最近、閻魔は太子ではなく妹子を尋ねる。ただ傍に居るぶんには煩わしさは無いのでそれは構わないのだが、妹子には一つ気になる事があった

尋ねて来る閻魔が猫型ではなく人型なのだ

猫型に感慨を覚えていた訳ではないのだか自分しか知らない閻魔の姿になんとなく希少価値を見出していた妹子は不思議な気持ちで閻魔を出迎えた

「お邪魔しまーす……なんか今日は散らかってるね」

玄関から見渡せる範囲だけでもかなりの汚れ様だと、閻魔は正直な感想を述べた

「いらっしゃい……太子が散らかしてくんだよ」

「成程ね」

喋りながら靴を脱いでいく閻魔の後頭部に妹子は疑問の眼差しを送る

どうして猫型じゃないんだろう、人間界に在るうちは猫型の方が楽だと言っていた
太子等の前では失礼だから少し無理をして人型を保っているのだと、妹子にとっては失礼な理由も言っていたのに

閻魔が顔を上げると妹子は反射的に顔を逸らした

首を傾げて己を窺う閻魔に

「何?」

と怒ったように聞けば

「なんでもない」

と苦笑いを返された

漸く靴を脱いだ閻魔はもう一度お邪魔しますと呟いてから妹子の家に立ち入った


閻魔を居間に通した後、妹子は台所へ向かいお湯を沸かす

その間に甘い茶菓子と家の中で一番高級な茶葉を用意する
閻魔は南国の甘い果実を絞った汁を好んで飲む為、お茶は滅多に口にしないらしい
普段これとは比べ物にならぬ程高級な茶を飲んでいる太子よりは美味いと感じてくれるだろう

薬缶から立ち上る湯気を見ながら妹子はぼんやり考える

以前ならこうしていると猫型をした閻魔が自分の足下にじゃれついてきた筈だ
妹子はそれを両足で挟んだり踵で軽く小突いたりしながら構っていた

完璧な猫扱いだ……それが嫌になったのだろうか
もう自分と閻魔は気安い関係ではなくなってしまったのだろうか

なら何故、以前より尋ねて来る頻度が上がったのだろう

そうしている内に湯が沸いた

「お待たせ」

「あ、妹子ありがとう」

「……なにしてんの?」

「えっと片付け……触って良いもんかどうか迷ったんだけど……」

ここまで太子が汚してる部屋だ
今更触られて困る物はない

「ううん、ありがとう助かるよ」

そう言うと閻魔は本当に嬉しそうに笑った
それを見て妹子はやはり嫌われた訳じゃないんだなと安堵する

「それよりお茶、冷める前に飲んじゃってよ」

「うん、頂きます」

そう言って座布団に腰を下ろした閻魔は両膝を立てた上に肘を置き両手を組んだ

「ねぇ閻魔?アンタ死者を裁く時もそんな姿勢悪いの?」

「いーや、ちゃんと背筋ピーンと張ってるよ?じゃないと相手に失礼じゃない……体育座りじゃ威厳が無いって秘書も煩いし」

「体育座りでも無いだろソレ、なんか骨盤痛くなりそう」

「そぉう?結構楽なんだけどな」

(さすが軟体生物……)

猫の時は気付かなかったが閻魔は立っている時も座っている時も色んな姿勢をとる
変な所に挟まったり頭だけ埋まったりするような奇抜さは無いが見ていて飽きない
とにかく閻魔は自然体でいるのだと感じた、それなら人型と猫型、両方知っておくのも悪くは無いなと思う

「このお茶美味しいねー流石妹子」

「甘くなくて良かった?」

今更になって隋から持ち帰った甘めのお茶の事を思い出した

「うん、妹子の淹れてくれるお茶美味しくて好きー」

「……初めて言われた」

閻魔の茶の方が美味いと知っている
だがきっと閻魔にとって重要なのは妹子が淹れたという事実なのだろう

そんな閻魔であるが少しでも美味しいと感じて貰いたくて高級品を出してみたのだが
それでも閻魔の中の妹子には敵わないらしい


無意識に笑みが浮かぶ


妹子が自分の為にしてくれる事は特別嬉しい

……そう、閻魔から言われたことがある

その時はまだ一方的だった関係がだんだん形を変えていって

今では、

閻魔が自分の為にしてくれる事を特別嬉しい

けして恋愛感情ではない其れは妹子の心の中で日溜まりのように揺らいでいた


「ご馳走様……さて、片付け再開しようか」

お茶菓子を全て平らげた閻魔は塵を回収し始めた

「え?いいよ!僕が後でするから!」

慌てて止めると妹子の方へ向き直り

「オレが落ち着かないのっ」

と、言った
妹子は首を傾げる

「閻魔ってそんな綺麗好きだったっけ?」

「否、オレの部屋も結構散らかってるけど」

閻魔は手を動かしながらポツリポツリ言葉を落とす

「なんかここが散らかってると……」

「うん」

「妹子の部屋らしくないっていうか」

「……それで落ち着かないの?」

「……え?」

自分でも変だと思ったらしい
閻魔は動作を止め妹子の方をじーっと見た
多分頭の中は疑問符だらけだろう

「あーー……」

話題を変えよう、妹子は思った
折角だから最近疑問に感じている事を聞いてみる事にした

「閻魔さぁ、なんで最近太子の所じゃなくて僕の所に来るの?」

別に迷惑じゃないけど……と付け加える

「えっと……それは……暇になったからだよ」

たっぷり時間を掛けて出した答えは「暇になったから」という質問の主旨から外れたものだった

「どういう意味?」

「えっと太子はいつも凄く楽しそうだから、一緒にいるとオレも同じくらい楽しくなるんだ」

「うん」

「だから……悲しい事とかあると太子に会って楽しい気分になろうと思うんだけど……最近悲しいと思う事がなくなって……」

「そう……なんだ」

しかし、そう言う顔はなんだか悲しそうだった

「でも……そしたら今度は淋しくなって」

だんだん小さくなる声を妹子は必死に拾った

「そういう時、逢いたくなるのは妹子なんだよ」

予想外の言葉だったが妹子にとっては驚くような事でもない
当然といえば当然の事だ

「妹子の家は、なんでも無い日になんの用事もなく来れるから……」

「違うでしょ」

勿論それもあるだろうけど

「僕に逢わないから淋しいって思うんでしょ」


悲しみを解消するなら他のコトで構わないけど

淋しさを解消するにはその原因になったモノをどうにかしなきゃいけない

「……やっぱそうなのかなぁ?」

閻魔は情けなさ気に溜め息を吐いた
それとは反対に妹子の気分は上昇する

「じゃあさ、ついでに聞くけど閻魔なんで最近猫型にならないの?」

本当はどうでもいいんだけど、ついでだから……と念を押す

「それは……」

更に言いにくそうにしてチラチラ見上げてくる閻魔に妹子は目で促す

「えっと……なんか猫のまんまだと妹子と仲良くなれないような気がして……怖くて……」

澱んだ口が零したのは今度こそ予想外の言葉だった

「へ?」

「妹子ってさぁオレを人間扱いしてくれるでしょ?」

「へ?」

確かに普通の友達感覚で接しているきらいはあるが、閻魔が神であると忘れたことは一度もない

「それでも絶対的な存在じゃないでしょ?妹子には太子がいるから」

「それは……あるかもしれないけど」

「それがオレには心地良いの」

普通の人間と普通の友情を築けているのが涙が出る程嬉しい

それは妹子からも望まれた関係だったから尚更

「だから自分を人間扱いしてくれてる人の前で猫の姿してちゃいけないなぁって……」

「別に気にする事ないのに」

「だ、だって妹子、オレが猫の時は撫でたり抱き上げたり……に、人間の時は絶対的しない事す……」

言い終わる前に頭にぽんと手を置かれた

「姿とか関係ないから……」

そして軽く撫でられる

「閻魔は猫型の方が楽なんでしょ?なら猫型でいてくれた方が嬉しいな……」

「でも!」

「僕にしてみれば閻魔も猫閻魔も両方同じバカでアホでウザい変態なオッサンだよ」

「酷ッ!!」

「でも親友には変わりないから」

「……」

「そりゃ猫の時はちょっと甘いかもしれないけど……それは猫を可愛がってんじゃなくて閻魔を可愛がってんだよ」


だから気にするなと言われた閻魔は

目をパチクリさせ俯いた

そして次の瞬間、ぽぽんという効果音と共に煙が立つ


「やっぱり猫のままでいる……そっちのが楽だ」

「でしょ?」


煙の中から出てきた閻魔に笑いかける妹子

閻魔は盛大な溜息を吐き……


「顔紅くなってもが気付かれないし」


妹子に聞こえないようポツリと呟いた





END




PresenTrue=PRESENT(現在/贈物)+TRUE(実現する/叶う)の造語