(お題提供:佐和さま)





「はい、太子」

朝廷の門を出た所で閻魔は太子にそれを差し出した

「……これは?」

見ればわかるけれど
閻魔の持つ鉢植えには小さめの黄色い花が咲いていた

「太子を待ってる間に買ってきたんだ」

「……そうか」

太子は眉を顰めた

肌の色、瞳の色、服装、街中で閻魔の風貌は目立ち過ぎる
だからあまり一人で出歩かせたくないのだが閻魔はそれを察してくれない
それに今回は太子が悪い
朝から仕事場に閉じ込められていて、日が落ちるまで閻魔を一人にさせていたのだ

「福寿草か?」

閻魔はそれに目を落とすと少し恥ずかしそうに笑った
福寿草……名前の通り幸福を呼ぶといわれている花

「太子にあげるよ」

「え?いいのか!!」

嬉しくなって鉢植えごと閻魔に抱きつく太子
大袈裟だなぁと笑いながら太子の腕から抜け出した閻魔は申し訳なさそうに太子を見上げた

「あのね……太子」

「うん」

「オレ、これからちょっと忙しくなって……当分こっちに来れないんだ」

「え?」

閻魔を見て固まる太子

「だから……今度会える時までこの花をオレだと思って大事に持ってて」

「…………」

福寿草が咲いている期間……つまり春の間は来られないという事か
こんなことなら何としてでも仕事場から抜け出して閻魔と一緒にいえばよかった

「ごめん」

「あ、ああ!べ、別に構わないぞ!仕事ならしょうがないよな!!」

太子は努めて明るく返した
しかし強がってることはバレバレだった

「そんな事くらいで私の閻魔に対する愛は薄れないからな!全然大丈夫だぞ!!」

「ちょっ!太子なに言って……」

「むしろ会えない時間が二人の愛を深めるんだよな!」

「誰が言った台詞だよ!っていうか本当に場所を考えてっ!」

閻魔は慌てて周りを見渡した
誰かに聞かれていては困る

この子には一応摂政だという自覚はないのか
というか本気で恥ずかしいんだが

「閻魔もそうだよな!?」

「う、うん勿論だよ」

思わず答えてしまった
実際そうなのだから否定はしない

「そうか……」

やっと落ち着いた太子、今度は黙りこむ
先程の発言は太子にとっても恥ずかしいものだったらしい

「…………」

「…………」


そして二人して無言になる
気まずい&気恥ずかしいと思っているとそこに無言を打ち破る者が現れた


「なにやってんすか?アンタら……」

「「!!!」」

振り返ると腕組をした妹子が立っていた
明らかにオッサン二人を『バカじゃないか?』という目で見ている

「妹子?いつからそこに?」

「そうですねぇ……いつからでしょう?」

何故かは不明だが毒妹子降臨中らしい
笑顔がとてつもなく怖い、震え上がる二人

「っていうか!妹子の所為だぞ!今日閻魔と遊べなかったの!!」

「太子の日頃の行いが悪いんでしょ」

「なにを!!?」

「普段からちゃぁんと仕事してればこんな事にならなかったのに……」

「だからってわざわざ閻魔が来てる日に閉じ込めることないだろ!!」

「馬子様の命令なんだから仕方ないでしょ!!」

「妹子は私と馬子さんどっちが大事なんだ!?」

「それとこれとは話が別でしょ!」

「……なっ!」

丁度口論が途切れた所を見計らって、閻魔が切り出した

「あのー」

「ん?なんだ閻魔?」

「……邪魔しちゃ悪いしオレもう帰るね」

「……あ、ほんと?」

「えー?閻魔もう帰っちゃうの?」

「すでに体消えかかってるし」

閻魔の足元に光の輪が少しずつ上昇し、そこから徐々に消えていく
これは秘書達からの撤退命令だそうだ

「うわー本当だー!!」

今の今まで掴んでいた妹子の胸倉を離すとピューイと音をたてて閻魔に飛びつく
太子を苦笑いしながら受け止めた閻魔、その表情は心なしか悲しそうだ

「ごめん出来るだけ早く会いに来れるよう頑張るから」

「そっか、でも無理したら流刑だからな」

「流刑て……」

二人の別れの場面なので控え目にツッコミを入れる妹子
ここで太子と口論になって、閻魔にまた悲しそうな顔をさせてはいけない

太子と妹子が見守る中、閻魔の体は徐々に消えていく
もっと不安にならない消え方をしてくれればいいのにと思う

「じゃあね太子、オレがいない時はその花をオレだと思ってね……」

太子は植木鉢を握る手に力を込めた

「うん」

「妹子、太子をよろしく……大変だろうけど君がしてるのは意味あることだから」

会うたびに毎回言われてる言葉

「わかってるよ」

そして三人同時に「バイバイ」と言った時、閻魔の体は完全に冥界へ還った



* * *


一週間後、摂政である私は今日も仕事へ勤しんでいた
『こんな小野妹子はいやだ』もノート三冊目に入ってしまったぞ

「太子、それは仕事ではありません……」

「おお調子丸!お前今日は調子よさそうだな」

「というか太子の方が調子が悪そうなんですが……」

「え?」

「その……一週間くらい前から元気がないと……皆も心配しております」

自覚はしていたが……調子丸に言われるということは相当重症だな

「大丈夫ですか?」

「ああ……」

気遣ってくれてるのは有難いんだが調子丸に言われると変な感じがするな

「心配するな、これは何てことない……ただの……」

「ただの?」

「いや、大丈夫、時がたてばすぐ治る」

閻魔に逢えばすぐに治るだろう

「調子丸、悪いがこの書類を妹子に渡しておいてくれないか?」

「はい、ノートも一緒で良いのですか?」

「ああ」

あのアホ芋も私に気を遣ってツッコミが甘くなってるからな
ここらで思いっきりケンカしてみるのもいいかと思う

調子丸が出て行った部屋でひとり考える


私は不安なのだろうな
暫く逢えないくらいで閻魔の心が私から離れていくことはないと思うが、閻魔はモテるだろうから
秘書君はかなりの美形だと言うし、周りの神様も眉目秀麗に違いない
ちなみに私の周りはかっこいい系なら色々いるが閻魔のような……なに系?っていうんだろう
とにかく閻魔のようなタイプはいないから浮気などありえない

……分かってる、閻魔だって浮気しない
でも閻魔はああみえて私よりも寂しがり屋だから
そんな閻魔が寂しがってる時に、私じゃない誰かが閻魔の傍にいるんだと思うと気分が悪い

それに此処は本来閻魔の居場所ではない、此処に長くいると閻魔の体に負担がかかると以前、妹子伝いに聞いた
だから秘書君たちは閻魔に言うのだ『早く帰ってこい』と

どうして私は閻魔に『ただいま』と言ってもらえる立場にいないのだろうか
私の幸せは倭国にあるというのに、どうして閻魔の幸せは違うのだろうか


そこまで考えた時
ふと閻魔が置いていった花が目に入った


「……」

閻魔はあの花に何かの術を施していったのだろうか
あっけなく気分が穏やかになってしまう

手を伸ばし花弁を撫でると花全体が震えた


「閻魔……」


泣いてしまいそうだった
花の姿に閻魔の表情を少しずつ思い出す
初めて逢った時の焦り様とか
だんだん打ち解けてくれたこととか
初めての別れとか
二回目、閻魔が逢いに来てくれた時は嬉しかった
好きだと言ってくれる時の声も好きで
ちゅーも抱っこも平気なのに髪の毛触ると異様に照れるとか
ずっと一緒にいたいと思わせる

そういえば閻魔が私の元に来るのはどれだけ大変なんだろう
今でも閻魔の部下にいい気はされていない
閻魔の仕事はきっと私よりも大変だ


それでも逢いに来てくれる


(閻魔は……きっと弱音も吐けない)


頑張ろう、私も
だって閻魔に言ったじゃないか「私の閻魔に対する愛は薄れないから」と
閻魔だってきっとそうだ


「コレがあれば大丈夫だな」


見ているだけで励まされる……それは確かに幸せの花だった


すると……

「太子ーーー!!遊びにきたよーーー!!」

襖を勢いよく開けて閻魔が登場した

「閻魔!??」

「と言ってもちょっとしか遊べないんだけど……あれ?太子どうしたの?固まっちゃって」

「え?だってまだ一週間しか……」

軽く三月は覚悟していたのに暫く会えないどころかいつもより早く逢えてしまった

「ごめんね、太子に早く逢いたくてオレ頑張っちゃった」

「……ッ!!」

「やっぱり流刑かな?」

「んなわけあるかぁ……」


感激の涙を流す私を閻魔はいつものように撫でてくれた

花もいいけど閻魔の方やはりがいい

会うと頭の中が“可愛い”でいっぱいになって

とても幸せな気持ちになる


「そういえばまだ言ってなかったな」

「ん?なにを?」

「閻魔」


花をくれたこと
会いにきてくれたこと

今までの事すべてに

「ありがとう」

これからもよろしくね幸せにするから


「ふふ、どういたしまして」

「あっそうだ閻魔これから―……」


と、私達が和やかなムードで話していると……


「ちょっと太子!!なんですかこのノートは!!あんた真面目に仕事してたんじゃなかったのかよ!!」



ケンカする気満々の小野妹子(ちょっとワクワクしてる)が現れた


「あー妹子も久し振りー」

「って!?閻魔!??」

「お願いだよ妹子……もっと空気読んで登場して……」



その後、何故か三人でピクニックに行くことになりましたとさ

めでたしめでたし