「はい、どうぞ」

10センチくらい上から落とされた小さなソレは掌の上で小さく跳ねて収まった

「ありがとう」

素直に礼を言うと「どういたしまして」と邪気の無い嬉しそうな顔で言われたので寒気がした
たまに見せる人間らしい、というか子供っぽい所が幼い頃の誠二を思い起こさせる
コイツと誠二が似てるなんて論外、そう考えただけで虫唾が走るんだけど(事実、誠二のように可愛くない)
事務所兼自宅というホームグラウンドで長く向き合っていれば否が応でも見えてしまう

「器用なのね。まぁ意外でもないけど」

普段から冷たいナイフを自由自在に使うから、それと壊れたピアスを直してしまう事は全く別物だけれど、小さなドライバーを奮う二指は手慣れた様子だった

「性格的には意外だけど」
「……なんでだよ?」
「貴方こういうのすぐに捨てちゃいそうだから」
「一点物なのにそんな勿体無い事しないって、俺は人が作る物もラブだからね!……こう見えて日曜大工も得意なんだよ」

前半、得意気だった表情が後半になるにつれ暗くなり……

「家の中の物よくぶっ壊されてたから」

誰に、とは言わないが臨也がこうして忌々しげに呟くのは大抵バーテン服の彼を思い浮かべている時だ
私も、この家に来て家具やら何やらを頻繁に壊している人間なんて彼以外思い付かない
ちょっとした補修なら業者に頼むより自分でした方が早いし安上がりだと、金のはある癖に妙に庶民感覚の頭で考えたのだろう
彼が帰ったあと一人黙々と修理する姿は居たたまれないが、愉快でもある

「でもさ、シズちゃん自分が滅茶苦茶に壊した物が次来たとき直してあると、若干悔しそうな顔すんだよー?その顔がみたいから止められないのかも」

無邪気に笑うから誤解してしまいそうだが言ってることは性悪だ
にもかかわらず臨也が悔しそうと称するその顔は、実際泣きたいのを我慢してるだけでは無いかと想像してしまった
普段意識して人を弄ぶコイツは時に無自覚無計算で人の心を叩く

平和島静雄も、例外ではなく

「だからさ、なるべく綺麗に直すんだよ……新しく買い換えたと思われない程度にシズちゃんが付けた傷だけ治して」

臨也もあの男から壊された物をそのまま捨ててしまうのは屈服させられたようで厭なのだろう、身元が割れているのに引っ越さないのも彼から逃げたくない為か

とりあえず雇用主が意外と物持ちのよいのが解った
全くのトリビアだが路頭に迷わされる事はないと断定出来たのはある種の収穫だ

あの沙樹という娘を利用出来なくなった今も世話しているし(その代わり恋人の少年を利用しまくっているが)自分を慕う“愚かで愛おしい”人間を切り捨てたりはしないのかもしれない
だからと言って臨也を善人とは思わない(きっと彼女達は破滅の路を進まされているのだから)寧ろ切り捨てられた方が辛い想いをしなくて済むというのに何故人はこんな男に縋るのか

(まぁ、興味ないけど)

弟以外はどうでもいい
丁度、臨也があのバーテン服以外の生死に関心が無いのと同じように

(あ、あの闇医者もね……)

唯一信頼して体を任せている医者を思い浮かべて訂正する
「他の医者に失礼だよねぇ、でも心情的なものだから仕方ないんだ」と、そう言えばあの時も子供のように笑っていたような

やはりホームグラウンドで長く一緒にいるのはよくない、下劣だと思っていた対象の人間らしい部分が見えてしまう

「どうしたの?波江さん」
「いえ、貴方にとって唯一の使い捨てはそのナイフね」

いつか反旗を翻して襲い掛からないかしら……、そう言うと漸くいつもの貼り付けた笑顔が戻って安心した




END

オマケ


「いぃーざぁぁあやぁあああ!!」

「げげっ、シズちゃん!またドア壊して入って来たの!?」

「……噂をすれば影ね」

「あぁ?また手前勝手に俺の噂広めてやがったのか!?」

「違うよ!!ねぇ波江さん?」

「ええ、貴方が壊した物を直した後の、貴方の反応を見るのが好きだと言っていただけよ」

「……ッ!?」

「あれ?シズちゃんどうしたの?急にクールダウンしちゃって」