空から降りてくる動物といったら、そりゃあ鳥だけど、我が家では真っ黒い猫が定番だった

「妹子、妹子、妹子ーー!!」

猫のクセに猫らしくない仕草で僕の腹に突進してきた閻魔
痛みを堪えながら閻魔を抱き上げると喉がゴロゴロ鳴っていて
僕はまだ何もしてないのに既にご機嫌なんだとわかった

「どうしたの馬鹿猫、なんか良いことあった?」

「ふっふふ〜」

馬鹿猫と言われても特に引っ掛からない……これくらいの罵倒は慣れっこなんだろう
そう思うと何だか悔しくてこの人の秘書さんにもっと上司を敬えと言いたくなる
まぁ彼も僕には言われたくないだろうけど

「妹子ぉ」

顎の下辺りにぐりぐりと頭を押し付けて甘えた声を出す閻魔
人型だとキモいオッサンなのに猫型だとカワイイと思ってしまう
多分そこまで計算してやってんだろうな……鬱陶しい
まぁ迷惑被るのは僕だけだから構わないけど、他の人に同じことやってたら流石に注意する

「にゃははー」

「閻魔?なんか酔ってる?」

お酒の匂いはしないけど代わりに何か変な匂いがする

まさか……これは……

「閻魔、勝手に僕の部屋あさらないでよ」

「だぁってぇーなんか良い匂いするなぁと思ったら体が勝手にぃ」

「語尾を伸ばすな気色悪い」

「ひどいにゃー」

にゃはははは

……これ笑い上戸なのか?人型ん時は酔わないから初めて知った

「でも妹子なんで“マタタビ”なんて持ってたの?オレの為?」

「部下がくれたの!」

先日、僕の家の近くを通りかかった部下が偶然この閻魔と一緒にいる所を見たらしい

「妹子様、猫飼ってるんですか?って聞かれたよ」

「ふーん……妹子なんて答えたの?」

「うちに寄り付いてるだけって言っといた」

「そんなぁ人を猫みたいに」

「猫でしょうが」

「ふふふ」

僕の首を咬んだり舐めたりしだした閻魔を制止して床に落とす
そしたら今度は足元に絡み付いてきた……甘え上戸?

「その部下さんがマタタビくれたの?」

「うん、まぁね」

閻魔を足にくっつけたまま奥の、マタタビが置いてある部屋まで歩いた
部屋の真ん中に胡座をかくと閻魔は僕の膝の上に乗ってきた

「特等席ぃーははは」

ゴロゴロ言いながら目を気持ちよさそうに細める

「閻魔?寝る」

「妹子が一緒に寝るなら寝るー」

信用されてるのか、それとも僕なんて警戒するまでもないのか、とにかく弱点剥き出しだ
このマタタビをくれた部下も「凄く懐いてるから飼ってるのかと思いました」と言っていた
僕は閻魔にとって安らげる場所なのかもしれない

でもそれは今だけ
この人は僕が死んだら今度は誰を拠り所にするんだろう……

「どうしたの?」

閻魔の満月みたいな目にじっと見つめられる

「は……い?」

「なんか悲しい事でもあった?」

「え?」

気付いたら耳と尻尾だけ残した中途半端な猫人間に抱きしめられていた

「閻魔?」

完全に戻れないのはマタタビの効力か、神をも凌駕するとはおそろしい
そして少し猫成分が残ってるだけで突き放せないなんて僕もたいがい猫好きなんだと思った

「傍にいるだけじゃダメ?」

耳元に籠もる声
胸が締め付けられたように苦しくなった

「それは……そっちの台詞でしょ?」

閻魔は僕から身を剥がして震えだした
傍にいるだけじゃダメなのは閻魔の方だから……だからこんなに胸が苦しい

「なに言ってるの?」

そう言って笑う閻魔を見てられなくて僕は手を伸ばして転がってるマタタビを拾うとその口に突っ込んだ

「……んぐっ」

そのまま唇で塞ぐ
抵抗する手を自分のものと絡める
マタタビを閻魔の口の中で転がしていくとだんだん甘い声が漏れるようになった

普段、けして愛を語らない唇が口付けの時だけ雄弁と語る
それが酷く本当のようで一層切なくさせる

「……閻魔」

唇を放すと力の抜けた閻魔は僕の胸に倒れ込んでくる
その体を優しく抱き締めると閻魔は嗚咽を漏らし始めた
マタタビは閻魔の口から転げ落ちてどこかへいってしまったようだ

「今だけじゃダメかな?」

別れが来るのはどうしようもないんだ

「生まれ変わってもアンタを好きになるから」

本当は自分の生まれ変わりにだって渡したくない大切な人
ここで突き放すのが優しさなのかもしれない
今なら綺麗な思い出のまま終われるのかもしれない

「アンタはどう思う?」

気持ちを聞かせてくれたらそれに従う
酔った勢いで本音を言ってしまえばいい


「オレは……」



閻魔の言葉を聞き終えたと同時に
僕はその唇に吸い付いていた






end