ゴメン…私どうかしてた

君に愛されたいなんて……

そんなの願う事すら赦されない…

裁く者のいない私に罪など在りはしないけど



【神壊サナトリウム】




目の前に広がる赤い海
それを創っているのは紛れも無く……

「鬼…男くん?」

……私の秘書だった

「…鬼男くん!!鬼男くん!!」
「閻魔大王落ち着いて!!」

どうしてこんな事になったのか考える余裕なんて無かった
ただ私は侍者を振りほどいて彼に縋りついた

「鬼男くん!鬼男くん!!鬼……」

その間にも彼からはドクドクと血が流れ続ける

「大王!退いて下さい、今から治療室に運びますから」

私は彼から引き剥がされ
彼は担架に乗せられた

「待って!私も一緒に」
「大王は此処にいて下さい!!」
「ヤダっ私も……」

私が此処を離れられないのは分かってるけど……

「鬼男さんの事は僕達に任せておけば大丈夫ですから“閻魔大王は役目を果たして下さい”」
「……」

彼を乗せた担架はもうとっくに部屋を出ていた

「鬼男さんは大丈夫です」

残った鬼から優しく抱き締められる
私に安心して仕事をさせる為に……

「分かった…」

彼も鬼だ
あれくらいの傷で死ぬ事は無いだろう
私は彼を刺した男へ向き直った
屈強な鬼達に取り押さえられた男は尚も獰猛な眼で私を睨んでいた

「もう一度言う……アンタは地獄行きだ」

私が睨むと男は大人しくなった
『地獄行き』を命じられ逆上したこの男が私を刺そうとし、それを彼が庇ったのだ

「どうした?早く連れて行け……」
「あ……はい、オラッ立て!!」
「ぐっ……」

鬼達に連れられ地獄の門をくぐる男を見送った後
椅子に座り深く息を吐いた

「閻魔様お召し物を替えましょう」

侍女が入ってきて言った
私の服を見ると、なるほど先程の彼の血がべっとりと付いていた

「今、別のお召し物をお持ちします」
「……いいよ……今日はこのままで」
「しかし……それでは此処へ参られる死人達がびっくりしてしまいます」

ああそうか……なんかもう全てがめんどくさい
今日はこれで切り上げて帰ってしまおうか……そんな訳にもいかない

(鬼男くんに怒られちゃうもんね)

「うん、分かった……お願いね」
「はい」

服を着替え仕事を進めていく
時折、彼の容態を尋ねると、その度に彼が順調に回復していると知らされる
そうだ彼は“鬼”なのだから私なんかよりずっと丈夫だ

(ただ私より先に死んでしまうけど……)

鬼が死ねば修羅となり
いずれ人間として再び私の前に現われるだろう

私と彼は全く違う存在(モノ)
六道の中にあって唯一巡らぬ魂

『十王』

私もその眷属
定めの無い時に至るまで永遠に死人を裁き続ける

後任が現れれば話は別だけど……


「大王お疲れ様です」
「もう……こんな時間か」

閻魔庁に日が没ちる
今日の業務はこれでお終い

「それで鬼男さんの件ですが」
「うん」
「もう体も充分回復し、本人は明日からまた仕事に戻れると申しておりますが大事を持って二、三日休ませ」
「いや……」

私は鬼の言葉を遮ぎり冷たい声と口調で言った

「明日からもう来なくて良いと伝えよ」

私の言葉に周りがざわめく

「大王?」
「聞こえなかったの?あの鬼に明日からもう来なくて良いと伝えて欲しいんだけど」
「何故ですか!?閻魔様!!」

私の気持ちを唯一知っている侍女に大声で問い質さされた

「あの程度の攻撃も防ないような秘書なら要らない」

周りから口々に『酷い』だの『アンタを庇って怪我したのに』だの言われる

「黙れ!!閻魔大王だって辛いんだ!!」
「!!?」

見ると彼が刺された時、最後まで部屋に残った鬼が叫んでいた

「大王……僕は知っています。貴方が鬼男さんを本当に信頼し友人の様に思っていた事を」
「……な」
「だからお辛いのでしょう?彼が自分の為に傷付いた事が…怖いのでしょう?彼を自分の傍に置いてこれ以上傷付けるのが」
「……ッ!」

全くもってその通りだが、余計なことを言ってくれる
先程まで私を責めていた周りの視線が憐れみに変わってしまった
此処に居る誰かから彼の耳に入ってしまったらどうするんだ

私の本音なんて……

「鬼男さんの正式な後任が決まるまで僕が代わりに秘書を務めましょう」

「……分かった……任せるよ」

その後、私は皆に『鬼男くんには私の言葉だけ伝えて余計な事は言うな』と命じて家に帰った


――……あれから二週間

彼とは会っていない、だってクビにした手前会いにくいし
顔を見れば墓穴を掘ってしまいそうな気がして……やっと自分から彼を手放せたというのに

「大王、本日の死人名簿です」
「うん、ご苦労様」

当面、私の秘書をやってくれるという鬼

彼とまではいかないがソコソコ出来る人だと思う
尤も長年私の秘書を務めた彼と比べるのは酷な話だが……
そういえば急に無職になっちゃったけど大丈夫かな?

(まぁ鬼男くん程の人材だから閻魔庁の中だけでも欲しいって機関はいっぱいあるよね……観音様んとことか平和でいいかも……)

ただ彼のことだから当分の間は不貞腐れてるかもしれない
それかもう私の世話を焼かなくていいって清々しちゃってるかも





「夕子さんとその飼い猫のミーちゃんだね、二人揃って天国行きだよ」

「あ!ありがとうございます!!」

本日最後の死人を裁いて、私は帰る準備を始めた

すると目の前に秘書の鬼が立っていて

「閻魔大王」
「ん?なぁに?」

私が顔を上げると鬼は人の好さそうな笑みを浮かべていた

「私から大王にお渡ししたい物があるのですが」
「え?本当ー?ありがとー」
「では僕に付いて来てもらってよろしいですか?」
「え?なに?そんな大きい物なの??」

鬼はニッコリ笑うと無言で歩きだし私は慌ててそれを追った
鬼の後を歩きながら私は何を貰えるのかとワクワクしていた
……その時、私は気付くべきだったんだ

最後に見た鬼の眼が全く笑っていなかった事を






―時間を少し逆上った鬼男の家―


閻魔の想像通り鬼男は不貞腐れていた

(クソーあの阿呆イカめ!!この俺をクビにしやがって……俺がいないと何も出来ないくせに)

仕事は出来るくせに(よくサボるけど)何処か抜けているからな……あの人
まぁ臨時の秘書はかなりしっかりした奴だから大丈夫だろうけど(きっとアイツが俺の後任になるんだろう)
あの人はふざけた所が大半だけど根は真面目で溜め込むタイプだから心配だ
淋しいのも悲しいのも全て我慢してしまうから…
あの人の周りにそれを気付ける者が幾人いるのだろう

(まぁ俺にはもう関係無いけど……アイツの事なんて……)

俺はずっとイライラしていた
自分を庇ったからって何もクビにすることは無いだろう
あの男の攻撃に咄嗟の反応が出来なかったのは確かに情けないが、死人がいきなり小刀で襲ってくるなど誰が想像出来ようか


昔の皇族でもない限り死人は人間界から何も持って来れないのだから……


……え?
じゃあ何故あの男は小刀など持っていたんだ?
人間界から持ってきたのではないとすれば閻魔庁に入ってから誰かに渡されたとしか考えられないが

いったい誰が何の為に……?

(…まさか!!)

ある最悪の答えが浮かんだ

“何者かが閻魔大王の命を狙っている”

(―――――ダメだ!!!)

その次の瞬間にはもう体が動いていた

一刻も早く閻魔庁へ
あの人が危ない
クビになろうが必要とされていなかろうが関係ない

あの人が最も信頼しているのは……
あの人を救う事ができるのは……

今のところ俺だけなんだから




To be continue