※恋愛未遂の続き






オレが初めて妹子の記憶を奪ったのは妹子が蘇我入鹿の謎を知ってしまった時だった
いつの間にか閻魔庁に侵入したらしい妹子が彼の罪状を全て調べあげたんだ
それ程までに入鹿の天国入りが納得いかなかったのか、それとも……今思えばオレが入鹿に同情的に接していた所為かもしれない

妹子は案外嫉妬深い



倖福論



妹子の中からオレに関するすべての記憶を消した
だいぶ遅れてしまったがこれで妹子を輪廻の輪に還せる
これで久しく逢っていない大切な人達とまた逢えるんだ……妹子は

そう思うと堪えきれなくて目の前で眠る青年の額に軽く口付ける
目を醒ませばオレの事なんかなにも知らない普通の人間だ
否、ずっと前は普通の人間だった……それを異常な者にしたのは己自身

妹子がまだ生きていた頃から
純粋な友情の他に羨望や慈愛や尊敬や独占欲、オレ達の関係性からは有り得ない忠誠心までくっ付いた想いを抱いていたように思う

当時のオレにそれでよく友達でいられたもんだねって言ってやりたい

初めに心を絆されたのは妹子の声にだった
その声が紡ぐ言葉にどれほど救われたかわからない
次に強くて……でも優しい瞳に目が離せなくなった
健康的でオレとは正反対の肌色も光に当たると茜のように輝く髪もオレを撫でる拙い指も
なにもかも失いたくないと思った

いつの間にか六道で一番好きになっていた
きっと六道が百道あろうと一番は永久に変わらないとか、そんなこと考えちゃうくらい好きで
でも妹子の立場を考えたら伝えられる筈なくて

なのに……なんで君は言っちゃうかなぁ……

妹子の様子からきっと衝動的に言ったんじゃないと判断できる
ずっとずっと言いたくて言えなくて
妹子だってオレと同じくらい悩んだんだと思う

それでも……

「ん、」

「ッ!」

妹子が起きそうだ
早くこの場から離れないと、と踵を返すと後ろから足をガシッと掴まれて

「うわわっ!?」

オレは前に倒れた
妹子はそんなオレに馬乗りになって肩を押さえつける

「な……なにす」

「それはコッチの台詞だよ」

閻魔、と名前を呼ばれオレは瞳を見開いた

「妹子……記憶は?」

「消えるわけないでしょう?」

「なんで!?」

そりゃオレの術だって絶対なものじゃないけど、妹子みたいな普通の人間には効くはずだ

「なんでって……アンタのことは世界が壊れても忘れないって心に決めてるんだよ!」

半ばヤケのように叫ばれた言葉を脳が理解するのに数刻の時間を要した

「妹子……」

本当にそんな理由でとは思わないけど妹子がオレのこと忘れないでいてくれたのは素直に嬉しかった

でも……そしたらオレはどうしたらいい?

「諦めて僕の愛を受け取ればいいんだよ」

「妹子エスパー!?」

何故オレが思ったことが分かるんだ!?

「そんなの瞳を見てればわかるって」

「……」

駄目なのに……好きだなんて言うのも言われるのも……駄目なのに

妹子とは生きる世界が違うのに、ずっとオレの世界に縛りつけたくなる
今だっていつも一緒に居たいのに、もうこれ以上、離れるのなんて堪えられなくなる

「特別なものなんてなにもいらない……友達の時に充分特別扱いして貰ったから」

妹子の指がオレの髪を横へ梳いた
出逢った頃と比べると僅かに伸びた黒髪は妹子がオレの体で唯一気に入ってる箇所だった

「ただ好きでいさせてくれたらいい」

妹子の唇が耳元へ落ちてきて真摯な響きに満たされる

「幸せにするから……ね」

妹子がいれば、その言葉はきっと真実になるし
大好きな人にそんなこと言われて信じられない様な奴なら、この先どうしたって幸せにはなれない

「いいの?妹子……本当に?」

でもやっぱり不安で

「なにが?」

「オレなんかに好かれて迷惑じゃない?」

すると妹子は心底呆れたという顔をして、その後バカだなぁと微笑んだ

「閻魔……アンタがいればなにもいらない」

「……も」

「オレも?」

意地悪な妹子はオレが小さく漏らした呟きを拾い、続きを促した

「大好き、君がいればなにもいらない」

オレが首に抱き付くと意外と逞しい腕で抱きしめかえしてくれた

思いが通じ合っただけでお互いの立場が変わるわけでもなく
何の解決もされてないのだと頭の冷静な部分が静かに告げる

でも今は……
今だけはこの倖福に身を委ねていたい



この愚かな私をどうかお赦し下さい



end