彼の人に対して優越感よりも不甲斐なさを感じた

この人の異変に初めに気付くのも同調し共に泣くのも僕の役割じゃない筈だ


世界は真夜中

閻魔がこんな風に真っ青になって玄関の前に立つのはいったい何度目だろう
僕の顔を見た閻魔はハッとした後、泣きそうに顔を歪めた
また無意識にうちまで来たのか……

「ごめん」

「いいから……早く中入りなよ」

俯いたまま僕の後ろを付いてくる閻魔、空気はとても重い

こんなことを何度繰り返せばいいのか

閻魔は出したお茶にも茶菓子にも手を付けず(目に入ってるかも疑わしい)ただ裾をギュッと握りしめて震えている


僕はそれを眺めながら閻魔が泣き出すのを待った
こうみえて溜めこみやすい人だから


『あの人を天国に往かせて良かったのか?
あの人を地獄に逝かせて良かったのか?』

なんて、過ぎた事をいつまでも思い悩んで
溜め込んだ爆弾を抱えて僕の所へやってくる
そしてその爆弾はもうすぐ爆発する

「また……悩んだってどうしようもない事を……」

僕の言葉を起爆剤にして

「……だって……だってオレ……」

人を裁く者なら誰しも持つ悩だけど閻魔の場合はそれが永遠に続くから

きっとその細い体に、想像できないような底のない絶望がのし掛かってるんだろう

「アンタが正しいかどうかなんて誰にも解らないよ」

いや……アンタの鬼達ならアンタを正しいと言う
アンタを否定することなんて出来ないから

「やだ、もう……助けて誰かッ……」

閻魔は遂に泣き出した

蓮の花弁のような爪が薄い肌に食い込む

彼の望みは想像できるけど駄目だよ閻魔
そんなこと誰もしないし、僕もしない、僕を特別だなんて思わないで
僕がするのは閻魔の言葉にならない叫びを受け止めることだけ
友達として慰めたり励ましたりもしないし、冷たくも温かくもなしない




閻魔はそのまま泣き続けた
部屋には閻魔の鳴き声だけが響いている

その間、僕はずっと見てるだけでお互い触れることもしなかった
僕は時が経つのをとても長く感じた

草木が朝焼けに輝く頃、やっと顔を上げた閻魔は申し訳なさそうに笑った


「ありがとう……少しすっきりした」

やっと空気が和らぐ
何度も頭を下げる閻魔の髪を軽く撫でる
『もういいよ』って言えない代わりに……

それから僕は閻魔に手土産を渡して追い返すよう外へ促した
付き合える限界を超えているって閻魔も解っているようで素直に玄関へ向かう

外は風もない空だった


「じゃあね、妹子」

「うん、おやすみ閻魔」


きっと泣き足りない分は帰ってひとり枕を濡らすんだと思う






閻魔を見送ったあと堰を切ったように涙が流れた

この気持ちが同情なのか庇護欲なのか分からないけど……

でも潰れてしまいそうな閻魔を守ってあげたいと思った

閻魔を苦しめる世界すべてが憎くなった

ただ話を聞いて閻魔を肯定してあげたかった

抱き締めて『大丈夫』だと言って安心させてあげたかった


でも違う
それは僕の役割じゃない

こんな風に言ったら太子に自虐的だと叱られてしまうけど
閻魔の前で僕はあまりにも無力で傍に行く事も出来ない

閻魔は何故か僕に縋ってくれるのに

一時的な優しさなんて無責任なだけだから


今だって閻魔の泣き場所になってしまったことを後悔している

でも、もう突き放すことは出来ない


せめて彼にこの嗚咽が聞こえない事を祈る
(或いは彼の秘書に聞こえていればいい)

どうか知らないままでいて欲しい
(本当は理解してて欲しい)


僕は貴方が特別だから特別扱い出来ないんだということ
(もし貴方の唯一になりたいなんて望みが叶えば、貴方を永久に苦しめることになる)



end