僕のバイトが終わる少し前にその人は店にやってきた 幸運だと思ったのも束の間、僕はすぐに落胆する事となった 外は生憎の雨で今日は傘を忘れていたから帰りは彼の傘に入れて貰おうと思ったのだ ちなみに僕の家は駅から彼の家までの通り道に在るため彼に遠回りをさせる必要もないし、彼が傘を忘れた際はいつも僕がいれてあげる側なので遠慮する要素はまったくない しかし、今の彼は 「どうしたの?閻魔びしょびしょじゃない」 そう、びしょびしょだった 「中入る?」 ドアから顔だけ出して、風雨に曝されてる閻魔に話し掛けると 曖昧な笑みと一緒に「タオル貸して」という妥当なお言葉を頂いた それを聞いた僕はタオルを取りに店の奥へ引っ込んだ (あの人……なんで子供用の傘なんて差してんだ?) どうせ大した理由でもないが気になった 大の男が小さな傘の下にどうにか収まろうと、一生懸命身を縮こませて居る光景は、滑稽を通り越して微笑ましくもある ただ、こんな奴にまさか「入れてくれ」とは言えないのが残念だ タオルを手に戻ってくると閻魔はまだ店の外にいたので軒先に来るよう促す タオルを何枚か使い水分が滴らない程度になったところで、やっと店に入れてやれた ドアを閉めると今まで五月蝿かった雨の音が和らぐ 「お邪魔します」 急に鮮明なった閻魔の声に何故だかドキっとし 「いらっしゃいませ」 相手にもそう聴こえるのかとドキドキした 「……商品濡らさないでよ」 「わかってるよーー」 説明が遅くなったが此処は『日和屋書店』という古書ばかりを扱う古本屋、俗にいう古書店だ 僕はそこのバイトで小野妹子という極々普通の大学生 そしてそこの濡鼠は、悲しい事に一番親しくしている友人の閻魔、この店の常連でもある といっても閻魔は買う方ではなく、お金に困るとお父さんの遺品でマニアック且つ貴重な古書を売りにくる売り専だ 「そういえば閻魔、今日は本持って来てないの?」 「持ってこよう思ったんだけど……雨だしね……」 「そうだね……あとさぁずっと気になってたんだけど、お前に似合わないその可愛い傘は?」 来たときから抱いていた疑問を投げ掛けると閻魔は声を落として言った 「似合わないって……まぁ確かにそうだけど……最近ずっと使ってた傘が盗まれちゃって……家にコレしかなくて……」 「子供の頃の?物持ち良いね」 「でもちっちゃ過ぎて意味がなかった」 使う前に気付けよ、頭いい癖に馬鹿だなアンタ 「あーあ……アンタの姿が見えた時、帰りに入れてもらおうと思ったのに」 「……妹子、二人羽織りって知ってる?」 「却下」 「酷い……まだ何も言ってないのに」 よよと、出てもいない涙を拭く真似をしながら僕を責めた 苛ついたので本用のハタキで叩くと埃でけほけほ咳き込む 僕は何も悪くないけど少し良心が痛んだので頭を撫でて埃を払ってやる 「で?アンタ何しに来たの?」 「何って……暇だから?」 こんな雨の中こんな濡れてまで暇つぶしに来るなよと突っ込みを入れたかったが止めておいた 咳き込んだ所為でその瞳が涙目だったからだ 「暇だからってアンタ古書とか興味ないでしょ?」 「でも鬼男くんがいるも……あれ?今日、鬼男くんと主人は?いないの?」 大好きな二人がいないのに気付かないなんて無神経だと思うが、友達曰わく僕がいないとすぐ気付くらしいから今回は偶々なんだろう 「鬼男は休み、太子は本業」 「ふぅん、主人も忙しいねぇ」 ……“主人”ね 昔から太子を“店の主人”の略でそう呼んでるのは知っているし今更変えるのも難しいだろうけど 閻魔が太子をそう呼んでるのは、やはりなにか気に食わない 「趣味でやってる店なのにバイト二人も雇うから経営苦しくなるんだよ」 「辺鄙な所だからお客さんも滅多に来ないしねぇ」 そう、本当に辺鄙な所だ 町外れのお地蔵さんの脇にある小径を暫く歩いて行った場所にある古民家の裏……なんて 同じ町内の僕だって閻魔に紹介されるまで知らなかった(ちなみに裏の古民家は太子の自宅である) しかも売っている本はマニアックな内容だったり曰く付きの代物だったりで誰も買ってくれそうに無い 「偶にくるお客さんは訳ありだしね」 「幽霊はお客さんに入らないでしょ」 そう、扱ってる品が品なだけに時々ヒトではないものまで御来店するのだこの店は 閻魔が僕に此処を紹介したのも、そんな類から太子や鬼男を守って欲しいから 「しかも太子や鬼男には見えないから二人がいる時に気付かないで接客してたら変な目でみられんだよ」 鬼男はともかく太子みたいな大丈夫じゃない人から「お前大丈夫か?」みたいなこと言われてみろ……泣きたくなるから 「あはは、どんまーい」 「どんまいじゃねぇ!!」 と、僕が叫んだと同時にドアが開いた 閉店の看板を出しておいたにも関わらず誰か入ってきたようだ 見るとその人は外が大雨だというのにどこも濡れていなかった 「おや?今回の訳ありさん随分とカッコイイねぇ……鬼男くんには劣るけど」 「うっさい本人に言ってやれ」 そのまま怠慢に近寄ると心配してか閻魔も一緒に付いてくる 不安げに腕を掴む閻魔に大丈夫だと告げる 「いらっしゃいませ」 ニッコリと冷笑を浮かべながら言うと 隣で閻魔が息を呑むのが解った END |