夕陽がさす店の中でオレと妹子は隙を持て余していた

「ねぇまだ終わんないのー?」

店と店の奥とを繋ぐ短い階段に腰掛けたオレは、橙色のエプロンと楕円のメガネ(伊達眼鏡)を掛けた妹子に話しかけた

「早くしないと花火始まっちゃうよ」

そう、今日は夏祭りアンド花火大会
妹子のバイトが終了したらそのまま行こうと前々から決めてあった

「太子が帰ってくるまで待ってなきゃなんだよ」

そう答えた妹子もする事がないのか先程から延々とハタキを振り回している

「もぉ主人ー早く帰って来てよー」

本来、今日は早く上がらせてもらえる筈だったのだが、主人は注文していた本が届いたからと急遽出かけてしまった
おおかた仕入れてくれた芭蕉さんと世間話でもして遅くなってるんだろう

「こうしてる間にコロちゃん達がナンパされてたらどうするの?」

「乙姫達も一緒だから大丈夫だよ」

「いやオレは乙姫や卑弥ちゃんも含めて心配してるんだけどな……」

妹子のバイトが長引くと決まった時点で約束してた友達には先に遊んでていいと連絡した
オレと妹子は花火が始まる頃合流するからって
そしたら縁日でオレ達の分まで買って花火の場所取りをして待ってると言ってくれたんだけど
……みんな超可愛いからなぁ変な男寄ってないと良いんだけど

「心配なら閻魔も先行ってたら……ほんと間に合うか分かんないし」

「いいよ、じゃあ待ってる」

即答すると、妹子は困った奴だなぁという顔をした
いいじゃん、だってしょうがないでしょ?一緒にいきたかったんだから……

「そういえば鬼男さん誘わなくて良かったの?あの人、今日休みだし用事あっても閻魔が言えば多分空けてくれたよ?」

「……そんな我儘言えないよ」

主人にも鬼男くんにも昔は散々甘えたけど、オレもう子供じゃないんだから

「……それにみんなも言ってたじゃん、こういうのは好きな人とより友達同士で行った方が楽しいって」

「まぁね」

ハタキに飽きたのか妹子は床に積んである春画本を一冊手に取って読み始めた

コイツ……

「なに?閻魔」

「いや……別に?オレの事など気にせずお読み下さい?」

「うん…」

妹子が完全に視線を移したので仕方なくオレも何か本を読んで時間を潰す事にした

読むなら辞書とか事典が好き
全部、既定事項だから読んでて安心する

逆に小説は少し苦手だ
両親がまだ生きてた頃、二人とも小説ばかり読んでオレの相手をしてくれなかった事もあるけど
小説を読んでるとポロポロと心を覆ってる殻が破かれていく音がして怖い

手に取ったのは雲の成分なんかが書かれている化学書だった

「へーあんな綺麗な白でも実は塵とかで出来てんだ」

「ん?」

思わず声に出したら興味を持ったらしい妹子が覗き込んできた

「ああ、雪ね」

夏なのに雪の話するなんて季節はずれもいいとこだなぁと思う

「閻魔は雪が好き?」

「ゆらゆら降ってくる雪なら好きだよ」

吹雪は怖いけどね

「そっか……早く冬がくるといいね」

暑くて堪んないし、と妹子が呟いたのを聞いてオレは思わず吹き出した

「なに?」

「いや、だって妹子冬にも同じこと言ったんだよ?覚えてない?」

早く夏が来ないかなって
寒くて堪んないからって

「それは閻魔が読んでた写真集に花火が載ってて……花火好きって言うから」

「アハハ!本当に今と同じような状況だったんだ!」

思い出した!
確かあの時も妹子と主人が帰ってくるの待ってた!

オレが叫ぶと妹子も完全に思い出したようで

「ハハハ!本当だね!」

何がそんなにおかしいのか分からないけど笑いだした
それを見てたオレもおかしくなって結局二人で大爆笑


オレも妹子も大爆笑するのが珍しくて(だって大声で笑う事なんてそんな無い)

丁度帰ってきた太子がポカーンとするくらいだった





続く