネー」

ニコニコしているのは表情だけで言葉は手厳しい。そんなサイモンを気にする訳もなく背中を預け続ける臨也。
折原臨也に半径3メートル以上近づいてはいけないというのが池袋ローカルルールで、そんな彼に密着されているなんて客引きをしているサイモンにとって営業妨害以外なにものでもない。

「邪魔なら殴るなり蹴るなりして無理やり引き離せばイイ、いくら俺でも殺されそうになったら逃げてくよ」

そんな場面を池袋人が気にするわけないから好きにすれば、と悪趣味な笑みを見せる。

「オー!ボウリョクヨクナイ。ワタシハ、ソンナヒドイコトシマセーン」
「へぇ?“あの夜”俺にあんなことしといて君の口はそんなこと言うんだ」

俺が忘れたとでも思ってるの?僅かに色を滲ませて問えば、道行く人が一瞬ビクッと縮こまりだが直ぐに見て見ぬ振りをして歩き出す。

『おい……誤解を招くような言い方すんじゃねぇ』
『えー?道歩いてる人をいきなり殴りつけるのはヒドイことじゃないんですかー?』

ロシア語で窘めるサイモンに実は母国語ですと言っても納得できるほど流暢なロシア語が返された。
依然くっ付いたままの臨也に内心嘆息するとクスクスという背後から笑い声が聞こえる。

「ねぇサイモン俺さぁあんなヒドイことされた後でもサイモンの事好きなんだよねぇ」
「アリガトーゴザイマース。ソレナラ、マイニチ、スシクイネェ」
「俺が池袋に来る度に追い出そうとする邪魔者がいなくなったら是非そうしたいねぇ」

そう言った後、臨也は目を伏せて更に体重を預けた。一般日本人並みに空気の読みスキルがあるサイモンはそれを咎める事はしない。

『あのさ、つまりさサイモン、俺の人間愛は暴力振るわれたからってなくなる様な単純なものじゃないんだよ』

聞いてから、コレがもっと単純に生きてれば池袋は平和なのにとサイモンは思った。

『だから俺は暴力が嫌いなわけじゃないんだよねぇ……』

独り言の様に呟いた後、ロシア語でなにやらブツブツ言い続ける臨也、もはやサイモンに聞かせる気はないようだ。
彼は深い思考に入るとき無意識に声に出してしまう癖がある。それがロシア語なのは万一の予防策だ(ロシア語を理解している相手にはどうしているのだろう)
内容はともかく臨也の声が織り成すロシアの発音が嫌いなわけではない。むしろ母国語をチョイスしてくれたのが嬉しいくらいだ。

『でもシズちゃんの暴力は嫌いだ。ていうかシズちゃんが嫌いだ。ほんとアイツ早く死ねばいいのに』

美しい言葉であまり物騒な事を言わないで欲しい。そしてどうでもいいが他がロシア語でも“シズちゃん”という固有名詞はそのままなので内容が平和島静雄への怨み辛みなのは周りの人間にバレバレだ。

「ハァー」

と今度は少し大袈裟に溜息を口に出すが臨也には気付かれない。

『早く殺したいのに……なんでいっつも失敗するんだろう……』

その答えもシンプルな心で考えれば直ぐに出るのにと思った。





おしまい