※午前零時の恋人のオマケな話







暫く書類の擦れる音とファンが廻る音しか無かった部屋に男の溜め息は存外響いた
男は人差し指と中指に軽く力を入れてノートパソコンを閉じると黒い椅子ごと私の方へ滑って来た

「ねぇ波江さん“土曜日の天使”って知ってる?」
「……貴方たしか無神論者じゃなかったかしら?」
「違う違う、その天使じゃなくて今池袋で話題になってる新しい都市伝説だよ」

情報屋の助手なんだからコレくらい知っておかなくちゃー!と胸糞悪い笑みを浮かべる臨也を軽く睨んでから、もう大分温くなってしまったコーヒーに口を付けた

「知らないとは言ってないわ」

知ってるわよ……その正体もね

「へぇ?じゃあどんなものか言ってみて?」
「毎週土曜の深夜に60階通りに現れる白い服着た奴でしょ」
「……えらく簡潔だね。まぁ間違ってはないけど、それくらいじゃ都市伝説にはならないよね?」

ニヤリと嗤った臨也は椅子の上で膝を抱え都市伝説(所詮は噂)の詳しい内容を語り始めた

「目撃者の話だとね『土曜日の夜、60階通りを歩いていると何処からともなく美しい歌声が聴こえてくる、それを辿ると深いフードで顔を隠し全身に白い服を纏った可憐な少女の姿があった』……顔見てないのによく可憐とか少女とか言えるよねーま、いいや『私が近付こうとすると少女はフワリと跳び上がりビルを伝って何処かへ消えてしまった、そして少女がいた場所には数枚の白い羽が……』これってさコートの中に入ってる羽毛が零れただけじゃないの?俺もよくあるよ?まぁどうでもいいか、だからそんな訳でソイツは“土曜日の天使”だなんて呼ばれてるんだ」

息継ぎもせずにそう言いきった臨也は私に「波江さんはどう思う?」と訊いてくる

「どうって?別に何とも思わないわ」
「んーセルティと一緒にいるとこも目撃されてるから妖精仲間かなぁ」
「人の話は聞きなさい」

折角話してあげてるのに

「そんなに気になるなら調べに行けばいいじゃない」
「もう意地悪だなぁ最近土曜日の記憶が無いって波江さんも知ってんだろ?」

それが天使の正体を知る最重要ヒントだというのに気づかないのね
いつも無駄に回る頭脳を持ってしてもコイツは自分と“天使”を結び付けられないのでしょう

「じゃあいつもの取り巻きに調べさせればいいじゃない」
「まさか、女の子を向かわせられないよ、60階通り周辺は最近不審者も出るらしいし」
「……」

呆れてものも言えないわ
コイツは悪の権化な癖して変な所でヘタレているのだから(それは卑怯ともいう)
間接的に人間がを傷付けるのは楽しくて、自分が直接けしかけた人間が傷付くのは厭だなんて
馬鹿な奴よ、本当

(それにしても不審者か……)

漫画だったらフラグになる台詞ね……不審者に襲われそうになった所を好きな人から助けられてハッピーエンドなんて
コイツの日頃の行いを省みれば襲われるだけで終わるのでしょうけど、土曜日の夜だけ現れるあの臨也が汚されるのは少しばかり不条理に感じるわ

……まぁそれも私には関係ないことだけど



♂♀



−−時同じくして、新羅宅−−

「やぁ静雄、君相当まいってる様だね」
「うるせえ」

不機嫌に吐き捨てた静雄は僕とセルティ専用ソファーの反対側にあるソファーにポスンと座る
ちょっといきなり煙草つけないでよ、灰皿取って来なきゃじゃないか

「携帯用があるから、いい」
「あっそう……ところで静雄“土曜日の天使”の噂は聞いたかい?」

瞬間、静雄の米神がピクリと動く(本当に分かりやすいね、君は)

「誰も土曜の天使が臨也だって気が付かないだろうね、こないだ話したけど雰囲気が全然違うもの」
「ケッなにが天使だよ……どんなに白く成ろうと元はあの小汚いペテン師野郎だろ?」
「手厳しいなぁ……セルティだってあの臨也には優しいのに」

それに君はそのペテン師野郎を抱いてるんだろう?って聞いたら僕でも危ないな

「所詮アイツは臨也の一部だろ?それがどんなにイイ奴だろうと全体的に見て気に食わない奴は気に食わねぇ」

……静雄の言葉を聞いて少し安心した
仮に静雄が土曜の臨也を好きになったとしたら、普段の臨也があまりにも不憫だから

「それじゃあ最近60階通りに不審者が出るのは知ってる?」
「……」

白い服は夜だと目立つし、あの見た目だから狙われやすいかもね

「いつもの臨也なら大丈夫だろうけど“土曜日の天使”は護身の為とはいえ人を刺したり出来ないだろうね」
「……何が言いたい?」
「別に?僕はただ思ったことを口にしてるだけだよ」

そんな睨まないでよ、君に正面から殺気を向けられては堪えないほど私は神経図太くないんだから……誰かさんと違って

「チッ胸糞悪ぃ……帰る」

うん、そうしてくれると助かる
もうすぐセルティが帰って来るしね



♂♀



そして、土曜の夜−−


「あれ?シズちゃんどうしたの?」

いつもみたいにシズちゃんの家に向かってたら途中でシズちゃんに出くわした

「あ?煙草買いに来た帰りだ」

ああ、そう
そこに、たまたま、偶然通りかかったのか

「丁度良かった、俺も今からシズちゃん家に行こうと思ってたんだ」

歩いているシズちゃんを追い掛けて並んで歩く

「行っていい?悪かったら帰るけど……」
「……」

シズちゃんは何も言わない、これは了承とみていいのだろうか

そうだね、俺が素直だとシズちゃんは優しい
だから一瞬浮かんでしまった


(ひょっとして迎えに来てくれたのかな?


なーんて


まさかね……)



俺は白いフードを取って、変わりにヘッドホンを付けた

♪♪♪

軽快なリズムを聴きながら今夜も愛を唄うんだ



シズちゃんの本音を聴いてしまわないように






おしまい