オレが君に“身の丈以上の何か”を求めている事は随分前から自覚している
それは例えば甘い言葉だったり無限の時間だったり、とにかく君がくれそうに無いものばかりだ

ひょっとしたら満たされない事で満たされているのかも知れない

いい歳こいて何を夢みているんだろう、でもそうぜずにはいられなくて
嗚呼……きっと世界中の誰にも負けないくらいオレは恋をしているんだと思う

君にもっと見ていて欲しくて、色々試してみたけどどれも玉砕、オレは血を見ることになる

何か巧くいく方法は無いのかと日々考えるが、四六時中そればかり考えている訳にもいかない
オレには果たしていなきゃいけない事がある


そんなオレのそばにいるのは君の仕事で、でもオレはそんなの関係なく、君にそばにいて欲しい


だからオレは君の理想のままでいたい


君を好きなオレは君の理想にかなっているだろうか?




【初めて手をつないだ日】




「あのさぁ」

「なんですか?下らない事だったら、ぶっさ挿しますよ」

「そんな……ピリピリしないでよ」

終業時間はとうに過ぎているのに事務処理に追われている秘書の鬼男くん
一方オレは後一息ついたら帰ろう、というところだ


「すみません……誰かさんのお陰で、書類が全く進まなかったものですから」

「言葉がトゲトゲしいよ鬼男くん」


そういえば今日はいつもに増して鬼男くんに絡みすぎてしまったような……反省してます


「ごめん、手伝おうか?」

「いえ、これは自分の仕事なので」

「そっかー」


鬼男くんは絶対オレを頼ってこない
というか頼る必要もないんだろう、山のようにある書類をサクサクと片付けている
優秀な部下をもって幸せなんだろうけど、想いを寄せてる身としては少し寂しい

(不毛だなぁ)

何故よりにもよって君だったんだろう、まあ鬼男くん以外でも不毛なのは違いないんだけど
鬼男くんが秘書という立場にいなければ……そしたら傷付くのはオレだけだったのに

そしたらこんな事で悩まずに済んだのにな

「……」

「鬼男くん?どうしたの?」

そんな風に考えながら、ずっと見ていたら
鬼男くんが急に立ち上がったものだから、思わず聞いてしまった

「はい?資料取りにいくだけですけど」

そう言いながら本棚の方へ一歩踏み出そうとする足を

「待って」

この声で止める

「それくらいならオレするよ」

「結構です。というかお帰りになられたら如何ですか?」

「なっ!折角の上司の厚意を!」

「有り難いとは思ってます。ただ貴方は一応冥界を統べる王なんですから……」


オレが君の言葉を聞いている間にも、君は足をどんどん進め、本棚の前に立ち止まった
何故か腹が立ったオレは自分でも思いもよらない行動に出ていた

イキオイって怖い


「なっ何の真似です!?」


ただ焦ったような声を見れたのと、驚いた為かほんのり紅く染まった頬を間近に見れたのは得だと思う

何の真似?さぁオレにもよく分からないけど、オレの行動を説明するなら
君が資料を取り出そうと手を伸ばした瞬間、君と本棚の隙間に入り込んだんだ


「あ、アンタって人は本当に……」

妙にオドオドしながら言うもんだから面白くてついからかってしまう

「どうしたの〜?鬼男くんひょっとして照れてるの?」

ケケケと笑いながら言ったところでオレは、しまった!と思った……鬼男くん目が据わってる
ていうかこんな至近距離で見つめられたらオレの方がヤバイわけで、恐怖と緊張が一緒に迫ってきて

オレは滝のような汗を流した


「人の気も知らないで」


それっきり無言になる鬼男くん……早く離れなきゃいけないような気がして
でもどうやって離れたらいいのかわからない

「どいて下さい、とか言わないの?」


恐る恐る聞くと、鬼男くんは空っぽの目をしてオレをみた

「言ったらどくんですか」

耳をすましていないと疑問形だと気付かないような発音で、目をこらさないと無感情にみえてしまう冷たい眼差しで
でもオレにはなんとなく、違うってわかってしまった


「ねぇ鬼男くんオレの事どう思う?」

「なんですか?いきなり」


口ではそう言うけど鬼男くんは全然驚いてない、まるでオレがこう聞くのを“知っていた”ようだ

……“待っていた”の方が正しいのか?


「今のオレは君の目にどう映る?上司として、冥界の王として、人として」


正しいと思うか?これからも忠義を尽くせるか?味方でいたいと思うか

好きになってもらえるか

ねぇオレは君の理想にかなってるかな?


「何言ってるんですか?僕は貴方を上司だとも王だとも思ったことないですよ?」

それなら……人として、なんても以ての外なんだろうね
薄々気づいていたけど少しショックだよ


「貴方は僕の主です」


オレの顔のすぐ横を、今まで書類に伸びたままだった手が下りていく
そして鬼男くんはオレの前に跪いた


「僕が仕えているのは閻魔庁でも冥界でもない」


その瞳はどんな宝石よりも美しい光を宿していて、まるで純粋な心をそのまま表しているようで


「貴方がそれで良いとするなら、正義や理なんてどうでも良いんですよ」


うん、知ってた
君の答えなんて、オレ神様だもの

でもオレが絶対的な存在だというなら

同じように恋心を抱いてくれたらいいのに


「ありがとう、でも全然嬉しくない」


正義や理はオレの存在意義だから
それをちゃんと貫かないとオレは君と一緒にいられない事も解ってる癖に


「大王……?」

「鬼男くんオレ頑張るから」



ちゃんと厳しくしてね

ちゃんと信頼してね

ちゃんと認めてね



「そばにいてね」



手を握りながら言ったら鬼男くんは赤くなった



それが少しの希望になる






ねぇ、もし君に恋心が生まれるなら





その相手はオレであってほしいよ




end