オレにとっての一日と彼にとっての一日に同じ価値はないから、彼の貴重な時間は、オレの大切な時間でもあるけど、彼のは有限でオレのは無限だから
だから彼はオレに有限の想いをくれて、オレは彼に無限くらいの想いをあげれば丁度いいと思ってた

それでも望んでしまう
オレの寿命が君よりずっとずっと短ければ、この肩に背負ってる物を降ろしてしまえれば

(簡単にすべてを捧げられたのに……)

彼はきっとそんなことを思うのは馬鹿げてると笑う
ひょっとしたら哀しんでしまうかもしれない

だから内緒
絶対に内緒



「おーい閻魔ぁー」



噂をすれば影……じゃないけど、最悪のタイミングで彼らしくない(彼の上司のような)少し間延びした声が聞こえた
ずっと彼の事を考えていたからか幻聴なのか現実なのか直ぐには判断がつかない
もう一度呼ばれ、これは現なんだなと思った
どうせ彼にとっては大した用事でもないんだから無視しても良いんだろうけど、オレにはそれが出来ない

「はいはい、呼んだー?」

オレは彼の後ろへ降り立ち、ここで初めて今日が満月だと知る
一息後にはその名前を呼んでいた

「妹子」

月から落とされた光が彼の輪郭に影を造り
浅ましい想いがオレの心を占領する

「こんばんは閻魔」

「こんばんは……何か用なの?」

そう言って出来るだけ妹子を見ないように彼の隣へ移動する
そのまま地面にストンと腰掛けて彼を見上げた
逆光の所為にして目を細める

「ああ、大した事じゃないんだけどね」

「ん?」

「はい、これ」

そう言って手渡されたのは綺麗な一枚の貝殻

「閻魔にあげるから」

「……え?」

意味も解らずその貝殻を見詰めていると妹子が照れくさそうに語り始めた

「ねぇ知ってる?貝殻ってね同じ貝のものじゃないと絶対に合わさらないんだよ」

「へー……妹子と太子みたい」

「……ちょ!話の腰折らないでよ!!」

真っ赤になって震える妹子をみて苦笑い
自分の言葉に自分で傷付くなんて馬鹿みたいだ

「とにかく、その貝殻の相方は今もどっかの砂浜にあるか……この世界の一部になってる筈なんだよ」

「で?」

それをオレにくれてどうするの?

「閻魔、この世界と自分を繋げる物が欲しいって言ってたでしょ?」

「……あ」

そういえばそんなことを言った気がする
そっか妹子覚えててくれたんだー

「ありがとう」

「んーあんま嬉しそうじゃないね」

「ううん、嬉しいよ……あ、ありがとね」

無償の優しさとか本当はオレが与えなきゃいけない方なのに、きっと彼が与えてくれる物の事をそう言うんだろうと思う

(でも、)

もし彼が見返りを求めてくれていたならその方が嬉しかっただろうな

「閻魔?どうしたの?」

妹子が心配そうに覗き込んでくる
オレの気も知らないで

「優しくしないでよ……余計惨めになる」

妹子は一瞬怒った表情になったけど、すぐそれは憐れみに代わる

でも全部わかった訳じゃない
オレの気持ちはそれくらい妹子の中じゃ有り得ない事なんだ

「ゴメンね、折角妹子がオレの為に取ってきてくれたのに……本当に」

「帰るな」

もう一度謝ろうとして言葉を遮られた

「冥界に帰るな、ずっとコッチにいろ」

「な……?」

「僕が優しくなかったら多分こう言ってる」

見上げるとオレが一番見たくなかった、今にも泣き出しそうなのに必死で我慢してるような顔
でもオレを見る瞳はとても暖かくて柔らかい

「まぁ行き来は自由だし、そんなこと言ってもアンタ困るだろうから今まで黙ってたけど」

「どうして……?」

「友達は近くにいた方がいいに決まってるでしょうが」

「え?いや確かにそうだけど……嬉しいけど……無理だし」

混乱して涙が出てきた
全然止まらない

「ちょっと、どうして泣くかなぁ」

妹子は呆れた様に呟いた
先程とは違う笑顔を浮かべて

「……だって」

もうヤだ……
妹子の顔とか声とか仕草全部が涙腺やその他諸々を刺激されちゃってる

「妹子の馬鹿ぁ」

オレだって閻魔の癖に全然悟りきれてない馬鹿だけど妹子よりはマシだ

「どっちが馬鹿だ、自分で優しくするなって言ったくせに」

「うぅ……馬鹿ぁ」

優しくても優しくしなくても一緒じゃないか!!

なんで拒絶しないの?
オレなんか妹子の為になにも出来ない
何でも出来る力を持ってるのに何にも出来ない

だから優しくしないで!!

泣きながら頭の中で繰り返した

妹子はオレが落ち着くまでずっと傍にいてくれてた


「ごめん……もう大丈夫だよ妹子」

「ほんと?」

「ほんと、これありがとう……有り難くいただいとくよ」

君の優しさ、大事にする

「もう帰らなきゃ」

と、言うと

「そっか」

と、言って手を貸して立ち上がらせてくれた

「コッチにずっと居るのは無理だよ……」

ポツリと言えば

「分かってるよ!僕は優しいから許してあげる……だから閻魔も許してね」

そう言ってオレの前をスタスタ歩き出した


ああ……待ってよ妹子


「オレに運命の人はいないから」

こっちを向いた妹子に
オレはオレが出来る最高の笑顔を作った

「君と太子は運命で繋がっててね、来世も絶対に太子と結ばれるんだ……だから安心して?君の一番はずっと太子の侭だよ……」

「閻魔……」

「まったく……羨ましいよ」


本当はオレだって

輪廻の中で君と同じものになりたい

同じ世界を巡って

六道の何処へ往っても君が伝わる位置にいて

いつも君より少しだけ早く死にたい

それを永久に繰り返したい



それが運命じゃないとしても





* * *





閻魔が消えた後も僕は暫くその場から離れずにいた

ポケットの中から貝殻を一枚取り出して掌の上で撫で転がす

閻魔に渡したものと対になる其れ


「あんま嬉しそうじゃなかったな……」


この世界にはアンタの希望はないんだなと思った

僕でもアンタの希望にはなれないんだなと解った


「でも諦めないから……」


もし、六道以外の場所に往けたら


この貝殻を持ってずっとアンタを待ってるよ




それがアンタの希望になると信じて









END