--終焉がない限り絶望もないんでしょう?--

そう言ってその子は風の前に立った







自分でもわかる
きっとオレは今酷い顔をしているんだろう

逃げるようにして地上に降りてきたけど

お目当ての人に逢えず途方に暮れていた

朝廷内の小川に膝下だけ突っ込んだ状態で寝転んでいると頭上から呆れたような声が聞こえた

「なにしてんですか?」

ゆっくり目を開けると琥珀の瞳と目があった

「太子かと思った…」

すると妹子は一瞬ムッと顔をしかめる

「太子ならさっき側近に突き出してきたよ…今頃は外交中かな…また隋の使者に変な事してなきゃいいけど…」

オレに向けられたのは最初の一言で後は独り言のようだった
外交苦手って言ってたもんなぁ…でも変な事って何したんだ太子

「ところで足冷たくないの?」

「いんや、気持ちいいよ」

そう言うと妹子は、ふーんと呟きオレの隣に腰掛けた
じゃぼ…そんな音がしたと思ったら妹子の足も膝まで小川に浸っていた

「冷たっ」

「え?妹子仕事は?」

「そもそも今日は休日、なのに太子の側近から助けを求められて…」

言いながら妹子は大きな溜め息を吐いた
大変そうだな…妹子の疲れた顔をじっと見詰めていると、妹子の手がおもむろに伸びてきた
そしてオレの瞼にかかる髪を払った…瞬間

「ちょ…妹子熱ッ!熱あるんじゃないの?」

そのあまりの熱さにびっくりして飛び起きた
すると妹子の方もびっくりした様で

「そりゃ閻魔と比べたら熱いかもしれないけど、僕よりもっと暖かい人いっぱいいるよ」

それに閻魔は過敏に反応しすぎだと笑われた

「んー…だってオレあんま人に触らないからわかんないもん」

…そう、言ってから後悔した
特に深い意味はないのだが深読みされては困る
そんな心配を余所に妹子は再度オレの髪に触ってきた

「閻魔さぁ前髪全部上げるか分けるかどっちかにしたら?鬱陶しいよ」

「酷いなぁ…今んとこ髪型変えるつもりないよ」

こだわりは特にないけど…そうだな、そういえば彼に初めて逢った時も同じ髪型だったな…

「そうなの?絶対そっちのが可愛いのに」

………心臓が止まるかと思った(もう止まってるけど)

「まぁ今のも似合ってるけどね」

妹子…大丈夫?…
そういう台詞は太子だけに言ってあげて…え?無理?…そこをなんとか!
ていうか…そんな言葉より

「ねぇ妹子…オレに“頑張れ”って言ってみてくんない?」

今まで笑っていた妹子が凄く嫌そうな顔をした
ごめんね…
オレは自分がされて嫌な事を他人にもしてる
しかも妹子みたいな優しい人相手に…
狡いな、と、思って涙が出そうになった

「貴方を叱咤激励すんのは僕の役目じゃないでしょ」

勿論太子の役目でもない
と言われてオレは笑うしかない

そうしたら妹子はまた呆れたような声で…それでも優しい瞳でオレを見ながら

「閻魔って時々表情のチョイス間違うよね」

可笑しそうに笑うからオレは泣きたくなった

「閻魔…今の表情は良かったよ」

…こんな顔の俺を良いなんて…Sっ気があるんじゃないか?

「そうかもね、でも閻魔…」

今現在の感情に素直になるのって大切だと思うよ
過去とか未来とか気にしないでさ…

「終焉がないなら余計…」

「妹子…本当にどうしちゃったの?」

今日本当に変だよ?

「閻魔」

「は…い?」

「頑張ってね」

「え…?」

「僕も頑張るから」

「妹…」

オレの帽子を妹子は風の様に奪った

そしてオレの剥き出しの頭をそっと撫でて
髪を梳いた

「ほら…やっぱりこっちの方が閻魔らしくて僕は好きだな」

すっかり下ろされてしまった前髪越しに見た妹子は
すこし霞んでしまっていて、オレは慌てて髪を掻き揚げた

「僕もう帰るから…閻魔も早く帰りなよ」


そう言って立ち去る妹子に「うん、またね」と力無く返して
その背中をずっと見送りながら帽子を両手でキュッと握った
鬼男くんが迎えに来る前に髪型を整えなければ…
後…この気持ちを如何にかして止めなければ…






数日後、太子に会いに行くと
いつも傍にいる妹子が見当たらなかった

何でも隋へ二度目の旅に出たそうで
今回は太子も置いてけぼりだそうで

オレと話したあの日には隋に行く事が決定していたらしい



「なんで…そんな急に…オレ…!!」


妹子に言いたい事たくさんあったのに…

そしたら太子は子供をあやす様にオレを撫でて教えてくれた
遣隋使の重要性や、無事帰ってきた妹子に大徳の地位が待っている事


でも今はそんな事より


「太子は…悲しくないの?」


オレがそう聞くと太子はとても綺麗な顔で言った



「妹子が絶対帰って来るって言ったから」




ああ…あの子は素直になれたんだね









end