奇跡なんてそうそう起きないけど


私が望んで、君が望むなら


努力する価値はあると思う




【蜜隣ディアレスト】




鬼男くんは夢魔騒動の次の日には秘書に復帰していた

「あれ?おかしいな君たしかクビにした筈なんだけど?」
「あれ?おかしいですね確か僕もまともな上司のいる職場に再就職する筈だったんですけど?」

二人して笑い合う和やかな時間
こんなの久しぶりだ、というか初めてかもしれない

鬼男くんは何だかよく分からないけどご機嫌だし(この子そんなに仕事大好きだったっけ?)

オレはというと鬼男くんが隣にいてくれる事実と、夢の中で彼が言った台詞のお陰で幸せな気分だった

「大王」
「ん?」

オレをみた鬼男くんが何かに気付いたように言ってきた

「その服なんか染みがついてません?」

「あ、本当だなんでだろ」

確かに胸の下辺りから薄い染みが広がっている
んー?なんだろ?オレの服は毎日侍女が洗濯してくれてるから綺麗な筈なのに
その前に汚すような事したっけ?

……あ、まさか

「わかった」

思い当たる節がひとつだけある

「鬼男くんの血だ、これ」
「はへぇ!!?」

鬼男くんが珍しく素っ頓狂な声を出してポカンとしている

「ほら、鬼男くんが刺された時の」
「ええ!?」


鬼男くんたら吃驚し過ぎ
普通、親しい人が目の前で刺されたら駆け寄って抱きしめるでしょ

「大丈夫だったんですか?アンタ血苦手なのに」
「……いや、それどころじゃなかったから」

あの時は目の前が真っ白になって
小刀を持った死人が近くにいるというのに思わず駆け寄っていた

「あー、そっか、あの後全然仕事に手が付かなくて早く帰されたから」

脱いだ服をいつもの場所に置いて
侍女がそのまま洗濯しちゃったんだな

と、言ったら

「え?そのまま仕事してたんですか?」

信じられない、といった顔で鬼男くんが聞いてくる
きっと、裁きの扉開けた瞬間、目の前血塗れの男がいたら死者が吃驚するだろうがバカ!!
……みたいな事を言って諌めるんだろうと思っていたら

「気持ち悪くなかったんですか?」

変な事を聞いてきた
気持ち悪い訳無いじゃん、他の人のなら兎も角

鬼男くんの血なんだから――……

「……ッ!!?」
「大王?どうしたんですか?」


体中の熱が顔に集まって来た
頬に両手を当てると明らかに熱い
鏡をみなくてもわかる、オレ今顔、真っ赤だ

なに今の思考……

「やだ!オレ変態!!?」
「何を今更……」

鬼男くんが呆れた様に言う
違ッ!そんなんじゃなくて……ていうか失礼だぞ君

「どうしたんですか?」
「いや……あのさ」

こんなこと言うのは恥ずかしいけど、この秘書を上手く誤魔化せると思えないので仕方なく白状する

「き……もち悪くなかったよ……鬼男くんの血だから」
「うわ、変態ですね」

引かれた……わぁショック……普段の悪ふざけで引かれた時より数段ショック
だって今のふざけてた訳じゃないのに……うう……もう泣いちゃう
……って!うわっマジ涙出てきた!ちょっとやめてよー


「でも……」

頬に暖かいものが触れた

「へ?」

オレの頬に流れる水を舐めとった鬼男くんが少し照れたように言った

「気持ち悪くないですよ、大王だから」
「お……鬼男くん?」
「大王は僕のこと受け容れたいと思ってくれてるんでしょ?」

はい、その通りです
君が私の夢の中に入ってこれたのはそういう事ですが?

「じゃあ、俺の気持ちも受け容れて下さい」
「鬼男くんの気持ち?」
「はい」

そして鬼男くん急に真剣な顔をした



「好きです」





END