「ねぇ鬼男君…えっとさぁ、もっとこう…なんかさー…」


「…文句があるなら仕事場に戻りますか?」


「えっ!?…うぅ…やっぱり何でもない…。」





‐Loved by Me.‐






今、オレと鬼男君は、オレの部屋にいる。
というか、今日は仕事を休んでいる。



何故年中無休の閻魔大王であるオレが休んでいるのか…というと。


本当は今日も仕事のはず…だったんだけど、最近鬼男君と全然話すらしてないことに気付いたから、今日はちょっとばかし仮病を使って仕事を休んじゃえ!てへっ、と言うわけである。



「大王…実は元気なんじゃないんですか?」


「え?えぇー…そんなこと無いよ…?頭なんか破裂しそうに痛いし…。」


「…いっそのこと破裂した方がまともになるかも知れませんよ。」


「ひ…酷………」



鬼男君は、オレが仮病を使っていることがなんとなく分かるらしく、先ほどから不機嫌気味だ。


オレの看病をするため…という条件で一緒に部屋に戻ったのに、オレがさっきからあまり病人らしくないからイライラし始めているんだろう。



…なんだかなぁ…なんかもっとこう…甘ーい!!というか…いやん!ばかんうっふん…!な展開を期待していたオレにとってはかなり残念な気分だ。



まぁ、最初からそんなこと仕事鬼の鬼男君に期待したって無駄だって分かってたけど。

でも恋人同士なんだし…そんな淡い期待抱いたってバチは当たらないはずだよね。



「…なんですか?」


「ん?何が?」


「さっきからそんなもの欲し気な目で見られても困るんですけど…。」


「え?」



あれ…そんな目してたかな…オレ…。



「そう見えた?ごめん…不愉快だったでしょ?」


「……いえ…」




…あんまり会話続かないなぁ…。
いつもどんな話してたっけ?


なんか仕事以外でした話…思い出せないや…。



もう一人くらい…そうだな、善ゴメス君か悪ゴメス君がいれば盛り上がるかもしれないんだけど…。



でも二人は今天国と地獄にいるんだもんなぁ…。



うーん…本当はあんまり相性良くないのかな…オレ達…。



「…大王…」


「んー?」


「……なんか、僕に言いたいこと…あります?」


「………へ?」




一人悶々と悩んでいたら、鬼男君にそう言われて、オレは驚いた。







「…言いたいこと?」


「無いならいいんですけど…。」



言いたいこと…か…
あるような…無いような…。



「オレ、また物欲し気な目で見てた?」


「あ…いえ…。」



ううん…
なんか初なカップルみたいだな…。
皆といると盛り上がるのに、二人きりだと何を話していいか分からない…って。
まぁ、それも何処か人間っぽくて微笑ましいけどね。



「…あ、」


「ん?」


「大王、寝て無くていいんですか?」


「あ…ああー…」



そっか、オレ一応病人なんだもんねぇ…。



「うん、じゃあ寝ようかな。」


「…分かりました。」



でもなんかこれじゃ…休日、ってよりは病気で欠席、みたいな感じ?
でもまぁ、疲れてるのは本当だし…、いっか。

オレは寝間着に着替えるため、自分の着物に手を掛けた。



「あ…着替えるなら僕、外に出て…」


「え?別にいいよ?男同士なんだし。」


「………はぁ…」



な、何かオレ変なこと言ったかな…
なんか鬼男君固まってる…?




「あれぇ…」


「…どうかしました?」


「うーん…帯なくて…どこ行ったか知らない?」


「…さあ…」


「まあいっか。普段のつーかおっと。」



オレがそうしている間も、鬼男君は何処か気まずそうに俯いていた。


それがオレには何処か気に食わず、鬼男君も一緒に寝よう、と誘ってみた。





「さ、寝るとしますか!」


「……いや、僕はいいですから!!」


「えー、やだ、鬼男君も!」


「ふっふざけんな!」




手を引っ張り一緒に寝よう、と早速誘ってみたが、鬼男君は全力で拒否をした。




「僕はいいです。起きてますから!」


「えー…じゃあオレも寝ない。」


「子供か!
…心配しなくてもここにいますから。寝て下さい。」




それがやっぱり気に食わなくて、あまり寝たくなかったのだけど…、
そう言われちゃ仕方無い。


オレは一連の行動で眠気がすっかり覚めてしまったため、特に寝るつもりも無いのだが、渋々一人で布団に入った。






「…んー…?」




ふと目が覚めたら、もう既に辺りが真っ暗でびっくりした。
寝るつもりなど無かったのに、隣りに鬼男君がいてくれる…と思っていたら、すっかり眠ってしまっていたみたいだ。



だが次の瞬間。
…ふと、鬼男君、という言葉を思い出したオレは、急に不安になってしまった。



鬼男君がベッドの隣りに座ってくれているはずなのだが、真っ暗なため何処にいるのか分からない。



…この暗闇の中に本当に鬼男君はいるのだろうか。


約束通り、オレの隣りにいてくれているのだろうか?



「…鬼男君?」





少し期待を込めた呼び掛けが、しん…と静まった空間に虚しく響いた。




「………鬼男君?」




いないのだろうか。
もしかしたら、急な仕事で呼び出されてしまったのかもしれない。
いや、多分そうだろう。


なんだか少し悲しい気はするが…仕方無いだろう。



オレはそう割り切り、電気を点けに立ち上がった。



だが、真っ暗闇の中歩くのは容易ではない。
オレは壁伝いに歩くことにした。




「電気電気…あ、あった。」



パチッと扉の近くの電気を押したのが早かったか、それとも扉が開くのが早かったか。



そこら辺はいまいち分からなかったが、電気が完全に点いた時。



眩しさで霞む目でオレは確かに見た。





「鬼男君……?」


「あ…起きました?」


「それ…」




見慣れた鬼男君の手には、見慣れたおぼん。

だが、そこからはいつものコーヒー豆の匂いでは無く、ふわりとチョコレートのいい匂いがした。


普段、仕事の都合上コーヒーしか淹れてくれない鬼男君からはかなり珍しい、優しい匂いだった。



「ココア…好き…だったかなと思いまして…」


「これオレの!?」


「…嫌いでしたっけ…?」



時々飲みたくなるが、ココアだなんてあまりにも久しぶりに見たものだから、つい本当にオレのものか疑ってしまったが、どうやらオレに淹れてきてくれたらしい。


心がきゅんと高鳴る気がした。




「…やっぱりコーヒーの方が良かったですか?」



おずおずと尋ねる鬼男君が可愛らしい。
オレは即答した。



「ううん。オレココア大好きだよ!」


「…飲みましょうか。」



安心したのか、鬼男君がふわりと笑った。


これまた久しぶりにみた、鬼男君の笑顔にオレは癒された気がした。






「甘いーっ!癒されるよね、こういうの!」



お気に入りのクッションを抱き締めながら飲んだココアはとても美味しいと思った。

コーヒーの苦さとはまたひと味違う嫌味では無い苦さが口に広がる。




「…すっかり元気になりましたね。」


「ん?」



美味しそうにココアを飲むオレを見た鬼男君の顔が、綻ぶと同時に少し、曇った気がした。



「…美味しかったですか?」


「?うん。美味しかったよ?」



全て飲み終わったオレに鬼男君が尋ねる。
オレが当たり前のように答えると、鬼男君の顔が少し明るくなった。



「…何かオレに言いたいことでもある?」


「え…」



何か言いたいことがありそうな顔をしていたから尋ねたのだが……変なこと聞いちゃったのかな…?
鬼男君の目が見開いたのが分かった。
失言だったのかと思い、オレは取り繕おうとした。



「ないなら…」


「…約束…」



だが、鬼男君は本当に言いたいことがあるようだ。
オレは一度黙り、鬼男君の言葉を聞くことにした。



「…約束…守れなくて…」


「…約束?」




約束…あまりにも長く存在…いや、生きすぎているオレには、いきなり約束…と言われても出てこなかったりすることが多い。
だが、必死に思い出そうと頑張る。



「えっとー…」


「大王が、寝ている間側にいるって…」


「ああ…!」




言われてみれば。
確かに、数刻前にそう言ってた。
オレもその言葉を聞いて安心してしまい、つい寝てしまったのだ。


だけど、ほとんどその場限りの口約束…。
期待していた部分は確かにあったが…、それでも半分以上は割り切っていた。


だから、目覚めた時…オレは鬼男君が側にいなくて、寂しく感じたものの、仕方無いか…と思ってしまった。


長く生きすぎた代償はこんなところにまで現れるのか…
オレは自分に憐憫の念を抱いた。




「でも、そんなに気にすること無いよ?
だってホラ、こうやって鬼男君はオレの所にいるでしょ?
しかもココアまで持って来てくれた。予想して無かったから…凄く嬉しいよ。」




にこっと笑って言ったのだが、鬼男君は少し複雑そうな顔をした。




「大王、信じてなかったでしょう?」


「え?」


「僕がずっと側にいるって。」


「…………。」



驚いた。
本当になんて優秀な部下なんだろう。
オレはあまり表情に出さないタイプだから、ほとんどの人がオレの気持ちを読み取れないと言うのに。



「…証明したかったんです…。でも…」


「うん?」


「…途中で…大王がびっくりすることをしたくなって…。」


「…………」



それで…か。
鬼男君はそう言う子だ。
そう。だから、オレは惚れた。




「ココア、いつも飲みたいって言ってるじゃないですか。
だから、ココア淹れて来たら喜ぶかなと思って…どうしようか少し迷って、淹れて戻ってきたら…大王…起きてて…。」


「…そっか。」




…そうだよね。
そう言う子なんだよね、君は。
悩む時は、いっつも人のこと。
死者の裁きで心を痛めるのだって、なんだって。
決して自分のことでじゃない。



自分のことばっかのオレとは、全然違う。



「…大王?」


「…ありがとう…」




なんて、幸せだったんだろう。
なんで、今まで気付かなかったんだろう。




オレは、笑っているつもりだったのに、涙が止まらなくて…
気がついたら鬼男君の腕に抱き締められていた。



それは、凄く暖かくて、嬉しかった。


そしてそれは同時に、彼になら…鬼男君になら自分の気持ちを吐露出来る。



そう思わせてくれた。







「落ち着きましたか?」


「ん…ありがとう。」



鬼男君がそっとオレを離した。



「鬼男君、あのね…」


「…なんでしょう?」



言ったらどう思われるだろうか。
呆れられるだろうか。
怒られるだろうか。

…それでも、鬼男君には、本当のことを言わなければならないのだと思った。




「知ってると思うんだけど…さ…オレ、本当は…具合、悪くなんか…無いんだ。」


「…………」




予想があたったからだろうか。
鬼男君の眉間に少しシワが寄った。
それと同時にオレの目線も下に下がってくる。



「本当は…鬼男君と一緒に過ごしたくて、休みたくて嘘吐いたんだ…。ごめん…」


「……まぁ、大方予想はしてたんですが。」



ふぅ、と溜め息が聞こえた。

やっぱりそうだよね…。
鬼男君感いいからやっぱり分かってたんだ…。
それでも鬼男君が優しいから…
オレは大人になれないのかなぁ…。

怒られるのかなぁ…呆れてるんだろうなぁと思って、顔を上げると…
鬼男君は、怒った顔など全然していなかった。
それどころか…



「…鬼、男君?」


「……」


「なんで笑ってるの?」




怒られる。
呆れられる。
そう思っていたオレは鬼男君の予想外の笑顔にびっくりしてしまった。



「…本当、閻魔大王がこんなだって知ってたら、ここにこなかったのに…。」


「お…にお…く…」


その言葉もまた…予想外で、オレは固まった。



「こんな…ダメな大人が閻魔大王だなんて知っていたら…」


「……………」




鬼男君は、そう呟いた。


ああ、やっぱり呆れられてしまったんだ。
そう、思った。



「…大王が、こんなダメ人間だから、僕は、」


「…ごめんね」


「僕は…貴方のことをほっとけないんですよ。」


絶望していたオレを見て、鬼男君がそっと笑った。
そして、言った。



「大王がこんな人だって知っていたら…僕は絶対ここに来ませんでした。
…なんとなく、分かってましたから…」


「何を?」


「大王に…依存してしまうことを、ですよ。
…最初、初めてあった時、思ったんです。
ああ、きっと僕は…この人のことが好きになるんだろうな…って。」


「鬼男君?」



鬼男君は、静かに笑った。

それは、何かを責めているような…、でも、その何かに喜んでもいるような、そんな顔だった。



「何やってもダメで、フヌケで腰抜けなのに…。
きっと…この人のことが大好きで大好きでたまらなくなるんだろうなって…。
身分だって違うのに、望んだって報われないこともあるのに…
きっと…諦められないんだろうな…って…。」


「鬼男君…」


「だから…知っていたら…大王がこんな人だなんて知っていたら…僕は、ここには来ませんでした。」


「…君が知らなくてよかったよ。」



オレがにっこりと笑うと、つられたのか鬼男君も笑った。



「…そう、ですね。」




休日、と言うのにはあまりに短すぎる時間だったのだけれど。



量より質、って言葉もあるから…たまにはこんなのもいいんじゃないかな、って思った。




(あ、明日は今日の倍の仕事して貰いますよ。)

(嘘ッ!?)

(まあ、ズル休みしたんだから…当然じゃないんですか?)

(うひー…)

(…そんなに落ち込まないで下さいよ。
…僕も付き合いますから。)

(…うん、頑張る。)



無くしたくないと。
君の存在が、大きくなり過ぎていることに、気付けたから。
















なにこの素敵なカップル!
かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい!!
はうぅもうテンションヤバイです
切ないのに甘いってズルイ!
ありがとう御座います!いや〜本当かわいいです(それしか言ってないじゃん)