家では簡単なもので済ませてしまうから、まともな料理なんて妹子の家に行った時くらいしか作らない
というよりもまともな物を食べたい為に妹子の家に行ってるのかも知れない

妹子の食生活について聞かれ、そんな事をふと漏らせば主人はオレを自分の家のキッチンまで連れてきて何か作ってくれと言った
自慢にならない自慢だけどオレは主人の頼みを断った事はない

ちゃんと食材はあるんだろうかと不安に思いながら冷蔵庫を覗くと意外と充実
古い家なのにキッチンだけは近代的で、なんと料理をした形跡がある
主人も料理するの?と聞いたら、ご近所にね君子さんって料理の専門学校通ってる子がいてね、その子がたまに料理作りに来てくれるんだぁと機嫌よく返された

彼女かと思ったら、昔からよく知っていて家族ぐるみで世話になってるご近所さんだよと教えてくれた
そりゃそうだよねと意味も無く納得してから数時間、主人ご所望の超豪華なカレーが完成
コトコト煮込んでいた鍋の火を消し、裏のお店に行った主人を呼びに行こうか待ってようか迷った
今日は妹子がバイトの日だから妹子も一緒に食べに来ればいい
というか絶対主人が連れ帰ってくる

やっぱりこのままドレッシングでも作って待ってよう市販のもあるけど多分作った方が美味しいだろう
自分の料理が他人と比べて美味しいかは分からないが少なくともコンビニ弁当や妹子のよりは美味しいと思う。昔食べた学校の給食は不味くても美味しいから比較対照にはならない

外食はしたことないし……
いつかしてみたいな……外食
よし将来は鬼男くんに沢山連れてってもらおう!
将来と言わず近々連れてってもらいたいけど今の状況じゃとても約束が取り付けられない
何故かというとお金がないのもあるけど、最大の原因は鬼男くんに会えない事
自分が本を売りに来る時に限って鬼男くんが休みをとっていたりで、そりゃもう何かの陰謀じゃないかと思うくらい会えない
だからといって妹子にシフトを見せてもらうのも何か嫌だ

あーあ、こんな事なら妹子にバイト薦めなきゃ良かった
書店に来るワケアリなお客さんから主人と鬼男くんを守ってもらいたいと思って紹介したのも理由の一つだけど、正直に言うと主人と鬼男くんが二人きりで居る時間を減らしてもらいたかったのが一番の理由で
でもそれが原因で鬼男くんと会えないなんて本末転倒もいいとこだ
モヤモヤを解消する為の筈が結局モヤモヤが増えただけじゃないか

それに余計な詮索かも知れないけど主人は妹子を気に入ってる、なんとなくだけど好きなんじゃないかと思う
だって主人は妹子が居るだけで、うわっとか、ああっとか意味のない言葉が増えてテンションが上がってるし
オレがいる時でも妹子に構ってもらいたいオーラが出てるし
まあそれは主人の勝手だから別に良いんだけど

ただオレに妹子のこと聞いてくるのが凄く鬱陶しい

主人を鬱陶しく思うのなんて初めてでそんな自分が大嫌いで仕方なくて
何でか分からないけど本当に鬱陶しくて、主人に妹子のこと話したくなくてイライラして

でも、さっき言った通り主人の頼みを断った事ないオレが断ったら不審に思われちゃうから話してる

それに主人はオレが聞かなくても鬼男くんのこと教えてくれるからオレも話さなきゃと思う

恋愛とかよくわからなかったオレが鬼男くんを好きになれたのも主人のお陰だからそれは感謝してる

思い出した。こんな時こそ鬼男くんに会いたいんじゃないかオレは
なんだか本売りに来たら毎回鬼男くんが接客してくれてた頃が懐かしい
鬼男くんと居れば妹子の話しなくて済むし余計なこと考えなくて済むから
鬼男くんになら、妹子バイト辞めてくれないかなとか愚痴れるし
結局妹子の話しちゃってるけど鬼男くんならいいんだ

やっぱり今度妹子の家行った時にでもシフト見せて貰おう
そう考えて、少しだけ明るくなった時だった

「こらー!!太子!!」

思わず持っていたボウルを落としそうになった

妹子の声が聞こえた
多分また主人が滅茶苦茶な事やって妹子が突っ込んでるんだろう

ただ、それだけの事

それ以上その声を聞きたくなくてドレッシングを一心不乱にかき混ぜる

涙が滲んだ

大丈夫なのに

大丈夫なのに

止まらない

我慢しなきゃいけないネガティブな気持ちはどうにもできない
大親友にそんなわけ分かんない感情向けてるなんて気持ち悪くて吐き気がする

男の友情なんてもっとサバサバしてるもんだと思ってたけどオレの場合違ってるみたいで

大学で妹子がオレに黙ってサークル(しかも男だらけの)入った時も怒った
中学の同窓会(オレは高校からの友達)行ったのも怒った
オレの話よりテレビ(可愛い女の子が出てる)に夢中になってるのも怒った
きっと他にも些細な事で怒ってる
妹子が悪いわけじゃないから何も言えなくて勿論誰にも相談出来ない

だからいつも全部口に出さない代わりに泣いてる

そしたら、わざわざ妹子が居ないところで泣いてるのに、妹子はどっからか嗅ぎ付けて来る
理由も聞かずに傍に居てくれる、それが嬉しくて泣き止んだ後はいつもスッキリする
そしてオレは随分バカバカしい事で悩んでたんだなぁって思う
いつまでも甘えてちゃいけないんだろうけど未だに親友離れできないでいる

怖くて怖くて仕方がないんだ
いつからか妹子はオレの特別で……その時すでにオレは妹子の特別だったから……妹子にとっての特別が他の人に移るのが怖い
今の関係を失っても妹子を失うわけじゃないのにオレには他の人がいてくれるから平気な筈なのに

だんだん遠退いてく距離に死にたくなる

今ならまだオレを見てくれてるから
妹子の前で汚い躯も感情も全て露呈して、惨たらしく傷付けて、土下座して謝って
それから消えるから、君の前から消えるから
オレが君の特別になれたのがオレが不幸で可哀想だと思ったからなら、もう一度そうなるから

「ちょ!アンタなにやってるの!?」

急に誰かから腕を掴まれた
意識が夢から醒めたときみたいにぼやける

あ、主人と妹子だ

おかえりなさい

「ただいま、えっと……ドレッシング?……いたる所に飛び散ってるけど?」

妹子に言われボウルを見ると中身は殆ど残ってなかった
あーこれは……つい夢中になっちゃって……

「まったく、馬鹿だねぇ」

妹子から苦笑いを零されてまた涙が出てきた
急いで顔を隠そうとするけど主人から、ただいま閻魔!カレーは出来たか!?と聞かれたのでつい顔を合わせて頷いてしまう
太子はギョッとして、どうしたの?なんて聞いてくる
妹子も心配そうに見詰めてくるからオレは笑ってこう返した


「なんでもない、ドレッシングが目に入っちゃって」


悪い夢を見てたけど
君の声を聞いて戻ってきたよ





end