「これでよかったのかな?…」

鬼男を夢の中へ送り届けた後、秦広王は独り言のように呟いた

「変成王……」

彼は導き出せるだろうか君みたいに

“あの答え”を



―――…



鬼男は今、閻魔の夢の中にいる
入り口がイカの足みたいでウザかったが難なく入れたということは
閻魔は自分を受け容れたいと思ってくれてるんだ

そう思うと嬉しくなったが感動してる暇は無い

「早く大王を見つけないと」

閻魔大王の夢はとにかく広かった

明るく整然としている所も在れば
暗く混沌としている所も在り
幻想的な場所もあれば
現実の閻魔庁と変わりない風景が広がる

あの人らしいなと少し微笑が漏れる
あの人の夢の世界が予想通りでよかった
まだ分からない事の方が多いけど少しは理解できてたんだ

『いらっしゃい』

突然背後から話しかけられ振り返ると黒い服を着た男がいた

『はじめまして私、夢魔と申します』

「お前が……」

キッと睨み付けるとソイツはフッと笑って

『そう怖い顔、わざわざ忠告に来てあげたんですから』
「忠告?」
『貴方、此処に閻魔大王を探しにきたんでしょう?』
「そうだけど?」
『間違えないようにして下さいね』
「どういうことだ?」
『此処にいる閻魔大王は一人ではないということです』

無言で疑問符を浮かべる鬼男から夢魔はゆっくり視線を移した
その方向を見やると言葉を失った

だ……大王が沢山いる

「どういうことだ?」
『君なら閻魔大王見つけて連れ帰るくらい容易いだろうから難易度上げてみた』
「余計な事すんな!!てかどんだけ俺買い被ってんだよ!!」
『買い被りじゃないよ真実、自覚無いんですねー閻魔大王かわいそう』
「かわいそうって何だよ(お前が言うな)」
『だってあの人の立場考えたら“特別な人”作るの怖いに決まってるのに』
「!!!」

―世界は流れる―
―流れている全てのナカでオレだけが凪いでいる―

『それでも君を受け容れたいと思ってくれてるんですよ』


そう思ったら
嬉しくて心が熱い
愛おしくて胸が張り裂けそう

『閻魔大王達の所へはこの子が案内してくれますよ』

夢魔の横に突如現れたのは、紛れも無く閻魔の姿
心なしか夢魔に怯えている様にみえる

『この夢の中で一番強い子です……きっと役に立ちますよ』

それはつまり

(大王の……一番強い心)
『では、せいぜい頑張って私を楽しませて下さいね』

そう言って夢魔は消えた

「頑張ってね、俺も出来る限り協力するから」


閻魔は夢魔が消えて元気になったみたいだ
この人が本物ならありがちなオチだけど違うな
大王はこんな悪意の無い笑い方しない

(この人は……“親切な”部分かな?)

親切と言ったら、あの夢魔もそうだ
大王を乗っ取るのが目的の筈なのに何で俺に協力なんか……難しい顔をしていると閻魔が話しかけてきた

「ね?ね?とりあえず一番近い“ネガティブな閻魔”のとこ行こうか?」
「しょっぱなからヘヴィですねー」

まぁどっちみち全ての閻魔に会わなきゃいけないのだから順番はどうでもいいか
さぁ気合を入れて本物を探そう

それからは兎に角大変だった
“残酷な閻魔”や“凶暴な閻魔”に襲われたり
“真面目な閻魔”と“いい加減な閻魔”が喧嘩を始めたり
“大人な閻魔”に色仕掛けをかけられ“子供な閻魔”に嫉妬されたり

「疲れたー…」
「次で最後だから頑張って鬼男くん」

大王は次で最後かもしれないけど、その後本物の大王を選んで連れて帰らなければならない
俺はまだ本物の閻魔大王を見つけられないでいる……

辿り着いたのは仕事場に似た建物だった
椅子に座って出迎えた大王は優しく笑ってこう言った

「こんにちは、よく来たね、お茶でも飲むかい?」
「……」
「どうしたの?鬼男くん」
「いえ……急いでいるので失礼します」
「そう、じゃあ気をつけてね」

そう言って最後の閻魔のもとから離れた

(どういうことだ?)

最後に会ったのは“親切な閻魔”だった
じゃあ今、俺の隣に居るのは……

(親切じゃなかったら何なんだろう……この俺に優しい大王は)

背中を見詰めていると大王が振り返った

「で?分かった?本物の閻魔大王」
「いえ……それが」
「もーいっそ鬼男くん好みの奴連れて帰っちゃえば?」

にははっと笑って俺の手を握ってきた
自分を連れて帰ってほしいのだろうか

「好みですか?」
「そーそー」
「いませんね」
「え?」

大王の顔が泣きそうに歪んだ

「しいて言えば全員かな」
「……!!」
「大王って結構裏表あるっていうか理解しがたい難解生物っていうか……」
「裏表ってお前……難解生物ってお前……」
「親切とか残酷とかそんな一言で形容できる人じゃないんです」


―ああオレは…―

―君に隠し事ばかりしていたのに…―-


「ここにいる大王達みたいにあの人も色んな面をもっていて」

―オレは迷惑かけてばかりだったのに―

「でも……大王?どうしたんですか?」
「大丈夫だよ……でも良いの?そんな人、一緒に居て疲れない?」
「はぁ……そりゃ戸惑う事も多いけど……」

―こわくない?―
―キライにならない?―

「まぁ、どんな所もみんな大事な俺の大王なんですよ」

鬼男は閻魔に向かって、はっきり言い切った

「……」
「でも、本物ひとり見つけ出さなきゃいけないんですよねー……ていうか本当にあの中にいるのか?アイツの事だから何処かで隠れて笑ってるのかも」



『正解…』



「え?」

どこかで聞いた声がしたと思ったら、自分の目の前、閻魔のすぐ後ろに夢魔が立っていた

「お前……」
『よく分かったね、君の言う通りだよ……本物なんて最初から何所にも居ない』
「なっ!!テメェ……」
『此処は閻魔大王の心の世界、言うなればこの世界自体が閻魔大王』
「……此処自体が?」
「そう、みんな閻魔大王の一部に過ぎない、この子も」

夢魔が触ろうとすると閻魔はその手を振り払い鬼男の後ろに隠れた

『おや??鬼男くんとは随分と態度がちがいますね?まぁそうでしょうね……だって貴方は閻魔大王の……』
「ヤメテ!!言わないで!!」

そういえば此処で一番強いこの人を、俺は大王の一番強い心だと思ってた
あの時点で答えが出ていたのかも知れない

「もう……いいでしょう?正解したんだから……鬼男くんを帰してあげて」
『ええ、結構ですよ私も充分楽しめましたし』

さぁ帰りましょうか
そう言って差し出す手をとらずに鬼男は夢魔の横に並んだ

「大王」
「う、ん?」
「先に帰ってお待ちしておりますね」

だから絶対帰ってきてください

「……うん……」



鬼男の背中が見えなくなって


閻魔はひとり呟いた



「ありがとう」






To be continue