忘れてしまうのは人の性
その性を捨ててしまってはいけない

失った愛しい人を
ずっと憶えているのは辛い



--赤と黒の結び目--



閻魔は妹子に時々とても切ない目を向け、原因は妹子に関係ある事だったり全く別次元の事だったりもする
どうせまた一人別次元で後ろ向きなこと考えているんだろう、そしてそのうち自己解決してしまうんだ……と妹子は放っておくことに決めた
振り回されるのは御免だ
それよりじっと傍を離れずに居た方が閻魔も安心するだろう

「妹子は太子の事がほんっと大好きなんだね」

とはいえ溜め息を吐かれながらこのような事を言われると勘違いしてしまいそうになる

「何を今更……」

「だって妹子さっきから太子の話しかしてないもの」

「それは……」

共通の知り合いが太子しかいない為か閻魔いつも太子の話になってしまうだけだと、そう考えて
妹子の頭にふとある疑問が浮かび上がった

「閻魔はあんま秘書鬼さんの話しないよね?秘書の――鬼男くん?だっけ……付き合ってるのは知ってるけど」

すると閻魔は暫く沈黙し

「えっと……なんかもったいなくて」

苦笑いを漏らした
妹子には閻魔の思考回路が何となく分かる
もったいないとは
“鬼男くんの事を他人に話すのが”或いは“折角、妹子といるのに”
どちらかの後に続く言葉なのだろう

「そういえばあんま冥界の話もしないよね?話しちゃいけないの?」

「そういう訳じゃないけど……でも別に面白い事ないよ?」

「あるでしょ?周りでこんな事が流行ってるとか、友達とこんな事したとか」

「ないない、だって友達いないもん」

「え!?恋人いるのに?」

獄卒を恋人にするくらいなのだから友達も当然いるものと思っていた妹子
まさか有り得ないと閻魔は答える

(それとも閻魔にとって恋人より友達の方がハードルが高いのか?それはちょっと嬉しいけど)

閻魔の顔をまじまじと見ながら

「作ればいいのに……閻魔と仲良くしたい人いっぱいいるでしょ」

「んーー……でも今は妹子と太子がいればいいかなぁ」

妹子と太子なら絶対忘れないし、と小さく呟いたのを妹子は聞き逃さなかった

(ああ……そっか)

妹子は堪らなくなりワシャワシャと閻魔の髪を掻き乱した

「ほんと馬鹿ですね貴方は」

「は?なに!?妹子に敬語使われると何か変な感じなんだけど……」

「忘れていいんですよ?」

「へ?」

閻魔は切れ長の眼をまん丸くして妹子を見た

「あのね閻魔、僕も太子も閻魔のこと凄い大切……な友達だと思ってるよ」

「……」

「でも一生憶えておけとは思わないし、他に大切な人作ってもいい」

これは恋人じゃないから言える言葉だなと
妹子は心の片隅で思った

「これまでだって、これからだって……そうだよ?」

愛しい人を失っても
時間が経てば悲しさが薄れていく

「もちろん憶えててくれたら嬉しいけど」

いつか忘れた事すら忘れてしまう時がきても構わない
当たり前の話

「それでも……僕は何度だって閻魔の前に現れるんだから」

その度に思い出してくれたら良い
この言葉と共に

「前にも似たようなこと言ったでしょ?」

「……うん」


閻魔はまた切ない目で妹子を見た

妹子にはその原因が見当もつかない

(でも……)

たとえ原因が自分であったとしても妹子は閻魔の隣を離れる気はない


今があればそれでいい



end