今、僕の布団の中で猫が眠っている

正直うっとうしいけど何度蹴飛ばしてもしぶとく入ってくるのでもう放っておくことにしてる
動物虐待?違う違う、残念ながらコイツは普通の猫じゃなくて、我が家ではもはやお馴染みの猫型閻魔大王
なんで閻魔が猫型をとっているかというと、コッチに在る間は少しでも体が小さい方が楽なんだとか……それが何故猫かは謎なんだけどね(聞いたら閻魔「ねこ可愛いじゃない」とか言いそうだな)
それで、さっき我が家ではお馴染みと言ったのは閻魔は太子の前では猫型になりたがらないから
閻魔はコッチいる時たいてい太子にくっついてるから、この姿になるのはそこら辺を散策してる時か僕と二人で居る時で……

つまり閻魔がこの姿になるって知ってるのは僕だけなんだよね

それで何で今閻魔が僕の布団の中にいるかというと……

それは時を遡ること数時間
今と同じ位置で寝ている僕の前に閻魔がふわりと現れたんだ


「あれ?妹子?どうしたの?」

「風邪だよ……みて分かんないの?」


そう、僕は風邪をひいていて、今はだいぶマシになってるけどこの時は頭くらくらするし息苦しいしで、何故閻魔がいきなり現れたのか疑問にも思わなかった

「馬鹿は風邪かないんだって!よかったね妹子!君はバカじゃないよ」

……そんな僕に対して閻魔はこんな言葉を浴びせやがった

「るっせー……帰れバカ大王」

喋るだけで脳に声が響く、閻魔には僕の顔が苦痛に見えたんだろう(実際つらかった)一気に焦った表情になる

「そっか、風邪つらいよね……大丈夫?」

きっと長いこと言葉でしか聞いたことなくて風邪がつらいものだというのを忘れてたんだろうな
閻魔は僕に手を伸ばし、でもどうして良いか分からず自分の胸元に戻した

「お、おれになにかできることある?」

言葉で僕を気遣いながらも瞳は親に縋る子供みたいで、オロオロする姿に不覚にも癒された

「……じゃあ何か作って……?」

「へ?」

正直、食欲はなかったけど料理してれば少しは冷静になるかなって思った
喋るのも苦しくて、でも僕が喋らないと閻魔は本当ににどうしたら良いのか分からないみたいで


(どうしよう……なんか)


閻魔がそんな顔してると安心して眠れない


「あの……実は前回食べさせ損ねた肉じゃがを作るついでに妹子で遊んでやろうと思って来たんだけど」

「僕で遊ぶってなんだよ?」

「いや……えっとその……」

「他のものにして……」

「うん、わかった……台所借りるね」

そう言って閻魔は何度も立ち止まりながら部屋を出て行った
あー動揺しとる動揺しとる……これで「太子も風邪ひいてるんだよ」って教えてやったら泣くんじゃないかな?コレ
うん、絶対泣く……閻魔の中で僕と太子はもう呆れる程に差があるもん

でも今回は僕の為にわざわざコッチに来たんだな
いつもは偵察とか太子に会いにくるついでなのに……おしっ太子よりも早く風邪治して一緒にお見舞いに行こう


そう思いながら僕は眠りに落ちたんだ



「……もこ……妹子?ご飯出来たよ……起きれる?」

目を覚ますと髪を結んだ閻魔が僕の顔を覗き込んでいた

「閻魔……髪どうしたの?」

「え?ああ料理すんのに邪魔だから……」

今度コイツが来た時は一緒に料理しようと思った

「それより、ほらご飯だよ。病気の時は栄養がつくものがいいと思って」

閻魔は枕元に置いていたお盆から大きな丼ぶりを持ち上げて僕に見せる

カパッと蓋を開けるとそこには……

「閻魔特製カルビ丼とまむし酒だよ」

いや、なんか匂いからして嫌な予感がしてたんだけど
僕はガクッとうなだれた


(お見舞いスキルが太子以下の奴って初めてみた……)


閻魔と太子を同一視してるわけじゃないけど、こういう的外れな親切は似てると思う(あと僕に散々迷惑かけるとこ)


「食べないの?」

「食べるよ……」


味は美味かったけど……流石にまむし酒は無理だった


「閻魔は本当に器用だよね」


僕なりに精一杯の褒め言葉で皮肉で素直じゃないお礼の言葉だった
それを聞いた閻魔は一瞬きょとんとして、小さく笑った


「オレは……妹子みたいに苦手分野でも頑張ろーとする人を、器用って言うんだと思うよ」


僕の肩に布団をかけ直しながら何気なしに言った
やっぱ無器用だと思う……その言葉、僕には勿体無いよ

そして僕が食べてる間に薬を買いに行ってくれた
帰ってきた閻魔の裾が濡れてるのを見て僕は初めて雨の存在を知った


「あーほんと御免、ありがとう閻魔」

「どういたしまして、それよりだいぶ顔色良くなってきたよ妹子!良かったねー」


閻魔は笑って汚れた食器を片づけた
……一応、冥界の王にこんなことさせていいんだろうか?

でも本人が望んでやってる事だからいいんだろうな
閻魔にとっては普段出来ない事だから

僕は全然特別な人間じゃないから
閻魔に本気で友情を抱ける人間は確かにいるんだって解らせてやろう
僕は太子の部下だから閻魔の“命令”には従えないけど“心”になら幾らでも動かされてやろう


僕が生きてる内に、こんな人間も沢山いるって解らせてやろう



苦手分野だけど頑張ろう

友達として、支えになるくらい



「……さて、他になんかしてほしいことある?」

「別に……いつもどおりでいいよ」

「いつも通りっていうと?」

「いつも閻魔がウチにいる時みたいな」


ただ家の中に居て、ゴロゴロして、たまに一言二言の会話をすればいい


「わかった、そうする」



その後すぐに閻魔は猫の姿になった




……それが数時間前の話


「んのぉ……鬼男くんゴメン刺さないで!刺さないで!」

「なんちゅう寝言出してんだコイツは……」


すぐ傍に在る閻魔の頭を撫でた
風邪もすっかり治ったみたいで気分がいい

外はもう真っ暗だけど秘書の人から連絡がないってことは閻魔はまだコッチにいていいんだろう


起きたら、一緒に肉じゃがを作ろう

雨が止んだら太子も風邪ひいてるって教えてやろう

そしたら僕を引っ張って太子の所に直行するんだろうなぁ……

その場面が容易に想像出来て面白いなと思った




まぁそれまで、ここで雨宿りしてればいいからさ



ゆっくりしてってよ