なんなんだろう……この人は……この姿で人と呼んでいいのか微妙だけど、家主のいない部屋に勝手に入り書物の類を漁るなんて人として間違ってるだろう

「スパイか泥棒にでもなったつもりですか?」

僕の吹き出しが閻魔の胸にグサッと突き刺さるのが見えるようだった

「……」

わざとらしく微笑みながら手を伸ばすと逃げ出したので僕は素早くその尻尾を掴んだ

「だぁぁーなにすんの!!痛いじゃない!!」

「貴方が逃げようとするからでしょう?大王様?」

「いやー!なんか変な感じするからその呼び方はやめてー!」

閻魔は嫌がったがこっちは嫌がらせようと言っているのだから当然だ
僕からの慇懃な態度や言葉遣いが苦手だと知っているから怒る時はわざと使っていた
三百の獄卒を統べ、一等近い存在の秘書からも丁寧に扱われる閻魔
尊敬も謙譲も僕以外からなら甘んじて受けとるのに、僕からは頑なに拒否してくる
閻魔のそんな無意識に発せられる特別視が小気味良かった

「……ったく、閻魔」

そうこう考えてる内にいつの間にか怒りが静まるのだから僕も大概閻魔が好きなんだろう
勿論それは友人として、神様として崇拝するのはその他大勢と同じみたいで気に障るから

「僕の部屋でなにやってたの?」

「……」

僕の家の中だと当たり前過ぎて言い忘れていたけど、例の如く猫姿な閻魔
僕が見ると気まずそうに顔を逸らした

「言わないと怒るよ」

「言っても怒るでしょ?」

閻魔の頭を両手で挟んで無理やり僕の方を向かせた

「怒るかどうかは理由を聞いてから決める」

そのやっちまった感が溢れてる顔を見たら許す気も失せるが怒る気もさらさら感じなくなるんだけど
何秒か見つめ合った後、閻魔は漸く口を開いた

「……手紙」

「へ?」

「妹子さ……太子からよく手紙もらう癖に返事出さないでしょ?太子が不満そうだったから……探しにきた」

探しにきたって……僕の返事を?

「そもそもそんな物存在しないんだけど」

「てっきり書くだけ書いて出してないのかと思った」

「馬鹿じゃないの」

なんだよその妄想は……人を頭ん中で勝手に乙女化しないでほしい

「だいたい太子からの手紙って一方的な呼び出しで返事を書くような内容じゃないから」

「え〜オレだったら鬼男くんの手紙ならどんな内容でも絶対返事書くし、大事に保管しとくのに」

なんだろ……めちゃくちゃカチンときた
普段あんま秘書さんの話しなうからか、たまにされると効果は絶大だ……僕はそんな簡単に打ちのめされたりしないけど

「……ていうか手紙って苦手なんだよね……会って話した方が早いでしょ」

「そお?」

今更怒りが込み上げてきたのか……常時だったらなんてことない首を傾げる仕草にすら苛つく

「そうだよ」

「ふーん……そっかぁ……」

不機嫌を露わにした僕に閻魔は動じる事もなく何か含んだように呟いた

「そんな事より、早く片付けてよ」

閻魔が散らかしたんだから元通り綺麗に整頓してくれないと今度こそ本当に怒りだしそうだ

「うん、わかったー」

「あと夕ご飯は好きなもの作ってもらうから」

「うん、わかった!何がいい」

「アンタが片付けてる間に考えとく」

「了解!」

僕に怒られなかった事が嬉しいのか、閻魔はご機嫌に片付け始めた
それを部屋の隅で観察しながら僕は夕ご飯のリクエストを考えることにした



次の日の朝
僕が寝ている内に帰ったのか、目覚めると家の中から閻魔の気配が消えていた
二人で酒を飲み出してからの記憶がないので恐らく閻魔が酔いつぶれた僕を布団まで運んでくれたんだろう
朝ご飯は昨夜作って貰ったご馳走の残りにしようかなんて考えながら起き上がると、枕元に何か置いてあるのに気付いた

「ん……え!?」

妹子へ、と書かれてある若草色の封筒だった

「……はぁ」

昨日の様子でなんとなく何か企んでいるなとは思っていたが、これだったのか
その『手紙』をポケットへ仕舞い立ち上がる、読む前に顔を洗おう

(まぁ閻魔らしいけどね)

顔を洗い終えてから食事用の台の前に座る
中身を切らないよう注意しながら封筒にハサミを当てた
その間、僕は頬緩みそうになる頬を引き締めていた
誰も見ていないから別に我慢しなくていいのだけど微笑んでしまうと何かに負けた気がする

手紙にはこう書いてあった

『妹子へ、突然のお手紙ごめんなさい。ふふ…ビックリした?昼間あんなこと言ったけど実はオレも手紙なんて初めて書くんだ(仕事ならあるけど)だから変なとこあるかもしれないけど許してね。えっと…何て書いていいか分かんないけど折角だから普段あんまり言えないオレの気持ちを妹子に伝えたいと思います。』

一枚目には此処まで書いてあった、少し緊張しながら捲ると二枚目には、たった一行だけ

『君と出逢えて良かった。大好きだよ。閻魔より』

書かれていたのは、たったそれだけ
閻魔の気持ちなんて知っていた筈なのに、なんでこんなに胸が締め付けられるんだろう
『大好き』なのは傍にいて確かに感じていたけど、こうやって形にされるといっそう鮮やかに見える
それに『出逢えて良かった』って、あの閻魔に、そう思ってもらえてたなんて

「あーもう……」

結果は僕の完敗だった
成程、確かに手紙を貰うと嬉しいもんなんだな
悔しいけどこの上ない方法で思い知らされてしまった

「……」

僕は自室へ戻って閻魔からのそれを手紙専用の箱へ仕舞うと紙と墨を取り出した
太子へ、今までの返事を書く
手紙なんて慣れてないから普段の書類と変わらない堅い文章だけど、あの人ならきっと喜んでくれる
そして閻魔にも、彼が苦手とする敬語で返事を……閻魔ならその中に隠された親愛の情にきっと気付いてくれるから



『ありがとうございます。僕も同じ気持ちです。』



貴方と出逢えて本当に良かった






(しかし、書いたはいいけど照れくさくて渡せないなコレ)

太子への返事は投函できたけど……そもそも冥界へどうやって送ろう
多分閻魔の方も恥ずかしがって暫く来てくれないだろうし……


「うーん」


そんな訳でその手紙は閻魔が忘れた頃に手渡すことになったのだった




end