十六夜戦時雨


えっと……この場面を友人が見たら何て言うかなぁ?四面楚歌?絶体絶命?今が年貢の納め時?まぁ何にしても危機的状況なのは変わりない。
廃工場に追い詰められて見るからに堅気じゃない連中から囲まれてる……ざっと百人くらいかな?銃とか飛び道具は持ってないみたいだけど(持ってたらとっくに撃たれてるよね)鉄パイプとか……鈍器系を手にしてジリジリと集団で寄ってくる……うわぁ。
そして俺の隣には腕を組んだ有能な助手(波江)が馬鹿にしたような顔でふてぶてしくも立っていた。二年くらい前のダラーズ初オフ会の時、発狂仕掛けてた人とは大違いで……あー俺に感化されて退化ってやつ?

「随分余裕みたいだなぁ」

集団のリーダーっぽい男が優越感に浸った気持ち悪い笑みを浮かべて俺と波江に言った。何でこんな事するのか理由を聞く気はない。

「まったく……私までこんな目に遭うなんて……いい迷惑だわ」
「えへへーごめん波江さん」

その男を無視して二人だけで会話してたらブチっと何かがキレた音がした。ひょっとして血管?いやぁシズちゃんみたいな人が他にいたんだ……顔は全然違うけど、うん、言いたくないけどシズちゃんの方が一億倍男前。

「テメェら……覚悟は出来てんだろうな?」

周りの様子に本格的にヤバいなぁと思った俺は口元を押さえ、奥歯から慎重に取り出したそれを掌の中に閉じ込めた。

「臨也?……ッツ!?」

訝しげに見つめてた波江の口の中にそれを押し込んで、その手で塞いで無理やり飲み込ませる。

「臨也……貴方なに飲ませ……」

そう言いながら俺の足元に崩れ落ちる波江、瞬間に見た顔はふざけるなと言いたげだった。

「毒薬、だよ?シズちゃんと対峙する時以外ずっと奥歯仕込ませてるんだ」

ザワ……

そう言った途端俺を取り囲んでいる奴らの空気が変わった。俺は総勢百人はいるだろう猛者達(笑)にニコリと微笑みかける。

「なんでそんなことするのか?って顔してるねーふふ、教えてあげよっか?……」

この場で唯一の同士である部下を殺しても、まだ余裕ですよーという顔をして、

「あんたらになぶり殺されるくらいなら雇い主である俺が楽に逝かせてやろうって……俺なりの優しさだよ」

嘘を言った、波江に飲ませたのはタダの催眠薬。劇薬は反対側の歯に仕込んである。実際、静雄以外の人間に殺されそうになった時、自害する為に使おうと思っていた……俺が持つ情報を守るための薬。
でも今は使わない
逃げる最中セルティにメールを打ったから必ず助けにはくる筈だ(だってセルティだから)それまでの攻撃を自分だけに集中させる為に波江を眠らせた。

(時間稼ぎなんて……普段逃げてばっかの俺には不向きだけど)

自分はもう駄目かもしれないセルティは俺の死に間に合わないかもしれない……それでもせめて波江は守らなきゃ。そんな俺らしくもない思考が頭を占めていた。
それは人間が愛しいから、波江も愛しいからだけど、実の弟を肉欲を含めた意味で愛してるのだと誇りを持って言える、たった一人をこんなに堂々と愛せる人間を、羨ましいと思うから

……好きになっちゃいけない人を好きになったこと素直に認めて、気持ちを伝えるなんて

俺には一生かかっても無理なこと
それを出来る波江はまだ死んじゃいけない

だから


「いくよ!」


そう言って敵陣にナイフ一つで突っ込もうとした瞬間、ガシャンと大きな音を立てて工場の入り口が壊れた。
誰だ?セルティにしては早過ぎるし乱暴過ぎる……いや、こんな事する人なんて一人しか思い付かないけど

「いぃぃざぁぁやぁぁぁあ!!」

ねぇシズちゃん……空気読んでよ
今は君と喧嘩してる場合じゃないんだってば


♂♀


結局、シズちゃんが俺を殺すのに邪魔だとか言って百人くらいいる猛者達を全員倒しちゃった。その後、妙にスッキリした顔のシズちゃんは「今日のところは見逃してやる」とか言って帰ってった。
多分疲れたんだろうな……うん、助かった……ラッキー

シズちゃんがみんなフルボッコしてる間に到着したセルティに波江を送ってもらって、家路に付きながら俺はぼんやり考えていた。

あの時、気が動転してて解らなかったけど俺はなにを『一生無理なこと』だと思ったんだろう……って
正直怖かったしあまり思い出したくない記憶を辿ると、たしか『好きになっちゃいけない人を好きになったこと素直に認めて、気持ちを伝える』ことだった気がする。
はてな。まだ鈍痛がする頭(目が覚めた波江に殴られた)でよく考えたら人類みんな平等に愛してる俺にさぁ好きになっちゃいけない人とかいないよね?
……ちゃんと素直に認めて気持ち伝えてるのに、なんでだろ?

うーん

まいっか

今日は疲れたし大トロでも買って帰ろう!!