匿名様リクエスト
誠に勝手ながら匿名様リク『美しい棘』の前編とさせて頂きました。




数か月前

「……今まで人間を観察してきた中で判った事がある

“全人類”
“同じ人種”
“同じ地域に住む人”
“知人”
“友達”
“家族”
“恋人”

これらは下に行くほど自分にとって稀少で貴重な存在となるって事だ
家族のいない人間や、恋人が複数いる人間を除けば大抵がこの順位で成り立っていると思う

俺はいつもそんな人間をどこか遠く感じていた
“全人類”より下がすっぱ抜けている俺は異常なのだと思っていた
自分も含めたそれらは全て等しい価値だった

勿論、一人一人違う個体でそれぞれに違う意志がある事も観察していれば分かるのに
唯一の存在として特別だと思える人間には出逢えなかった


――君以外、ね」

その言葉を最後に、折原臨也は俺の前から姿を消した




「……」
「どうしたの?静雄さん?」

気が付くとクルリとマイルが俺の顔をじっと見つめて左右対称に首を傾けていた
ああ、そうだ俺は池袋をブラついてる途中でコイツらに捕まって、今までずっと幽について質問されていたんだった

『どうしたの?シズちゃん?』

ここ数日間ずっと忘れられていたというのにアイツとよく似た顔立ちを見ていると思い出してしまう
ひょっとしてコイツらはそれを解かって最近よく俺に逢いに来るんじゃないか?

「なぁ?お前らの兄貴はどこ行ったんだ?」
「え?イザ兄?……知らなーい、知ってても静雄さんには教えなーい」
「無……不……」

無邪気な顔して悪戯っぽく言うマイルと「どうしてそんなこと聞くの?」と不思議そうに訊ねるクルリ
自分の兄貴が今どうしてるのか気にならないのだろうか

「多分、東京のどこかにはいると思いますよ」
「電……探……」

詳しく聞くとクルリとマイルにはアイツの助手からたまに電話がかかってくるらしい
何度か逆探知してみると、毎回場所はバラバラだがいつも東京圏内にいるんだそうだ

なんだコイツらも一応アイツのこと気に掛けてるんだな

「静雄さんはどうしてイザ兄のこと気にしてるんですか?」
「あ?」

俺がいつ誰を気にしてるって?

「今、イザ兄のこと」
「冗談じゃねえ……誰があんな野郎のこと……」
「えー?じゃあなんで私達に聞くんですか?」
「それはアイツが最後にした……ッ」

慌てて、口を噤んだ
するとクルリとマイルはとても嬉しそうに笑った

「静雄さんやっとイザ兄のこと気にしだしたんですね!」
「遅……喜……」
「は?」
「そんな静雄さんにひとつだけいいこと教えて差し上げます」

コチラの戸惑いなどお構い無しに話を続けるマイル……こういうとこ兄貴に似てるよな、兄貴と違ってムカついたりはしないが
まぁ話の流れ上いいことってのは臨也の居場所かそれに纏わるヒントだろう

「なんだ?」
「あれ?聞いてくれるんですねぇ」

俺が聞くと臨也の様にニタニタ笑い出した……流石にこれはムカつく

「そんな怖い顔しないでください」
「舞……戯……」

クルリがマイルにあまりふざけるなと叱ってくれているのを見て少し怒りを鎮めさせる
ていうか、さっさと言えよ

「では、改めまして……静雄さんが今抱えているモヤモヤを解決して差し上げましょう」
「は?」
「え?モヤモヤしてるでしょ?自分で気付いてなかったんですか?」

モヤモヤって……ああ、そうか確かに急に臨也が消えてからアイツの言葉が気になってはいる
その心情をモヤモヤといってもいいかもしれない

俺に向かって告白の様な言葉を吐いた直後、アイツが最後、空に向かって吐いた言葉

『ねえ?君には特別だと思える人がいる?』

これは勘でしかないけどアレは全人類への問いかけだったんだろうと思う
俺が聞かれたわけじゃねえから何も答えなかったが……否、答えられなかったが正しい

ずっとずっと心に巣食っている

臨也は自分の特別を俺だと言ったのに、あの時俺にそれを聞こうともしていなかった

「一度しか言わないからよく聞いてて下さい」

マイルの声は少しだけ臨也に似てる、アイツの声を高くしたらきっとこんな感じだろう

「“一人ぼっちと孤独は全然ちがうんだよ”」

シズちゃん、とアイツに呼ばれた気がした

……畜生が

全人類?そんなもんについて考えたことねえ
アイツの考えはくだらねえ、人間全員の価値が同じなんて有り得ねえ
そうやってアイツの言葉を否定してた俺は、自分が一人だった頃を忘れていたんだ

ガキの頃から「特別な人間なんかじゃなくていい」ずっと“誰か”に傍にいてほしいと思っていた
そうだ、アイツに逢ってから忘れていた
初めて心底嫌いで殺してやりたいほど憎んで絶対に関わりたくない「コイツの傍だけは御免だ」と思った相手

“誰か”を求めていた俺は、この世界に“誰か”なんて人間はいないんだって思い知らされた

そして、今また思い知らされた
今の俺はもう一人じゃない筈なのに……ガキの頃と同じような孤独を感じているって

「“誰か”じゃダメなんだ……」
「……」
「ああそうだ“誰か”じゃダメなんだよ」

人間っていうのは、たった一人の特別な存在がいなければ孤独になってしまう生き物なんだ
それを知らなかった俺はアイツの言うように人間じゃなかったのかもしれない

「俺はアイツがしてきたこと一生許せねえ、アイツを最低野郎だって思う気持ちは一生変わらねえ」

そして、あんな奴のどこがいいんだって、きっと一生わからねえまんまだろう
でも、気になるんだ……あの存在が傍にいないのが「寂しい」なんて思ってしまうんだ
他の誰といても、どれだけ大勢の人に囲まれてたって

「折原臨也がいねえと詰まんねえんだ」

きっと一生
だから、責任とってもらわねえとなぁ

「教えろよ、アイツの居場所……知ってんだろ?連れ戻してきてやるよ」

俺の話を聞きながら、だんだん泣きそうになっていった双子の頭を撫でる
ったく、普段は兄貴のことなんてどうでも良いみたいに言ってる癖に、いざとなるとやっぱり大事さを思い知るらしい
まるで俺みたいだな……ったく妹にこんな顔させるバカ兄貴は一発ぶん殴るどころじゃ済まねえぞ……

「お願い、静雄さん……イザ兄、バカなの」
「頼……助……」
「静雄さんが傍にいなきゃダメな癖に強がっちゃってさ」

マイルの言葉が胸に突き刺さる
そうだ強がりはいけない、素直になんなきゃな

「大丈夫だ……安心しろ」


アイツが俺を嫌いだと言っても関係ない、俺がアイツを好きだから

もう絶対に孤独にはさせないさ



椿


そんな事ねえよ





『美しい棘』へ続く