突然だが太子はウンザリしてきた
ここは太子の家の浴室


「ごめーん、謝るから許して閻魔」

湯船の中から太子が情けない声を出して洗髪中の閻魔に謝っていた

「ねぇ閻魔、ごめんだって、本当反省してるんだぞ私」

閻魔は無視、相当ご機嫌ナナメなのはシャンプーの仕方で解かる
頭の二倍程に膨れ上がった泡を見詰めながら彼の頭皮が痛まないか心配になるが、太子は自分のことで精一杯だった

(く…挫けるな私!閻魔はきっと聞こえてないだけだ!!)

例えば妹子なら無言も慣れているのだが、相手は普段会話の絶えない閻魔だ
ただ喋らないだけで相手が怒ってる様な気がして悲しい


(うーむ、少しふざけ過ぎたかな…でも私だって…)

太子は少し前のことを思い出して溜息を吐いた
どうして閻魔がこんなに怒ってしまったかというと…



* * *



その日の朝。

「閻魔!もうすぐ妹子の誕生日だ!だからケーキの作り方教えてくれ!」

「いいよ、じゃあ一緒に作ろう」

この時点で閻魔の機嫌はとても良かった

「太子はどんなケーキ作りたいの?」

「えっと…とりあえず真ん中に「誕生日おめでとう」って入れたい」

「それじゃ、お芋の入ったデコレーションケーキにしようか」

「うん」

それからケーキの材料を買い、太子の家に向かった

「おじゃましまーす」

「どうぞ、遠慮なく上がりんしゃい」

台所に着いて、閻魔が買い物袋からガサゴソ材料を取り出している間に
太子は別の部屋から青いエプロンと白い割烹着を持ってきた

「はいコレ、閻魔用に買ってきたんだぞ」

「何故に割烹着…しかもフリル付き…」

「なー早く着てみてよ」

明らかに女物なソレに若干抵抗があるものの太子からキラキラした目線を送られては仕方がない

「太子ちょっとあっち向いてて」

「ん?なんで?」

「だってオレ着馴れてない服着るときモタモタしちゃうから…」

「私は別に構わないぞ?」

「オレが構うの!」

妙なところで恥かしがる閻魔に、太子は疑問符を浮かべながらも後ろを向いてあげる
閻魔も太子に背を向け、宣言通りもたつきながら割烹着を着用した

「もういいよ」

振り返ると既にエプロンを身に着けてた可愛らしい太子がいて
太子は閻魔の全身を眺めた後、親指を立て「やっぱり似合う!」と歯を見せて笑った

「意外と着心地が良いねーこれ…」


この時点でも閻魔の機嫌は良かった


「よっし!まずはスポンジ作りから!」

「おー!!」

それから馴れない太子の為、ケーキ作りの基本から丁寧に教えていった
太子は料理する際カレーは万能調味料とばかりに何にでも入れるのだが、今回は閻魔が必死で阻止したのでスポンジまでは無事作る事が出来た

「よし!後は飾りつけるだけ!よーく見ててね太子」

閻魔は自分用と太子用に一つずつスポンジを作り、まず自分の分をお手本に飾る事にした
ヘラを使って綺麗に生クリームを塗っていく閻魔に感嘆の声が漏れる

「すごいなぁ」

「こんなのただの年の功だよ」

「そっかー、よかった閻魔が長生きで」

そう言ってくっ付いてくる太子に閻魔は心が暖かくなった

「ありがとう」

自嘲とも取れる発言なのに太子はそのまま素直に受け容れて…「よかった」と言ってくれた
まるで大きな子供のようで、困らされる事も多いけどきっと…
そんな太子になんだかんだで救われてるんだろう、いつのまにか閻魔に柔らかい笑みが浮かんでいた


この時点で閻魔の機嫌はすこぶる良かった
問題はこの後である


「えっと…だいたい塗り終わったから後は絞り袋でデコるだ…」

「その前にカレーを掛ける!!」

閻魔の言葉を遮ったかと思うと、どこからか取り出したカレーのルーをケーキに掛ける太子
純白のケーキが茶色く染まっていく

「きゃーーーーーーーーーーー!!!」

「え?」

“バシュ!!”


閻魔が叫んだので太子が前を向くと
口金から発射された生クリームが太子の顔面に直撃した


「なにこれ!ドキドキするっじゃないヌルヌルするっ!」

しかも目に入って痛い
七つ道具よりこっちの方がよっぽど攻撃力ありのようだ

「太子の馬鹿ーーーー!!」

「ど…どうしたんだ!!?」

「どうしたもこうしたも…そりゃ妹子だったら大丈夫かもしれないけど鬼男くんが食べたらお腹壊しちゃうよ…」

どうやら閻魔の作っているケーキは鬼男にあげる予定だったらしい

「みんながオレみたいに太子が作った物なら何でも美味しく感じると思ったら大間違いだーーー!!!」

ツンなんだかデレなんだかよく分からない台詞を叫び、絞り袋を思い切り絞る閻魔
生クリームは“どぴゅー”という擬音を発しながら太子の顔に一直線に向かった


「だぁぁぁぁあ止めろ!閻魔!落ち着けー!!」

「食べ物を粗末にしちゃいけないんだからねー!!」

そういいながら自分は生クリームをだいぶ粗末にしている


「ちょ…いい加減にしろ!!」


“バシャ!!”


太子も絞り袋を取り応戦
それから暫く生クリームのブッカケ合いが続いた


「閻魔のアホ!!お前なんか大っ嫌いだ!!」


「え…?」


つい弾みで言ってしまっただろう言葉だろう
しかし次の瞬間二人とも固まってしまった

「あ…その…今のは…」

閻魔は床にペタリと座り込んでしまった

「いいよ…別にオレだって太子なんか…」

「ごめん閻魔」

太子もしゃがみ込んで閻魔の顔を覗き込むが深く俯いてしまって顔がみれない

「太子なんて嫌いだ」

その声は震えている

今までどんな罵倒を浴びてもこんな気持ちにはならなかったのに
今は何故こんなにカナシイ?


「ふ…鬼男くん…」


彼の名が出てきてしまったのは、閻魔自身も思いがけない事だった


“ドドドドドドドドドドド”

「「ふぇ?」」


地面が揺れる音が響いたかと思うと玄関を乱暴に開ける音が聞こえた

「どうされましたー!!?」

「鬼男さん!!?」

「どうしてここに!?」

「どうしてって…大王がお呼びになったんでしょ?」

「どんだけ地獄耳なの!!?」


驚いて出ていた涙も引っ込んだ閻魔


「それより大王、泣いてらしたようですが…太子に苛められたんですか?」

と、普段の閻魔なら「太子がそんなことするわけないでしょー!」と怒るところだが
今は実際太子に泣かされていた

「聞いてよ鬼男くん!太子ったらケーキ作りの邪魔ばっかりするんだよー!」

「違う!私はただ手伝おうと…」

「オレの分はオレでするからいいって言ったでしょ!」

「…とりあえず状況を説明してください」

「あのね太子がねオレのケーキにカレー掛けちゃったの」

「は?」

「閻魔いつもカレー掛けクッキーとか美味しいっていって食べてくれるじゃないか」

「あ?」

「だからアレはオレが食べる用じゃなかったんだってば」


「…話がだいぶ見えてきましたが…」


くだらねぇ…鬼男は心の底からそう思った


「ていうかその格好はなんだ!!?」


鬼男も今気付いたが
エプロンと割烹着を着けたオッサンが全身生クリームだらけにして床に座り込んでいる…なんて

かなりシュールな光景だ


「はぁー…」

「うを!鬼男さんが呆れている!!」

「た…太子のせいだからね!」


「はいはい…もういいからアンタ等、風呂入ってきなさい」


どうせフィッシュ竹中さんの為にいつでも風呂入れる状態にしてあるんだろう
そう言って鬼男は二人を浴室に放り投げた



* * *



という経緯で冒頭に至る


無視し続けられ困り果ててしまった太子とは裏腹に
閻魔の心情は落ち着きを取り戻していた



(少し大人げなかったかなぁ…)


髪を洗い終えた閻魔は、しゅんとしてしまった太子をみて少し罪悪感を感じる


「太子…」

「…っ!!なんだ!?」


名前を呼んだだけでとても嬉しそうな表情になるので閻魔まで嬉しくなった


こんな風に自分が怒ってる時でも、太子は離れていこうとしない
そんな太子だから大好きなんだ

出来れば笑顔ばかりで溢れればいい
いつか別れる時がくるから…それまでせめて

くるくるかわる表情を全部おぼえていたい


「太子、背中流してくれたら許してあげてもいいよ」


許すもなにも本当はもう怒っていないけど


「うん!お安い御用だ!!」


許してくれた事がうれしい
でもそれ以上に怒ってくれたこともうれしい

また一つ、新しい君を発見した
いつか別れる時がするなら…それまでたくさん

いろんな表情をみせてほしい


「閻魔だぁーい好きだぞ!」

「オレも太子が大好きだよ!!」


「妹子(鬼男くん)の次にだけど!」


同時に言ってしまった台詞に二人で笑う

それから浴室には楽しそうな声が響いた




「やれやれ…世話のかかる上司だ」



台所の片づけをしながら鬼男は盛大な溜息を吐いた