今夜は本当に




――月が綺麗ですね



職場から疲れて帰宅すると、ある芳醇な香りに出迎えられた
この匂いはアレだなと思いながら台所へ行くと案の定カレーの鍋をかき混ぜる彼がいた……んだけど

「なにやってんの?」

台の上に大量に積んである真っ白な団子を見ながら僕は彼に聞いた
すると彼――閻魔大王は僕に初めて気付いた様子で(気配で分かれ不用心)振り返りこう言った

「あれ?今日妹子んちでお月見するんでしょ?」

……あのアホ太子ぃぃいい!!
僕は一瞬でおおかた悟った
太子に「今度の十五夜に妹子の家で月見をしよう!妹子は仕事で遅くなるから閻魔が月見団子を作れ」とかそんなことを言われたんだろう
頼む太子も太子だけど引き受ける閻魔も閻魔だ

「え?まさか聞いてなかった?」

そのまさか
まぁ閻魔が家に勝手に入るのは今更気にしないけど(通い猫みたいなもんだし)前もって言っといて下さいよ太子……
しかしまぁそれで団子なのか、はっきり言ってカレーは要らないと思うけど無いと太子がうるさいもんね

「あ、お湯沸いた」

そう言うと閻魔はカレーの火を止め団子を茹で始める
なんだろう?なんか違和感があるな

(……あっ)

後ろを向いた閻魔の項に幾つか刺し傷を見付ける
いつもより大人しめなのはこの傷のせい?

「首の傷……なにがあったの?」

「え?ああこれ?冥界でもお月見気分を味わおうと思ってウサ耳にセーラー着てたら鬼男くんに……」

グサッとやられちゃったのか……うん、秘書さんの気持ち凄くわかる……
ていうか月見でウサギを連想するのはまぁいいとして何故そこからセーラー服を連想してしまったんだこのフェチ大王は

「冥界にいたらすぐ治るんだけど……こっちの世界だと治りが遅くてね」

「それなら治ってから来いよ……ってか、なに?その設定」

猫姿の事といい人間界で弱くなるなんて……秘書さんよく来るの許してくれてるよね

「大丈夫だよ!これでもそこら辺の人間よりは強いから!」

「でも」

「……それに、妹子もいるし……ね?」

「うっ」

遠慮がちに訊いてくる閻魔に出かかっていた言葉が詰まった

「ま、まぁね」

「でしょー」

自分を本気で頼ってくれている閻魔を、ちゃんと守っていきたいと思った
共に生きる理由がなくても、名前のない関係でも、心の繋がりだけで充分だと信じてる

想いだけなら誰にも負けない

「妹子?」

「あ……」

ボーっとしてたら心配そうに覗き込まれた

「なんでもない、ありがとね」

そう言うと、閻魔は僕をジッと見詰めたままゆっくりと目を細めていったた
そしてしみじみと噛みしめるように呟く

「妹子、太子と会ってほんと円くなったよねぇ……昔はもっと冷たくて刺々しかったのに……」

それは閻魔限定の話で普通に人当たりは良い方だったんだけど……
確かに閻魔に対する態度は酷かったと思う

「そんな僕の親友やってたのは何処のどいつかな?」

「あはは……あ、団子もういいかな?」

笑って誤魔化した閻魔に気まずさが募る
昔あまえた分、これから沢山あまやかしてあげたい

「……火傷しないでね」

茹で上がった団子を上げようと笊を準備している閻魔に声をかけた

「へ?」

優しくすると戸惑う

「ああ、気をつけるね」

でもすぐに照れたように笑う閻魔

今、この人の前で素直でいられるのが太子のお陰なら感謝してもし尽くせない
こんな(お月見なんて)楽しい我儘なら幾らでも聞いてあげようと思う

「妹子疲れてるんでしょ?休んでていいよ、後はオレがやっとくから」

手伝いたい気持ちでいっぱいだが、これから太子の相手をしなきゃいけないと考えたら少しでも身を休めていた方がいいだろう
僕はお言葉に甘えて一足先に縁側に向かった
そこには既にススキが飾られていてなかなか月見らしい雰囲気が出ていた

「よしっ!後は太子が来るの待つだけだね」

「うん……あ、そうだ閻魔」

「なに?」

「折角太子が呼んだんだからちゃんと最後まで付き合いなよ?変な気ぃ遣って途中で帰るとか無しだから」

「ギクッ!なっ?妹子なんでオレの考えてる事……」

ギクッ!とか声に出すな馬鹿

「そりゃわかるよ……付き合いだけなら太子より長いんだから」

こんなこと言ったってどうせ先に帰っちゃう事もわかってる
たしかに僕は太子が好きだけど、それでも閻魔を邪魔だなんて思ったりしないのに
思い込み激しくて面倒くさい……でも、閻魔のそんなとこが良いなって思う

「あ、妹子みてみて!月が綺麗だよ」

「ほんとだ、綺麗ですね」

ま、いっか
太子が来ればどうせお月見どころじゃなくなるんだから
今だけは仲秋の名月を二人じめしておこう




end